Gambler In Sword Oratoria 作:コイントス
静かに、そして僅かに笑みを浮かべたアイズはロキの部屋から出て行った。きっと俺にしか分からない程度の表情の変化だった。
「アイズたん、嬉しそうやったな」
と思っていたがロキにも分かったようだ。アイズのことを最も気にかけているのはロキに違いないのだから驚くことではないが、何となく悔しかった。
「レイズして稼ごうとしたのに『大丈夫? 今回はフォールドした方がいいんじゃない?』って聞かれてるようなもんだ。てめえが俺の何を知ってるんだって話だ。俺だったらそこでオール・インする気概を見せるぜ」
心配されることは嬉しいことかもしれない。心配されるということは大切に思われているということだ。しかし、心配して手元に置いて傷付けないようにすることだけが大切にすることじゃない。
可愛い子には旅をさせろ。昔の人は良いこと言ったものだ。時には危険に突き落とすことも必要である。
「それは気概やのうて無謀とか無策とか言うんやで?」
「無謀で結構、無策で結構。どこまでも己を信じて疑わない、それこそが俺だ」
「はあ……誰に似てこんなんになってしまったんやろか」
「そりゃあ、あの糞両親だろ」
「……」
「どこまでも愚かで、どこまでも馬鹿で屑で碌でなしだったあの両親の息子さ俺は」
ロキは散らかっている部屋のどこかからコップと酒瓶を持ってきた。コップに波々と酒を注いで俺に差し出した。
「地獄に堕ちると知りながら、楽しめる俺は異常だ。分かってる。でもな、止められやしない」
きっといい酒だったのだろう。その時の俺には苦くしか感じられなかったのは、俺の舌がおかしくなったからじゃない。
「俺は堕ちながら笑うさ。この身体が燃え尽き、果てるその瞬間まで笑い続けてやるさ。ロキの言った通り――」
初めてロキと出会った日を想起する。つまらなさそうにロキにポーカーの助言をした俺に彼女は言ったのだ、なんてつまらなさそうな人生だと。なんだこの糞神はとその時は思った。
しかし、今は彼女が言っていたことが分かる。俺があの時までどんな賭け事をしてもつまらなかったのは、自分の賭けているものの価値を知らなかったからだ。
「――世の中楽しんだ者勝ちだ」
この命は笑う、俺は生きるんだと笑い続ける。死ぬのだからこそ、終わりがあるからこそ命に価値があるのだと人は言う。だが俺にとっては違った。生きているからこそ命に価値があり、それを終わらせるような狂った賭けをするからこそ人生は楽しいに違いないのだ。
最初から死ぬと思っている命を賭けたって、早いか遅いかの違いしか出てこないじゃないか。
「……うちはニコには死んで欲しくないなあ」
「ハッ、じゃあ賭けでもするか? 因みに、俺は自分がいつか死ぬ方に賭けるぜ」
「じゃあ、うちはニコが死なん方に賭けるしかないなあ。んで、何賭ける?」
「…………そうだな」
神は死なない。彼等はすべてを超越した存在だ。だからロキも死なない。悠久の時を過ごし、出会いと別れを繰り返し、愛しては死なれ、死なれては愛し、その繰り返しを生きるのだ。それは、きっと辛いに違いない。
だからこそ、彼女は今の精一杯で家族でいてくれる。
「俺が勝ったらよ」
「ああ」
「お前は笑っててくれ、それだけでいいさ」
「ええで……ニコが死んでも、うちは笑っててやる。やから、うちが勝った時は一緒にポーカーでもしような」
「ああ、それで構わない。その時は、前回みたいに負けたりはしないさ」
そう言って、俺は酒がなくなってしまったロキに酒を注いでやった。それを悲しそうに、嬉しそうに彼女は飲んだ。少しずつ、少しずつ、味わうように飲んだ。
「泣きたいなら泣いていいぞ。お前も、俺の大切な家族に違いねえ」
「アホッ、誰が泣くか、このアホ……もう、慣れたわ」
「そうかよ」
少し頬を朱に染めながらロキは一気に酒を飲んだ。最後にぼそりと呟いた言葉を、俺は聞き逃したことにしておいた。
慣れたくなんてなかっただろうに、この神は眷属に弱みを見せない。親であるから、強くあろうとする。それが、俺の惚れ込んだ神だ。
「晩酌くらいいつでも付き合うぜ。まあ、アイズの方が優先だが」
「頼むでー。皆付き合ってくれへんくてなあ」
「自分の胸に手を当てて良く考えろ」
「うちは……うちは……無乳やん!?!?」
「知ってるわボケ!?!?」
そんな締まらない会話で俺達の晩酌は終わった。最後に【ステイタス】の書かれた紙を手渡されたが、今更見ることはない。返そうとしたが、紙ゴミになるからいらんと言われ渋々受け取った。
ニコライ・ティーケ
Lv.6
力:B 743 → B 747
耐久:B 721 → B 724
器用:E 487 → E 489
敏捷:D 514 → D 515
魔力:C 643 → C 647
狩人:F
耐異常:G
殴打:E
《魔法》
【
【
《スキル》
【
【
【
自らの【ステイタス】の書かれた紙をヒラヒラとさせながら部屋へと戻るため廊下を歩く。まだ食堂や談話室では遠征から帰ってきた団員たちが騒いでいて時折笑い声や叫び声が聞こえてくる。
「また
その魔法を使ったことは未だ数回しかない。試しに使ってみた時に一度、死にかけた時に使ったことが三度、アイズを助けるために使ったのが一度。計五回しか使ったことがないその魔法は、邪道なんてものじゃない。
その魔法は俺を否定する魔法だ。俺の生き方を、姿勢を、存在理由さえも根本から否定するような魔法を何故か俺は発現させたのだ。
「ニコライ」
その魔法に対する嫌悪感で頭を一杯にしていたら後ろから声を掛けられた。
「説教は明日にしてくれ」
「なんだその、私が話しかけたら説教が始めるとでも言わんばかりの反応は」
「違うのか?」
「違うに決まっているだろうが」
「それは良かったぜ。今日はもう疲れたから寝てえんだ」
そこにいたのはリヴェリアだった。俺の言ったことに呆れながら立ち止まった俺へと近付いてくる。表情は怒ってはいないので、本当に説教ではないようだ。
「お前も更新か? ならロキの部屋はあっちだぜ」
「更新は後日する。それより、アイズのことだ」
「どこに行ってもアイズは人気者だねえ」
立ち話も何なのでリヴェリアを部屋へと招いた。別段何かを集めているわけでもない俺の部屋は簡素なものだ。ベッドがあり、クローゼットがあり、備え付けのテーブルと椅子があるそれだけの部屋だ。
「飲むか?」
「酒は飲まん」
「そうかいそうかい」
「お前も飲むな。真剣な話だ」
「……まあ、いいけどよ。ロキと飲んだし」
そう言って俺はベッドに腰を掛け、リヴェリアは椅子に座った。そこはかとなく、座るリヴェリアから気迫を感じて自分が何かしたのか本当に考えこんでしまった。
「今回も、随分無茶をさせたようだな」
「あ? 何のことだ?」
「アイズのことだ」
「おいおい、ありゃフィンの指示だぜ?」
「お前ならもっと無難な方法で倒せたはずだ。私は、お前の実力だけは尊敬していると言える程認めている」
「そりゃありがとうよ。で?」
いつもの話し合いだ。アイズが無茶をやらかし、俺がそれを後押しする度にリヴェリアとはこの話をするのだ。よく懲りないとも思うが、分かっていて話を聞く俺も俺なのかもしれない。
しかし、俺は思うのだ。こうやって話し合いぶつかり合って理解を深めていく関係が俺とリヴェリアなのだと。
「何故毎度あの子を追い立てるように危地へと押し出す?」
「あいつがそれを望んだからだ」
「何故あの子を守ってやらない? ロキとはそういう賭けをしたはずだ」
「守ってやってるさ。お前らには、見えてねえだけだ」
俺が守っているのはアイズの心だ。身体がどれだけ傷付こうと諦めないように、立ち上がれるように俺はアイズと共にいる。
「私達が……私達がどれほど心配させられるか分かっているのか? どれだけ情けない気持ちになるか分かっているのか? あの子に守られる私達の気持ちが、お前に分かるか?」
「分からねえな。分かりたくもねえ。分かってやるつもりもねえ。なら聞くけどよお、お前は分かるのか?」
「何がだ」
「アイズの気持ちって奴だ」
立ち上がってリヴェリアに近づく。見下ろしながら俺はリヴェリアを睨むとリヴェリアも俺を睨み返す。それでこそリヴェリア・リヨス・アールヴ。
「危険なことをする度に、全員が全員心配そうな顔しやがってよお。てめえに分かるのか? あぁ?」
「心配して、当然だろう」
「ハッ、当然!? なら、お前らは俺の心配をしたことがあるか? 俺が敵の足止めをする時、モンスターの中に突っ込んでいく時、てめえは俺の心配なんぞ微塵もしてない、違えか?」
「それはお前のことを信頼しているからだ」
「それだよ。なんでそれをアイズにしてやれねえ」
「あの子はお前とは違う」
その言葉に、俺は吹き出してしまった。なんて当たり前のことをこいつは言うのか。
「くくくくっくく、あはは、はっはっはっは!! 俺以外に俺がいたら、びっくりどころじゃねえぜリヴェリア!」
「冗談を言っているわけじゃない!」
「ああ、俺も冗談なんて微塵も言ってない。あいつが俺じゃないのは当然だろう? 俺が俺しかいねえからこそ、俺の賭けに意味がある」
「何を言っているんだ、お前は」
「確かに、あいつは俺じゃねえ。俺と違うことは当然だ。だがな、あいつは俺とは違うが、特別じゃねえ。人ってのはな、全員が特別とか抜かすが、結局全員特別なら全員同列だ。この世に本当に特別な存在なんて、存在しねえ」
「あの子は特別だ。お前も、知っているだろう」
「知らねえな。あいつのどこが特別だ? 言ってみろ!? 生まれか!? 強さか!? 背負った運命か!? 言ってみろよ!!」
リヴェリアに詰め寄る。
「じゃあ、なんだ? てめえはあいつから出自の特別性を抜いたらあいつじゃなくなるとでも思ってんのか!? 強くないアイズ・ヴァレンシュタインはアイズじゃねえのか!? 強さを目指さねえアイズ・ヴァレンシュタインはアイズじゃなくなるのか!? 違えだろ、そうじゃねえだろ!!」
「そんなことは、言ってない」
「言ってねえだけじゃねえのか?」
「そんなわけがないだろう!?」
「じゃあ、ちゃんと見てやれ! あいつの声を聞いてやれ! あいつの目を見てやれ!! 話はそれからだボケが!!」
「ボケとは何だボケとは!!」
「ママ成分を抜いたリヴェリアなんてボケで十分だっつうの!!」
「さっきと言ってること少しおかしくないかお前!!」
かもな、と言いながら俺はベッドに寝転がった。今日は色々と喋りすぎた気がする。それも昔のアイズを思い出した日だからだろう。
嵐の後の静けさが訪れる。リヴェリアも俺に言われたことを思い返しているのか黙って椅子に座ったままだ。
そして、やがて静寂を打ち破った。
「なあ」
「ん?」
「子離れとは、難しいな」
「ハッ、お互いな」
だが、きっとぶつかっただけの意味はあったのだろう。今のリヴェリアとなら酒を飲んでもいいかも、と思うくらいだ。まあ、あいつは絶対に受けたりしないが。
「なあ、今度晩酌に付き合ってくれよ」
「……少しだけならいいだろう」
「え、マジで!?」
「私は酒は飲まんがな。果実水を用意しておけ」
「それじゃいつもと変わんねえじゃん。ちょっと飲んでみようぜ。ぜってー美味いから」
「変わるだろう? その時は
「お前と一対一で飲むとか悪夢にしか思えねえ……が、付き合ってもらうぜ」
「悪夢が見たいなど、お前もおかしな奴だ」
ため息を吐きながらリヴェリアは部屋から出ようとしていた。この口約束が叶うかは分からないが、叶ったら叶ったで一波乱ありそうだ。
「お前の言わんとしてることは、少し分かった」
「そうかよ、それはよかったぜ」
「だが、心配なものは心配だ」
「まあ、それでいいんじゃねえのもう」
俺もベッドから起き上がってリヴェリアを見送るためにドアまで歩く。押し出すようにして彼女を退出させる。
「心配するのもママの仕事ってやつだ」
「誰がママだ、このたわけが」
そう言って、俺はドアを閉めた。
翌日、夜に打ち上げを控えた【ロキ・ファミリア】は遠征の後処理に追われていた。団員総出で魔石やドロップアイテムの換金、補充しなければいけないアイテムの確認や消耗してしまった武器の発注など、やることは山のようにある。
山のようにあるが、俺は俺で用意しないといけないものがあるのでそちらの作業は手伝わないことになっている。
俺が魔法によって捧げなければいけない金銀財宝は、基本的に自分で調達している。宝石商を巡り、アクセサリー専門の職人のところまで趣き、大金をはたいてやっと運を極限まで高めるだけの物ができるのだ。
極力使いたくないあの魔法の使い所は基本的にピンチの時だ。使うなら最大の効果を弾き出す必要がある。適当な物を買っても、信頼できるほどの運の向上は獲得できないのだ。
「よう、カナリア」
「あら、いらっしゃいニコさん。来るの久しぶりねえ? またプレゼントしちゃったの?」
「いつも言ってるが、プレゼントじゃねえ」
「でも、
「捧げるのは神であって神じゃねえよ。いい加減勘違いなおせ」
「まあ、神であって神じゃない。それってつまりロキ様のことを神としてではなく女性として見てるってことね!」
「違えよ!!!」
俺の行きつけの宝石商であるカナリアは、おっとしりた女性だ。長い藍色の髪を後ろで束ね、ゆったりとした地味な茶色の服を着て、その上からポンチョを羽織ったその姿は何処から見ても宝石商には見えない。
俺の宝石商のイメージは肥えた男のイメージしかないのが問題かもしれないが。
しかし、カナリアは店を構えるほど儲かっている。今日も彼女は店を従業員に任せ、俺と会っているのは店の奥にある商談室だ。
「で、なんか良いのあるか?」
「あるわよー。これなんてどうかしら? 最近プロポーズによく使われる宝石なんだけど」
「そういうのじゃねえから」
「えっと、じゃあこっちの女性に人気の」
「だからな、カナリア」
「もう、じゃあ何ならいいのよニコさんのワガママさん」
「俺、別に我儘言ってねえんだけどなあ」
そう言いながら俺は彼女から手渡された書類に目を通して最近の流行りの宝石や新しく入荷した宝石を見ていく。
「なんかねえの? こう運気が向上しそうな奴」
「そんなのあるに決まってるじゃない! これなんて恋愛運が」
「はい黙ろうかカナリアさんや」
「むうむうううう」
未だに路線変更をしようとしない彼女の口を手で塞ぐ。観念したのか、彼女は俺の手を自分で引き剥がしながらもう一枚紙を渡してきた。
「はい、これ。ニコさんが好きそうなの纏めといたわ」
「流石カナリア、分かってるじゃねえか」
「もう、でもこんなの誰にプレゼントするのよ?」
「だからプレゼントじゃねえっつってんだろうが」
「プレゼントしたことないの? 一度も?」
「一回くらいはあるけどよ」
「お相手はやっぱり【剣姫】ちゃんかしら?」
「そうだけど、なんだよ」
ニヤニヤと笑うカナリアを見て少し嫌な予感がした。こいつは宝石商という商売人ではあるが、いや宝石商という商売人故と言ったほうがいいのか、色恋沙汰に対する興味が人一倍ある。カナリアの色恋話は一度も聞いたことはないが。
それなりの付き合いではあるが、カナリアの個人的な話は数えるほどしか聞いた覚えがない。印象的だったのが実は既婚者だということだ。人妻で宝石商とか、夫はなにしてんだと思ったことを覚えている。
「【ロキ・ファミリア】にいるお得意さんからの情報だと、ニコさんと【剣姫】ちゃんはアツアツラブラブって話よ!」
「そいつの名前、教えてくれるか?
「個人情報だからだめよー」
「ちっ、まあ良い。これくれ、この青いの」
「あら、それ凄い高いわよ? いいの?」
「いいんだよ、高えほうが」
「そうよねえ、貰うなら高いほうがいいわよね」
まだふざけたことを言っているカナリアを注意することも疲れた俺はほうっておくことにした。しかし、一つだけ言っておくことがあった。
「そこは猫被ってでもいいから『プレゼントは気持ちよ』って言えよ」
「何言ってるのよ? そんなこと宝石商の私が言うわけないでしょ? もう、ニコさんってばボケちゃったの?」
宝石商らしいと言えばらしいことをいいながら、カナリアは料金の計算を済ませた。俺はカナリアのお得意さんであるから割引があるのだ。たくさん買うとお得なことがあるのはなんでも同じだ。まあ、宝石をダース単位で買った俺にカナリアは当時引いたが。
「じゃあ【剣姫】ちゃんによろしくねー! 今度連れて来てもいいのよー!」
「ぜってー連れてこねえから安心しろ!」
その後それを加工できる職人を探しまわり、更に複数の宝石商を回ると既に陽は傾き夕暮れ時となっていた。
「ああ、打ち上げか……なんもないといいけどなあ」
【ロキ・ファミリア】の打ち上げには、ハプニングが付き物だ。
※2016/02/19 【