Gambler In Sword Oratoria 作:コイントス
「こんばんは、ロキ」
「ん、おおフォルトゥナやないか! 久しぶりやな!」
【ガネーシャ・ファミリア】のホームで開催された『神の宴』に、本当は来るつもりのなかったロキが参加した理由は彼女が目の敵にしているヘスティアという神をいじり倒すことだった。
ラウルが御者をする馬車から降り、会場である【ガネーシャ・ファミリア】のホーム――主神ガネーシャを象った巨大建造物――に入って最初に会った神が女神フォルトゥナだった。
薄い桃色の髪を身体の前で束ね、黒のドレスに身を包んだ彼女は女神の例に漏れず整った顔立ちをしている。身長はロキと同じくらいだが、胸部はフォルトゥナの方が少し勝っていた。そんな彼女を形容するとすれば儚げな少女だ。
しかし、その本性は【
その微笑みが凍える程恐ろしく雰囲気に飲まれたら最後勝つことは叶わない、とニコライはロキに語った。
「ニコは元気?」
「元気も元気、この前なんてめっちゃ酒飲んで大暴れしとったで!」
「あんまり、無茶させないでね――賭け事以外では」
「お前も相変わらずブレへんなー」
正にニコライを女にしたらこんな感じ、とロキに思わせる程女神フォルトゥナはギャンブル好きである。時々変装してまで他のカジノに遊びに行くほどだ。
ただの一度しか負けたことがないというのだからニコライが尊敬するのも頷ける。
「ねえ、ロキ」
「なんや?」
二人は歩きながら会場の中へと進んでいく。数多くの神々が騒いでいる会場内で、フォルトゥナはどこか浮世離れしていた。彼女は本来宴に来るような神ではないのだが、何故か毎度のこと宴があるとやってくる。
彼女の本来の居場所はカジノであり、ギャンブルに興じることが彼女の生活だ。
「ニコは私のこと、忘れちゃったかな」
「んな訳無いやろ。あいつ前お前に貰ったコイン、後生大事に部屋に飾っとるで」
「……そっか」
フォルトゥナは儚く微笑った。彼女は神だ、ロキと同じく多くの者と別れを果たし、そしてそれ以上の出会いを経験し、そしてまたそれらを失くす運命にある。そう、神である彼女に人類のような未来はない。ただあるのは生き続けるという運命、進歩もなく、成長もなく、進化もなく、ずっとずっと同じような毎日を繰り返すのだ。
暇は人を殺すというが、それは神にも言えることだ。否、神の方がそれは致命傷になる。暇は神を殺す、故に彼等は下界へと降りてきたのだ。
「私のとこには遊びに来てくれないの……」
「そういや昨日カジノ行ったらしいな」
「うん……楽しそうだったわ、とっても」
「……まあ、ニコもお前に合わせる顔がない思ってるんやろ。
主神同士はまったく問題なく付き合っているのは、その改宗を望んだのがロキではなくニコライ自身だったからだろう。むしろロキは本当に良いのか再三確認をしたくらいだ。一応会って話をすることはあるがニコライはフォルトゥナと賭け事はしない。
「お前を負かしてまで改宗したんやからな」
「そう、なのかな? 私はもう気にしてないのに……」
「そう言っといたるわ。『フォルトゥナが寂しがってるから遊びにいってやれー!』ってな」
「うん、お願い。でも、『寂しい』じゃなくて『凄く寂しい』にしといて」
女神フォルトゥナは孤独のギャンブラーだ。神に勝負を仕掛けようとする者はおらず、神に勝負を仕掛けられて勝てると思っている者もいない。唯一人を除いては、だが。
「私、待ってるから」
彼女が思い出すのは十五年前のニコライ・ティーケ。八歳で彼女に勝負を挑み、そして負かした唯一人のギャンブラー。故に彼女が送った名は【賭け狂い】、狂ったように賭けるその様も言わずもがな、そもそも神に賭けを持ちかけるという狂った人間という意味で送ったのだ。
神々ですら彼女との博打は嫌がる。何せ彼女は運命を司る女神だ、勝てるわけがない。力を封印しても、その勝負強さと運の良さ、そして冷静な分析能力は衰えず、むしろ磨きがかかった。
「また、負かして欲しいの」
そして――そんな彼女をニコライ・ティーケは下した。その時、一人の男の意志が、女神の運を越えた。フォルトゥナはただそれが嬉しかった。
「勝ったらファミリア移籍とか言ったらうちも怒るで?」
「言わないよ、そんなこと……だってニコライはもうロキの家族だもの。いつも【剣姫】を連れて、楽しそう」
「ま、好きなだけ遊んでもらい」
「うん」
因みに、その後ロキに「お前は負けた時は何賭けるん? 金?」と聞かれた時に彼女は「身体でも心でも……あ、心はもう奪われてるのかな」と言いロキを呆れさせた。
――お前こそ【賭け狂い】だろう
その時のロキの心情であった。
その後ロキは目的であったヘスティアに出会い、見事返り討ちに会ってホームへと帰還した後も自棄酒に走ることになるのだが、それはまた別の話だ。
♣♣♣
「あれ、ニコライさんフィリア祭行かないんスか?」
「あ? なんだラウル、てめえ知らねえのか?」
「何をっスか?」
「フィリア祭は賭け事禁止なんだよ、クソッタレなことにな!」
闘技場でモンスターの
「えっと、だから行かないんスか?」
「はあ!? 行かねえに決まってんだろ! モンスターなんてダンジョンで飽きるほど見てるしなあ」
「それはそうっスけど」
食堂のテーブルに突っ伏して暇そうにしている俺にホームで留守番をしていたラウルが話しかけてきた。
例えば、フィリア祭がモンスターと触れ合うというような賭け事のまったく関係なさそうなイベントであれば、まあ興味はないが行ってもいい。しかし! しかし! 賭け事が大いに絡めそうなのに賭け事ができないというのは俺にはまったくもって納得できん!
「別にいいじゃないっスか、見に行くだけでもなかなか楽しいもんっスよ?」
「じゃあ、賭けをしようかラウル?」
「はい?」
「もし俺が面白いと思ったら、お前が強くなれるよう鍛えてやる。だが、もし俺が面白く無いと思ったその時は――――お前を鍛えるという名目でサンドバッグにしてやんよ」
「横暴っス!! それは横暴過ぎるっス! というか、それ勝っても負けても未来が変わらないっス!?!?」
ラウルがどんな未来を思い描いたかは知らないが、きっと碌でもない未来だろう。因みに俺はラウルが頭から地面に突き刺さっている未来を思い描いた。
「何贅沢なこと言ってんだよ」
「確かにLv.6のニコライさんに鍛えてもらえるのは嬉しいっすけど悪意しか感じられないっス!」
「なあに、アイズと同じ『ニコライさんの超絶ハッピーダンジョンツアー』に連れてってやるだけだ」
「嫌っス! 嫌だあああああああぁ!!!」
「ハッハア! んじゃ、行ってくるぜッ!!」
「待って! 待って欲しいっスうううう!!
俺の全力疾走にラウルが追いつける訳もなく、俺はホームから飛び出して闘技場に向かうことにした。走り去っていく俺を門番達は目を白黒させながら見送った。
俺がそもそも闘技場まで辿り着けないという未来は誰もまだ知らない。
『オオオオオオオォォォ――――ッ!!!』
「はあっ!?」
人の間を縫うように走りながらメインストリートを進んでいた俺は、突如通りに轟いたその声に驚愕した。
「なんでオークがここにいんだよ!? いつの間にかダンジョンにワープでもしたのか俺は!?」
自分でありえないと思いつつ、目の前にありえない光景があるのだから仕方のない思考だろう。街中にモンスターがいるというのは、それだけで本当に異常だ。
『オオオオオゥ!!!』
しかし、不思議なことにそのオークは暴れるだけ暴れて、誰も襲おうとはしていなかった。普通であれば冒険者でなくとも人を見かけたらぶち殺しにくるはずなのだが。
「きゃっ」
しかし、人を襲わないからと言って危険ではないということはない。
オークが暴れて吹き飛ばされた屋台の一つが転んでしまった女に降りかかろうとしていた。足でも挫いてしまったのか、起き上がることのできなかった女は目を硬く閉じ無事を祈るしかできなかった。
「させっかよおお!!!」
一歩踏み込み飛んできた屋台を殴ってオークに弾き飛ばす。
『オオオ!? オオオオオオオオオォォォォッッッ!!!!!』
何気ない反撃に怒りを覚えたのかオークは雄叫びを上げながら、遂に俺という人間に襲いかかってきた。
「それでこそだろうが、モンスターッ!」
しかし、疾うの昔にオークなど脅威ではなくなっている俺の前でその命は数秒のものでしかない。
「人様に迷惑かけんじゃねえっ!! 土に還りなああああ!!」
『オオオオオ!!!』
殴り掛かってきたその拳に自分の拳を重ねるように突き出す。肉の潰れる音、骨の砕ける音、血の吹き出す音、あらゆる破砕音を鳴らしながらオークの腕は一本吹き飛んだ。
『ォ?』
「おらおらおらおらおらぁッ!!」
何が起こったか理解できていないオークを放っておき、俺は二つの拳を交互に突き出す、何度も、何度も。ただそれだけの攻撃だが――Lv.6のポテンシャルで放たれるそれは、嵐である。
「はぁ……今日はツイてない一日なのか」
ラッシュによって上半身が吹き飛んだオークは魔石が砕かれたことによって灰になってその姿を消した。完全な
「ありがとう兄ちゃん!!」
「格好良かったぜ!!」
「おうおう、あんがとよー」
周りの市民からの声援を受けながら、俺はやっぱりホームに帰ろうかと身を翻した。しかし、振り向くとそこにはあの時転んだ女が立っていた。
その女はふわりとした蜂蜜色の髪を腰まで伸ばし、簡素な赤いワンピースを着ていた。そして何より、うちの主神にはない胸がたわわに実っていた。
「ありがとう、助かったわ」
「別に礼はいらねえよ」
俺の前まで来たその女を眺める。上から見ると更に良い景色だった。礼はいらないと言ったが、美女に感謝されて嬉しくない男はいない。あのフィンだってこの光景を見たら鼻の下を伸ばすに違いない。あ、あいつじゃ身長足りないか。
「ん? お前、神か?」
「ええ、デメテルって言うわ」
「デメテル……デメテル! ああ、酒作ってるファミリアか!?」
「違うわよ! うちは農業系の商業ファミリア! うちの果物を使ったお酒ならあるけど」
「ああ、すまんすまん。うちの主神は大の酒好きだから」
「あら、そういえば貴方は?」
「俺は【ロキ・ファミリア】のニコライ・ティーケだ」
「まあ、あの【賭け狂い】って貴方のことだったの? 思ってたより良い男ね」
髪と同じようなふんわりとした雰囲気を醸し出すその女はどうやら神だったようだ。神とて下界では一般人となんら変わらない力しかない。モンスターが相手では何もできない。
「ねえ、他の所にもモンスターが散らばってると思うの」
「まあ、ありえねえ話じゃねえな」
「私のお願い聞いてくれるかしら?」
可愛らしく、上目遣いで頼まれたら断りようがないというものだ。考えても見てほしい、神としての美貌、見事なプロポーションの身体、風呂あがりを思わせる石鹸の香り、そして上目遣い。断る理由はなかった。
「いいぜ。神を助けるなんざ縁起の良いことだ。お願いなんて聞いちまった日には
「ふふ、じゃあ他の所に行ったモンスター達も倒してくれる?」
「任せときな」
ラウルとの賭けは俺の負けで終わりそうだと、俺は思った。最近は負けなしだったが、まさかそこで俺に敗北を味合わせるのがあのラウルだとはな……何が起こるか分からないものだ。賭けってのはそうじゃないとな。
「うっし、これで五匹目っと……後何匹いるんだ? つーか、こいつらどっから出てきてんだよ」
道を走りモンスターを屠り、屋根を飛び越えては敵を屠り、街中であるのにダンジョンにいるような錯覚を覚えながら俺はオークやシルバーバックと行った中層に近い上層、10階層やその付近にいるモンスターを一撃で倒していく。
「ん?」
その時一つ隣の通りから大きな破砕音を聞き取る。それと共に逃げ惑う人々の叫び声と、そして聞き覚えのある家族の声が耳に届く。
「どういうこっちゃ?」
屋根に飛び乗り向こうの通りを俺は見た。そこには頭が花の蛇のようなモンスター達と戦うアイズ達がいた。
「おいおいおい」
俺の目に映ったのは紛れも無く、そのモンスター達に苦戦している【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者達だった。
俺はもういくつか屋根を伝って現場へと急行する。
「私はッ!!」
屋根から見下ろすその先で、一人のエルフの少女が立ち上がった。ボロボロの身体を引きずるように立ち上がり、そしてその顔を上げた。
「私はレフィーヤ・ウィリディス! ウィーシュの森のエルフ!」
口の端から血が溢れ、腹からも血が滲んでいる。それでもそいつは立ち上がった。その目には強い意志が宿った。
「神ロキと契りを交わした、このオラリオで最も強く! 誇り高い! 偉大な
ああ、そうだ、俺らはそうじゃないといけない。冒険者っていうのはそうでなければいけない。追い求めるものに手を伸ばし、手に入らないと知れば足掻き苦しみ、それでも手を伸ばし続けるしかない。
そのためなら自分の命すら賭ける、それだけの価値がある。
「いかないッッ!!!」
その瞬間、その場で最も輝いていたのはレフィーヤに違いなかった。誰とも知れない誰かに自分を誓い、自らを奮い立たせる彼女にスポットライトが当たっていた。
ステージの上でレフィーヤは歌を紡ぐ。
「【ウィーシュの名のもとに願う】!」
「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ】」
「【繋ぐ絆、楽園の契り。円環を廻し舞い踊れ】」
「【いたれ、妖精の輪】」
「【どうか――力を貸し与えてほしい】」
それはレフィーヤの二つ名【
「【エルフ・リング】!!」
レフィーヤを中心として構成されていた山吹色の
アイズに襲いかかっていた花の形をした頭が途端にレフィーヤの方へと攻撃対象を移行した。恐らくその攻撃の優先順位は魔力量だ。
「【
だから俺は拳を掲げ、自らの魔法を解放した。
俺を中心として熱風が辺りに吹き荒れる。地上にいたティオネやティオナがそれを感じ取り俺を見上げた。そしてアイズも、魔法を準備している俺に目を向けた。どこか不安そうなその瞳は俺に何かを言おうとしていた。
(ハッ、分かってんよ)
「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏の前に
それは本来【ロキ・ファミリア】最強の魔道士リヴェリアにしか許されない魔法だ。しかし、レフィーヤはエルフの魔法に限り魔法を借りることができる。詠唱と効果を完全に把握しなければいけないという、信頼がなければ満たせない条件があるものの破格の効果を弾き出す。使いようによってはありとあらゆる場面で猛威を振るう
「【閉ざされる光、凍てつく大地】」
翡翠色の魔法円が更に光を放ち、魔力が風となって通りを漂った。俺も気合を入れて自分の魔法の最終段階へと昇華させていく。
「【
明確な形を持って、その賭けの勝敗が姿を表す。吹き荒れていた風が拳に集い、そしてすべてを燃やし尽くす熱へと変貌していく。
「【吹雪け、三度の厳冬――我が名はアールヴ】!」
地面に描かれていた魔法円が一気にその範囲を広げ、すべてのモンスターをその射程範囲に収めた。
ゆっくりとしかし確実に、その魔法名はレフィーヤの口から放たれる。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!!」
すべてを凍らせる純白の氷が空間を薙いでいく。その通り道にあるすべてを凍りつかせ、一面を氷と雪、そして氷の像となったモンスター達だけを後に残した。
「【
そして俺は自分の拳を――
「てめえの勝利に祝砲だ、レフィーヤ・ウィリディスッ!!」
――空に向けて突き上げた
空気を震撼させる程の大爆音。空に放たれ天上に届かんとするその炎撃は、紛うことなき奇跡の一撃。敵に放たれていればすべてを焼きつくしていただろう、通り過ぎるすべてを破壊しつくしただろう。しかし、今回その役目は俺にはなかった。
空に放たれた極大魔法の震動で氷となっていたモンスター達はすべて粉々に砕けた。俺がやったのは掃き掃除の後、ちり取りに溜まったゴミを捨てただけみてえなものだ。そこに自分の魔法をぶち込んで勝利の横取りなど――できるはずがねえ!
「あぁあ、
すべての人間が空を見上げる中、一人のエルフは自分の勝利を手にした。アイズもどこか安心した顔をしていた。
(合体技はてめえとしかやんねえよ)
――【ロキ・ファミリア】は最高に面白い
こいつらとならこのクソッタレな世界でも楽しくどんちゃん騒いでいける、そんな気がしてならないのだ。人生は楽しんだ者勝ち、そうに違いないのだから。
デメテルさんは出したかっただけ感あります。