Gambler In Sword Oratoria 作:コイントス
銀の剣閃が薄暗いダンジョンの中で煌めく。風のように自由に、まるで重力など感じていないかのように軽やかに彼女は敵を斬っていく。
金の髪はダンジョンに灯る僅かな光を反射し浮世離れした美しさを映し出す。金の双眸は剣の如き鋭さを孕み敵を射抜く。印象的な目だ、自分だったら絶対見つめられたくないとニコライは思った。
「にしても、強えな」
ロキに紹介されたアイズという少女に付き添って、久しぶりにダンジョン2階層に訪れたニコライはその少女の戦いぶりに少し驚いた。ロキがわざわざ紹介するくらいだから何か訳ありな奴なのだろうとはニコライも思っていたが、アイズの剣技は予想を上回った。
『ギャギャ!!』
「邪魔……」
静かに、しかし明確な敵意を持ってアイズはその剣で『ゴブリン』の首を薙ぎ、一閃で斬り落とす。敵を恐れることもなければ、生物を切り裂くということに戸惑いもない。延々と、まるでそれが自分の使命であるかのように剣を振るう少女に、ニコライは舌打ちをしてしまった。
「つまんね」
それが彼の正直な感想だった。
確かに美しいとも言うべき容姿の少女だ。成長すれば美人になることは間違いなしと言ってもいいくらいだとニコライも思っていた。剣の腕も【ステイタス】に頼らず研鑽を重ねてきたのか、確かな技として彼女は剣を振るっている。気迫もあるし、どこか人を惹きつける不思議な魅力を持っている。
しかし、ニコライはその少女を気に入らなかった。
無論、【ロキ・ファミリア】に入ったからといってニコライに気に入られなければならないということはない。しかしアイズが承諾した賭けの内容は『ニコライの興味を引けるかどうか』という完全にニコライの主観に重きを置いた賭けだ。ニコライの心象がかなり賭けの勝敗に影響することは明らかである。
主神であるロキは例えニコライがアイズのことを気に入らなくとも賭け事に対して嘘を吐くことはないと信じているからこそそんな内容でも賭けを許したのだが、やはり興味を引くということと気に入るということは深く関係している。
「おい、もう帰るぞ」
「まだ、行ける」
「いや、そうじゃなくてもうすぐ飯の時間だし」
「いらない」
「てめえがいらなくても俺はいるんだよッ」
「帰っていい」
「残念な事に、本当に残念なことに、ロキにお前を任されてんだ。置いて帰ったらあいつになんてどやされるか分かったもんじゃねえ」
そう、ロキはニコライにアイズに付きっきりで過ごすことを命じたのだ。期限は賭けの期限と同じく1ヶ月。曰く、どんな所に興味を持つか分からないからずっと見てないと意味がない、ということらしい。
成立してしまった賭けを無効にできることもなく、嫌々ながらニコライはアイズのダンジョン探索に付き合っている。と言ってもニコライは何もしないで観察しているだけだ。死なれては困るので危険になったら助けるつもりだったが、上層でアイズが危険に陥ることはないだろうとニコライは思った。
「おい、こら待てッ」
「これ」
「あ?」
さっさと先に歩いてしまっていたアイズにニコライが追いつくと、アイズはバックパックからある物を取り出してニコライに差し出した。
「あげる」
それはブロック上の携行食だった。栄養価は高く、腹に溜まりしかも腹持ちもいいという長期間ダンジョンに潜る冒険者のために用意された携行食だ。しかし、当然携行食なので味にはそこまで気を使っていなく、殆ど味がしない。その上パサパサしていていて、ニコライは好んでは口にしない物だ。
「まさかこれを飯だって言う気か、てめえは?」
「うん」
「
「……お腹に溜まる」
自分も一個ブロックを取り出して口に運ぼうとしたアイズの手をニコライは掴んで阻止した。何故そのようなことをしたのかと怪訝に思ったアイズはニコライを見上げた。
アイズを掴んでいない方の手で顔を覆いながら、ニコライは静かに笑い始めた。
「く……くっくくくくくく……ッ! アハハハ、ハッハハハッハハ!!」
盛大にニコライは笑った。その突然の行動にアイズだけでなく、周りにいた冒険者達も何事かとニコライを不審者を見る目で見ていた。
「あー……笑わせてくれるぜ、アイズ」
「……?」
ニコライが初めてアイズの名前を呼んだ瞬間だったが、それはあまり重要なことではなかった。不思議がっているアイズの手からニコライは携行食を奪い取って握りつぶす。リヴェリアがその場にいたら恐らく食べ物を粗末にするなと言うだろう。
「まったくもって駄目だ」
「な、何が?」
「飯を食いに行くぞ、拒否権はない」
「いや」
「言ったはずだぜえ? 拒否権はねえ!!」
そう言ってニコは自分より二回りも小さいアイズを脇に抱えた。自分よりレベルの高い冒険者であり身体の大きい男性でもあるニコライに捕まったアイズに逃れる術はなかった。
ただジタバタ暴れるだけである。
「離して」
「駄目だ」
「離してッ」
「だーめだ」
「――ッ」
「おい、待て無闇矢鱈剣を振り回すんじゃねえッ!! いたっ、今ちょっと掠ったぞこら!」
ロキがその場を見たら『ニコ、セクハラやで!』と親指を立てていい笑顔で言ったに違いない。しかし、無茶な冒険をしようとする後輩冒険者を無理矢理連れて帰るという印象を周囲に与えたニコライは、特に怪しまれずアイズを地上に連れて行くことに成功した。
「ほれ、好きなもん注文しろ」
「……」
「なんだ怒ってんのか? だが飯はちゃんと食ったほうが良い。言っとくが事前に言わない限り俺は毎回てめえを地上に連れ戻して飯を食ってやる、いいな?」
ちゃんと事前に数日間ダンジョンに篭もると知っていれば食事の用意くらいできる。ニコライもまさか駆け出し冒険者であるアイズがいきなり長期間のダンジョン滞在に踏み切るとは思ってもいなかっただけのことだ。
「……明日から一週間」
「却下だ」
「じゃあ、三日間」
「なら良い」
アイズはニコライのことを不思議に思った。あんなに自分のことに興味がないと言っていたのに、何故か世話を焼いている。ロキに頼まれたからと言って食事の世話までして、ダンジョンに行く予定まで聞き出して一緒にいる必要があるとはアイズには思えなかった。
「なんで?」
「あ? そりゃ、お前美味い飯を食うことに理由なんていんのか?」
「……なんで構うの?」
「……不本意ではあるが、俺はてめえと勝負をしている。そして、俺は万全の敵と勝負して勝ってこそ意味があると思ってんだよ」
「万全?」
アイズにはニコライの言っていることが理解できなかった。つまりニコライは敵は強いに限ると言っているようなものだ。家畜を太らせて食べるならまだ意味は分かるが、敵を強くして負かすというのはなんだか元も子もないように思えた。
「そっちの方が
つまりは単にそれだけのことだ。
楽しいか、楽しくないか。より楽しくするにはどうするべきか。
――世の中楽しんだ者勝ちやで!
幼いニコライにそう言った神はその時ギャンブルで大負けした後だったにも関わらず満面の笑みを浮かべていた。
――つまりめっちゃ楽しんでるうちはめっちゃ勝者ってわけや、どうや参ったか!
その時のニコライではその思考に追いつけず『なんだこの頭のおかしい奴は』という印象だけが残ったが、その言葉がニコライが変わる切っ掛けだったと言っても過言ではない。
ただこの世界を、生きているということを楽しむ。そのためなら命を賭けることも厭わない、そんな
「そんなこと……どうでもいい」
「はあ?」
「私は、強くならないといけない」
そして、目の前の少女も過去のニコライのようにその言葉を理解はできないだろう。その目には並々ならぬ意志が宿っている。可憐な少女の容姿に反して、鋭く他人を突き放すような光を瞳に宿している。私に構うなと目で語っている。
「
その言葉に、ニコライはそこはかとない苛立ちを感じた。今すぐテーブルを真っ二つに叩き割りたい程にニコライの心は荒立った。だが、そんなことはしない。流石にそれは理不尽というものだ。目の前の少女は何も悪く無い。
「私は……強くなれれば、それでいい」
その少女に昔の自分を重ねてしまっただけだ。
ニコライの中にあったのは同族嫌悪であり自己嫌悪でもあった。何故昔の自分はあんなにもつまらなさそうに生きていたのかと、思ってしまうのだ。
「だからてめえはつまらねえんだよ」
「面白く生きる必要なんて、ない」
それはニコライがアイズに向けた言葉でもあり、過去の自分に向けた言葉でもあった。その時、何故ロキがアイズをニコに任せたのか、何故一ヶ月という長い期間を設けたのか朧気に理解した。
――ほら、もっと笑ってみ、ニコッてな!
心底この世が楽しいと言わんばかりのその神の笑みに、昔のニコライは釣られて笑ってしまったのだ。
料理が運ばれ、黙々とそれを口に運ぶアイズを見る。張った弓の弦のように、摩耗し過ぎた剣のように、危うさを持った少女だ。一日一緒に過ごしたが、未だにその表情が変わった所をニコは見ていない。
「何もかもてめえのためじゃねえか……ったくよ、ロキィ」
人類を愛して止まない自分の主神の名前をニコライは口にする。毎日馬鹿のように騒ぎ、団員を巻き込んで何かしら事件を起こす主神のことを迷惑に思うやつはいるものの、嫌いだと言う奴はいない。
ロキはずっと一生懸命に自分の眷属を愛していて、団員たちは皆それを心の何処かで分かっているのだ。神であるロキが、自分達と同じように笑うその日常が皆好きなのだ。
――こいつも笑わせろってか?
――この俺にか? 【
普段のニコライであれば、誰がそんなことをするかと一蹴するだろう。しかし、相手はロキである。自分にできてニコライにできないことがあったら盛大に馬鹿にしてくるに違いない。
その昔、ロキによって笑わせられたニコライのように、目の前の少女も笑わせてみろという主神からの挑戦状に他ならない。
「いいぜ、受けて立とうじゃねえか」
さっそく明日の朝にでも何を賭けるか話しに行こうと決めたニコライは、運ばれてきた魚のフライに頭から齧りついた。
「てめえを笑わせてやるぜ、アイズ・ヴァレンシュタイン」
――この俺の勝利のためにな
過去編は気分次第で投稿していくつもりです。
できるだけ話をぶった切らないようにするつもりですが、こんな感じです。