Gambler In Sword Oratoria   作:コイントス

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ステイタスは小出しにしていくスタイル。


020

 空回りしている、そんな感覚はあった。

 無駄に力が入っていた、踏み込みが浅かったり深かったりと不安定、呼吸もいつも以上に乱れていた。しかし、それを自覚しても止めることができない。目の前の敵が、自分の何かを知っている。

 

――アリア

 

 その名前を、自身の風を感じて呟いた女冒険者に問いたださなければならない。その真意、その経緯、何を持って自分を彼女と断定したのか。

 しかし、その思考が脳内を埋め尽くし戦闘にまったく集中できなかった。そうでなくとも、相手は予想以上の強敵だった。下手をすればロキ・ファミリアの幹部、その中でもLv.6に到達している4人に迫る実力だ。並のLv.5の冒険者であれば、アイズが少しくらい調子が悪くとも勝てる。

 

 敵を追い、そして斬り合った。その時出せるありったけを出したが、相手はその上を行った。攻撃をいなし切れず徐々に傷が増えていき、身体は痛めつけられていった。それでも我武者羅に剣を振るった。

 いつもの自分であればもう少し冷静に戦えただろう。しかし、その時は相手を捕らえて問いただすことで頭がいっぱいだった。

 

 武器を飛ばされ、足に力が入らず膝を付いてしまった。身体が動かないということにその時初めて気が付いた。だが、気が付いたところでもう何もできない。

 豪速で打ち出される掌底をただ眺めることしかできなかった。

 

 あと少し、瞬きの半分ほどの時間があれば掌底はアイズの頭蓋を貫き殺していただろう。しかし、アイズを襲ったのは全身を打ち付ける衝撃だった。元々動けなかった身体は衝撃をもろに受け、吹き飛ばされる。

 そして、誰かが近くに降り立つ気配があった。

 

「生きていたのか、ニコライ・ティーケ」

 

 目を向ける。そこにいたのは手負いの獣だった。本に読んだミイラ男のように身体中に包帯を巻いていたが、どこもかしこも解けそうになっていて風に靡いていた。全身の包帯から滲む血でどれほど深い傷を負っているのか分かった。

 立っていること自体がおかしいほどの夥しい量の血だ。

 

「ああ、生きていたぜ。俺があの程度で死ぬわけねえだろうが!! さあ、今度こそお前を殺す。昨日の続きを楽しもうじゃねえか!!」

「しぶとい、という言葉では足りないか。だが、なんとなくそんな予感はあった」

 

 『血濡れの鬼(ブラッディ・オーガ)』――誰かがニコライをそう呼んだ。

 血に濡れ、そして血に飢えた戦闘狂。流した血の分だけ強くなり、倒した相手の血に濡れるその姿に誰かが畏怖してそう呼び始めた。

 死ぬことを恐れないのかと誰かが恐れた、痛みを感じないのかと誰かが心配した。しかし、そのすべてを一蹴。なんと呼ばれようと、誰に心配されようとニコライは自分の生き方を曲げない。

 アイズもこの状態になったニコライを見たのは、久しぶりだった。致命傷を負えば負うほど強くなるという《スキル》だが、ニコライは率先して傷を負うことはない。今回はそれだけ相手が強いということだ。

 

「だが、今はお前の相手をしている場合じゃない。すべて台無しになったが、私にもやらなければならないことがある」

「おいおい、俺と殺し合うより大切なことがあるってか?」

 

 鬼は獰猛に笑う。まるで怪我などしていないかのように、子供のように楽しそうに、獣のように猛々しく、狂ったように笑う。

 そこにいるのは何時も通りのニコライ・ティーケだった。アイズの相棒、彼女が自分の弱みを見せることができる唯一の人。

 

「ニ、コ?」

 

 その名を戸惑いと共に呼ぶ。何故、ここにいるのか。何故、そんなに怪我をしているのか。聞きたいことはたくさんあった。しかし、彼女の一番思ったのは――聞かれたくないという思いだった。

 

「すまねえがアイズ、こいつは俺の得物だ。お前でも譲れねえ」

「なんで、ここに」

「俺からしたらむしろなんでお前らがいんのかが分からねえよ。それよか下がってろ、邪魔だ」

 

 視線を一瞬アイズに向けたニコライに彼女は手を伸ばそうとする。早くその場から退いてくれと叫ぼうとする。しかし、声が上手く出ない。そして、心の何処かで助けて欲しいと彼女は願ってしまった。

 

「それは困る。私の狙いはアリアだ」

「――ッ」

 

 アイズが息を呑む。ダメなのだ、それをニコライの前で言ってはダメだ。だって、ニコライはアイズの弱さを知っている。その原因も、アイズ本人の口から聞き、その弱さがどんなに彼女を苦しめているのかも知っている。

 ニコライはアイズが強くないということを、知っているのだ。

 

 だからこそ。

 

「――――あ?」

 

 ニコライは怒る。

 普段のような激しい怒りじゃない。そもそもあれは本気の怒りではなく、己を奮い立たせるための大仰な怒り方だ。本気で怒りを露わにしたニコライは、煩く喚かない。逆に静かになるのだ。

 静かな怒りが、ニコライの身体からにじみ出る。

 

「てめえ、今なんつった?」

 

 いつものニコライからは想像できないほど静かで、そして殺意に満ちた声だった。向けられていないアイズでさえ、一瞬恐れてしまうほど濃厚で冷たい――刃のような殺意。

 普段のニコライであれば決して発することのない感情だ。

 

「私が用があるのはそこにいるアリアだけだ。お前との決着も付けたいが、今は退け」

「――ハッ」

 

 その殺意を真っ向から受けても女冒険者、レヴィスは表情一つ変えずに返答する。会話を聞く限り、レヴィスはニコライに一度勝っている。そのための余裕なのかもしれない。

 

「ハッハッハッハハハハハハハッハッハ!!!!」

 

 場違いな笑い声をニコライがあげる。レヴィスがその隙きだらけのニコライに攻撃をしかけないのは、彼女も何かニコライから只ならぬ雰囲気を感じているからだろう。

 

「あぁぁ……笑った。笑わせてくれるぜ、レヴィス。アリアだぁ? 残念だがここにそんな名前の女はいねえ」

「そこの女の風は間違いなくアリアだ」

「違えよ」

 

 間髪入れず、ニコライが言い返す。その言葉が何故かアイズにははっきりと聞こえた。

 

「違え。こいつはアリアなんて名前じゃねえ」

 

 ニコライが一歩一歩レヴィスに近付いていく。一歩踏み出す度に、怒気が空間を震わせる。手負いの獣、その通りだ。今のニコライは触れれば誰でも襲いかかる獣だ。

 

「こいつはアイズだ。俺の唯一人の相棒の、アイズ・ヴァレンシュタインだ。他の誰でもねえ、他の誰かであっちゃあいけねえ」

 

 その言葉がアイズの心を掬い上げる。何故か、胸の奥から温もりが湧き上がる。他の誰でもない、そんな当たり前のことなのにニコライが言うだけで彼女にとっては特別な言葉になる。認められている、必要とされている。

 ニコライ・ティーケは他の誰でもない、アイズ・ヴァレンシュタインを望んでいる。たっだそれだけの事実が、彼女の支えになる。

 

「間違えんじゃねえ」

「そうか、私にとってはどうでもいいことだ」

「だろうな。まあ、本当にどうでもよくなるさ。なんたって――」

 

 おもむろにニコライは籠手を外してアイズの方へと投げ捨てた。怪訝に思いながらもレヴィスは警戒を緩めない。むしろその奇妙な行動に更に警戒心を強めた。

 

 次の瞬間、視界からニコライが掻き消える。踏み込みで砕かれた地面、掠れて見えた影だけがニコライが走り出したことをアイズに教えた。

 レヴィスはその速度に反応できず横に吹き飛ばされる。なんとか受け身を取って起き上がった瞬間横に転がって襲いかかる踵落としをなんとか避けた。

 

「――俺がお前を殺す」

 

  殺す、その言葉が冷たく放たれる。限界を攻める楽しむための殺し合いではない。()()殺す、そこには高揚感も何もない。

 

「なっ、んだと」

「昨日の俺と同じだと思ってると、すぐ死ぬぜ」

「ちぃ、面倒なぁッ!!」

 

 激突、荒々しい風が辺りに吹き荒れる。

 

 

♣♣♣

 

 

「更に速度を上げた……お前、何をした」

「種も仕掛けもない、なんてこと言わねえ。教えるつもりもねえがなっ」

 

 飛び退いたレヴィスを追う。一瞬でその背後へと回り込み前蹴りを放つ。辛うじて反応できたレヴィスは僅かに掠らせながら脚を避けた。しかし、表情には苦しみがにじみ出ている。

 

大博打(High Risk High Return)

・ 基本アビリティ上方補正。

・ 金属製の武器を装備していない限り効果持続。

・ 装備の重量に比例して効果向上。

 

 自殺行為のような条件を代償に、すべての基本アビリティを引き上げる《スキル》だ。普段から金属製の装備はなるべくしないようにしている。籠手を武器と部類するかというのは、専ら個人の考えに左右される。

 しかし、今装備しているのはボロボロの包帯、簡素なズボン、そして籠手のみ。

 

 その籠手を脱ぎ捨てた今、現状最高の戦闘力を俺は発揮している。

 【全身全霊(All In)】によって、致命傷を負った身体は逆にその牙を向く。

 【大博打(High Risk High Return)】によって、装備による防御と攻撃を捨てる変わりに肉体は強化される。

 もう潰れに潰れた拳だ、後で治療すれば良い。

 

 酷く心が冷めているのが分かった。目の前の相手は楽しむために殴るのではない。排除する、ただそれだけのために殴る。

 

「ぐぅっ」

「らぁっ!」

 

 拳がぶつかる。昨日であれば拮抗、あるいは俺が押し負けていただろう。しかし、今は違う。昨日の俺と、今日の俺とでは膂力がまったく違う。

 拳の潰れる音がした。お互いの拳が潰れていく。だが、痛みはまだない。麻酔がまだ効いている。いや、効いて無くとも今は感じなかっただろう。

 

――俺の相棒の名前を間違えるんじゃねえ

 

 怒りだ。純粋な怒りが込み上げてくる。だが、それでいて頭は落ち着いている。キレるといつもこうなってしまう。怒りを覚えた相手にだけすべての神経が向き、ただ打倒するために身体が脳が動き始める。

 

――よりによってその名前で、間違えるんじゃねえ

 

 泣きじゃくる少女を思い出す。自分の生きる意味を、戦う意味を知らない無垢な少女だった。何も知らなかった、だから剣を振るうしかなかった。それは、悲しいことだ。それは、つまらないことだ。何かに縛られて生きるということは、何よりも辛い。

 だが、少女はその束縛を望んだ。それだけが彼女を彼等を繋ぐ残った絆だった。強く在らねばと、強くならなければと少女は言った。涙を流しながら、血を流しながら、少女は自分の運命を定めた。

 

 だから、俺はそれを壊す。

 そんな定まった運命はつまらないと言って、レールを蹴り壊す。

 そんな束縛されていては見えるものも見えなくなるだろうと、引っ張って緩めた。

 

――もう、縛られることねえだろうが

 

 何故、今になってと思ってしまった。忘れることはないだろう、その鎖は一生彼女に纏わりついているだろう。しかし、彼女はやっと生きているという実感を得てきた。その定まった運命から己の足で踏み出そうとしていた。

 だから、お前は邪魔だ。

 

「即刻死ね」

「な、めるなぁっ!」

 

 自分勝手な行動だ。俺なりに思っての行動であったとしても、あいつが望んでいるとは限らない。もしかしたらレヴィスを殺してほしくないと、何を知っているのか問いたいと思っているのかもしれない。だが、それでも俺はこいつを殺す。

 誰がどう思おうと我を通すのがニコライ・ティーケの生き方だ。

 

「――ッ!」

 

 俺もレヴィスも更に速度を上げていく。あの時まだ本気でなかったことに驚きながらも、レヴィスの拳を的確にさばいていく。拳で拳を弾く、受け止める、真っ向からぶつかり合う。少しずつ、俺の速度に付いてこれなくなってきたレヴィスに俺の拳が突き刺さる。しかし、俺は元々万全ではない。

 徐々に、痛みが蘇ってくる。

 

「ちっ」

 

 麻酔が切れてきたことで動きに支障が出てくる。痛みで燃え上がる身体が脳の言うことを聞かなくなる。それでも気合いで倒れることだけは避ける。地面を踏みしめる、拳を突き出す、息をする、すべての行動に精神をすり減らすような気合いを入れる。

 

「ニコライ!」

「追いついたぁ!」

 

 未だ地面に倒れてこっちを見ているアイズの傍にフィンやティオナが着地する。

 

「分が悪いか……」

 

 増援が来たことで、不利だったレヴィスはこれ以上の戦闘に意味がないことを悟り一目散に逃げ出した。

 

「行かせるかよ」

 

 殺すと言った手前、取り逃がしては格好がつかない。数瞬遅れて俺も走り出す。既に身体の節々が動かなくなってきていたが、下半身は比較的動いた。

 

「ニコ!」

 

 呼び止めるアイズの声を振り切ってレヴィスの逃げた方向、リヴィラの街の西方へと追いかける。西の端は崖となっていて、この前戦った場所のように湖へと飛び込むことができる。陸地だからこそ走って追いかけることができるが、今の状態で水泳はできない。

 なんとしても、そこに辿り着く前に追いつかなければ。

 

「追いかけてきたか」

「はっ、逃がすかよ」

「予想していないとでも思ったか?」

「な――」

 

 逃げていたレヴィスが突如反転、腰に抱きつくような形で突撃してきた。反応が遅れ俺はレヴィスに掴まれてしまった。

 

「ノーロープバンジー、続きと行こうか」

「くそがっ!」

 

 そしてレヴィスはあらん限りの力で俺を湖の方へと放り投げた。空中で身動きを取れるはずもなく、崖を通り越して湖へと落下していく。

 

「まあ、私は生き残るだろうが。さて、お前はどうだろうな?」

「どけ!!」

 

 腹から落下していく俺の背中にレヴィスが飛び乗った。俺をクッションにする算段のようだ。俺は身を捩り自分の上からどかそうとするが、既に水面は迫っていた。

 

「さようならだニコライ・ティーケ。もう二度と会いたくないが、お前の名前は覚えておこう」

 

 そして水面に直撃。自由落下と余計な重量、傷だらけの身体が相まってその衝撃だけで意識が飛びそうになる。このままじゃこの女に水中で殺される、そう思ったがどうやらレヴィスは俺を放ったらかしに逃げていった。

 

「ニコ!!」

 

 死の可能性から遠のいたからか、意識が急激に掠れていく。

 その中、上空から俺の名前を呼びながら誰かが飛び降りるのだけは見えた。薄れる視界の中、捉えたのは金色の髪。

 

 情けない姿を見せてしまったと、心の中で舌打ちをしながら、意識はまるで水の底にでも落ちていくかのように途切れた。




本当は三つ目の魔法も出そうと思っていたけど止めた。もっとかっこいいとこで出そう。
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