Gambler In Sword Oratoria   作:コイントス

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 黄緑色の新種のモンスターは扇のようなその腕を広げまるで蝶が鱗粉を撒き散らすかのように何かを辺りに飛ばした。極彩色の粒が風に乗って降り注ぎ、まるで雪のように幻想的な風景を作る。

 

「全員引け!」

 

 何かを感じ取ったリヴェリアが叫ぶように指示を出すと、団員もそれに従って全速で後退を始める。崖の下でもアイズやベートが急いで粒子の降り注ぐ範囲から離脱しているのが見えた。

 

「――――ッ」

 

 その直後、空気を激震させながら粒がすべて弾けた。空気中に舞っていた粒が連鎖するように爆発をし、視界を爆光が埋め尽くした。勢い良く吹き付けてくる熱風の向こう、岩を抉ってできたクレーターがその途方も無い破壊力を見せつけていた。

 その数秒後、崖下から煙を引きながら赤い光球が撃ち出された。【ロキ・ファミリア】において赤い光球は撤退の合図だ。

 

「リヴェリア、さっさと逃げようぜ」

「そうした方が良さそうだな。しかし、あの二匹を放っておくわけにもいかん」

「そうか、じゃあ、頑張ってくれ!!」

「リヴェリア、ニコライ!」

 

 崖を駆け上ってリヴェリアと俺のことを呼んだのはフィンだった。その後ろにはティオナやティオネなど崖下で戦っていたメンバーが不貞腐れた様子で登ってきた。一様に急いで駆け上ってきている。

 

「フィン、アイズはどうした!?」

「アイズにはあのモンスターを始末してもらう」

「はあ、何言ってんだよお前!? ちょっと前にてめえが突っ込むなって注意したばっかじゃねえか!」

「ああ、だがこれが一番被害が少ない作戦だ」

「――そうかいそうかい、そうですか」

「待つんだニコライ」

 

 フィンの横を通り過ぎようとすると呼び止められる。少年のような見た目ではあるが、皆が認める【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンの瞳が俺を睨みつけていた。

 だが、そんなことは俺にとってはどうでもいいことだった。

 

「俺は言ったはずだぜ。お前が覚えてるかどうか、俺には分かんねえがな。俺はよう、被害が少ないとか、効率が良いとか、そういう言葉が大っ嫌いなんだよ」

 

 出会ったばかりのことを思い出す。その昔、俺もアイズと対して変わらないくらいの問題児であったことが懐かしく思える。

 

「それとも何だ? お前は俺が負けるとでも思ってんのか? この俺が? 【ロキ・ファミリア】が誇るギャンブラーである俺が賭け事で負けるとでも思ってんのか?」

「賭け事?」

「そうさ。今てめえが俺じゃあいつらに勝てねえと思った。だから賭けてやる、俺はぜってーに勝つ、この命を賭けてやる」

「僕は何を賭ければいいんだい?」

「ハッ、何だっていいぜ? なんならそこら辺に転がっている石ころでもいい。賭け金なんてなんでもいい、賭けることに意味がある。誰もが勝てないと思った局面から、一発逆転、強力無比、絶対無敵の一手を、最高で最強で最凶の幸運(ラッキー)を引き当てる、それが俺だ。それが【賭け狂い(Mr. Gambler)】ニコライ・ティーケだ! さあ賭けろ」

「そうか。じゃあ、君が勝ったら今度の打ち上げは全部僕の奢りにしよう」

「乗ったああああ!! 破産させてやるぜえフィン!」

 

 叫ぶように賭けを成立させた俺は身に着けている金属製の武具をすべて脱ぎ始める。簡素なライトアーマーから脛当てや肩当てまで、持っている金属製の品が指輪しかない状態まで脱ぐ。身に着けているのは黒いインナーと布のズボン、そして龍の籠手(ドラゴン・ハンド)くらいだ。

 

「ガレス、これ頼むわ」

「おう。なかなか本気と見える」

「本気も本気だ。ぜってーフィンが破産する程飲んでやるからな。そん時は付き合えよガレス」

「がっはっはっは!! お前が死ぬまで飲んでやるわ!」

「お前ならできそうだから怖えんだよ!」

 

 装備をガレスに預けて、俺は崖の端へと足を運ぶ。後ろからは何人かの視線を感じながら、再び魔法を唱える。

 

「【行動には責任を、労働には金銭を、信仰には加護を。我が財を捧げよう、しかるべき対価を我は求める。財宝神の祭壇に財を焚べよ】」

 

 指にはめていたお気に入りの指輪を外して投げ捨てる。

 

「【財宝神の祭壇(Altar Of Kuber)】」

 

 崖から下へと落ちていく指輪は、光の粒子となって虚空へと消えた。その消え去る瞬間、もっとも美しくこの世にその姿を焼き付けながら俺に幸運が降りかかる。

 

「行くぜえええ化物!! 今の俺に攻撃が当たると思わないほうがいいぜええ!!!」

 

 さながら矢避けの加護の領域に突っ込むほど、今の俺の幸運は突き抜けているに違いない。

 俺はただ相手をブチ殺すことだけを考えて、崖からその身を投げ出した。

 

 

 

♣♣♣

 

 

「なんでニコライさんには行かせるんですか!?」

「そうだそうだー!」

 

 そもそもアイズを一人で残していくということに猛反対していた二人は、自分達が残ると言った時に却下されたことに不満を抱いていた。その直後に別段残りたいと言ったわけでもないニコライが行かせてもらえたことに文句を言い出した。

 

「まあ、待ちなさい二人共。そもそも団長は最初からアイズとニコを残すつもりだったのよ」

「そうでもなければあんな茶番のようなやりとりはせんからな」

 

 言葉にされていなかった作戦を理解していたティオネとガレスが補足説明を入れる。

 そう、恐らく【ロキ・ファミリア】の中で主神であるロキを除けばニコライ・ティーケという人間のことを最も理解しているのはフィン・ディムナである。彼が何を嫌い、何に怒るのかフィンは良く知っている。

 賭け事をこよなく愛するニコライは最小の被害で最大の利益を生むという考え方を嫌う。彼が好むのは最大の被害で最高の利益を生み出すことだ。ハイリスク・ハイリターンの世界をニコライは求めているのだ。故に彼は命を賭けて戦うことを好む。

 そして、何よりもニコライ・ティーケはアイズ・ヴァレンシュタインを決して一人にはしない。例え誰かに止められても、殴られても、殺されかけても、ニコライ・ティーケはアイズ・ヴァレンシュタインを支え続ける。

 それが、彼のしてしまった賭けの代償なのだ。

 

「つーか、あいつ勝てんのか? 今さっきの芋虫と同じで溶解液吐くぞあれ」

「そ、そうです! 肉弾戦専門のニコライさんじゃ勝てません! 今からでも援護に!」

 

 鋭い指摘をするベートに賛同するレフィーヤ。しかし、フィンやリヴェリアと言った最高幹部等は何の心配をしている様子もなかった。

 

「ニコライはああ見えて仲間思いな奴だ。負けることはないだろう」

「い、意味が分かりません。仲間思いな人が死なないなら、私だっていけます」

「そういう意味ではなくてな……あいつの三つ目の魔法をお前は知っているか?」

「三つ目?」

「答えは、そこにあるさ」

 

 嬉しそうに笑いながらニコライのことを語るリヴェリアを見てレフィーヤは困惑した。ニコライは決してエルフの好む誠実で真摯な性格をした人間ではない。しかし、リヴェリアはどこかニコライのことを好いているようにも見えた。それ程までに、彼女の笑みは自然だった。

 

「まあ、心配することはない。ニコライにだって奥の手がある。それに――」

 

 フィンは走り去っていった仲間を思い浮かべる。何時もへらへらとしていて、かと思うと突然怒りだしたり泣き出したり、ころころと表情を変える仲間だ。しかし、そんな彼がどんな時だって曲げないことがある。

 

「アイズと一緒にいるニコライに――――負けはない」

 

 そう、ニコライ・ティーケはアイズ・ヴァレンシュタインの前では負けない、負けられない、負けてはならない。何時如何なる時であっても、彼は彼女に遅れをとってはならない。彼は彼女の追いかける背中でなければならない。

 

 そうしてニコライ・ティーケは――Lv.6にまで至ったのだ。

 

 

♣♣♣

 

 

 崖から降りて豪速で戦闘域へと足を踏み入れた俺にまず襲いかかったのがつい先程大破壊を起こした極彩色の光粒だった。そんな次の瞬間焦土と化すであろう戦域にアイズは一人で防御を固めていた。最早爆発の及ぶ範囲から逃れることができないと悟った彼女が下したことが防御を固めて耐えることだったのだろう。

 俺はそんなアイズに向かって超加速した。

 

「迎えに来たぜえ、お姫様ああああ!!」

「ニコ」

 

 掻っ攫うようにアイズを抱える。超強い冒険者と言ってもアイズはまだ16歳の少女である。お姫様抱っこしてやると喜ぶに違いない!

 そのまま音を置き去りにするように再び加速する。

 直後、爆音、爆震、爆光。耳がイカれるのではないかという程の音の震動、足場が崩れるのではないかという程の地鳴り、世界が終わったのではないかと思わせるほど鮮烈な閃光。

 しかし、そのどれもが今の俺の脅威にはならない。

 

「はっはああ! 今の俺は言わば『スーパー』を越えた『スーパーウルトラニコライさん』だぜえええ!! んなちゃちな爆発が当たるかよおおお!!」

 

 ただ走り抜ける、それだけですべての攻撃から逃れる。それこそが幸運のもたらす効果である。走ればそこには爆発の空白地帯がある、撒き散らされる石礫はまるで俺を避けていくかのように飛ぶ。

 目を瞑っていても当たらない、そう信じて行動するのだ。迷ってはいけない、戸惑ってはいけない、後退してはいけない。ただ己を愚かなまでに信じ続けることこそが幸運男(ラッキーマン)になる秘訣だ。

 

――俺ならできる!

 

 自分だけは自分を疑わない。

 

――俺以外に誰ができる!?

 

 誰にでも勝てると慢心する。

 

――そう、俺以外には誰もいない!

 

 根拠も理由も不要。あえて言うなれば。

 

――俺が俺であるが故!

 

「さあ、反撃と行くぜええ、お姫様!」

「それ、やめて」

「あん? なんだ、恥ずかしいのか!?」

「割りと……ロキみたいで、嫌」

「はっはっは!! そうか、ロキみたいか! じゃあ、やめるわ!」

 

 抱いていたアイズを地面に降ろす。その柔らかい身体のどこにあんな力があるのか理解不能だった。その弱い身体で、弱い心で、傷付き抗い、ただひたすらに強さを求める彼女が俺は嫌いだった。

 痛いのなら痛いと言えばいい。泣きたいのなら好きなだけ泣けばいい。そう言ってやったのは、俺だけだったのだろうか? いや、そんなはずはない。【ロキ・ファミリア】の皆はアイズが思っている以上にアイズのことを気にかけている。

 

 だが、現実として彼女が最も自身の弱さを見せるのは俺である。それは強いからじゃない。強さだけならフィンだってガレスだっている。それは包容力なんてものじゃない。リヴェリアに勝る包容力を持っている団員などいやしない。

 ならば、俺には何があったのか。彼女は俺に何を見たのか。

 

「じゃあ、行くぜ相棒!」

「――うん」

 

 それはきっと彼女だけが知る感情だ。ただ、俺に言えることがあるとすれば。

 

「ぶん殴るぜえええええ!!」

「叩き斬るッ」

 

 自分の背中を預けられる仲間というものは、賭け事には劣るもののそれはそれで楽しいものだ。

 

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