Gambler In Sword Oratoria   作:コイントス

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「飯だ飯いいいいい!!!」

「ひゃっほーう! 久しぶりに大人数での飯やで!」

「「いぇーい!!」」

 

 ぱぱっとシャワーを浴びてすっきりした俺達を待っていたのは豪勢な夕飯だった。遠征から帰ってくるという趣旨はある程度上層に辿り着いた時点で早駆けを出して伝えてある。帰還に合わせてホームにいる団員たちが腕によりをかけて夕飯を用意してくれる。

 まあ、遠征から帰ってきた団員達からすれば何が出てきても保存食のオンパレードの遠征食に比べれば豪勢な食事に思えるのだが、作ってもらったものはありがたく食べる。人の分がなくなるまで食べる!

 

「うまうまあああ!!」

「黙って食えんのかお前は……」

「バッカだなあリヴェリア。俺は大声を出すことによってその美味しさを皆に伝えようとだな」

「お前の口から食べ物の感想で『美味い』以外聞いたことがないのは私だけか?」

「うちもないなあ」

「ワシはあるぞ……確か以前極東の握り飯なる物を食べた時『すっぱい』と言っておった」

「大して『美味い』と変わらん感想やないかーい!!」

 

 横から手の甲で俺の胸板を叩いてツッコミを入れるロキは嬉しそうだ。

 ロキは神である。ヒューマンである俺や小人族(パルゥム)であるフィン、ドワーフであるガレスやエルフであるリヴェリアのような種族の違いより遥かに大きな違いが俺達と彼女にはある。神とは超越存在(デウスデア)である。人には計り知れない奇跡の塊であり、彼等が本気を出せば世界等数瞬で終わってしまうだろうというほどの力を秘めている。

 しかし、彼等はその力を封印してこの下界に降りてきたのが千年ほど前の話だ。天界で生きることに飽きていた神々は下界に住む俺達に娯楽性を見出したらしい。それから彼等は俺達下界の住民と仲良く生きているわけだ。

 

「ったく、もっと気持ちよく飯を食わせろ! 俺は今回の遠征のMVPみてえなもんだぞ!?」

「Lv.6の冒険者として当然だ。お前や私が最前線に立たずして誰が立つ」

「だからってあんな化物と戦いたかねえだろうが!?」

「む……それは、確かにな。あれはかなり厄介な相手であったことは認めよう」

「おう! なら叫んでいいか?」

「結局叫びたいだけじゃないか」

 

 俺とリヴェリアの会話を聞き流しながらロキはフィンに今回の遠征の顛末をざっくりと聞いていた。その中で最も興味を示したのは、やはりと言うべきか芋虫型のモンスターとその親玉とでも言うべき人型のモンスターについてだった。

 

「んで、どんくらい強かったん? 戦ったんわニコとアイズたんだけなんやろ?」

「んあ? まあ、ありゃあLv.5一人じゃ辛い相手かもしれんな。相手を選ぶタイプのモンスターだ」

 

 まずあの巨体を殺しきるだけの攻撃力が必要だが、これは大抵のLv.5冒険者ならクリアできる。次に溶解液に対処できる術が必要である。これはアイズでいえば風を纏った剣、俺でいえば拳圧の盾だ。それに合わせて広範囲に破壊をもたらす爆発鱗粉に対処もしなければならない。必然的にどっしり構えて迎え撃つ、パワータイプの冒険者にとってはなかなかにやり辛い相手だ。

 【ロキ・ファミリア】の誇る筋肉戦士(パワータイプ)のガレスなら難なくぶち殺しそうだが、Lv.6とLv.5では大きな開きがある。

 

「アイズたんでも?」

「アイズなら余裕だ」

 

 その点アイズはかなりやりやすい相手だっただろう。細身のアイズは昔からパワーよりスピードで敵を圧倒するタイプだった。【エアリエル】の風は溶解液も鱗粉も問題なくさばける魔法であったし、必殺リル・ラファーガはかなりの破壊力を弾き出す。

 

「今回もあいつが華麗にぶっ殺してくれたさ」

「聞かせてや! アイズたんは聞いても教えてくれんしな」

「いいだろう、聞かせてやろうじゃないか! 俺の武勇伝!」

「アイズたんの武勇伝が聞きたい言ってんねんこのアホ!!」

 

 と言われても俺はアイズの戦いをずっと見ていたわけではない。詳細に語れたのは最後の一撃だけだった。

 

「そこで炸裂したのが俺の【運試しの拳(Lottery Punch)】とアイズのリル・ラファーガの合わせ技よ」

「おおおお!! 名前は!? 考えたんか?」

「そうだな……名付けるとしたら『リル・ラファーガ・スペシャル』とかだな」

「ださいわ!! いつも思っとったけどニコのネーミングセンスはださださや! 何でも『スーパー』とか『ウルトラ』とか付ければええってもんちゃうで!?」

「俺達にお前等(神々)みたいなネーミングセンスを求められてもな……」

「しゃーないなあ! 今回もうちが名付け親になったるで!」

 

 もう二度と同じ技は発動しないだろうということが分かっているのか分かっていないのか分からない主神は、何時も以上にマジな表情をしながら数秒間考えこんだ。

 

「『疾風鉄拳突(Iron Duke Gale)』なんてどや?」

「どうだって言われてもなあ……いんじゃね? もう二度と撃てねえけど」

「かあああ、ニコの馬鹿! ホンマ馬鹿やな馬鹿、もう二度と撃てへん技に名前を付けて覚えとくんが浪漫やろうが! ワビサビっちゅうもんやろうが、この馬鹿!?」

「てめえにだけは馬鹿って言われたかねえんだよ! つうか馬鹿馬鹿言い過ぎだこの馬鹿が!」

 

 この主神、女であるのに美少女や美女が大好きというおかしい奴なのだ。

 そのため【ロキ・ファミリア】の団員の七割くらいが女性である。【ロキ・ファミリア】に入団したい冒険者が後を絶たないのはこれが原因でもある。入れば綺麗な女性とお近づきになれる可能性がある、そう思うだけで行動できてしまうのが男性冒険者という奴らだ。

 まあ、ロキの審査に通るには下心見え見えでは不可能だが。すべてを見通す観察眼の無駄遣いである。

 

「同じだけ馬鹿言ってるやんか!!」

「細けえな、おいこら!」

「いい加減静かに食べろ」

 

 しょうもないことで言い争う俺達を疲れた声で止めようとするリヴェリアなど意に返さず、俺とロキは再び口を開いて何事かを言い合う。馬鹿馬鹿しく、何の実りもなく、ただただ大声を出したいだけの会話を続ける。

 

 そうして俺は(ホーム)へと帰ったと実感するのだ。

 

 

 

 因みに、後日極東出身の団員に『ワビサビ』の意味を聞いたが何故自分が馬鹿と言われたのかは分からなかった。

 

 

♣♣♣

 

 

 剣士としてアイズはかなりの高みにいる。振るう剣は鋭く、閃かせる銀色の刃に斬れぬものはないと言わせるほどだ。そこは頂ではないにしろ、彼女の剣士としての成長はもう緩かな登り具合になっていた。

 そして、それは冒険者としての彼女も同じことであった。

 

 冒険者の強さはその【ステイタス】の強さである。

 遥か昔、神々が下界へと降りてきた時人々に【恩恵(ファルナ)】を与え自らの家族(ファミリア)に加わえていった。神々は力を封印しているが故、一般人とそう変わらないので金を稼ぐのも一苦労だ。しかし、娯楽欲しさに来た彼等は働いている暇などない。

 そこで彼等は【恩恵】を与えた眷属に養ってもらうことにした。

 

 【ステイタス】を構成する要素はレベル、基本アビリティ、派生アビリティ、魔法、スキルの五つだ。

 基本アビリティは力、耐久、器用、敏捷、魔力で構成されていて戦えば戦うほど上昇していく。例えば敵の攻撃を浴びれば浴びるほど耐久は上がっていくし、速く走ろうとすればするほど敏捷が上がっていく。各アビリティは0から999まであり、IからSまでのランク付けがある。

 しかし、基本アビリティはいずれ頭打ちになってしまう。そこで出てくるのがレベルだ。基本アビリティはレベルごとに存在していて、ランクアップすることで基本アビリティがまた0へとリセットされ再び上昇していくのだ。その前のレベルで上がっていた【ステイタス】を引き継ぎ、そこからまた基本アビリティが伸びていく。

 派生アビリティは基本アビリティとは違い特殊な【経験値(エクセリア)】によって発現するものだ。状態異常に強くなる耐異常や精神力(マインド)の回復が早くなる精癒などがある。これはランクアップする時にしか発現しない。

 魔法は基本的に三つまでしか覚えられない精神力を対価にした必殺技のようなものでスキルはその冒険者に発現した特殊能力のことである。

 

 その【ステイタス】は冒険者一人一人の背中に刻まれている。ロキ・ファミリアの冒険者達はその背中にインクで書いたかのような文字列とエンブレムが刻まれている。普段は主神であるロキが(ロック)を掛けているので不可視である。

 神々は奇跡の塊とも言えるその身に巡る血を一滴垂らし、冒険者の蓄積してきた【経験値】を使って【ステイタス】を強化していくのだ。

 

「ロキ……私は強くなれますか?」

 

 アイズは自分の更新された【ステイタス】を見て、毎度ロキにそう尋ねる。

 

「なれるなれる、アイズたんなら強うなれるって」

 

 そしてロキも毎回同じような答えを返すのだ。特にLv.5となってから数年が経ち【ステイタス】の上昇も頭打ちになってきてからは毎回失望に近い感情に苛まれるアイズにとって例えロキが気休めで言っているとしても、安心するのだ。

 ロキはどこかニコライに似ているとアイズは思った。

 

「でも、もう全然上がってない」

「まあ……そりゃしゃーないことやな」

 

 アイズの【ステイタス】が書かれた紙を見ながらロキも何と言っていいか分からなくなった。実際に見たことはないが、ロキはアイズがどれほど苛烈な戦闘を行ってきているか理解している。それ以上危険なことをしろだなんて口を裂けても言えないのだ。

 

「心配なんは分かるけど、無茶だけはせえへんようにな」

「はい」

 

 頭打ちになってしまった【ステイタス】を上げるには次の段階、Lv.5からLv.6へとランクアップするしか解決方法がない。しかし、Lv.5とLv.6の間に大きな壁が存在するように、それに必要な【経験値】も尋常ではない。

 

 果たして自分が強くなれるのか、追っている背中に近づいているのかという途方も無い不安を感じるアイズは黙ってしまった。

 

「ニコは」

「ん?」

「ニコは来ましたか?」

「いんや、アイズたんが一番乗りやで。ま、そろそろ来るやろ。ニコは絶対アイズたんの後に来るからな! 入ってきてええで、馬鹿!」

 

 ロキの台詞の意味を汲みとったアイズはすかさずロキの部屋の入り口を見やった。数秒間反応はなかったが、ドアの外で何かを諦めるような溜息が聞こえてきた。

 

「馬鹿って言うんじゃねえ、ロキ」

「なーに部屋の外でスタンバってんねん。お前はアイズたんのストーカーかっちゅうの!?」

「うっせえなあ……俺のも頼むわ」

 

 そう言ってニコライはおもむろに上着を脱ぎ捨て上半身を露出した。身体のあちこちに傷ができたその身体は、いつもへらへらとしているニコライに似合わず鍛えられた鉄を思わせるほど筋肉が付いている。

 

「アイズたんは居てええん?」

「別にいい」

 

 通常冒険者は【ステイタス】を隠す。同じファミリアに所属する眷属同士でも、ニコライほどあけっぴらに【ステイタス】の更新をする人間はいない。

 

「ならちゃっちゃと終わらせるで。男の肌なんてなんもおもろくないし」

「ああ、さっさと終わらせてくれ」

 

 アイズは椅子から立ち上がってニコライに席を譲った。ロキに背中を向けている姿勢なのでアイズはニコライの真正面にいる。

 

「どうした、アイズ?」

 

 ニコライは立っているアイズを見上げながらそう訪ねた。どこか寂しそうにしているその姿、どこか不安そうに俯いているその視線がニコライを捉える。

 

「何時も言ってんだろうが。俺の前では強くあり続ける必要はねえ。弱音が吐きてえなら今吐いてすっきりしろ」

「ひゅー、ニコってば男前やな!」

「うっせえぞロキ! 早く終わらせろ、寒ぃんだよ」

 

 背後からニコライのくさいセリフを囃し立てるロキは手を休めずに【ステイタス】の更新をしていく。しかし、何時でもニコライはどんな台詞を言っても恥ずかしそうにはしない。むしろ得意気に、ニコライならば言ってもおかしくないと思わせるほど堂々と言いのける。

 口下手なアイズにとっては、尊敬するべきニコライの長所である。

 

「私、強くなりたい」

「んなことは耳にタコができるほど聞いてる」

「強く、なりたい」

 

 その言葉は、懇願のようだった。自分に言い続けているその言葉をニコライに言うことで、その想いを共有して欲しいとでも言うように、強くなるために協力して欲しいと言うように、アイズはニコライに助けを求めた。

 

――いつだって溺れるような感情から引き上げてくれるのはニコだ

 

 しかし、それが甘えであることをアイズは知っている。

 弱さとは何かと聞かれれば、アイズは人を頼ることだと言うだろう。人と関われば関わるほど、親しくなればなるほど、大切に思えば思うほど、アイズの道は険しくなる。

 

『お前は心配されるのが嫌なんだよ』

 

 ニコライの言ったその台詞はその通りだった。心配なんてして欲しくないのだ。ティオナやティオネ、リヴェリアやレフィーヤの不安そうに自分を見る目がアイズは嫌いだった。まるで自分が間違っているかのようにすら思えるほど、彼等の目はアイズの想いを揺さぶるのだ。

 それがどれだけ彼女達を大切にしているかの裏返しであることも、アイズは最近気付いた。だから、強くなりたいという感情と仲間を大切に思う心の間で苦しむのだ。

 

 そんな彼女が人に何かを頼んだり、ましてや頼ったりすることは主神であるロキもあまり見たことがないほどだ。

 

 しかし、彼女はニコライにだけは頼ることができる。その昔、初めて彼に甘えてしまったが故に、泣き叫びながらその心の内に秘めた想いを吐き出してしまったが故に、アイズ・ヴァレンシュタインはニコライ・ティーケの前では弱くなってしまう。

 ニコライという支えは、彼女を強くも弱くもしてしまった。ただ自分の悲願のために強くなる道は本来孤独であるべきだと彼女は思っていた。今も尚そう思っている。それでも、いつも隣に立っているその男は彼女を孤独にしない。

 

「そうか」

 

 俯くアイズの手を、ニコライは優しく触れた。

 どこまでも強さを求める彼女の手は、思っていた以上に柔らかいと触れる度にニコライは思うのだ。しかし、その考え自体が間違いであるとニコライは毎度自分を正す。

 

――柔らかくて当然だ

 

 まだアイズと出会ったばかりの頃、泣きじゃくる彼女を抱きしめた時の感情が蘇る。

 

――傷付いて当然だ

 

 研ぎ澄まされた刃のような少女だと、ニコライ他団員全員が思ったことだ。どこから拾ってきたのか分からないその少女は、誰とも触れ合わずただ一人研鑽を重ねていくだけだ。

 

――あいつはただの子供(ガキ)だぞ

――じゃあ、ニコが守ってやってや

 

 ニコライが当時のアイズのことを好ましく思っていなかったことを知りながらもロキはそう言って勝負を仕掛けた。様々な感情が渦巻き、それが原因だったとはニコライは決して認めないが、結果としてニコライはロキに負けてしまった。

 

「じゃあ、今度存分に暴れさせてやる。そうだな、ウダイオスでもぶっ殺しに行くか」

 

 ロキに聞こえない小さな声で呟かれたその言葉を、アイズは聞き逃さなかった。

 

 だから、年月の経った今もなおニコライ・ティーケはアイズの傍に立ち、時には手を引き、時には背中を押し、時には突き放す。その時のアイズが気に入らなければもうやってられるかと言い、琴線に触れることをアイズがすると褒め過ぎなくらいベタ褒めする。

 

 褒められれば嬉しいのだ。

 突き放されると追いたくなるのだ。

 一緒にいると、頼ってしまうのだ。

 

 それがアイズにとってのニコライ・ティーケだ。

 

「うん」

 

 きっとニコライは後ろから私を見て野次を飛ばす。大声で、もっと己を信じ貫けと言うに違いない。そんなことを考えたアイズは心が踊っていた。その声を聞きたいと思った。負けてしまいそうと思った時に、その声を聞くと不思議と力が湧く自分を感じたいと思った。

 

――そしてきっと、勝ったらたくさん褒めてくれる

 

 それは子供を褒める親のようで、妹を褒める兄のようで、弟子を褒める師のようだ。誰もがアイズの偉業の数々を賞賛する。しかし、それは憧れであり畏怖であり心配でもある。

 

――頑張ったね、でももっと自分を大切にして

 

 それは確かに嬉しい言葉だ。しかし、アイズが欲したのはそんな優しさじゃない。

 

――すげえじゃねえか!

 

 力の限りを尽くし、己を限界を超え強敵を屠ったアイズにニコライが駆け寄る。

 

――やりゃできるって言ったろ?

 

 さもその無理が当然のことのように、ニコライは笑うのだ。

 

――次はもっとすげえことするぞ!

 

 笑みを深め、疲れ果てたアイズに手を差しだすニコライは、アイズの記憶の中の青年に似ている。

 

――ほら、行くぞアイズ!

 

 その声が聞きたい、そうアイズは思った。

 

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