9月が楽しみです。
¥月□日
今日はアンジュの教育係であるムネチカとの顔合わせを行った。
今回の顔合わせは以前兄貴に相談したアンジュの武術訓練について話す為でもあり、空き時間を見計らって彼女の執務室に訪れた。
俺が執務室前に行くと事前にサラァナに連絡させていたので混乱も無くすぐに部屋に通され、ムネチカに敬礼で以て迎え入れられた。
ムネチカは悠然かつ静かな雰囲気と存在感を持つ女性でスタイル抜群。しかも強いとあってかヤマト女子の憧れの的になっている。彼女に憧れて仕官する少女も多いらしい。
ちなみに一人称は「小生」。見た目に反して古風な話し方をする女性である。
そして互いに挨拶をした後、早速本題に入る事にした。
将来アンジュが兄貴の跡を継ぐに当たっていろいろと問題は多い。その中で最も心配なのが臣下からの忠誠である。
兄貴は
まぁ、俺が専用のアベル・カムルを造ってやってもいいんだが、それを使いこなす為にもやはり武術を学んでおいた方がいい。俺でさえオシュトルやトウカに稽古を付けてもらってある程度戦えるようになったんだ。帝の娘として特別に生み出されたアンジュなら俺なんかより遥かに強くなる資質を秘めている事だろう。
俺のこの話にムネチカも賛成のようで、彼女も以前から武術の必要性を感じていたが幼さゆえに断念していたそうだ。しかし、最近になりアンジュに自身を研鑽する意欲が見られるようになった為、武術訓練について兄貴に進言しようと思っていたところらしい。
おお!アンジュめ、いつの間にか勉強嫌いが治っていたのか!と内心喜ぶと自然と口元が綻んだ。
するとそれを見たムネチカに、やはり姫殿下のやる気の要因は皇弟殿下の存在だったのですねと言われたのでどういう事かと聞いてみると、アンジュは帝の命により5ヶ月程前から特別教育というものを受けるようになり、それから帰ってくるととても機嫌が良く、勉学にも意欲的に励むようになったそうだ。そしてその傾向は聖誕祭が近づくほど強くなり、俺が現れてからは自主的に勉学に励む程になったそうだ。
まさかそんな事になっていたとはな。叔父として嬉しい限りだ。それにしても俺の存在がアンジュの起爆剤になっていたとは。これは叔父として無様な姿は見せられんぞ。
俺はそう気持ちを新たにし、武術訓練についての詳細を詰めていく。
その結果、まず基礎体力をつけながら護身術を教え、基礎ができてきたらアンジュに合った武器を選定して本格的な訓練に移る事になった。そして、訓練はムネチカが担当し、早ければ明日から週6ペースで行う事になった。
週6というのは流石に多いんじゃないかとムネチカに言ってみたが、こういうものは1日休むと取り戻すのに3日かかってしまうのでこれでも甘い方だそうだ。それに訓練と言っても兵士のように長時間やるわけではなく、多くても2時間程度らしい。
それでも俺からしたらハードだが、これもアンジュの為だ。心を鬼にしてやらせるとしよう。
その後、俺は
これからアンジュは勉学に加えて武術の訓練をする事になるが、これは必ず将来の為になる。
アンジュには苦労をかける事になるが、代わりに俺のところに来た時は目一杯可愛がってやるとしよう。
¥月卍日
ここ暫くずっと篭っていたので久しぶりにアンジュと一緒に帝都に出ることにした。
ちなみにウルゥル達は今回留守番だ。諸々の書類の整理を頼んである。
ただ、何か緊急の案件が舞い込んだ時の為にイヤーカフス型の通信機を渡してある。これがあれば帝都の隅から隅までくらいの範囲なら連絡可能だ。
そしてこの通信機だが、俺のは私用と公用で2種類用意してあり、私用のは耳たぶに着けるタイプ。公用のは少し大型で耳に引っ掛けるタイプだ。
この公用のタイプはオシュトル達にも渡す予定で、これにより迅速な情報伝達が可能になり、現場でのロスを少なくする事ができるだろう。
さて、今回の目的地は白楼閣である。
これは女将への挨拶と俺の正体についての確認の為だが、アンジュと一緒に風呂に入るのも目的の一つだ。
アンジュは以前帝都について話した時にヤマトには無い、湯を浴槽いっぱいに張った風呂に並々ならぬ興味を持っていた。そして、今回漸くその風呂に入れるとあって出発前からテンションが高く、白楼閣に着くまでにバテるんじゃないかと思うほどはしゃいでいた。
ただ、今回アンジュを連れ出すに当たってムネチカによる武術訓練を中止にしてしまった。
八柱将としてただでさえ忙しいのに
ムネチカは、皇弟殿下の下でなら多くの事を学べるでしょうと言って快く受け入れてくれたが、実際は遊びに行くだけなので罪悪感を感じた。
ちなみに中止にした分次回の武術訓練がハードになったアンジュはムンクの叫びの如く絶叫していた。どんだけキツいんだよムネチカの訓練は(汗)
そして、久しぶりの帝都を顔馴染みに挨拶しながらぶらぶらした後、白楼閣に到着した俺は受付の
実はこの女将の部屋は最上階の更に上の階に存在し、最上階の壁にあるパズルを解く事で絡繰りが動作し、部屋への階段が降りてくるようになっている。
ちなみにトウカがこのパズルを解けなくて泣きついてきた事が何度もあった。
さて、どうするんだったかなと考えているとアンジュがパズルに興味を持ったようなので、折角だからアンジュにやらせてみる事にした。
このパズルはスライド式のモノで一箇所空いた部分に周りのピースを移動させて模様を作るものだ。
これは完成図が無いと結構難しいものなんだが、意外な事にアンジュはスイスイと模様を作っていく。そして最後のピースを移動させるとガコンという音と共に女将の部屋への階段が降りてきた。
パズルを完成させたアンジュはこっちを向いてどうだとばかりに胸を張ってきたので流石だと頭を撫でてやる。
やはりアンジュのIQは高いみたいだな。まさかこんなに早く完成させるとは・・・これでトウカのIQが10歳児以下という事が確定したな!流石トウカ。後でからかおう。
そして、降りてきた階段を昇って、甘く落ち着いたの香りの香が立ち込める部屋に足を踏み入れた。
部屋に入ると女将はローソファに身を横たえながら手紙を読んでいるようだったが、俺に気づくと顔を上げ、お久しぶりですわねと挨拶してきた。
俺もそれに挨拶を返して彼女の前に座るとアンジュを紹介した。
アンジュは今まで接したことのないタイプの女将を警戒しているのか俺の陰に隠れながら挨拶していた。
こらこら、しっかり挨拶しろと前に押し出そうとするが服を掴んで離れない。
まぁ、挨拶はできたから別にいいかと思い、すみませんねと女将に謝まりながら土産の高級貴醸酒を渡した。
女将の方も自分が子供受けするタイプではない事を自覚しているようで、気にしていませんわと言って土産の酒を受け取ると早速蓋を開け、酒の香りを楽しんでいた。
そして、良いお酒は早く飲まないといけませんわねと言いながらお猪口を二つ用意して、その一方をこちらに渡すと酒を注いできた。
いやぁ、参ったな。これは女将への土産の筈だったんだが、女将が勧めてくれるんじゃしょうがない!
と誰に言うでもなく言い訳しながら琥珀色の貴醸酒の濃醇な甘みとまろやかな舌触りを楽しむ。
美味い!水の代わりに酒で仕込むだけあって味が濃く、濃醇な甘みの他に適度な酸味とすっきりとした後味があり、奥行きの深い味わいの酒だな!
そうして酒盛りをしながらお互いの近況を報告していく。もちろん俺の方は皇弟云々や機密の部分は誤魔化しながらだが。
ちなみにアンジュはその間、女将に出してもらった大量の菓子を目を輝かせながら食べていた。
普段出される洗練された菓子とは違い、家庭で作ったり、屋台で売られているような菓子ばかりだったが、逆にそれが新鮮だったようで、違う種類の菓子を食べる度に歓声を挙げていた。
そんなアンジュの姿を横目に、俺の正体の件についてどうやって女将に確認するかを考える。
まぁ、女将の事だから聖誕祭での俺の姿とアンジュの名前でおおよそ察しがついていると思うが、だからといって直球で聞くわけにもいくまい。これで直球に聞いて女将が気づいてなかったら馬鹿を見る事になるからな。
なんとかしてさりげなく聞き出す事ができればいいんだが・・・。ここは無難に皇弟を見てどう思った?とか聞いてみてそこから・・・「おお!ヒロシ殿!来ていたのでござるか!」
と俺の思案をぶち壊すかのようにトウカが現れた。
この野郎。ホント空気の読めない奴だな!
と思いながら振り返るとトウカは何やら顔を赤くしながら目を輝かせていた。
なんだ、そこまで俺に会いたかったのか。愛い奴め。早速からかってやろうハッハッハッ!
と俺はすぐさま行動に移そうとしたが、トウカは俺の横を通り過ぎるとハァハァと息を荒げながらアンジュに迫っていた。
おい馬鹿野郎!俺のアンジュに何しやがる!
とトウカを足蹴にして慌ててアンジュを抱き寄せる。
トウカは酷いでござる!と非難してくるが、鼻息を荒くして幼女に迫る変態に人権は無い!と斬って捨ててやる。
それにトウカは、ヒドイでござる!あんまりでござる!と嘆き始めたので距離を置きつつ話を聞いてやる事にした。
するとトウカは小動物や子供といった可愛いものが大好きで、あまりに可愛いアンジュに興奮してしまっただけで、やましい気持ちは無かったと弁明してきた。
俺としてはあの姿はかなり危険な感じに思えたが、可愛いと言われたアンジュの方はまんざらでもなかったようで、トウカに自分から近づいていって自己紹介していた。
それにトウカは涙を浮かべながら喜んでいたが、ふと思い出したように姫殿下と同じ名前なのでござるなとアンジュに聞いていた。
まさかトウカがその事に気付くとは・・・。明日は雪か?
しょうがない。ここは姫殿下にあやかって同じ名前をつけたとでも・・・「うむ!何を隠そう予がそのアンジュじゃからの!」オイー!?
「なんと!姫殿下であらせられましたか!これはとんだご無礼を!」
とアンジュの発言に驚いたトウカは腰に手を当ててドヤ顔しているアンジュの前に慌てて跪いた。
俺はそんなアンジュに思わず拳骨を落としていた。
それにアンジュは、いきなり叩くなんてヒドイのじゃ!と目に涙を浮かべながら非難してきたが、焦ってうっかり誤魔化す事を忘れた俺がお忍びなのに自分からバラしてどうする!と言うとしまったという顔して、今のはなしじゃ!のーかうんと!のーかうんとなんじゃぁっ!とトウカに必死に訴えていた。
俺はアンジュの迂闊さと自分のうっかりのせいで痛む頭を押さえながら、こうなったらしょうがないと腹を決め、コロコロと笑っている女将とポカーンとしているトウカに事情を説明する事にしたのだった。
俺から明かされた衝撃の事実にトウカの顎がカクーンと落ちる。そして我に返るとこれまでの無礼をお許しください~!!と絶叫しながら五体投地してきた。
何時もなら、許さん!さてどうしてくれようか?とやっているところだが、今日は疲れたので放っておいて女将の方を見やる。
女将はやはりというか、特に驚いた様子も見せず俺の話を聞いていた。
やっぱり気づいてましたか?と聞いてみると、
「貴方には独特の雰囲気がありますから、あなたをよく知る人物が皇弟という色眼鏡を外して見れば一目で分かりますわ。」
と言われた。
うーん。となると皇弟やってる時は尚更言動や行動に気を付けないとな。でないとオシュトルやミカヅチ当たりに感づかれそうだ。
それと今回みたいにアンジュがばらさないようにしっかり言い聞かせないとな。
あと外出用の名前も考えとくか。たが、あんまりに違うとアンジュも戸惑うだろうから単純に「アン」とでもするか。
そうして考えをまとめると、女将とトウカにこの件について黙っていて欲しいと頼んだ。そして、その代わりにできる範囲で願いを叶えると言ってみたが、女将に必要ありませんわと言われてしまった。それに俺がいやしかしなと言葉を濁すと、だったらまたこうして美味しいを酒を持って会いに来てくださいなと言ってきた。そして、その時はいくらでも愚痴を聞いてあげますわとも。
ほんとこの人には敵わんな。彼女の大きな包容力には思わず甘えてしまいたくなる。
そうだな。せっかく彼女がこんな風に言ってくれてるんだ。またとびっきりの酒を持参して会いに来るとしよう。
そうして、俺は彼女に深く頭を下げるのだった。
その後、当初の予定通りアンジュと風呂に入る事にした。
まさかの展開に大いに疲れた俺の隣では風呂を楽しみにするアンジュが鼻歌を唄っている。
ったく。誰のせいでこんなに疲れたと思ってんだ。
と内心に呟いたが過ぎてしまった事をいつまでもグチグチ言っててもしょうがない。
気持ちを切り替えて久しぶりの露天風呂を楽しむとしよう。
そして、脱衣所で一緒に服を脱いで露天に出るとアンジュは感嘆の声を上げた。
それは初めて露天風呂というものを見たからでもあったが、丁度露天に植えられた桜が散り始める時期だったのでハラハラと舞い落ちた桜の花びらが湯船に浮かび風情のある様相を呈していた為でもあった。
アンジュはその桜の花びらが浮かぶ浴槽にダイブしようと駆け出したが、俺はそれを頭を掴んで引き止める。
なぜ止めるのじゃと非難してくるアンジュに風呂に入る時にはマナーがあると言って洗い場まで連れて行き、石鹸を泡立て体を洗って見せるとアンジュも見よう見まねで体を洗い始めた。しかし、普段女官にやってもらうような事なのでなかなかうまく洗えていないようだった。
俺はしょうがないなとアンジュの体を洗ってやる事にして、頭の先からつま先まで全身をピカピカにしてやった。その最中アンジュはくすぐったそうに身をよじってきて少し時間がかかったが、体が綺麗になってさっぱりしたアンジュはとても気分が良さそうだった。
その後、俺もアンジュに背中を流してもらったりして汚れを落とした後、漸く風呂に入る時が来た。
アンジュは最初初めての湯船におっかなびっくりといった感じで足先でちょんちょんと湯に触れて湯加減を確認した後、そーっと湯船に身を沈めるとはぁ~と深い溜息を吐いた。
そのとろぉ~んとした表情を見る限りどうやらこの風呂を気に入ったようだった。
俺はアンジュのその姿に満足すると湯で顔を濯いで風呂のふちにもたれ掛かった。
はぁ~。まさかこんなに疲れる事になるとはなぁ。まぁ、俺もちゃんとアンジュに言い聞かせておかなかったからしょうがないんだが、まさか自分から暴露するとはなぁ・・・。それに俺がうっかりをやらかすとは・・・。トウカのが伝染っちまったか。
これが女将達だったからまだ良かったが、また同じような事が起きたら困る。帰ったらしっかり言い聞かせよう。そして、次バラシそうになったらお尻ペンペンしてやる!
そう心に決めた俺は、犬掻きで泳ぎだしたアンジュを止める為、その尻尾に手を伸ばすのだった。