◆月♠日
親友達との酒盛りの翌日。二日酔いで痛む頭を押さえつつ書類を決裁していると報告書を持ってきたミカヅチに推挙したい人間がいると言われた。
それに誘導がうまくいった事を確信した俺は、素知らぬ顔でその人物がどういった人間なのか聞き、少し考える素振りを見せた後、ヤクトワルト達を連れてくるように言った。
ミカヅチに連れられてやってきたヤクトワルトはまさかこんなに早く呼び出されるとは思ってもみなかったようで、そわそわと落ち着きがない様子だった。
その姿は、御前試合で兄貴から与えられた称号を拒否した人物とは思えないほどだ。
そして挨拶もそこそこに面接をしようとしたら突然シノノンが泣き出した。
見たところお漏らしなどではなさそうだったので、恐らく見慣れぬ場所と、普段とは違うヤクトワルトの雰囲気に反応したのだろう。
何時もであれば、すぐにシノノンをあやすであろうヤクトワルトも就職の為の皇弟との面接中とあってか、テンパってしまって中々泣き止ませる事ができないでいた。
そんなヤクトワルトを見かねてか、サラァナが近づいていき、ヤクトワルトに一言断った後、シノノンを抱き上げると、子守唄を口ずさみながらシノノンの体を優しく揺らした。
するとシノノンは先程まで泣いていたのが嘘の様に泣き止み、そのまま眠ってしまった。
おお、流石だな。まさか赤子の扱いまで身に付けているとは。
これなら世話を任せても大丈夫だな。
そう判断した俺はそのままシノノンをサラァナに任せてヤクトワルトの面接を再開した。
と言ってももう採用する事は確定なので適当にそれっぽい事を聞いた後、実力を見るという名目でミカヅチと仕合ってもらうことにした。
練武場で向かい合うヤクトワルトとミカヅチ。
ヤクトワルトは刀を鞘に収めて抜刀の構えを取っており、対するミカヅチは身の丈を越える斬馬刀を肩に担ぎ悠然と佇んでいる。
御前試合ではヤクトワルトはこの一撃必殺の抜刀術で次々と相手を下し優勝をもぎ取った。
それに対してミカヅチがどう闘うのか見物である。
そして数分の睨み合いの後、ヤクトワルトが仕掛けた。
ヤクトワルトは目にも止まらぬスピードでミカヅチに近づくと居合斬りを繰り出す。
並の相手であったなら成すすべもなく両断されるであろうその一撃をミカヅチは斬馬刀でもって防ぐとそのまま力任せに斬馬刀を振り抜いてヤクトワルトを吹き飛ばした。そしてそのまま追い討ちをかけ、上段からの強力な一撃を繰り出した。
土煙が舞い上がり二人の姿が見えなくなる。吹き飛ばされた体勢で攻撃されたヤクトワルトが心配になったが土煙が揺らいだと思ったらそれが吹き飛び、中からヤクトワルトとミカヅチが飛び出してきた。
ヤクトワルトは素早い連撃をミカヅチに繰り出しており、ミカヅチはそれを時に防ぎ、時に流しながら確実に捌いていく。
互いの額には汗が滲んでおり、二人が全力で闘っている事が伺える。
そして、何合目かでミカヅチが切り返し、そのまま鍔迫り合いになるが、力が強いミカヅチが少しずつヤクトワルトを押し込んでいく。しかし、ヤクトワルトは急に力を抜き、ミカヅチのバランスを崩すと胸に蹴りを入れて引き剥がし、そのままその反動で距離を取った。
なんつー闘いだ。ヤクトワルトの闘いは御前試合で見たが、あの時より何倍も激しい。
ヤクトワルトの奴、あの時手を抜いてやがったな? それでも優勝したんだから改めてコイツの凄さが分かる。そして、それと互角に闘うミカヅチにも驚かされる。ひょっとしたら八柱将クラスの強さなんじゃないか? これにオシュトルも加えたら、凄いことになるぞ!
皇弟配下の最強の三人。
二人の闘いに興奮しながらそんな事を考えていると、向かい合って再び構えた二人に異変が起きる。
なにやらヤクトワルトの周りでは風が荒れ狂い、ミカヅチの身体からは青い稲妻が迸っている。
恐らく二人に宿る
そう思い至るが既に二人は動き出し、風と雷を纏った刃同士がぶつかり合った。
その衝撃は凄まじく、二人の足元は砕け、衝撃波が発生し、練武場が滅茶苦茶になった。
咄嗟にウルゥル達が結界を張ってくれなければ俺も吹き飛ばされていただろう。
そして、その原因たる二人は凄まじい笑みを浮かべながら再度攻撃を繰り出そうとしていた。
「そこまでっ!!」
これ以上は危険だと判断した俺が咄嗟にそう叫ぶと、二人は武器がぶつかり合う直前で武器を止め、そのまま構えを解き、武器を鞘に収めた。
そして、汗を流し、息を荒くしている二人はニヤリと笑い合うとガッチリと握手を交わした。
どうやら
そうして友情を確かめ合っている
ヤクトワルトはそれにとても喜び、跪くと俺に対して忠誠を誓ってきた。
よしよし。これでヤクトワルトが配下に加わったぜ。
まだやらせる事は決まっていないが、当面の間は俺の護衛と兵の訓練をやってもらうとしよう。
そんな事を考えている俺の前ではミカヅチがヤクトワルトを祝福している。
見かけによらず優しく仲間思いのミカヅチの事だ。出会ったばかりとはいえ、気の合うヤクトワルトの事を相当心配していたのだろう。
そして、そんな二人を見ながらある重大な事を思い出した。
これはすぐにやらなければならない案件だ。
これを解決しないと多くの者が困る事になる。
俺は真剣な顔を作ると二人に命令を下した。
「双方早急に練武場の片付けを行え。あと一刻程で兵卒の修練が始まるからそれまでに終わらせるように。それと壊れた箇所の補修費はお前達の給金から天引きしておく。」
二人は絶望した。
◆月ஐ日
今日はアンジュの訓練を見学したんだが、なんだこれ?
アンジュとムネチカが準備運動として鬼ごっこを始めたのは別にいい。訓練と遊びを両立できてアンジュも楽しくできるだろう。だがしかし、そのスピードがおかしい。
二人は物凄いスピードで修練場を縦横無尽に駆け回り、時には壁を駆け、時には天井を足場にしたりしている。しかもタッチしようとしているのだろうが、アンジュは高速の連続突きを繰り出し、ムネチカはそれを全て紙一重で躱している。
一体どこのバトル漫画だ!そういうのはジャンプでやれ!!
と思わず叫びたくなってしまったほどだ。
ヤクトワルト達の闘いから、鍛えた
だ・が! アンジュはまだ訓練を初めて二ヶ月ぐらいしか経っていないんだぞ!?今の世界の空気にはプロテインでも含まれてんのか!?このまま成長していったら成人時にはアシル・アベルを一捻りにしちまいそうだぞ!?これが特別製の実力か!?
と混乱している俺をよそに二人は準備運動を終えると今度は向かい合って組手を開始した。
しかし、それも俺が想像していたものと違いとても激しいもので、アンジュはフェイントを混じえながら拳や蹴りを繰り出し、ムネチカはそれをガードしながらアンジュの隙のある部分に打ち込んでいく。
そして、一際振りが大きい攻撃をしたアンジュの腕を掴み、合気の要領で投げ飛ばした。
アンジュは床に叩きつけられ目を回すが、わざと殺気を飛ばしながら追撃をかけたムネチカに反応して意識を戻し、床を転がりながらそれを回避すると急いで起き上がり、再びムネチカに挑みかかっていった。
・・・ああ、そうかこれは夢か。そうだよな。俺のアンジュがあんな格ゲーみたいな動きができるはずがない。
きっと目が覚めれば一生懸命筋トレしているアンジュがいるに違いない・・・
そんな風に現実逃避しているとアンジュがこちらに迫ってきているのが見えた。
突然の事に驚いたが咄嗟に身構え、なんとかアンジュを受け止める事ができた。
気づかなかったら鳩尾に頭突きを食らって身悶えていたことだろう。
そうしてアンジュを受け止め尻餅をついた俺のところにムネチカが慌てて近づいてきて身体の心配をしてくる。
どうやら突進を仕掛けてそれを躱されたアンジュが勢い余って俺の方まで来てしまったようだ。
俺は大丈夫だと伝えると起き上がり、アンジュを立たせる。
アンジュは何が起こったのか分からないようだったが、俺に頭突きをしそうになった事が分かるとションボリとした様子で謝ってきた。
それに次からは周りにも気を配るようにと言いながら頭を撫でるとアンジュは元気良く、解ったのじゃ!と返事をしてきた。
その後もアンジュ達は組手を行い、悪い部分を指摘して直させたり、組み付かれた時の対処法などを教わっていた。
そして訓練が終わるとアンジュは修練場の床に大の字で倒れ込んだ。
まぁ、あれだけ激しく動いたんだからしょうがないかと思いながら近づいていくとアンジュはそのまま俺に向かって両手を伸ばしてきた。
それに俺はしょうがないなとため息を吐いて、寝転がっているアンジュを抱き上げた。
むっ。やはり大分汗をかいてるな。これは飯の前に風呂に入らせた方がいいな。
最近箱庭に露天風呂を作ったから一緒に入ろう。
そんな事を考えながらムネチカに一声かけて修練場を後にしたのだった。
◆月✖日
ウズールッシャに放った密偵からの報告が届いた。
どうやらグンドゥルアはウズールッシャを統一したようだ。
そして、國民皆兵政策とやらを発令し、女子供であろうと容赦なく兵に仕立て上げ、周辺諸國への侵略を目論んでいるらしい。
それだけでも許せん所業だが、グンドゥルアは戦う事のできない老人や病人を穀潰しとして殺し、更に政策に難色を示した部族を滅ぼすまでしたそうだ。
また、ただでさえ荒地で食料が少ないのに軍物資としてなけなしの食料さえも徴収し、餓死者まで出しているらしい。
ちっ、グンドゥルアって野郎は思った以上にクソだな。
テメェの國の民だってのに弱い奴は生きる価値もないってか?
恐らくウズールッシャを統一した勢いのまま周辺國の豊かな土地を奪い取って國民の不満を抑え込もうって腹なんだろうが、そうはいかねぇぜ。
こっちは既にアシル・アベルを運用できる状態にある。
そして、奴は現在北部にある本拠地で軍演習を行い、北に面する國々に侵略するつもりでいる。
なので奴らの目が北を向いてる間に南から食料なんかをバラ撒きながら侵攻し、各部族を懐柔して併合。
そんで本拠地まで攻め入ってグンドゥルアを打ち取る。
大まかな流れはこんな感じか。詳細はウォシスに相談しよう。嫌だけど。
あとは、併合後のウズールッシャの事も考えておかないとな。今のままじゃ併合しても問題が多い。
特に作物が育たない乾燥した荒野をなんとかしないとな。これは一応考えがあるが、専門家のオーゼンにも協力してもらうか。
その為にもまずは兄貴に報告して、関係者を集めて会議をしないとな。
うん。いろいろやらなくちゃならん事が多くて面倒になってきたぞ。
だが、ヤマトの為、そしてウズールッシャで苦しむ者達の為にも頑張らんとな。