LUCKY MAN 作:つぐみ
それは突然の出来事だった。
何の変哲もない、平日の午後。陽は真上を通り過ぎ斜めから町を照らし、小鳥たちが可愛らしくさえずり、車がガスを吐きながら道路を走り、大勢の人々がそれぞれの行く先の為に電車に乗る、そんないつも通りのA市。人々はただ普通に、各々の毎日を生きていた。
そんな退屈でありながらかけがえのない日常は、これからも続く筈だったし、彼らもそうだと信じて疑ってはいなかった。
だが、そんな彼らを嘲笑うかの如く、"悪"というものは何時だって現れるのだ。
A市の中心部に位置する住宅街、その何もない空間に突如、眩い明かりが点った。それは段々と明るさを増していき、そして次の瞬間、光は巨大な爆轟となって住宅街を刹那にして吹き飛ばした。
ビルを、高速道路を、公園を、爆轟は何もかもを蹂躙していく。辛うじて爆発圏内から逃れていた人々も、爆炎が音速を超え発生した衝撃波の影響を受け、転倒する者や、破砕したガラス片に傷つく者も少なくなかった。
ズズゥン………という、重苦しい地響きがA市を揺らすのを耳にし、人々が恐怖する一方で、爆心地には先程までは確かにいなかった存在が君臨していた。
深く抉れた大地に積み上がった瓦礫の上に悠然と立つその存在は、ヒトではない。筋骨隆々な肉体に紺藍の肌、何より特徴的だったのは、頭部から生えそびえ立つ二対の触覚。
崩壊したビル郡を、まるで親の仇を目にしたかのように、憎悪を宿らせた双眸で一望するその者こそが、人類の敵である"怪人"と呼ばれる生命体だった。
怪人は辺りの様子を見渡すと、エネルギーを全身に纏い宙に浮かび上がる。災害発生を知らせるサイレンなどまるで耳に入っていないようだった。そのまま怪人は自身の周囲に莫大な力が内包された光球を生み出すと、無作為にそれらを投擲した。
着弾地点から最初のそれに劣らない爆発が幾つも発生し、轟音が連続して響き渡る。A市は一瞬で見るも無惨な姿に変えられていった。
だが怪人は躊躇を知らぬと言わんばかりに、光球を放ち続けた。壊しても壊しても、怪人からは煮えたぎる憎しみが消えないからである。破壊だけが、怪人の唯一にして崇高なる目的だった。
やがて怪人が地に降り立つと、壊滅した風景にそぐわない存在がいることに気がついた。
「うえーん………パパ、ママぁ………」
小学校の低学年くらいの、まだ幼い少女だった。少女はか細い声で嗚咽を漏らしながら、崩れた家の前に立っている。恐らく彼女だけが奇跡的に助かったのだろう。少女の両親と思わしき人は近くには見当たらなかった。
しかし仮に両親が駆けつけ、彼女を慰めたとしても、助かる道理は最早なかった。怪人は、泣き声を上げる少女に、既に視点を合わせていた。
ゆっくりと怪人は少女の側まで歩くと、腕を振り上げた。その顔には涙を流す少女への一切の同情が宿っていない。人間への深い、深い殺意だけがそこにあった。
腕はメキメキと音を立て変質していくと、人間の身体を包み込める程のサイズまで巨大化する。そして怪人は容赦なく少女を殺すべく、腕を降り下ろした。
いや、正確には降り下ろそうとした。
「そこの怪人、待ちたまえ!」
豪腕が、少女の柔肌に触れる寸前で止まる。だがあまりの怪人の殺気を受けたせいか、少女は気絶しその場に崩れ落ちてしまった。
「何者だ、お前は」
そんなことには気にも留めず、怪人は自身に静止を呼び掛けた声の持ち主の方へ視線を飛ばす。破壊の限りを尽くした自分に勇敢にも、そして無謀にも声をかけた存在に興味を抱いたのである。
しかし、空より怪人の前に降り立った
バビョーン
そんな、気の抜ける音が鳴った。
「ラッキーマン参上!」
「………………」
ラッキークッキー
と、まるでふざけているとしか思えない登場をしたラッキーマンを名乗るその男の格好は、怪人からすれば許し難いほど更にふざけたものだった。
先ず目に入るのは、まるで一昔前のヒーローのような真っ赤な体だった。そして胸に大きく、"大吉"という文字がマンガの吹き出しのようなワクで囲まれ記されている。
更に側頭部には世界一大きいのではないかと思わせるほどのサイズの福耳。額には何故か湯のみがくっついており、不自然なまでに太く、直立している"今世紀最大の茶柱"が立っている。極めつけは平和ボケしたかのようなとぼけた顔。
まさに、
なるほど、だからラッキーマンなのか。
そんなことを怪人が思うわけがなかった。
「なんだその適当な設定は………」
怪人は怒りに震える。
ラッキーマンという名前から連想して、その場の思いつきでラッキーっぽいものを身体にくっつけたようなデザイン。どこかで見たようなデザイン。何より安っぽくて弱そうなデザイン。その全てに憤怒の感情を抱いていた。
「───私は、人間どもが環境汚染を繰り返す事によって生まれたワクチンマンだッ!!」
「ひえっ。どうしたの急に叫んで………」
突如咆哮した怪人に怯えたのか、ラッキーマンは身をすくませる。自分から名乗り出た割りに、かなり臆病な性格のようだった。
最悪見た目に反してヒーローらしい勇猛果敢な性格ならば、そういう設定もアリかと妥協しかけた怪人だったが、そんな淡い期待すらも裏切られ、怒りのボルテージは更に上昇していく。
「地球は一個の生命体である!! 貴様ら人間は地球の命を蝕み続ける病原菌に他ならない───」
怪人は、地球より与えられた自分の"名"に誇りを持っていた。
ワクチンマン。
そこら辺の怪人とは
つまりは、彼こそが最強の怪人であることは必然だった。
「───私はそんな人間どもとそれが生み出した害悪文明を抹消するため、地球の意思によって生みだされたのだ!!」
メキメキと音を立て、ワクチンマンの筋肉が徐々に膨張していく。それだけに留まらず、牙や爪も鋭利さを増し、遂にはラッキーマンの何倍もの体躯と化した。
「わ、わわ………」
「グワッハッハッハ! 地球の使徒であるこの私に恐れを成したか!!」
予想以上の大きさに腰砕けになるラッキーマン。普通の人間なら、その反応は無理もなかった。地球人が絶望する姿を見てワクチンマンは満足そうに笑う。
だが彼はただの人間ではない。正義の味方、ラッキーマンである。
「ええい! こうなったらヤケクソだ!」
ラッキーマンはラッキーにも、敵のスケールが余りに大きかったせいで恐怖が麻痺していた。その為怯えることなく直ぐに立ち直ることができた。
「どうせラッキーでどうにかなるだろ………ということを信じて、ラッキービーム!」
ラッキーでどうにかなる、そんな一見すると血迷った台詞を放ったラッキーマンは、両手の人指し指と中指を合わせて、額に当てた。要するに、ウルトラセブンのあの格好である。
すると、湯呑みの側面の辺りに明かりが灯った。ワクチンマンは僅かに感心したのか、ほぅと息を漏らす。
一応ビームが出せることに、彼の印象を上方に修正したのである。しかし、その評価も直ぐに撤回することになった。
「なんだその、ふにゃふにゃな光線は………!」
ラッキービームには勢いが無かった。
光線だというのに、何故か空気の抵抗を受けているかのようにゆっくりと、しかも曲がりながら進んでいる。ある意味凄いのかもしれないが、絶対に強くはなかった。
「こんなものでこの私を倒せるとでも思っているのかッ!!」
またも期待を裏切られたワクチンマンは怒り叫ぶ。自身へと曲がりくねりながら向かってくるラッキービームを、バチコーン!! と、邪魔だと言わんばかりに真上へと勢いよく弾いた。
相当苛立っていたのだろう、本気の力で弾き飛ばされた光線は本当に光の速さのごとく飛んでいき、一瞬で見えなくなってしまった。
「ら、ラッキービームまで通用しないなんて………強すぎる。もう駄目だ……………逃げるしかない」
さっきまでの威勢は何処へ失せたのか、頼みの綱のラッキービームが効かなかったラッキーマンは、早速諦めの言葉を口にする。勝てない相手からはさっさと逃げる、これがラッキーマンの正義の味方にあるまじき信念だった。
顔を蒼白にしたラッキーマンは逃げる勝ちとばかりに、倒れている女の子を抱えると、ワクチンマンから背を向け飛行した。
「こらラッキーマン!! 逃げる気か!!」
「ひええええっ! 追いかけてくるなああ!」
逃亡するラッキーを逃がさないと、ワクチンマンは憤怒の表情を浮かべラッキーの方へ鋭い眼光を飛ばす。あまりの殺気にちびりそうになるも、ラッキーマンは生存のために死にもの狂いで飛び続けた。
もっとも、その飛行速度も残念ながらお世辞にも速いとは言い難かったが。つまり、ラッキーマンがワクチンマンから逃げ切るなど不可能だった。
即ち絶体絶命。ワクチンマンは無駄な行為をするラッキーマンを嘲笑い、殺すべく腕を振り上げた。
………ところで、ヒーロー協会と言う組織は、怪人の突然発生に備え、幾つもの機器を所有している。
その一つが人工衛星であり、ヒーロー協会は実にメタルナイトの協力の元四機も打ち上げている。24時間体勢で宇宙空間から監視することで、人類の危機を防いでいるのである。
また、地上を詳細に確認するべく、様々な機能が人工衛星には搭載されているため、その機体は通常のものよりも遥かに大きい。
例えば。
ワクチンマンが弾いたビームが偶然にも撃ち抜いた人工衛星は、直径五十メートルの大きさがあった。
「ん? 何だ?」
唐突に、なんの前兆もなく、ワクチンマンの周囲が忽ち暗くなった。
今は昼間の筈だ。それに、雲一つない晴天だった。太陽の光が遮られるわけがない。そう思い、ワクチンマンは一旦ラッキーマンを追いかけるのを止め、怒りも抑えると空を見上げた。
すると、殆ど直ぐそこまで巨大な人工衛星が炎を纏いながら自分の元へと落下して来ていた。
「な、なにッ!?」
ラッキーにも地上からのビームが当り、
ラッキーにもワクチンマンの元へと寸分違わず落下し、
ラッキーにも怒り狂っていたため、落下する直前までワクチンマンは気づくことができなかった。
「なんだとー!!?」
そんなラッキーの積み重ねのお陰で、人工衛星は避けられることもなくワクチンマンの肉体へと直撃した。
数十トンもの物体による、秒速10キロメートルの衝突。流石のワクチンマンでも、耐えられる筈がなかった。一瞬でワクチンマンの身体はミンチとなり、エネルギーは凄まじい衝撃と変貌し、辺り一体を吹き飛ばした。
しかしラッキーマンは彼自身ふにゃふにゃなため、暴発した空気にされるがままに飛ばされ、ラッキーなことに爆発には巻き込まれなかった。
そのまま女の子と共に、地上に無事に降り立つと、ラッキーマンは後ろを振り返った。
何やら、巨大なクレーターが、煙を上げながら出来上がっていた。どうやら怪人も、為す術なく死んだようである。
どうしてこうなったのかはよく分からなかったが、取り敢えずは勝ったらしかった。
「おーっ。なんだか知らないけど怪人をやっつけてしまった。ラッキー」
ラッキーマンはその光景に特に何も思うことはない。
今までだって怪人と戦ったことは何回もある。そのどれもが、今のように自分が意図せず何かしらラッキーが起きて勝ってきたのだ。
だからこそラッキーマン。ラッキーだけで戦うヒーローなのである。
「では、さらばだ」
気絶した女の子を開けた場所に置くと、そのままラッキーマンは自分の住むZ市へと飛び去っていった。
頭の中は、既に今日の夕飯の献立で一杯になっていた。