ARIA The SUBMARINER   作:ルナ中尉

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第8話 ~その、気持ちを吐き出す場所は~

海から吹き抜ける優しい風。

その1番優しい部分を、島の先端に建つARIAカンパニーは浴びる。

 

煙突から煙が伸び、ゆらゆらとゆっくり昇っていく。

その中には、スープの匂いと、焼いたパンの香りが混じる。

 

ARIAカンパニーの中、

火星は椅子に腰を下ろし、腕を組みながら前に座っている少女を眺めていた。

 

「改めて、挨拶しておくわ!」

 

少しだけ改まった声で、藍華が背筋を伸ばす。

 

「私は藍華・S・グランチェスタ。

 姫屋所属のウンディーネ見習いです!」

 

語尾まできっちり、はっきり。

 

「……天城火星だ。宜しく頼む。」

 

火星も短く返す。

 

藍華はじっと彼を見てから、ふっと息を抜いた。

 

「思ってたより、落ち着いてる人ですね」

 

「こうみえて緊張してるんだ。これだけ綺麗な女性に囲まれたらな」

 

「え、き、綺麗!?は、恥ずかしい台詞、禁止!!」

 

照れ臭かったのか、藍華はビシッと指をこちらに差し、まるで決め台詞かのように言う。その〜禁止っていうの、ウンディーネの中では流行っているのだろうか。

 

「事実だ。自信を持っていい」

 

「にゃ、にゃはは…照れますね…」

 

藍華はそう言い、前髪を触る。見かけによらず褒められ慣れてないようだ。

 

「しかし、あれだな。姫屋っていうと、あの有名な会社か」

 

「そう!その通り!私と晃さんは姫屋所属!そして…晃さんは現 

 役のプリマウンディーネ!怖い見た目ですけど、凄いし優しい人なんで

 す!」

 

「藍華ちゃんはね、姫屋の跡取りなの。姫屋を経営するグランチェスタ家

 の跡取り娘さん」

 

アリシアがコーヒーを飲みながら言う。

 

「へぇ…そりゃすごい。まぁ、お嬢様っぽいっちゃお嬢様っぽいんもんな」

 

「それ…褒めてます?」

 

藍華はさっきと打って変わって、眉毛を逆への字にしながら火星を睨む。

実に感情豊かな子だ。

 

「あらあら、うふふ。もう藍華ちゃんと火星さんは、すっかり仲良しさんね」

 

「ちょ、やめてくださいアリシアさん!私たちさっき初めて会ったばっかりなんですからー!」

 

「あらあら、うふふ」

 

「…お前らこそ、仲良いじゃないか」

 

「だってー!アリシアさんはぁ、私の憧れの人なんですもんー!」

 

「…直属の先輩の前でそれ言っていいのか……」

 

チラッと、火星は晃を見る。

 

そのやり取りを、晃は黙って眺めていた。

肘をつき、視線だけで火星を測るように。

 

――静かだが、鋭い。

 

(…カタギの女にしては、洞察力があるな…それに…)

 

"似てる"

 

不意に、胸の奥がざわつく。

 

長い黒髪。

無駄のない立ち姿。

余計なことを語らない目。

 

黒乃。

かつての、相棒。

 

だが、似ているだけだ。

重ねる意味はない。

 

「で」

 

晃が口を開いた。

 

「火星。

あんた、いつまでここにいるんだ?」

 

疑問形だが、詰問ではない。

 

「ここっていうのは、ARIAカンパニーのことか?」

 

「そうだ」

 

「もうすぐ新入社員の子が来るらしい。それまでになるな」

 

その発言に、藍華が反応する。

 

「あー、そういえばARIAカンパニーに新しい子が入ってくるって!

もうすぐ到着するって聞きました」

 

「その予定ね」

 

アリシアが微笑む。

 

「じゃあ、長居はしないんですね」

 

「しない」

 

晃は少しだけ口角を上げる。

 

「だが…ネオ・ヴェネツィアには、まだいるんだろ」

 

「……ああ。しばらくいる。長期休暇中なんでね」

 

その言葉に、藍華がぱっと表情を明るくした。

 

「じゃあじゃあ!そのうち私も案内しますよ!

ネオ・ヴェネツィア、見どころいっぱいですから!」

 

「…ああ。宜しくたのむ」

 

藍華が頬を膨らませる。

 

「ちょっと間がありましたよね!そこは即答してください!」

 

「性分だ」

 

くす、と小さく笑いが漏れた。

 

その様子を、アリシアは少し離れた場所から見ていた。

 

「ふふ……いい朝ね。

藍華ちゃんも、晃ちゃんもありがとう」

 

その呼び方に、二人とも自然に頷く。

 

 

昼過ぎ。

 

街の外れ。

人の少ない運河沿い。

 

火星は一人で歩いていた。

 

「……また、あなた」

 

背後から、冷えた声。

 

振り返るまでもない。

 

薄緑の長い髪。

華奢な体。

拒絶を纏った少女。

 

アリス。

 

「偶然だ」

 

「……そう」

 

彼女は通り過ぎようとする。

 

「おじいさんの話」

 

火星が言う。

 

足が止まる。

 

「ありがとな、話してくれて」

 

「……急になに?」

 

「いや」

 

火星は首を振った。

 

「お前の口から聞けて嬉しかった。そう思った」

 

沈黙。

 

水音だけが、間を流れる。

 

アリスは、ゆっくりと口を開いた。

 

「……祖父とは、会ったことがない」

 

火星は何も言わない。

 

「でも、私はおばあちゃん子だった」

 

視線が落ちる。

 

「大好きだった。

よく笑って、優しくて……」

 

一拍。

 

「最初に物資が止まったって話を私にしてくれたのも、おばあちゃん。

 すごく、悲しそうだった。ずっと、泣いてた。」

 

拳が握られる。

 

「それから、資料を調べた。」

 

「医療器具が届かなかった。

 助かる可能性は、あった。

 おじいちゃん、病気だったから」

 

声が少しだけ震える。

 

「……でも、来なかった」

 

火星は静かに言った。

 

「ここに、軍はいない」

 

アリスが顔を上げる。

 

「お前が憎むべき存在は、ここにはない」

 

一歩、前に出る。

 

「だが」

 

目を逸らさずに続ける。

 

「俺がいる」

 

空気が張り詰める。

そして火星は、賭けに出る。

 

「憎むなら、俺を憎め」

 

「……何、それ」

 

「吐き出せ」

 

低いが、逃げない声。

 

「ここで全部だ。

俺が受け止める」

 

「……ふざけないで」

 

次の瞬間。

 

「ふざけないでよ!!」

 

感情が、決壊した。

 

「なんであなたなの!?

なんで、あなたがそこに立つの!?」

 

「知らないくせに!

祖父のことも!

おばあちゃんのことも!

あなたには…なにも関係ないじゃない!知った顔しないで!!」

 

爆発

 

小さい体から発せられる、悲痛なまでの叫び。

火星は、逃げることなく、それを正面から受け止める。

 

「……全部、奪われた。おじいちゃんがいた故郷も、

 人が住めなくなった」

 

涙は出ない。

だが、声は掠れていた。

 

「だから、軍は嫌い

 

 それと…」

 

アリスは、火星の顔を睨み、

 

「あなたも、大嫌い」

 

言い切る。完全なる拒絶の言葉。

 

火星は動かない。ただ、受け止める。軍人として、男として。

 

「それでいい」

 

「……っ」

 

「信用しなくていい。

許さなくていい」

 

ただ、静かに。

 

「憎め」

 

アリスは唇を噛み締める。

 

「……最低。

 気持ちよくなってる、だけ」

 

「そうだな」

 

否定しない。

 

「最低だ」

 

沈黙。

 

やがて、アリスは背を向けた。

 

「……信じない」

 

「それでいい」

 

去り際、振り返る。

 

「……でも」

 

言葉を探すように。

 

「……覚えておく」

 

そう言って、歩き去った。

 

火星は追わなかった。

 

(これでいい)

 

そう、思い込むように。

 

運河の水面が、静かに揺れていた。

 

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