ARIA The SUBMARINER   作:ルナ中尉

12 / 12
これにて第1章は終わりとなります。
次から、少しずつ物語が加速していきます。
重ね重ね、ARIAの世界観が少しでも壊れるのが抵抗のある方はご注意を。


第10話 〜その、新たな一歩は〜

夜明け前のネオ・ヴェネツィアには、鐘の音がない。

代わりにあるのは、水の気配だ。

 

石畳を撫でるように流れる運河の水音。

夜の湿り気を含んだ風が、建物の間をすり抜けていく。

 

街が目を覚ます少し前――

人の気配より先に、生活が動き出す時間。

 

ARIAカンパニーの二階。

客間では、火星が黙々と荷造りをしていた。

 

ベッドはすでに整えられている。

シーツは昨夜のうちにクリーニングに出した。

あとは、受け取りに行くだけ。

 

「……よし」

 

短く呟き、バッグの口を閉じる。

 

長期休暇中とはいえ、

いつまでも居候を続けるわけにはいかない。

元々、灯里が来るまでの約束。

それより早く出る事も考えたが、結局長居をしてしまった。

 

(居心地が良かったということか、はたまた…)

 

次の家は決めては居ない。次の止まり木は太くなくてはいけない。

 

(やはり、家そのものを借りるべきだな…)

 

そこへ、控えめなノック。

 

「火星さん、起きてる?」

 

扉を開けると、アリシアが立っていた。

金色の長い髪を緩くまとめ、朝の支度を終えた様子だ。

 

「ぷいにゅーーー!」

 

同時に、アリア社長が入ってくる。

 

「にゅ、にゅ、ぷいにゅー…」

 

目に涙を浮かべているようにも見える。

 

「なんだ、お前、寂しいのか?俺はこの街にまだいる。

 いつでも会えるよ」

 

「にゅ〜…」

 

そう言いながらアリア社長は火星の膝から離れない。

 

 

「あらあら、うふふ。アリア社長も悲しいのよ」

 

「ふっ、嬉しいよ。荷造りだが、もう、ほとんど終わってる」

 

「そう…」

 

アリシアは、少しだけ寂しそうに微笑んだ。

 

「今日は、灯里ちゃんが到着するの。

 そろそろ迎えに行こうと思って」

 

「……もう、そんな時間か」

 

「ええ。あらあら、私の方が落ち着かなくて」

 

そう言って、肩をすくめる。

 

「火星さんは?」

 

「クリーニングを取りに行ってくる。

 戻る頃には……ちょうどいいだろ。新入社員迎えにいくのに、

 俺が出向くのも変だ」

 

「ふふ。分かったわ」

 

「アリシア」

 

火星は、封筒を持ちながらアリシアに向き合う。

 

「短い間だが世話になった。これは礼だ。受け取ってくれ」

 

アリシアは、一瞬キョトンとした顔をする

 

「あらあら、なんだか申し訳ないわ、色々手伝いもしてもらったのに…」

 

アリシアは受け取ろうとはしない。彼女の性格上、おそらくそうかとは

思っていたが。

 

火星は、その封筒を机の上にそっと置く。

 

「まぁ…親しき仲にも礼儀アリ、だ。受け取るのに抵抗があるなら…

 こいつで、灯里にでもなんか食わせてやってくれ」

 

そういうと、アリシアは一瞬呆気に取られたような顔をして、

でも、すぐにいつもの穏やかな顔に戻り、

 

「親しき仲…うふふ、嬉しいわ。そう思ってくれてたなんて」

 

「お前は、違ったか?」

 

ニコッと笑みを浮かべ、答える。

 

「まさか。うふふ。大事なお友達、よ」

 

「そうか…良かった」

 

アリシアはニコリと頷き、階段へ向かう。

 

 

「じゃあ、先に行ってくるわね」

 

「気をつけて」

 

 

宇宙港は、朝の光に包まれていた。

 

巨大なドームの中、

到着ゲートから人々が流れ出てくる。

 

その中に、ひときわ落ち着きのない少女がいた。

 

「……わぁ……」

 

灯里は、思わず声を漏らす。

 

広い空。

やわらかい光。

人工物なのに、どこか温かい。

 

「ここが……火星……ここが、ネオ・ヴェネツィア…すごい!」

 

胸の奥が、じんわりと熱くなる。

 

「灯里ちゃん」

 

自分を呼ぶに、振り向く。

 

「アリシアさん!」

 

灯里は、駆け寄るように近づいた。

 

「お疲れさま。長旅、大丈夫だった?」

 

「はい! ちょっと緊張しましたけど……

 でも、すごく綺麗で……!

 あ、そうだ、あの!改めまして、今度からお世話になります、

 水無灯里です!

 宜しくお願いしまふ!!あ、噛んじゃった…」

 

灯里は慌ただしく、コロコロと表情を変えながら、アリシアに

自己紹介をする。幾度となく連絡は取っていたが、実際会うのは初めてだ。

 

「あらあら、うふふ。緊張しなくていいのよ。よろしくね、灯里ちゃん。

 とっても綺麗なところでしょう?私、ここで灯里ちゃんと会うの、

 とっても楽しみにしていたの。」

 

そう言うと、灯里はぱあぁっと笑顔を溢れさせる。

 

そうして、アリシアは、灯里の荷物を受け取り、

 

「じゃあ、帰りましょうか。

 ARIAカンパニーへ」

 

「はい!」

 

2人で、光に照らされたレンガの上を、歩き出す。

 

一方その頃。

 

火星は、クリーニング店を出ていた。

肩にバッグをかけ、ゆっくりと歩く。

足元には、アリア社長。

2人(正確には1人と1匹)でとことこと歩く足音が心地よい。

 

(……これで一区切り、か)

 

 

短い間だが、色々あった。一旦この生活にも区切りだ。

 

「良かったのか?お前、ついてかないで」

 

「にゅ!にゅ!」

 

アリア社長はそう言って、火星の側を離れない。

短い間だったが、コイツに少しは助けられた。

 

「ありがとな、そばにいてくれて」

 

「ぷいにゅ!」

 

そう言って満足そうにアリア社長は走り出す。

その時、

ちょうどARIAカンパニーの桟橋が見えてきた。

 

ゴンドラが着き、人影が降りる。

 

――ピンク色の髪。

 

「……?」

 

その隣にいるのは、アリシア。

 

「……ああ」

 

察した。

 

桟橋に戻ると、ちょうど目が合った。

 

「火星さん」

 

アリシアが声をかける。

 

「こちら、灯里ちゃん」

 

「は、はじめまして!」

 

灯里が、少し緊張しながら頭を下げる。

 

「天城火星です。よろしく」

 

灯里の瞳が、ぱっと輝いた。

 

「えっと……アリシアさんから、

 少しの間、お手伝いしてくれてたって聞きました!」

 

「まあな」

 

「すごいですね!

 お仕事は、何をされてるんですか?」

 

あまりにも、まっすぐな問い。

 

火星は、一瞬だけ言葉に詰まる。

 

そして――

 

「……何でも屋、みたいなもんだ」

 

言った瞬間、心の中で舌打ちしてしまう。

 

(……なんて答えだ、もっとマシな答え方があっただろう!)

 

アリシアの動きが、一瞬だけ止まった。

 

ほんの僅か。

視線が、火星に留まる。

 

「……そう」

 

短い返事。

 

けれど、すぐに微笑みを取り戻す。

 

「あらあら。便利なお仕事ね、火星さん」

 

灯里は、疑いもせず笑った。

 

「素敵です! AQUAには、そういう人、必要だと思います!」

 

その言葉が、胸に刺さる。

 

(……そう思わせちゃいけない)

 

「ぶいにゅー!」

 

アリア社長が灯里に飛びつく

 

「わわ、猫さん!?かわいい…!」

 

「ふふ、アリア社長よ、うちの会社の社長さん」

 

「え、猫がですか…?」

 

「にゅ!」

 

アリア社長は得意気だ。

 

(やはりそういう反応になるよな…)

 

当然の反応だろうと火星は腕を組みながら思う。

 

「灯里ちゃん」

 

アリシアが、柔らかく声を挟む。

 

「少し部屋でお茶でもしながらゆっくりしない?

 長旅の後だもの」

 

 

「はい! ぜひ!」

 

 

別れは、あっさりとしていた。

 

「……世話になった」

 

「…こちらこそ」

 

2人の間に、なんとも言えない空気が流れる。

あっさりとしていながらも、アリシアの表情は、寂しげだ。

 

火星は、そんなアリシアを見て切り出す。

 

「俺はまだ、この街にいる。

 しばらくは、別の場所に拠点を構える。

 ……だが、また手伝いが必要なら、声をかけてくれ」

 

「まぁ」

 

アリシアは、嬉しそうに微笑む。

 

「遠慮なく、お願いするわね。

 何でも屋さん、うふふ」

 

その言葉に、火星は小さく苦笑した。

 

(……本当に、何でも屋になるかもしれないな)

 

「じゃあ……」

 

そう言って火星は歩き出そうとする。

 

「もう、行っちゃうんですね…」

 

灯里が言う。今日会ったばかりだというのに、もう寂しそうだ。

感受性が高いのだろう。

 

「灯里ちゃん」

 

灯里が、ぱっと顔を上げる。

 

「これから、この街で色んなものを見るだろう。

 ……いいものも、そうじゃないものも」

 

「はい……?」

 

「それでも、君なら大丈夫だろう。楽しめよ、全部」

 

灯里は、少し考えてから、にっこり笑った。

 

「はい! ありがとうございます!」

 

その笑顔を見て、確信する。

 

----こういう子こそ、この街には相応しい。

 

 

 

 

 

運河の上。

 

ゴンドラの櫂を動かしながら、

アリスは、遠ざかっていく背中を見ていた。

 

……行った。

 

それを確認して、胸の奥が、ほんの少しだけ緩む。

 

(……良かった)

 

会わなくて済む。

話さなくて済む。

これ以上、心を揺らされなくて済む。

 

そう思ったはずなのに――

 

胸の奥が、ざわつく。

 

理由が、分からない。

 

安心したはずなのに。

静かになったはずなのに。

 

どうして。

 

どうして、こんなにも落ち着かないのだろう。

 

アリスは、櫂を握る指に、少しだけ力を込めた。

 

水面に、小さな波紋が広がる。

 

(……分からない)

 

そう結論づけて、視線を逸らす。

 

けれど、その背中の残像だけは、

いつまでも、消えてくれなかった。

 

 

-----

 

別れを告げ、歩き出す。

歩く、歩く、ひたすら。

どこに行くかは、決めていない。本日の止まり木は、まだ未定。

 

その時、胸ポケットの端末が震えた。

 

なんとなく、予感はしていた。

 

長期休暇

 

惑星AQUA

 

あえて考えないようにしていた。何を思おうと、あくまで憶測だ。

点と点を繋げる事に、現状では意味がない。

 

しかし、

 

画面に表示される文字。

 

「至急、司令部ト交信スベシ」

 

火星は、静かに息を吐いた。

 

(……来たか)

 

歩き出す。

 

この街も、

彼女たちも、

やがて避けられない因果に巻き込まれていく。

 

その始まりは、もう――すぐそこだった。

 

 

 




次から、2章に入ります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。