ARIA The SUBMARINER   作:ルナ中尉

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作品の方向性としては
シリアス7割 日常3割 あとはちょっと恋愛も絡めます。


第4話 ~その、冷たい距離は~

朝のネオ・ヴェネツィアは、前日と変わらず穏やかだった。

 

水路を渡る風。

ゆっくりと進むゴンドラ。

街は今日も、何事もなかったかのように目を覚ます。

 

だが、火星にとっては違った。

 

ARIAカンパニーの一室。

簡素な客室で、火星は窓辺に立っていた。

 

(……まだ、戻らないか)

 

財布のことだ。

焦りはない――そう言い聞かせてはいるが、

軍人として染みついた“確認できない不安”が、じわじわと残っている。

 

身分証。

ID。

地球での立場。

 

この星では不要なもの。

だが、失っていいものではなかった。

 

特に、火星の身分。

2日前に宿にチェックインした時もそうだった。

宿主の明らかに眉をひそめる動作。

 

この星の歴史や、過去の様々な"事件"によって、この地の人間の

軍嫌いはもはや決定的だ。

 

「……」

 

火星は小さく息を吐き、上着を羽織る。

 

いつまでも部屋に籠っている性分ではない。

考えるなら、動きながらだ。

 

 

通りに出ると、すでに街は活動を始めていた。

 

市場へ向かう人。

仕事へ急ぐウンディーネ。

観光客の笑い声。

 

その中に――

ひとり、明らかに“違う空気”があった。

 

薄緑色の髪。

小柄で、華奢な体つき。

何より、美人だ。そしてまだ幼い。

だが、背筋は真っ直ぐで、歩き方に迷いがない。

 

(……)

 

火星は無意識に、その背を目で追っていた。

 

すると、少女が足を止める。

 

振り返る。

 

視線が、ぶつかった。

 

一瞬。

ほんの一瞬だったが、火星は確信した。

 

――警戒されている。

 

「……」

 

少女は、何も言わずにこちらを見ていた。

 

好奇心でもない。

恐れでもない。

 

拒絶だ。

 

「……何か?」

 

火星が先に口を開く。

 

声は低く、抑えている。

威圧するつもりはない。

 

少女は、一拍置いてから答えた。

 

「別に」

 

冷たい。

年相応とは思えないほど、感情を切り落とした声。

 

「ただ……」

 

少女の視線が、火星の胸元に落ちる。

そこにあるはずのものはない。

 

だが、彼女は“知っている”。

 

「ここは、あなたが来る場所じゃないと思っただけ」

 

「……どういう意味だ」

 

火星は、問い返した。

 

少女は少しだけ眉を寄せる。

 

「そのままの意味」

 

言い切りだった。

 

「この街は、争わない人のための場所」

「あなたみたいな人が、長くいる場所じゃない」

 

火星は、数秒沈黙した。

 

(見抜かれている)

 

理由は分からない。

だが、この少女は“察している”。

 

「……偏見だな」

 

火星はそう言った。

 

「ここで俺が何をした?」

 

「まだ、何も」

 

少女は即答する。

 

「でも、“何かをしてきた”顔をしてる」

 

その言葉に、火星はわずかに笑った。

 

「よく言われる」

 

「でしょうね」

 

少女は一歩、距離を取る。

 

「……それと」

 

ポケットから、黒い財布を取り出す。

 

「これ」

 

火星の目が、わずかに見開かれた。

 

「……それは」

 

「落としてた」

 

短い説明。

 

「中身は見てない」

「返すつもりも、正直、迷った」

 

迷いなく言う。

 

「でも――」

 

少女は、財布を差し出した。

 

「この街では、返す方が普通だから」

 

火星は、静かにそれを受け取る。

 

重さを確かめるように。

 

「……助かった」

 

「お礼はいらない」

 

即座に返される。

 

「私は、あなたを助けたわけじゃない」

 

そう言い残し、少女は踵を返す。

 

「待て」

 

火星が呼び止めた。

 

少女は、振り返らない。

 

「名前だけ、聞いてもいいか」

 

一瞬の沈黙。

 

やがて、短く答えが返ってきた。

 

「……アリス」

 

それだけ。

 

少女――アリスは、再び歩き出した。

 

その背中は小さい。

だが、どこか頑なで、強かった。

 

火星は、その背を見送りながら思う。

 

(嫌われたな)

 

理由は分からない。この星特有のものか。

だが、確かな拒絶だけが残った。

 

それでも――

 

(返してくれた)

 

その事実が、妙に胸に残った。

 

ネオ・ヴェネツィアの朝は、今日も穏やかだ。

 

だが、

火星とアリスの間には、

確かに“冷たい距離”が生まれていた。

 

それが、

この2人の物語の始まりだとも知らずに。




一旦ここまで。続きはまた近々。
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