ARIA The SUBMARINER   作:ルナ中尉

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第7話 ~その、新しい出会いは〜

相変わらず朝のネオ・ヴェネツィアは音が少ない。

 

水路を渡る風が、運河の水面をわずかに揺らし、

その揺れが、街を起こす合図のように広がっていく。

 

軍にいた頃は、毎日起床ラッパで叩き起こされ、ベットを整え、5分後には集合。それが普通だった。

それに比べて、なんと平和なことか。

 

 

火星は、ARIAカンパニーの桟橋を眺めながら、湯気の立つカップを手にしていた。

 

――昨日の夕方。

 

ふとした思いつきで、ゴンドラを降りた。

誰に言われたわけでもない。

 

ただ、足が動いた。

 

水際に腰を下ろし、靴を脱ぎ、

そのまま、海に足を浸した。

 

「……冷たい」

 

だが、不快ではなかった。

 

さらに屈み、

手ですくった水を、そのまま口に含む。

 

塩気。

雑味がない。

 

管理されていない、自然のままの水。

 

「……飲めるな」

 

その直後だった。

 

「ちょ、ちょっと火星さん!? 何してるの!?」

 

振り返ると、ゴンドラの上で櫂を止めたアリシアが、目を見開いていた。

 

「海の水を……飲んでる?」

 

「少しな」

 

「少しな、じゃないわよ。うふふ……でも……」

 

驚きと呆れが混じった声。

それでも、責める調子ではなかった。

 

火星は、今度は腰まで水に入り、

数歩だけ、泳ぐように身体を動かした。

 

「……地球の海じゃ、こうはいかない」

 

「ええ」

 

アリシアは静かに頷いた。

 

「ここは、元々の姿の海だから。

 人の手も入ってない。環境汚染もない。そのままの、海。」

 

火星は、その言葉を噛み締めるように、

もう一度水面を見つめた。

 

――元々の姿。

――だからこそ、息をしている海。

 

それが、胸の奥に残っていた。

 

 

「で、その顔で考え事してたのね」

 

声に引き戻される。

 

朝食の席。

アリシアが微笑みながら、パンを差し出す。

 

「……悪い」

 

「いいのよ。あらあら、うふふ」

 

「ぷいにゅー!にゅ!にゅ!」

 

アリア社長がパンを食べながら火星の膝に飛び乗る。

こいつとは出会ってまだ1日だが、すっかり懐かれてしまった。

 

その時だった。

 

「アリシアさーーーん!!」

 

勢いよく扉が開く。

 

青い髪を高く結い、サイドに垂らした長い髪が揺れる。

 

「聞きましたよ!!

 なんか今、居候してる男の人がいるって!!」

 

「あらあら、藍華ちゃん。おはよう。うふふ。朝から元気ね。」

 

「だって! だってですよ!?

 アリシアさんの家に男の人って、それ大事件じゃないですか!!」

 

後ろから、少し落ち着いた声が続いた。

 

「……全くだ。お前は本当に騒がしい。」

 

黒ともブラウンとも取れる長い髪。

気だるげな表情だが、視線は鋭い。

 

「晃ちゃん」

 

アリシアが名前を呼ぶ。

 

「あらあら。お久しぶりね。うふふ」

 

「あらあら禁止」

 

「うふふ」

 

「うふふも禁止!」

 

「あらあら、うふふ」

 

「禁止!」

 

アリシアと、晃と呼ばれた女性が激しく言葉の応酬を繰り返す。

と言っても、アリシアは軽く受け流すだけだが。

それを見て火星は一目で2人の仲の良さを見抜く。

 

「随分と仲がいいんだな」

 

「晃ちゃんはね、私の幼馴染なの。うふふ。仲良しさんなのよ」

 

「そうだろうな」

 

「にゅ」

 

火星とアリア社長は、互いに納得するような仕草を取る。

 

 

しかし、藍華は、火星を見て一拍置いた。

 

「……誰?」

 

率直すぎる問い。

 

「火星さん。少し事情があって、しばらく滞在してもらってるの」

 

「へぇ……」

 

藍華は腕を組み、じっと火星を見る。

 

敵意ではない。

だが、距離はある。

 

「アクアって…珍しい名前。

 ま、いいですけど!

 アリシアさんが決めたなら」

 

その言葉に、火星はわずかに眉を動かした。

 

「…いいのか?」

 

晃が一歩前に出る。

 

「晃だ。よろしく」

 

「ああ。天城火星だ」

 

握手はない。

それでも、互いに視線は逸らさない。

 

晃は軽く笑った。

 

「この街ね、外から来た人には優しいよ」

 

藍華が続ける。

 

「でも……居場所になるかどうかは、別、かな」

 

空気が、ほんの少しだけ締まる。

 

火星は、静かに頷いた。

 

「……そうだろうな」

 

否定もしない。

反論もしない。

 

それが、逆に印象に残った。

 

「ま、でも!」

 

藍華が手を叩く。

 

「今は朝ごはんですよ朝ごはん!

 難しい話は後です後!」

 

アリシアがくすっと笑う。

 

「あらあら。そうね」

 

その瞬間だけ、

場の温度が、少し上がった。

 

 

――side アリス

 

朝の空気は、嫌いじゃない。

 

でも、今日は落ち着かなかった。

 

朝のゴンドラの練習中、

ふと近くを通りかかり、ARIAカンパニーの方を見てしまう。

 

理由は分かっている。

 

やっぱりだ。

――あの人が、まだいる。

 

財布は返した。

それで終わりのはずだった。

 

なのに。

 

(……なんで、まだいるの)

 

拒絶したはずなのに。

距離を取ったはずなのに。

 

それでも、

あの背中が、目に残る。

 

彼は言っていた。

 

"守りたいものがある"

 

態度も曖昧だった。軍の存在しないこの星で、一体

何を守るというのか。はたまた、適当な嘘か。

 

薄緑の髪が、風に揺れた。

 

「……最悪」

 

小さく呟く。

 

信じない。

信じる理由なんて、どこにもない。

 

それなのに――

 

(……なんで、目、逸らせない。)

 

その事実が、

アリスを一番苛立たせていた。

 

 

朝の街は、今日も穏やかだった。

 

その穏やかさの中に、

新たな出会い。

新たな会話。

 

このまま、そうやって時間が流れていけばいいと。

 

だが――

居場所を持たない者が、

確かに、そこに立っている。

 

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