UL   作:招代

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予定通り……いやそもそもコレの投稿が予定外だったのは違う話で、
とにかく後編投稿しました。


第三十一話 『一寸ババア』 After2 後編

平成26年10月21日15:26

 前日に雨が降ったものの、現在は晴れ渡る秋空の下。大童と藤重の2人は目的地へと到着していた。

「写真で見た時も良さそうな旅館だと思ったけど……実物を見るともっと立派に見えるわね」

「うん。外もキチンと掃除されてるし、お客さんもそれなりに来てるみたい」

 そこは丁度紅葉シーズンを迎えた山を背に建つ、どちらかと言えば新しい温泉旅館。和風な雰囲気を感じさせつつも和風とは言えないそれは、とても背景の紅葉とマッチしていた。そしておそらく、冬の雪も春の桜も似合うのだろう。

 駐車場には紅葉を見に来たのであろう県外ナンバーの車が多く止まっており、平日でもお客さんがそこそこいることを示している。

 もちろんそれは旅館にとっては良いことなのだが、大童達的にはいないほうが行動しやすいに決まっている。しかし大童にとって多少の人間は大した障害でもないので気にすることは無いのだろう。

「それじゃあ受付を済ましちゃおっか。そしたら今夜の進行を確認する感じで良いかな?」

「ええ、問題ないわ」

 大童の提案を了承する。

 かくして2人は旅館へと足を踏み入れたのだった。

 

 

平成26年10月21日15:37

(あーもうっ! 鏡君のせいで鏡君のせいでぇ…………あー! もうっ!! いったい私はどうすれば……)

 ここは旅館の一室。畳の敷かれた和風の部屋では、1人の藤重が頭を抱えた状態で中央のテーブルに突っ伏し苦悩していた。

(と、言うか。どうしてあの時こうなる事を疑わなかったのよ私は! いくら浮か――――前の事から考えても十分にあり得たことなのに…………まぁ、鏡君の事だから言ったところで変わらなかったかもしれないけど……いや、そうだとしても! 気付いてさえいれば心の準備ぐらいで来たのに……)

 溜息をついた後、手を前方に力無く伸ばす。

 

 ――そもそもの話。何を藤重はこんなにも苦悶しているのかと言えばそれは、

(そりゃあ嫌ってわけじゃないし、前も似たような状況は合ったけど……それでも流石にハードルが高すぎるっていうか、その…………まさか大童君と同じ部屋に泊まる(・・・・・・・・・・・・)事になるなんて……)

 という事である。その為に先程から藤重は絵に書いたように悶えているのであった。

 ちなみに大童は女子トイレに侵入するための経路の下見に出ているので今はここにおらず、この姿を見られる心配はない。

 だからこそ、藤重はここまで分かり易く悩んでいるのであった。

 

 その後も藤重は心の準備が出来ずにうだうだと、傍から見れば面白いことこのうえない。しかし、ふと我に返り……

「……私も下見しておかないと」

 テーブルに手をついて立ち上がると、そのまま部屋を出て行った。

 

 

 

平成26年10月21日15:39

 一方その頃、大童は……

(今回の実現場所はこっち側。そしてトイレがあるのは3・4階……どっちに実現させるかはカメラを仕掛けた方、つまり好きな方を選べるはず)

 上を見上げ、旅館の外から女子トイレへと侵入するルートの確認をしていた。事前に状況を把握していた方が実行時もスムーズに事を済ませられるというものである。

(そうなると3階が一番近いけど…………3階のトイレは扉の立てつけが悪くなってきてるらしいし、そうなると藤重さんが逃げる時にタイムロスをしちゃうかもしれない)

 しかし事情を知らずに思考だけを見ればどう考えても変態犯罪者のように思われるが、罪に問われない犯罪は犯罪ではないので犯罪者ではない。ただの変態である。

 もちろん仕事であるし、大童からすればいわれもない――――いや、仕事とはいえ侵入はともかくカメラまで付ければいわれもないわけもないのだが、仕方のない事なのでしょうがない。

(なら4階の方が良いかな。でもそうなると下から登るのは良くないよね……通らないといけない階の数が多いし、まともな出っ張りは窓枠だけ。実現はまださせてない状況だし、人が外を見るかもしれないことを考えればなるべく通りたくないかな)

 ……そもそもどうして中では無く外なのかと言えば、監視カメラの問題である。

 女子トイレの目の前に堂々とカメラがあるわけではないのだが、設置されている角度的に女子トイレへ入ればそれがバレてしまう配置になっているのだ。

 それでも天井にピッタリと張り付いて行けば行けないことも無いが……ハッキリ言って労力と身体能力の無駄。それなら外から行った方が良いだろうとの判断である。

(一気に跳ぶのも良いかもしれないけどこの高さだとどうだろ…………ギリギリ、かな。音を立てないようにするのが難しいかも……どうしても勢いよく跳ぶと、ね)

 そう言った事情で外からの侵入経路を探る大童。

 最も求めるのは隠密性。事が事だけにいつもよりも極力人に見つからない場所を探しているのだ。

(……それならやっぱり、上から降りるのが良さそうかな。ロープとか使わずに一発勝負で窓と窓の間を飛び降りて、目的の場所の窓枠に手を伸ばせばつかまれる。それに上手く勢いを殺せば音もほとんど立たないだろうし……うん。それでいこう)

 作戦を脳内でシュミレートし、目の前の外壁に照らし合わせて確認。それを何回か繰り返して万全に備えると、挙動不審だった藤重のいる部屋へと戻るのであった。

 

 

平成26年10月21日15:44

 その道中、

「あ、大童君。もう下見は終わったの?」

 下見ついでに大童を探しに来た藤重と鉢合わせる。

「うん。だから時間もまだあるし、藤重さんの様子を報告ついでに見てからその辺りを走って来ようと思って」

「私の様子を……?」

 大童の言葉で僅かに胸が高鳴るが、それも束の間。すぐに現実を突きつけられてしまう。

「ほら、部屋に向かう時から少し様子がおかしかったからさ。大丈夫かなって」

「あ、あぁ。うん……まぁ、もう大丈夫…………」

「そっか。それなら良かった」

 素直に嬉しそうにする大童。

 しかし藤重は、心配されて嬉しいような、隠し切れてなかったのかと恥ずかしいような……半分半分で複雑な気持ちになるのであった。

 

「それじゃあ僕は走ってくるけど、藤重さんはどうする?」

 目的の1つを果たした為、部屋に戻る必要の無くなった大童が問いかける。

「私も実現場所の下見に行っておくわ。やっぱり事前に見ておきたいし」

「そっか。それなら実現場所は4階の方に決めたから、本番はそっちでお願い」

「わかったわ」

 文句があるわけも無く、頷いて了承。

 トイレの構造は同じであるが、一応全部見ておこうと思った藤重にとっては下見の手間が少し省けたというものだ。

「じゃあ行ってくるね。たぶん7時頃には戻ると思うから」

「ええ。いってらっしゃい」

「いってきます」

 大童は手を挙げて再び外へと向かう。

 藤重は大童が見えなくなるまで見送った後、4階のトイレへと向かうのであった。

 

 

 

 予定通り7時頃に戻ってきた大童は汗を流すついでに浴場(混浴ではない)へと向かい、その間部屋で待っているのも落ち着かないので藤重も浴場へ。

 その後出て来た2人は夕食を一緒に済ませ、深夜を待っているのであった。

「そう言えば、どうして4階の方にしたの?」

 流石に状況になれたのか、それとも吹っ切れたのか、普段と変わらない様子で藤重が大童に訊ねる。

 それに対し大童は本から顔を上げて答えた。

「全体的に見てそっちの方が動きやすいと思ってね。それに毎日掃除しているとはいえ、4階の方が使う人が少なくて綺麗だろうし」

「あー……それもそうね」

「うん」

「……」

「……」

 会話は途切れ、大童は再び本を読み始める。

 どうやら藤重はまだ少し緊張しているようだった。

 

 

 そうして静かなまま時間は経ち、午前2時半。

 ほとんどの客は寝たであろうその時間に、2人は行動を開始する。

「そろそろ始めよっか」

「そうね」

 立ち上がり、固まった筋肉を解すように伸びをする。

「とりあえず藤重さんは窓をよろしくね。開いてないと入れないから」

「ええ、任せて」

 大童はパソコンとカメラを取りだし、藤重は何も持たない。

 そして2人はそれぞれの持ち場へと向かうのであった。

 

 

平成26年10月22日2:33

 ここは普段施錠されている旅館の屋上。

 冷たい風が吹く中、大童は場所を確認しながら淵へと経つ。

(とりあえず下に電気のついてる部屋は無し、と……)

 下方の真っ暗闇を覗きこんで確認。

 だからといって行動が変わるわけではないのだが……ちなみに、大童的には周りがハッキリと見えているので「真っ暗闇」という表現が適していないのはどうでもいいことだ。

(藤重さんから連絡も来てるし、さっそく始めようかな)

 僅かに冷える手を気で温め、所定の位置へと着く。そして――――

 

「よっ」

 ――――飛び降りる。とっても気軽に、臆することなく。

 

 壁面ギリギリを落下する大童。

 しかし浮遊感は一瞬、目的窓はすぐそこに来ていた。

「――っと」

 すると大童は右腕を曲げた状態で窓の横淵部分を掴み、落下に合わせて腕を伸ばすことで勢いを一気に殺す。その際、横淵を掴んでいる手も同時に下淵へとスライドさせることを忘れない。

 そうしてそのまま大童は左腕を伸ばして両手で淵部分を掴むと、なるべく音を立てないようにするために腕力のみで自身を引き上げ、トイレ内へと侵入を果たした。

 

 

平成26年10月22日2:34

 第一関門を突破した大童は映像を確認しながら、カメラを目立たない場所へと設置する。

 気配を探ってトイレの前あたりに藤重しかいないことは確認済みではあるものの、大童としては背徳感があるのは否めない。

(よし――)

 そしてしっかりと個室内が映っているのを見て、

(――脱出!)

 すぐさま窓から跳び逃げるのであった。

 

 かくして衝撃を殺して音少なく着地した大童は、パソコンを取り出して実現を開始。

 それを終えると藤重へと連絡を入れ、自分は非常階段を使って「もしもの時の為」に屋上で待機するのであった。

 

 

平成26年10月22日2:40

(いよいよね……)

 大童からの連絡をトイレの外で受けた藤重は携帯を閉じると、目を瞑って大きく息を吐く。

 高鳴る鼓動はときめきで無く緊張感。それを治めるためにもう一度、大きく息を吐く。

「……はぁ」

 そうすることで多少は平静に近づくものの、心身に染み込んだ緊張はぬぐいきれない。間違いなく普段通り、ではないであろう。

 ……だが、それも仕方のない事なのかもしれない。

 なぜなら藤重は、トイレでの仕事に対して苦手意識のようなものを持ってしまっているからだ。

 それは『赤い紙青い紙(あのじけん)』に起因することで、初めて明確な「死」を感じた瞬間。たとえ今まで仕事をこなしてきても消える事の無いあの光景と感情。

 脳にこべり付くそれを藤重はまだ剥がし切れず、不安や恐怖などのマイナスな感情が苦手意識となって現れる。

 

 しかし、それでも藤重は止めるわけにはいかない。

 その程度の事で放り出すわけにはいかない。

 そんなこと、分かりきった上(・・・・・・・)で覚悟を決めたのだ。

「はぁ――」

 もう一度、息を吐く。そして、

「よし」

 目を開けて小さく呟く。

 藤重はトイレの中へと入って行った。

 

 

平成26年10月22日2:42

 トイレへと入った藤重は、電気をつけてから下見の時に確認した掃除用具の入っている個室からトングを借りて、窓際の個室内へと入る。

(これであとは待つだけね……たぶんそこまで時間はかからないはず)

 便座に座り、窓に注意を向け続ける。

 いつ『一寸ババア』が来てもいいように、体は常に臨戦体形。右手にトングを握り、咄嗟に動く準備は出来ている。

 

 

 そうして待つこと2分。

(来た……!)

 注視していなければ気付かないぐらい窓が僅かに動き、隙間を作られる。それを見てすぐに藤重は窓を全開に開けてすぐに手を引っ込めた。

 するとそこにいたのは虫のように小さな小さな人型。右手には『針』を持っており、顔はまぎれもない老人。

 間違いなく、『一寸ババア』であった。

「……」

 だが藤重はすぐに迎撃はせず、相手の出方を注意深く見続ける。

 そして――

「――!」

 相手が窓の淵部分を蹴り、一直線に藤重目がけて跳んできた。そのスピードはまるで矢のように速い。

 しかし藤重はその瞬間をしっかりと目に捉え、その角度をしっかりと見極める。そしてすでに気で強化済みのトングで薙ぎ払うように力いっぱい振り抜いた。

 そうしてそれは的確に対象へ直撃し、虫のような小さな体を歪ませながら『一寸ババア』は全開にされた窓を通過して軽々と遥か彼方へと吹き跳んで行く。

 

 後には緊張感から解放され、やり遂げた表情の藤重だけが残っていた。

「ふぅ…………っと、早くここからでないと!」

 余韻に浸りかけた心をすぐに引き締め直して個室から急いで出ると、そのままトングを元の個室に投げ戻してトイレ自体から速やかに退出したのであった。

 

 

平成26年10月22日2:46

『こっちの方で消滅を確認したから、部屋に戻って大丈夫だよ』

「分かったわ。それじゃあ戻るわね」

 トイレから出た後に大童からかかってきた電話を終えて携帯をしまう。

 それからカメラを回収してデータを消し、トングをちゃんと戻してから手を洗い、部屋へと戻るのであった。

 

 

平成26年10月22日2:50

「お疲れ様。特に問題とか無かった?」

「ええ。無かったわよ」

「そっか。なら良かった」

「……」

「……」

 部屋へと戻ってきた藤重が報告を終えると、自然に沈黙が降りる。

 その原因は藤重なのだが、ここにきて仕事中は忘れていた重大なことを思いだしてしまったのだ。

 それは……大童のいるこの部屋で寝るという事。以前にも似たようなシチュエーションはあったが、今回は旅行先のちゃんとした旅館。あの時のアパートの部屋とはまた違うのだ。

 

 そんな中、何かを思いついたように大童が手を叩く。

「そうだ。今日はせっかくだから紅葉を見てから帰ろうか」

「えっ、いいの?」

「いいんじゃないかな」

 別段ド田舎と言う訳でも無く、バスはまずまずの本数でバス停に来る。だから一度逃したら5・6時間後、などということは無い。

 よって、ゆっくり観光をしたところで夕暮れまでには問題無く帰れるだろう。

「それならー……そうしよう、かな。せっかくだし」

「うん。じゃぁ今日はもう寝よっか」

「えっ! あ、う…………そ、そうね……」

 挙動不審で顔の赤い藤重に首を傾げながらも、大童は自分の分の掛布団をめくる。

「それじゃおやすみ。電気、消していい?」

「……あ、わ私が消すわ!」

 取り繕うように慌てて立ち上がり、電気の紐を掴む。

「そう? ありがと」

「気にしないで……じゃあ、消すわね。おやすみなさい」

「うん。おやすみー」

 紐を引っ張り、電気が消える。

 大童と同じように布団に入った藤重はただひたすらに、眠ることに全力を注いだという。

 

 ……ただ、その為に目覚ましをかけ忘れてしまった事に気付かない藤重なのであった。

 

 

 

 翌朝。

 大童が先に起きていたことで、また藤重がおもしろいくらいに慌てふためくのだが……その後は2人で紅葉を見て楽しんで帰ったらしい。

 なお、傍から見れば「初々しい(主に彼女が)カップル」のようだったという。

 

 

 

第三十一話『一寸ババア』After2終了。

 




ふぅ……色々あったけど久しぶりに投稿出来て一安心。

そもそもこんなことになったのも全て仕事時間の変更で、
自由な時間が減ったのが大きな要因なんです。
言い訳でしかないですけどね。

あとこの時期はアプリとかのイベントも忙しくて……やりたいことが多くて困ります。

……まぁやりたいことが無いよりはマシだと思うんですが。
それでももっとしっかりとしないとな……。

それでは、
いつかまたどこかで。

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