デビルサマナー 安倍セイメイ 対 異世界の聖遺物   作:鯖威張る

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第三話 『悪魔が来たりて管を抜く』

 幾月、幾年放置されたかわからない、雑居ビルの二階から光が漏れていた。

 その光はもちろん人工的な光ではあるが、ビル自身の内装の明かりではなく、大型の照明であった。大型とはいっても細い鉄棒の上部に二つのライトがついた簡易的なものだ。

 その二階のフロアに縛られて座っている二人の少女の近くに、それは置かれていた。

 

「この縄ほどきなさいよっ!」

 

 空気さえも風化したような、埃っぽいコンクリートのフロアに威勢の良い少女の声が響く。

 

「うるせぇぞ黙ってろ! オジサンたちは今大事な商談中なんだからよぉ」

 

 縄で両腕を縛られた金髪の少女を怒鳴りつけ、男は携帯電話を耳に当てて再び話し始めた。

 

「それでだ安次郎さん、依頼金の方なんだがな――」

 

 男はどうやら依頼を受けて、誘拐を行ったらしい。電話の相手と依頼の金の話をつけているようだ。

 

「この子達、ヤっちゃってもいいんですかね?」

 

 下卑た笑いを浮かべた別の男が少女達を指差しながら携帯電話で話をしている男に尋ねる。

 

「白いカチューシャの方には手を出すなよ。金髪の方は……まぁオマケみたいなもんだから良いぞ」

 

 そう聞いた途端、下卑た男の笑いがより下品になり、少女達に近づいていく男の歩調が速くなる。金髪の少女はといえば先程の気勢はもうどこにもなく、ただただ今から自分の身に降りかかろうとしている不幸に顔を青くし、縛られたその身を震わせている。

 

「じゃあお嬢ちゃん、おじさんとイイコトしようかぁ……」

 

 鼻息を荒くさせた男が恐怖に震える金髪の少女に向かって手を伸ばす。

 

 その時であった、割れた窓より黒いツバメの切り絵が二枚、まるで本当に生きているかのようにそれぞれ二人の男達の元へ飛翔してきたのである。

 

「ん? 何だこれ?」

 

 不審に思った携帯電話の男が自身の方に飛んできた切り絵を掴もうと電話を持つ手とは逆の手を伸ばした、その瞬間。

 

「うおっ」

 

 ツバメの体がほどけるようにニ本の黒い縄へと変わり、まるで意思が宿っているかのように片方は男の両腕を胴体へと縛りつけ、もう一方は首へと巻きつく。

 

 頚動脈と上気道を同時に圧迫された男はその苦しみから逃れようと首に手を伸ばそうとする。

 しかし、両腕は硬く胴へと束縛されてそれは叶わない。

 男は少女達の方へ行った男に助けを求めようとしたが、そこには既に今の自身と同じ格好で気絶している男の姿があった。

 

 程なくして、自身も頬を地面につけ、意識を手放した。男が倒れたのと同時に男達を首を絞めていた縄は塵となった。

 

「いやぁ、一回こういうのやってみたかったんだよねぇ。少女の危機に現れる謎の少年、まるで絵草紙か御伽噺の世界みたいじゃないか」

 

少女達の横で声がした。少女達が声のした方へ目を向けると何もなかった空間から突如、霞が晴れるように眼鏡をかけた少年が姿を現した。

 

「まぁ冗談は置いといて……こんばんは。初めまして、になるのかな?」

 

「あ、あんた誰よっ!?」

 

 少年、安倍星命の問い掛けに少女達は目を白黒させる。何も無い空間に急に人が現れたのだ、彼女たちの驚きも至極当然といえるだろう。

 

「あっ! アリサちゃん、この子誘拐されたときに反対側の信号にいた子だよ!」

「そういえば誰か居たような居なかったような……」

 

 思い出したようにカチューシャの少女が声を上げた。

 金髪の少女――アリサ・バニングスはその言葉で記憶を辿るが友人である隣のカチューシャの少女――月村すずかとの会話の内容以外は酷く曖昧なものしか思い出せなかった。

 

「よく覚えていたね、ちょっとごめんよ」

 

 星命が腰のサイドポーチから霊符を一枚出してくしゃりと握る。すると霊符が彫刻の施された両刃の直刀へと姿を変えた。

 鍔には憤怒の顔面、その刀身には七つの星を表す点が彫られた『七星剣』を模したその直刀で星命は少女達の腕を縛っていた縄を断つ。その後、七星剣は元の霊符へと戻った。

 

「あんた一体どこから……っていうか今の剣は――」

「ちょっと待った」

 

 礼を言うことよりも好奇心が勝り、金髪の少女が星命に向かって疑問を投げかけようとする。しかし、それは星命自身の言葉によって阻まれた。

 

「何よ?」

「誰か来たみたいだ」

 

 目の前の少年に対する疑念に続き、会話を遮られた不満を上乗せした声と表情でアリサが尋ねる。星命はその場から向かって左の壁の延長線上にあるこの部屋の出入り口であるドアを見つめて答える。

 

 アリサとすずかも星命の視線を追い、ドアへと目を向けた次の瞬間、ドアが勢いよく開け放たれた。同時に、二人の男が飛び出して、それぞれに手に持った二刀の小太刀を構え、部屋の中を見回す。

 

 二人の男を見て、星命は内心で舌打ちをした。二人とも星命のよく知る人物だったのである。乗り込んできたその男達は高町家の大黒柱である士郎と同じく高町家の長男である恭也だったのである。

 

「これは一体……」

 

 士郎が縛られて倒れている二人の男を見て、構えを解きながら唖然とした表情で言う。

 

「星命くん、どうしてここに……?」

「士郎さんこそ、なぜここに? そこに転がってる人たちの仲間ですか?」

 

 士郎が星命の存在に気づき、声をかけると星命は若干の敵意を込めて、少女達の前に転がっている男を指差した。

 

「馬鹿言え、俺達はその子達を助けに来たんだ」

 

 犯人扱いされたのが気に食わなかったのだろう、恭也が不機嫌に言い返す。

 

 

 ――犯人ではない? ではなぜここにきたのだろうか?

 

 

 疑問が星命の脳裏を掠める。

 二人が警察の関係者であることを聞いた覚えはない。

 どちらにせよ、自分がここにいるということが知れてしまったからには恐らく自分の持つ能力のことを話さざるを得なくなるだろう。既に、二人の少女という証人がいるため言い逃れは出来ない。

 

「忍、もう大丈夫だ」

 

 恭也が扉の方へ話しかけると扉から、若い女性が現れた。

 どことなく少女の一人、すずかと似ている。月村すずかの姉、月村忍である。

 

「二人とも大丈夫!?」

 

 忍は部屋に入ると一直線にすずかとアリサの下へと駆け寄った。二人の安否の無事を確認するとその両手で二人を抱きしめた。

 

 目に涙を浮かべて再会を喜ぶ彼女達の様子を見て、星命は微笑むと、士郎と恭也の下へと歩を進めた。

 

「どういうことなんだ星命君、どうして君がここにいる?」

「彼女達の誘拐の現場にたまたま居合わせただけです。彼女達の救出のためにこの建物に潜入しました」

 

 士郎の言葉に星命はただ淡々と簡素に理由を述べた。てっきり、少女達の誘拐に巻き込まれていたものだと士郎は思っていたために一瞬目を丸くした。

 

「俺も、昔はヒーローとかに憧れはしたから気持ちはわかるけど、危ない事は――」

 

 その時だった、話をする星命達を囲むように黒い六芒星を円で囲んだ魔法陣が、コンクリートが剥き出しになった床に浮かぶ。

 

「後ろへ跳んでください!」

 

 星命の声と自身の直感が鳴らした警鐘で士郎と恭也はその場から後ろ、魔法陣の円に入らない範囲まで床を蹴り、一気に跳ぶ。

 

 跳んだ直後魔法陣の内側に沿った形で黒い霧のようなもやが円から吹き上がる。

 

「うっ!」

 

 魔法陣の外へ逃げ切れ無かった恭也の腕が黒いもやに捕らわれ、恭也が呻き声を上げる。

 

「大丈夫か、恭也!」

 

 慌てて士郎が恭也に近寄り、左手を抑えて蹲った恭也の右手を剥がして見ると、そこには血の気が失せ、真っ青になって痙攣する恭也の左腕があった。顔も苦痛に歪み、脂汗をかいている。

 

「呪殺を受けましたね、ちょっとすみません」

 

 星命が鞄から何もかかれていない長方形の細長の紙と白い毛で設えられた小筆、小さな瓶詰めの墨を取り出す。

 筆を小瓶の墨に浸け、紙にさらさらと漢字の羅列を書き綴る。

 紙一面にびっしりと書き終えた後に「よし」、と小さく呟いて、星命は恭也の前にしゃがみ、その紙を恭也の左手首に巻くようにして貼り付けた。

 

「急急如律令」

 

 星命が言うと紙に書かれた文字が一瞬光を発する。

 それと同時に腕を覆っていた黒いもやは紙の文字へと吸い込まれ、恭也の左手に血の気が戻り始める。

 

「何なんだ、今のは……」

 

 魔法陣の消えた床と、恭也の左手を見比べて士郎が呟く。士郎の知らない事象が幾つも重なり、思考に混乱を生じさせているようだ。

 

 ――ビルに満ちた瘴気に遠距離からの見境無しの呪殺魔法か、これは決まりだな

 

 ――ならば、次の呪殺が来る前に手を打たないと。

 

 自身の予感が的中したことを悟った星命は素早く筆記道具を片付け、立ち上がる。

 

「士郎さん、恭也さんと一緒に彼女達の元へ」

「説明は必ず後でします。早くしてください、お願いします!」

「……わかった」

 

 切羽詰った表情で星命が士郎に向かって言う。若干の疑念を士郎は覚えたが、その剣幕に押され恭也に肩を貸して歩き出す。

 

「恭也っ! 大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ……」

 

 忍が駆け寄り、士郎とは反対側の肩を支えながら言う。心配する声に恭也は無理にその青い顔で笑顔を作る。

 

「では、皆さんそのままそこに固まっててください」

 

 そういうと星命は人差し指と中指のみを立てる刀印と呼ばれる印を右手で作り、左の腰の横へ据えて、鞘を表す左手の刀印で握る。

 

「青龍」

 

 東方を守護する聖獣の名を呼びながら、まるで刀を抜くように手を腰から放ち、士郎たちと自分の間にある空間をその指で切り裂いた

 

「白虎」

 

 今度は西方の聖獣の名を言いつつ、空間を縦に切った。

 

「朱雀 玄武 勾陳 帝台 文王 三台 玉女」

 

 同じように横に、縦にと士郎達と自身の間にある空間を切るように十字にその刀に見立てたその指を繰り返し振るう。

 

「邪なる気から、此の者達を護れ」

 

『九字護身の法』

 

 星命が指を立てたまま念ずる。一瞬、星命の指先がわずかに青白く光ったかと思うと、その光が士郎達を一瞬包み、消えた。

 

「今のは……?」

「話は後です。奴が来ます」

 

 士郎の疑問の声を星命が遮り、士郎達に背を向ける。

 

「奴?」

「はい、今恭也さんに呪殺の魔法をかけた悪魔です」

「悪魔? 魔法? 君は何を言って――」

 

 言っているんだ? と士郎が言い切る前に突如星命達から向かって右にある窓から何者かが飛び込んできた。風化し、所々割れているガラスを突き破ってその者は窓の側に膝と片手を突いて着地する。

 

「フン、定時連絡がないと思えばやはりこういうことか」

 

 入ってきた者が鼻を鳴らして立ち上がる。窓から差し込む月明かりに照らされたのは一人の小太りの男だった。

 

「月村安次郎っ!」

 

 忍がその小太りの男の名を叫ぶ。

 

「お知り合いですか?」

「ああ、忍の親戚だ」

 

 星命が振り向いて尋ねると忍の替わりに恭也が答えた。しかし、その表情からはあまり友好的でない感情が伝わってくる。

 

「ここは二階だぞ、どうやって入ってきたんだ?」

 

 士郎が尋ねるが、安次郎はちらりと一瞬だけ士郎を見た後、興味を失くしたようにその視線を星命へと向けた。

 

「なるほど、デビルサマナーがいたのか。ならばこのようなボンクラ共では相手にはならんな」

 

 星命の左の腕と太腿にある管を見てそういうと、安次郎は傍に倒れている男の頭を足で小突く。

 男はうめき声を上げたものの覚醒には至らなかったようだ、その眼を開ける気配は無い。

 

「デビルサマナー? どこかで……」

 

 安次郎の言葉が忍の記憶の一部分を掠めた。記憶を探るが、どこで誰に聞いたのか思い出せない。

 

「デビルサマナーであれば、その後ろにいる小悪魔共を処理してもらえんかね?その小娘共のおかげで”こちら”に来てから一度も生き血を飲んでいないんだが」

 

 口角を吊り上げて、安次郎は忍たちを顎で指し示す。

 

「黙りなさい!一族には輸血用のパックが配られているわ!掟を無視して、無関係の人の血を吸おうとするなんて言語道断よ!」

 

「それに、一族に無関係の人達の前で秘密を喋るなんてどういうつもり!?」

 

 憤怒と困惑とが綯い交ぜになった表情で、忍が叫びを上げる。

 

「と、まぁこんな風に大変に口の悪い小悪魔なんだがどうかね?なんなら正式に依頼するが?」

 

 忍の言葉に少しの意も返さず、薄ら笑いを浮かべたまま安次郎は星命に問う。

 そこで星命はなぜ警察ではなく、士郎と恭也が来たのかを理解した。

 

 ――わけありってことか。

 

 彼女達は自分と同じく、一般人には言えない事情を持っていると星命は察した。恐らく、先程少女から感じた微弱な吸血鬼の気配も関係あるのだろう。そして一瞬の思考の後、口を開いた。

 

「お断りするよ、話を聞く限り、どうやら法を破っているのは君のようだ。それに彼女達は異能は持っていても悪魔ではない、今ここに居る悪魔は君だけだ――吸血鬼、『クドラク』」

 

 無表情に右手で眼鏡を抑え、星命が言い放つ。正直なところ、彼女達程度の吸血鬼の気配は大正の帝都ではさほど珍しい事ではないのだ。実際、ヤタガラスには似たような異能を持つデビルサマナーやその関係者も多くいた。

 故にこれといって彼女達を敵に回す道理は無い。

 むしろ、報酬をエサに自分をそそのかそうとした目の前の存在こそが、この誘拐事件の悪の根源だと星命は判断した。

 

「クックック……ではしょうがないな。当初の予定通り貴様ら全員ここで殺してやる。男は切り刻み、女達はその体が干からびるまで血を吸わせてもらうとしよう」

 

 生娘の血は格別だからな、と安次郎が獰猛に笑みを浮かべて長い舌で唇を舐めた。

 

「管を六本以上持っているということは、それなりに出来るんだろうが『奴』が仲魔に居ないデビルサマナーなど恐れるに足りんわ!」

 

 急に安次郎の体からバキリ、ゴキリと耳障りな音が響いた、音が鳴るたびに安次郎の骨格と体形が変わり、その小太りな体がまるで嘘であったかのように病的なまでにやせ細っていく。それと同時にその肌の色はまるで死体のように血の気が無くなっていき、オールバックで整えられていた黒髪も銀の巻き毛へと変化する。

 耳障りな音が消えた時には既に安次郎の姿は無かった。

 安次郎が立っていた場所には、一体の異形がただ立っているのみである。

 

『クドラク』

 スロベニアに伝わる悪と闇の象徴である吸血鬼である。

 

「行くぞ! 小僧ッ!」

 

 クドラクの宣言と共に世界から色が消え、クドラクの作り出した異界に飲み込まれる。

 

『異界』

 それは悪魔たちの跋扈する現世と対をなす裏の世界。悪魔達はその異界を自身の力で限局的に引き起こすことができる。これを異界化という。

 

 

「召喚――」

 

 クドラクを睨みつつ、星命はその太腿に巻いた弾帯から管を一本引き抜きそのままの勢いで振りぬく。

 

「――十二天将 『トウダ』!」

 

 振り抜いた管から生じた淡い緑の光が弧を描き、叫ぶと同時に右手の指に挟まれた管の光が強くなった。

 輝いた管から一本の光が蛇行しつつ星命の前へと躍り出て、異形のモノへと変化する。光が終息すると、そこには体長数十メートルほどの大蛇が居た。その体躯は電信柱よりも僅かに太く、その鱗のところどころに炎を纏っている。

 

「アオォーーン! 手短ニ頼ムゾ さまなー!」

 

 現れた異形――トウダは星命の喚ぶ声に威勢良く応え、その背中に生えた羽で空中を滑るように星命の周りを飛ぶ。

 

『トウダ』

 陰陽師の使役する十二天将の一柱であり、方角の南東、干支の巳を現す炎の大蛇である。

 

 

「トウダ、『神寄せ』を行う。時間を稼げ、決して倒すな」

 

「イイダロウ! 悪魔ノ 血ガ騒グゾ アオォーン!」

 

 星命の指令に従い、トウダがクドラクへと襲い掛かる。

 

「オレサマ オマエ マルカジリ!」

 

 大きく開けた口から炎の吐息を漏らしつつ、風を切ってトウダがクドラクへと突進する。

 

「ぬるいわッ!」

 

 クドラクがトウダの突進を体を捻って回避する。開かれたトウダの口はガチリと空を噛み、クドラクは捻った体で遠心力を加え、トウダの体にそのまま渾身の回し蹴りを放つ。

 踵に伝わる振動に確かな手応えを感じ、クドラクがニヤリと口を歪めてトウダの顔を見る。

 

「ヌルイノハ オマエノ方ダナ 毛ホドモ痛クナイゾ」

 

 しかし、トウダの鱗によって衝撃は阻まれ、あまり効果は無かったようだ。涼しげに熱い吐息を吐き出しトウダはチロリと二股の舌を口から覗かせた。

 その後も両者の戦闘は続くが、どちらも有効な一打は入れられない。

 

 その様子を見ながら星命は自身の式神に意識を傾け、近くに居るはずであろうある者に語りかける。

 

――わかった、君に協力しよう。

 

 どこからともなく声が聞こえる、星命だけにその声は届いていた。

 

「よし!」

 

 数十秒の間の後、星命が右手で刀印を結び、左手の手の平を前に突き出す。

 

「五行 五訣 八卦 六大課。 風に乗り、水に流れる彼の者の気と式神の縁を辿り、ここへ喚べ。『陰陽 神寄せ』!」

 

 星命が叫ぶと同時に足元に光の線が現れる。線は進んだり曲がったりを繰り返し、地面に五芒星を形成する。

 

 眼を焼くような光を五芒星が放ち、やがてその光の中から人影が一つ歩み出て来た。

 光が潰えた時、そこには蝙蝠のマークが背中に入った白いコートをきた長髪の青年が立っていた。

 

「久しぶりだな、クドラク」

 

「貴様は……クルースニク! 馬鹿な、そこの小僧の管にお前は居なかったはずだ!」

 

 出て来た青年にクドラクは眼を見開いて驚きの声を上げた。

 

 ――その隙をトウダは見逃さなかった。

 

 クドラクの体に巻きついてその動きを封じにかかる。抵抗もむなしく、クドラクは四肢の自由を奪われた。

 

「確かに、普通のサマナーであれば管の中に居ない、ましてや契約もしていない悪魔を喚ぶなんて不可能さ」

 

 トウダに締め付けられているクドラクに向かって解答したのはクルースニクと呼ばれた青年ではなく星命であった。

 

「だが、僕はデビルサマナーであると同時に陰陽師でもある。大局に応じて必要なものを揃えられてこそ一流なんだよ」

 

 眼鏡に手を当てて、星命は言う。星命が言い終えると、突如クルースニクがその一本に束ねられた髪をはためかせ、クドラクに向かって一直線に風を切って駆ける。

 

クドラクの側によるとそのままの勢いで左手で右手に持った白い鞘から銀の剣を抜き、その白刃でクドラクの首を切り払った。

 

「今回も、私の勝ちだな……クドラク」

 

「馬鹿な……クソッ! やっと異界を抜けたと思ったのに……」

 

 勝利の宣言をするクルースニクに胴と切り離されたクドラクの首は悔恨の念を呟く。

 

「だが、このままでは終わらんぞ……」

 

 ゴトリ、と床へ落ちたクドラクの生首が星命の後ろに居る士郎達を捕らえた。

 

「小娘ども、貴様等も道連れだッ!」

 

 士郎達を見つめるその双眼が赤く光ったかと思うと、士郎達の頭上の天井に、先程よりも大きくどす黒い怨嗟の魔法陣が現れる。

 

「これは!」

 

 士郎が天井を見上げながらうわずった声を上げた。先ほど同じ術を受けた恭也の様子から、危険である事はわかっていたが負傷した恭也と二人の少女、そして忍を抱えてこの場を移動するのはとても無理があった。

 

「まだ呪殺を使えるほどの力が残っていたのか!?」

 

 クルースニクも切羽詰った声を出す。しかし、対照的に星命は飄々としていた。

 

「大丈夫、もう既に手は打ってある」

 

 星命が呟いたその瞬間、士郎の目の前の空間が青白く光った。

 光が横に四本、縦に五本の格子を描く。格子の光が網のように広がり、士郎達の周囲を包む。

 六芒星の魔法陣から黒いもやが真下に向かって降り注ぐ。しかし、もやは青白い光の網によって阻まれて士郎たちに届く事はない。

 やがて、じわじわと黒い光はその勢いを失い、方陣と共に消えさった。

 同じくして、士郎達の周りにあった網も溶けるように消えた。

 

「そんな馬鹿な……私の呪殺を無効化するとは……」

 

 自身の背水の呪殺を封じられ、クドラクが驚きに眼を見開く。

 

「九字護身の法、悪魔達の外法の魔法を相殺する術さ。言っただろう? 僕ら陰陽師の戦い方は大局的だと」

 

 子供とは思えぬ冷ややかな笑みを浮かべて、星命はクドラクに言い放つ。

 

「貴様、いったい――ギッ!」

 

 言い終わる前にクドラクの頭が粉々に吹き飛びそのまま黒い粒子となって霧散した。

 

 クドラクの頭が落ちていた場所には小さなクレーターと銀剣を床に叩き付けたクルースニクが立っていた。

 トウダに縛られたまま、主を失ったクドラクの体も黒い霧となって散っていった。

 

 戦いを終え、トウダとクルースニクが星命の下へ戻ってくる。

 

「ご苦労さまトウダ、管へ」

「マタナ さまなー! アォーーン!」

 

 トウダの体が光に包まれ、星命の持つ管の中へ吸い込まれていった。

 

「ありがとう、君のおかげでクドラクを倒すことができた。これでしばらくはクドラクも復活しないだろう。お礼、と言ってはなんだが君の力になりたい」

 

 クルースニクが友好的な笑みを浮かべながら、星命に向かって言う。

 

「いや、こっちとしても助かったよ。ちょうど管にも空きがあるし、契約をお願いしたいんだけど構わないね?」

 

 クルースニクと会話をしつつ、星命はトウダが入ったのとは別の管を取り出す。

 

「了解しました、サマナー。私の名はクルースニク、今後ともよろしく」

 

 そういうとクルースニクの体が緑光を放ち、星命の持つ管へと吸い込まれていった。それを確認すると星命は踵を返して士郎達の下へ歩き出した。

 

 何が起こったかを理解できず、呆然としている彼等の顔を眺める。

 

――こちらの秘密も見られてしまったが、どうやら彼等も特殊な事情を持つ者のようだ。

 

――いっそ話すのも手か……

 

 思考をしながら星命はゆっくりと士郎達の下へと歩いて行った。




 タグに書いてある拡大解釈というのは星命の使う陰陽術が大半です。
 原作漫画でも奇門遁甲や臨月天光の術の効力などが少し文献と違っていたり、強くなっていたりしたので一応このように表記しました。

 この小説においても今回のように星命に様々な術を使わせる予定ですがやりすぎが起こらないよう気をつけたいところです……

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