デビルサマナー 安倍セイメイ 対 異世界の聖遺物   作:鯖威張る

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第五話 『新進気鋭のモダン陰陽生』

 日曜日の昼過ぎ、九月も下旬の終わりに差し掛かかり、海鳴の青い秋の空には白いうろこ雲が点在している。

 その空の下、海沿いの道路に面した神社の境内に一人の子供の姿があった。

 その子供とは安倍星命であった。しかし、その姿は黒の学生服ではなく黄緑のポロシャツと黒のストレートジーンズというカジュアルな格好をして、鳥居を潜り拝殿へと伸びる石畳の上を歩いている。

 

 拝殿の賽銭箱の前まで進み出た星命がポロシャツの胸のポケットから五円玉の硬貨を取り出し、左手で拝殿の鈴から下がった綱を握ろうとした、その時であった。

 

「懐かしい気配がしたかと思えば…なるほど、デビルサマナーか」

 

 後ろからわずかに風が吹いたかと思うと、その風に乗って男の声が星命の耳に届いた。

 しかし、星命は大して驚く素振りも見せず、ゆっくりと振り向く。

 そこには金の太陽の模様が散りばめられた狩衣を着て、垂纓冠を被る男が一人、立っていた。

 その顔には満遍なくおしろいが塗られ、頬紅を薄く円形に塗っている。

 まるで平安の公家の貴族がそのまま現代に現れたかのような風貌であった。

 

「お初にお目にかかります、コトシロヌシ」

 

 星命が男に語りかける。

 

『コトシロヌシ』

 オオクニヌシとカムヤタテヒメの子とされる国津神である。神託、託宣を司る神であると共に、七福神の恵比寿として見られることもあるため、海上安全・漁業の神ともされている。

 

「堅苦しい言葉遣いはいらぬ。して、何用じゃ?」

 

「僕は、つい最近この街に来たデビルサマナーだ」

 

「はて? キンシは壊滅したと聞いたが」

 

 コトシロヌシが両袖に手を入れて首を傾げる。

 

「僕はキンシとは関係が無い。だが、人柱の結界の件を聞いて自主的にこの街を護ろうと考えている」

 

「それで今、この街の守護を担っている神社仏閣の悪魔たちに挨拶回りをしているところさ」

 

「なるほど、その小さき身で殊勝な事だ」

 

星命が自身の目的を語ると、コトシロヌシは感心したようにカラカラと笑った。

 

「一つ、よろしいか?」

 

 コトシロヌシはその糸のように細い眼をさらに細くして、星命に尋ねる。

 

「なんだい?」

 

 周囲の空気の微妙な変化に気づいた星命が身構える。

 

「同じくこの地を護るものとして、その力、興味がある」

 

「そちの力量、試させてもらおう」

 

 放たれる殺気と共に世界が色を失くす。青い空は夕焼けのような朱に染まり、青々と茂る周りの雑木林が灰色に変わる。

 

 コトシロヌシが周囲の異界化を行ったのだ。

 

 コトシロヌシが石畳を蹴り、星命に向かって一直線に空を駆ける。

 中空を駆けながら両手をそれぞれ反対の腕の袖に入れ、勢い良く引き抜き、取り出したものを星命に向かって叩き付ける。

 

 星命はそれを左へ転がって避け、更に前へと跳び、前転で一度受け身を取って振り返る。片膝を突き、しゃがんだままの体勢でコトシロヌシを見上げる。

 コトシロヌシも振り返り、再度星命と面を合わせる。その両手にはそれぞれ三日月と太陽の模様の入った一対の団扇が握られている。

 

 星命は着地したままの姿勢、片膝をついたその状態でジーンズの裾をたくし上げ、靴下に仕込んで置いた管を抜く。

 

「召喚!」

 

 掛け声と共にマグネタイトの淡い緑の光が管から飛び出し、光が人の形を取る。

 現れたのは白き吸血鬼始末人、クルースニクであった。

 

 管から飛び出したクルースニクがその勢いのまま、右手に握った鞘から柄を引き抜き、刃渡り八十センチほどの銀の刃をコトシロヌシの頭に向かって振り下ろす。

 

 コトシロヌシは右手の月の団扇でそれを受ける、剣と剣がぶつかる様な高い音が辺りに響き、それぞれの得物から火花が散る。

 

「キエェイッ!」

 

 コトシロヌシがもう片方の手に握られた太陽の団扇を、クルースニクの首筋目掛けて薙ぐ。

 クルースニクは自身の首と団扇の間に右手の白い鞘を割り込ませ、これを受け止める。先ほどと違い、竹を金槌で叩いたような小気味の良い音が鳴る。

 

 力比べをするかのように鍔迫り合いをしていた両者だったが、突如クルースニクが後ろへと跳んだ。

 

 跳んだクルースニクを回り込む様に、黒いツバメの切り絵が二枚、空中で弧を描きながらコトシロヌシへ向かって空を駆る。

 

「ジャッ!」

 

 右手の団扇で一枚を叩き落とし、もう一方へと目を向けたその時。

 ツバメが黒い茨でこしらえたような網へと姿を変え、コトシロヌシを呑み込まんとその口を広げていた。

 

「マハ・ザン!」

 

 コトシロヌシが左手の団扇で目の前の空気を煽ると突風が吹き荒れ、網を弾き飛ばした。

 突風にもまれた網はバラバラに千切れ飛び、霧散する。

 

「どうしますかセイメイ。このままだとあまり楽には勝てそうにありませんが」

 

 バックステップで星命の下へと戻ったクルースニクが聞く。

 

「同感だね、それに恐らくまだ隠し玉がある」

 

 余裕の表情を崩さないコトシロヌシの態度から、星命はコトシロヌシに何か奥の手があると睨んでいた。

 

「何か良い案は?」

 

「あるけど……まだ試した事ないからちょっと不安だなぁ」

 

「大丈夫なのですか?」

 

「隠し玉の内容によるけど、たぶん大丈夫だと思うよ。次は僕も前へ出る」

 

「了解しました」

 

 頷いたクルースニクが再度、コトシロヌシへ向かい地を駆ける。

 それに合わせて、コトシロヌシもクルースニク向かって走り出した。

 

 星命もクルースニクを追いながら、鞄の中へ腕を突っ込んだ。

 少しして、鞄から引き抜かれたその手にはクルースニクを召喚したものとはまた別の管が握られていた――

 

「セヤッ!」

 

 クルースニクは走る勢いのままコトシロヌシの首目掛けて銀剣を横に振りぬく。

 コトシロヌシが体を反らすとさっきまで首があった位置を刃が通り抜けた。

 

「マハ・ザン」

 

 コトシロヌシの周りを旋風が疾る。クルースニクは咄嗟に後ろへと下がった。

 

 そこへ星命が駆けてくる、右足に大きく力を溜めて地面を蹴るとその体は羽のような身軽さで宙を舞った、そのまま左足で前にいたクルースニクの右肩を蹴り、さらに大きく跳躍する。

 

 星命が上空から両手に持った霊符を乱れ投げる。

 投げられた符が直刀へと変化し、コトシロヌシの頭上に降り注いだ。

 

 コトシロヌシは慌てる素振りも見せず、両手の団扇で打ち払った。

 しかし、間髪入れずにクルースニクがコトシロヌシの鳩尾目掛けて突きを放つ。

 

「ヌゥッ!?」

 

 意表を突かれたコトシロヌシの顔がわずかに歪む、コトシロヌシは団扇の面で突きを防ぐが、突きの勢いを殺しきれず、堪らず後ろへと跳ねた。

 

 しかし、跳ねた先へ更に空中から飛来した星命が両手で縦に構えた七星剣を重力を乗せて真っ直ぐに振り下ろす。

 

「グッ……!」

 

 星命の剣を両手で交差させた二つの団扇で防ぎ、これを押し返した。

 星命は一瞬空中でバランスを崩すが、体勢を立て直し、片膝と左手を突いて何とか着地した。

 

「流石に、二対一では堪える……」

 

 額に汗を浮かべて、コトシロヌシが団扇を袖に仕舞う。

 

「一対一に、させてもらうぞよ」

 

 胸の前に掲げた両手の左右の手の平を外側に向け、手の甲を打ち合わせた。

 

『天の逆手』

 

 コトシロヌシが呟くと地鳴りと共に、突然クルースニクの周りに天にそびえる様な高さの草で出来た壁が現れる。

 まるで、突然現れた草むらが、物凄い速さで成長しているかのようだった。

 

「これは!?」

 

 驚きの声を上げ、その場から逃れようとするが後の祭りだった、次々とそびえ立つ草の壁がクルースニクを取り囲み、まるで塔のようになって内部へ閉じ込めた。

 

「これは……青柴垣(アオフシガキ)か」

 

 星命が呟く。良く見ると、それは草ではなく灌木で編まれた垣根だった。

 

 青柴垣。

 青葉の柴の木を使って編みこまれた垣根であり、国譲りの際にコトシロヌシが隠れたとされる垣根の事だ。

 

『天の逆手』とは、コトシロヌシが国譲りの際に行った呪法である。 

 コトシロヌシは国譲りのときに天の逆手で自身の乗る船を青柴垣に変貌させ、その中へ隠れたとされている。

 

 

 しかし、まさか星命もそれで仲魔を隠されるとは思ってはいなかった。

 先ほどから召し寄せを行っているがクルースニクが戻ってくる気配は無い。

 クルースニクが塀を破壊しようと奮闘しているのか、内部から刃物で草を刈る音が聞こえるが、クルースニクが戻るより先にコトシロヌシが動いた。

 

「これで一対一ぞ」

 

 再度、袖から団扇を取り出し、星命の元へと向かってくる。

 

「いかにデビルサマナーと言えど、まだわらしよな。さぁ、如何する!?」

 

 一直線に駆け寄ってきたコトシロヌシは星命の目の前で止まり、頭部目掛けて団扇を振り下ろした、その時だった。

 

 

 ――星命の口が釣り上がった。

 

 

 

「召喚」

 

 

 

 団扇が頭に直撃するより先に、星命の右手に握られた管が輝く。

 緑光の奔流に流されるように宙に浮いたコトシロヌシの体が、駆けて来た石畳を戻って行き、ちょうど先ほどまで立っていた位置に叩きつけられた。

 

 奔流は既に光ではなく、巨大な炎蛇へと姿を変え、コトシロヌシの脇腹を食んでいる。

 その姿は十二天将の一柱、トウダであった。

 トウダは脇腹を咥えたまま、コトシロヌシの体へと巻きつこうと体をうねらせる。

 

「に、二体同時召喚!?」

 

 驚いた声はコトシロヌシのものだ。何とかトウダから逃げようともがくが、既にトウダにトグロを巻かれて身動きが出来ない。

 

 二体同時召喚、大正のデビルサマナーでは出来る者はごく一部の離れ業である。

 大半の場合は、技量があっても二体目を召喚するマグネタイトが足りないため出来ない、という者が多い。

 星命もその一人であったが、マグネタイトの増加に伴い可能となったのだ。

 

 相手が二体同時召喚できることを知らないことを利用して、自分も前線へ出て戦い、限界まで引き付けてからトウダを放つ算段であったが、見事、コトシロヌシはその計略に乗ってくれた。

 

「ふぬっ! くそ! 何のこれしき!」

 

「……まだやるかい?」

 

「……参った」

 

 未だにもがいているコトシロヌシに呆れ半分で星命は直刀を鼻面へ突きつけ、トウダは頭から丸呑みにしようと大きく口を開けている。

 さすがに、これ以上は無益、と悟ったのかコトシロヌシはガクリとうな垂れて降参した。

 それと同時に青柴垣も消え去り、クルースニクが駆け寄ってくる。

 

「無事でしたか、セイメイ」

「腕ヲ上ゲタナ さまなー」

 

 二柱の悪魔が星命に言葉をかける。星命もそれに頷き、その目をコトシロヌシへ向けた。

 

「見事な腕前じゃ、その身にして大人顔負けのマグネタイトの量よな」

 

 トウダが離れ、自由になったコトシロヌシが言う。

 

「これから先、当てにさせてもらうぞデビルサマナー殿」

 

「ああ、今後ともヨロシク」

 

「では麻呂は本殿へと戻る、また会おうぞ」

 

 そう言って、コトシロヌシは煙のように消えて行った。コトシロヌシがいなくなると同時に異界化が解け、青々とした空と雑木林が帰ってきた。

 

「おっと、クルースニクにトウダ、管へ戻ってくれ」

 

「了解です、セイメイ」

 

「マタナ!」

 

 二柱は一言告げて、星命の持つ二本の管へと吸い込まれた。

 それを見送った後、星命は鞄から海鳴市内の地図を取り出す。

 

「これで中丘神社も終わりで……やっと全部終わりか、結局一週間かかっちゃったなぁ」

 

 溜息を漏らしながら、星命は帰路へとつく。

 先週から今日に至るまで、星命は街の守護をする悪魔たちの下へ顔を見せに行っていたのだ。

 今この街にいるデビルサマナーはおそらく自分一人である。海鳴市内は広く、たった一人の子供が護るには無理があるため、他の守護を担う悪魔たちと連携を取る事にしたのだ。

 

「ああ、帰ったら宿題もやらないといけないな」

 

 明日は学校である。聖洋大付属小学校への編入からも一週間以上が経ち、持ち前の気さくな性格のおかげで割かしクラスの子供たちには好かれている。

 しかし、幼少期にあまり同年代の子供と遊ぶ機会があまりなかった星命は、新鮮味を感じると同時に内心どう接していいのか戸惑っているのが現状だった。

 

「まぁ、なるようになる…かな?」

 

 戦闘で汗ばんだ体に涼しい秋の風を感じつつ、星命は高町家に向けて歩を進めた。

 

 

 ○

 

 

 翌日の昼、小学校の校舎の屋上に小さな四つの影があった。 

 一人は星命の居候先の娘、高町なのはであり、そして、その友人にして先の事件で星命が助けた二人の少女、アリサ・バニングスに月村すずか、そして星命本人を含めた四人だった。

 時刻は昼休みに入ったところであり、四人は屋上の一角にビニールシートを広げ、昼食を取っているところだった。

 

「……アンタよくそんなに食べられるわね」

 

 星命の横に置いてある重箱サイズの三段弁当を見ながら、アリサが言った。

 

「僕の胃袋は宇宙だ」

 

「いや、別に褒めてないから」

 

 得意気に眼鏡を押し上げた星命にアリサが突っ込む。

 

「そっか……」

 

「ああもう! 笑ったりしょげたり忙しいわね!」

 

 あからさまにしょげた星命に、アリサが怒鳴る。

 一週間の短い間ではあるが、アリサが本気では怒っていないとわかっている上、このようなやり取りは既に日常となってしまっているために、なのはとすずかは何も言わず、笑いながら見るに留めている。

 

 そんな中、ふと声が星命の耳に届いた。

 

――ねぇ、十三階段の噂って知ってる?

――知ってるよ、この学校の階段は十二段しかないのに一段増えてるってヤツでしょ。

――じゃあ、鏡に写る女の噂は?

――あれでしょ、鏡に写った女のことを覚えてると不幸になる…ってそれだいぶ古い噂じゃん。それよりも――

 

 近くで上級生と思われる女子生徒が二名、話をしていた。どうやらこの学校にまつわる怪談話に花を咲かせていたようだ。

 

「十三階段? 鏡の中の女?」

 

 アリサが呟いた、星命と同じく聞き耳を立てていたようだ。

 

「そっか、アリサちゃんこういう話苦手だもんね、鏡の中の女っていうのはこの学校の怪談なんだって」

 

 アリサの言葉にすずかが口を開いた。

 

「何でも、図工室に落ちてる手鏡に女のひとの顔が写るらしいんだけど」

 

「その鏡に写る女の人のことを覚えてると不幸になるんだって」

 

「十三階段は言うまでもないよね、階段が一段増えてるってアレだよ」と、すずかは説明を締めくくり、箸に持った卵焼きを口の中へと放り込んだ。

 

 その時だった、星命の体を高所から地上を覗き込んだような怖気が襲った。 

 

 ――これは、悪魔の気配? だけど随分と弱いな……

 

 校内から悪魔の気配を感じたのだ。しかし、随分と弱弱しくすぐにでも見失いそうな気配だ。

 

「ふーん、ずいぶんありがちな怪談ね」

 

 余裕ぶった声でアリサが言うが、その顔はわずかに引きつっていた。

 

「図工室といえば、さっきの図工の時間に教卓の上に誰か紫色の鏡忘れていかなかった?」

 

「鏡?」

 

 星命が、聞き返す。

 

「うん、これくらいのやつ」

 

 なのはが十センチほど手と手の間隔を開け、大きさを表す。手鏡にしては大きい方だ。

 

「……なのは」

 

 ぽつりとアリサが呟いた、引きつっていた顔がさらに青くなったように見える。

 

「アタシ、今日は日直だから黒板消すときに教卓の上は見たけど――」

 

 

 

 ――鏡なんてなかったわよ。

 

 

 

「えええっ!? そんな、嘘だよ! わたし教室出るときに確かに見たもん!」

 

「ま…まさかとは思うけどもしかして……」

 

「鏡の女の鏡……?」

 

 静寂が流れた。まるで嵐の前の静けさのような、静寂が。

 なのはとアリサの顔から一気に血の気が引いていく。

 すずかは両手で耳を塞ぎ、星命はウィンナーを口に含んだ。

 

『い、いやぁぁ――――!!』

 

 耳をつんざくような悲鳴のステレオが、星命とすずかの鼓膜を貫く。

 

「ど、どどどういうことよ!?」

 

「知らないよ! こっちが聞きたいくらいだよ……」

 

「そうだわ! み、見に行けばいいのよ! 見に行って鏡が本当に怪談の物かを確かめればいいんだわ!」

 

「ええ!? で、でも怖いよ」

 

「二人で行けば大丈夫よ! ほら、いくわよ!」

 

 アリサがなのはの手を強引に引っ張り、それに引き摺られるようになのはもあとに続いて階下へ繋がるドアへ飛び込んでいった。

 

「それで、どう思う? 星命くん」

 

 耳を塞いでいた両手を下ろし、二人を見送ったすずかが星命に尋ねる。

 

「……君は最初から、僕に怪談を聞かせるつもりだったんだね」

 

 未だに耳鳴りのする耳を気にしつつ、星命は言う。

 

「うん、この学校にも噂はいっぱいあるけど、鏡の女の噂は見たって人が多かったから、もしかしたら悪魔かなって思って」

 

 なるほど、と星命は心の中で得心した。

 初めから知っていたなら概要を話せるくらいには詳しかったわけだ、と。

 

「すずかちゃんは教卓の上は見ていないのかい?」

 

「わたしは席が後ろで、後ろの出口から出るから見てないけど……それがどうかした?」

 

「君となのはちゃんは『見えないものが見える』からね、君からも証言が得られれば確実だったんだけど……」

 

 通常、異能や霊力の無い人間には悪魔を認知する事はできない。

 実体化すれば見ることも出来るが悪魔が現世で実体化するにはマグネタイトが必要だ。

 

 契約をしている悪魔は、サマナーからのマグネタイトの供給で実体化も可能だが、契約をしていない悪魔はマグネタイトの節約のため、霊体である場合が多い。

 霊体の悪魔であっても現世と切り離された特別な空間、すなわち異界や結界などの特殊な境界内では霊力が無くてもその姿を確認することが出来る。

 余談だが、ネコマタやクルースニクなど、元々自分の肉体を持っている悪魔は普通の人間でも目で見ることが出来る。ちなみに悪魔変身もこれに分類される。

 

 図工室には星命もいたが、悪魔の気配は感じなかった。

 先ほどの気配の事も考えると、怪談の悪魔はかなり力を失っているのかもしれない。

 

「なのはちゃんも?」

 

「ああ、キミが異能があるから見えるようになのはちゃんも異能がある可能性が高い」

 

「この間、夜にネコマタがうちに来たんだ」

 

「ねこまた?」

 

「ええと、長生きした猫が妖怪化したもの、と思ってもらえればいい」

 

「そのネコマタはどうやら僕の噂を聞いて依頼にやってきたようなんだけど……」

 

 星命が月村邸での説明を終えた翌週の夜のことだ。

『センリ様が毒にやられてしまった。治療できる悪魔がいないので助けて欲しい』

 と、猫に化けた一匹のネコマタが星命の部屋の窓へ訪れた。

 そのネコマタに星命は解毒符を書いて渡してあげたのだ。

 が、問題はその後だった。

 

「ちなみにセンリっていうのはネコマタの最高位の化身だ」

 

 補足を交えつつ、星命は説明を続ける。

 

「普通は猫の状態のネコマタがしゃべった言葉は普通の人間には聞こえない、『化かす』場合でもない限りね」

 

「ネコがしゃべるんだ……」

 

「……とりあえず聞いてくれないか。依頼を聞いた後になのはちゃんが入ってきたんだけど開口一番にこう言ったんだよ」

 

 目を輝かせたすずかに苦笑いしつつ、星命は続ける。

 

「『さっきの女の人の声がしたけど誰かいたの?』って、誤魔化すのに苦労したよ。たまたまラヂヲがあったから良かったけど」

 

「あの子の霊力は普通の人間と同じくらいだ、なのにネコマタとの会話が聞こえていた」

 

「だから、僕はなのはちゃんに何らかの異能があるんじゃないかと思ったのさ」

 

 どんな異能かはわからないんだけどね、と星命は締めくくった。

 

「なのはちゃんには悪魔のこと言わないの?」

 

「言えないよ、彼女は強い無力感に苛まれているようだから……」

 

 いつもは眩しいくらいに健やかな笑顔を見せるなのはが時折、陰鬱な表情を見せる事に星命は気づいていた。

 そしてその表情に星命は見覚えがあった。

 その顔は、黄幡に教育され世界の醜さを知っても何も出来ない無力な自分を恨んだ幼い日の自身に似ているように星命には思えた。

 

「……なんとなくわかるよ。なのはちゃん、たまに思い悩んだり、自分を下に見たりしてる」

 

 すずかも気づいているようだ。

 

 たまに、なのはは自分を必要以上に卑下するような発言をすることがあったのだ。

 ただでさえ、心優しい少女のなのはが何故自分をそんなに追い詰めるのか、尋ねてみたい気持ちはあるが引っ込み思案なところがあるすずかにはそれはとても難しい事だった。

 

「そんな彼女に悪魔のことを教えて、悪魔召喚師になると飛びつかれでもしたら困るんだ」

 

 無力に過度の不安を覚えた人間は力を欲する。

 星命とて例外ではなく、その無力感から力を求めた。

 

 ――世界を真に平等にする変革の力を。

 

 その結果、護るべきはずであった幾千、幾万もの者達を犠牲にし、その上で世界を滅ぼす邪悪にその身を乗っ取られ、力尽きた。

 

「この世界は君たちが思っている以上に非情な世界だ。それこそ中途半端な霊力の人間が手を出せば、痛い目を見る程度にはね」

 

 星命の見る限りではなのはには悪魔召喚師の才能は無い。また、悪魔召喚師の能力は霊的なものであるため遺伝によって左右される場合が多いが士郎や桃子からも人並みの能力しか感じられなかった。そのため潜在的な霊的能力も皆無だろう。

 

 半端な実力を身につけて命を落とした者や落ちぶれていった者を星命は何人も知っている。

 

 星命としても自分を助けてくれた少女に彼らや自分と同じような人生は歩んで欲しくはなかった。

 

「だから、教えないんだね」

 

「うん、彼女が自分で道を見つけるまでは教えないつもりだよ」

 

 きっと悪魔召喚師以外にあの子に相応しい道があるはずだ、それが見つかるまでは黙っていよう。そして、その道を見つけたときはささやかだが応援をしてあげよう。星命はそう心に決めている。

 

「ふふ、何だか星命くん、まるで同い年じゃないみたい」

 

 妙に大人びたことを言う星命を、すずかが笑う。

 まだ年齢のことはすずかたちには話していないはずだが、姉の忍に似て勘が良いのかもしれない。と、星命は思った。

 

 突如、勢いよく屋上の扉が開かれた。

 思わず、視線を扉に向ける。

 

 開かれた扉からアリサが現れ、よろよろと星命達のいる方へ歩いてくる。

 

「はぁ、はぁ、無かったわよ。鏡なんて……」

 

 両膝に手をついて息を切らしながらアリサが言った。

 

「ちょ…ちょっと、アリサちゃんはやいよぉ……」

 

 遅れてなのはも戻ってきた、そのままシートの上にへたり込む。

 

「もしかしたら、美術の先生の持ち物だったのかもしれないね。忘れていったのを取りに戻ったとか」

 

「……そういう可能性もあったわね、頭まっしろだったから思いつかなかったわ」

 

 星命の言葉にアリサが納得がいったように呟いた。

 

 どちらにせよ、気配がしたからには十三階段と鏡の中の女のどちらかには悪魔が絡んでいるだろう。一度調べてみたほうが良さそうだ。

 

 そう思いながら、星命は残り一口の白米を口に含んだ。

 

 ○

 

 深夜。

 二つの影と一つの明かりが下校時刻をとっくに過ぎ、誰も居なくなった聖祥小の廊下の中にあった。

 昼間の白の聖祥小指定の制服とは打って変わり黒い学生服に実を包んだ星命と学校への侵入の際に召喚されたクルースニクだった。

 星命の手の上には霊符で作られた蛍のような光を放つ式神が浮いている。

 

「たしかに、僅かですが悪魔の気配がしますね」

 

「うん」

 

 クルースニクがいうと星命が頷く。

 

 ――そういえば前に、ライドウ君を騙して一緒に幽霊校舎に入った事があったっけ……

 

 ライドウを帝都から引き離すための時間稼ぎとして連れて行った怪談だらけの廃校の事を思い出した。

 怪談といっても全てその廃校に潜ませておいた悪魔『ガシャドクロ』が引き起こした事象だったのだが。

 思い出に浸っている間に星命は上階に上がる階段の前まで着ていた。

 

 階段の前で、星命が立ち止まる。

 

「どうしました?」

 

「一応、確かめておこうと思ってね」

 

 不思議に思ったクルースニクが星命に尋ねると、星命が真剣な面持ちで階段を見ながら呟いた。

 

「いち」

 

 言いながら星命が階段の最初の段に足をかける。

 

「に、さん、し、ご」

 

 さらに、段数を数えながら階段を上っていき、

 

「きゅう、じゅう、じゅういち、じゅうに」

 

 十二と言葉に出したと同時に上り終わった。

 

「こっちじゃない……?」

 

 星命の小さな呟きは暗い校舎の闇に消えて行った。

 

 

 上階に上がった後、廊下を歩いていると図工室の引き戸のガラス窓から紫色の光が漏れているのが見えた。

 

 怪しく思った星命はその教室の引き戸に手をかける。

 しかし、戸は施錠されていて開けることができない。

 

「仕方ない、教務室に忍び込んで鍵を――」

 

「開いてるわよ」

 

 星命が言いかけた言葉を遮るように、図工室の中から声が聞こえた。

 

 不思議に思いつつも、星命がもう一度引き戸に手をかける。

 今度は特に力を入れること無く、すんなりと戸は横へとスライドした。そのまま戸を潜り中へと入る。

 

 並んでいる机に足を引っ掛けないよう、気をつけながら、奥へと進んで行く。

 奥まで進むと教卓の上から紫色の光が飛び出していた。

 

 しかし、教卓自体が光っているわけではなく、教卓の上に置かれている手鏡からその光は漏れ出していた。

 

 星命はクルースニクと教卓のほうへ歩いていき、星命がその鏡を覗く。 しかし、その鏡に移ったのは星命の顔ではなく長い黒髪の女の顔だった。

 

「君は『鏡に写る女』の怪談が悪魔化した存在だね?」

 

 

「そうよ、私の名前はムラサキカガミ。二十歳までに私の名前を忘れないと不幸になるわよ」

 

 星命の問いに、鏡の中の女が答える。

 

「二十歳までに名前を忘れないと……か」

 

 すずかの話では『鏡に写る女のことを覚えてると不幸になる』だったはずだが、どうやら時間が経って噂が風化したらしい。

 

 「しかし、驚いたわね。昼間の子もワタシに気がついたようだけど、まさかデビルサマナーが来るなんて。それもこんな子供の」

 

 その釣り上がった目で見定めるようにムラサキカガミは星命を見る。

 

「そういえば、なぜ二度目に彼女たちが来たときにはいなかったんだい?」

 

「大したことじゃないわ、ドタバタうるさかったから隠れただけよ」

 

 星命の問いに、ムラサキカガミは唇を尖らせる。

 

「ところで、わざわざ夜の学校に忍び込んでまで会いに来てくれるってことは何か用事があるんでしょ?」

 

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 

 そう言って星命は刀印を結んで目を閉じる。

 

『射腹蔵鈞の術』

 

 精神を集中させ、念じながら呟いたあと、開眼する。

 

「ふむ、思ったとおりだ。君は魔法への耐性が凄まじいね」

 

「わかるの?」

 

「ああ、今使った射腹蔵鈞の術は相手の霊的要素を見抜く術なんだ。といってもあまり強すぎる悪魔は見れないんだけどね」

 

 射腹蔵鈞の術は霊的要素を視覚的にとらえる術だ。

 一応、なのはに対しても試してみたが、通常の人間となんら変わらなかった。

 そのため、星命は霊的な能力以外になのはが何らかの異能を持っていると判断したのだ。

 

「これから先、悪魔との戦闘が増えそうなんだ」

 

「単刀直入に言うよ、仲魔になって欲しい」

 

 現在の星命の管は主に使う六本に予備の二本を加えた計八本だ。

 メインの六本には既に悪魔たちがいるが、ちょうど予備の管に仲魔が欲しいと思っていたのだ。そして、今いる仲魔はほとんどが前線で戦うタイプの者達であるため二体同時召喚時に後方支援をする悪魔の必要性を感じていた。

 

「ウフフ、本当に単刀直入ね。そういうの、嫌いじゃないわ」

 

 ムラサキカガミが微笑む。

 

「そうね……少し、マグネタイトをもらえるかしら? 噂の風化で力が落ちているのよ」

 

「構わないよ」

 

 星命から緑の光の粒子が飛び出し、ムラサキカガミの鏡面へと吸い込まれていった。

 

「辛くて酸っぱい、甘くて苦い。矛盾の味ね……ゴチソウサマ」

 

 言いながら、ムラサキカガミは上唇を舐めた。湿った唇が艶やかに光る。

 

「ずいぶんと板挟みや矛盾に苦しんだようね……?」

 

「……マグネタイトだけでそこまでわかるんだね」

 

 妖艶に笑いながら言うムラサキカガミの言葉に、星命は苦々しい表情で答えた。

 

「フフ、ワタシはそこらの鏡とはわけが違う。写すのは姿だけじゃなく、その心さえも写す」

 

 ムラサキカガミは妖しく笑い、その体を宙に浮かせた。

 

「やはり、極限まで想い悩んだ人間のマグネタイトは極上ね。いいわ、仲魔になりましょう」

 

「ワタシの名前はムラサキカガミ、コンゴトモヨロシク……」

 

 言い終えると、ムラサキカガミは光となって星命の持った管の中へと吸い込まれていった。

 

「よし、封魔完了だ。帰るとしようか」

 

「承知しました」

 

 クルースニクに言葉をかけ、星命はその場を後にした。

 

 

 ○

 

 

「しかし、この体になって百年ほどになりますが、怪談が元になった悪魔は初めて見ましたよ」

 

 校外へと向かう途中、先ほど上った階段を半分まで下りたところでクルースニクが星命に声をかけた。

 

「別段、不思議な事でもないけどね。もともと、人の言葉は力を帯びてるんだよ。日本における神道では言霊っていうんだけど」

 

「人の見たい・聞きたい・感じてみたいと思った事柄が、噂という言霊になって時が経つうちに悪魔化するんだ。でも、怪談や都市伝説は風化したり、忘れ去られたりするのも早いから誕生した悪魔も消えてしまうのが早いんだ。今回ムラサキカガミを見つけられたのは幸運だったね」

 

 そのまま星命は階段の最後の一段を踏んだ。その時だった。

 

「え?」

 

 星命の後ろにいたクルースニクは思わず声を上げた、星命の頭上に白い木の枝が見えたのだ。

 

 目を凝らして見るとそれは木の枝ではなかった。

 

 

 

 ――骨だ。

 

 

 

 骨の腕が天井から星命の首へと向かって伸びているのだ。

 

「セイメイ!」

 

 思わずクルースニクは星命の名を呼ぶ。

 星命は弾かれたように霊符を取り出し、直刀へ変化させ頭上の骨の手を切り払った。

 

「グォォ!?」

 

 わずかに悲鳴が聞こえた。だが、それは星命のものでもクルースニクのでもない。

 

「セイメイ! 横です!」

 

 頭上を見ていた星命にクルースニクの警告が耳に届いた。

 反射的に横の壁に並行になるように剣を横に構える。

 

 壁から白刃が伸び、星命の七星剣と直角にぶつかる。星命は刀身に手を添えて耐えようとするが勢いに受けきれないと判断し、廊下のほうへと転がり刃を避ける。

 

「まさかとは思ったけど、やはり下りて十三階段か!」

 

 屈んだままの体勢で星命が言う。

 

「十三階段は処刑場や絞首台の隠喩、自身に関連する事を怪談にして力を得ようとするとは…考えたものだね」

 

「ヤマの眷属、地獄の刑の執行人。『トゥルダク』!」

 

「そぉぉだぁぁぁっ うぉれはトゥルダクだぁぁぁっ 違うかぁぁぁっ!」

 

 星命がその名を呼ぶと同時に床から跳び出すように一体の異形が現れる。

 高さ二メートルほどの骸骨の両手に柳葉刀を持たせたような姿の異形であった。

 

 

『トゥルダク』

 死の神ヤマに仕えるインドの鬼神であり、裁かれた魂への刑の執行者である。

 地獄の統治者にして死者の審判者であるとも言われる。

 

「せやァァ!」

 

 階段にいたクルースニクが飛び出し、体重と重力をかけた白刃をトゥルダクの頭上に振り下ろす。

 しかし、トゥルダクはそれを防ごうともせず、そのまま頭蓋の側頭部で受けた。

 ガキリと鈍い音が響く。

 

「馬鹿な!?」

 

クルースニクが驚きの声を上げる。銀剣は頭蓋骨に当たりこそしたものの、刃が全く食い込んでいなかった。

 

「うぉれは 給食の ミルメークが 大好きなんだぁぁぁ」

 

 頭で刃を受けたことを意にも返さずに、まるで蚊を払うように柳葉刀を握った腕でクルースニクの脇腹を殴打した。

 

「グゥッ…!」

 

 息の漏れるような声と共に、クルースニクはトゥルダクの後ろへと突き飛ばされた。

 

「クルースニク、召し寄せを!」

 

「了解!」

 

 星命の声と同時にクルースニクの姿が消える。

 瞬き一つする間に、クルースニクは星命の目の前へと瞬間移動した。

 

「クルースニク、まだやれるかい?」

 

「この位でへこたれはしませんよ」

 

「よし、どうやら物理攻撃だけでは倒すのは難しいようだね。すまないが、もう一度白兵戦をしてくれ」

 

 クルースニクが大してダメージを受けていない事を確認し、再度星命はクルースニクに指令を出す。

 

「何か、秘策が?」

 

 物理攻撃の効かない相手にもう一度白兵戦を指示する星命に疑問を抱きクルースニクは聞き返した。

 

「彼女の力を使えば倒すことができるはずだ、動きを止めておいて欲しい」

 

「なるほど、わかりました」

 

 星命の言葉に納得したようにクルースニクは一度頷き、再び銀剣を構えてトゥルダクへと突進する。

 

「来い、ムラサキカガミ!」

 

「早速出番ね」

 

 星命がムラサキカガミを封じた管を取り出し、ムラサキカガミを喚ぶ。

 

「ムラサキカガミ、まずは補助を頼む」

 

「いいわよ、ラク・カジャ」

 

 ムラサキカガミの言葉と共に、トゥルダク以外が緑色の光に包まれた。その後、光は星命達の体に溶け込むようにして消えた。

 

「雄ォォ!」

 

 クルースニクが両手で握った銀剣でトゥルダクの右肩を目掛けて袈裟切りを放つ。

 しかし、トゥルダクをこれを右手の柳葉刀を横にして受け、御返しとばかりにクルースニクの右肩に刃を叩き付けた。

 

 クルースニクの肩とトゥルダクの白刃が衝突する。普通であれば、体は肩から裂かれるはずだが、刃はクルースニクの白のコートだけを切り裂き、下に着ているベストよりから先へは進まなかった。

 

「物理攻撃への耐性が、自分のものだけだと思わないことだ。ベロボベストは伊達じゃない……!」

 

 トゥルダクの膂力に膝を折らぬように歯を食いしばりながらクルースニクが吐き捨てるように言う。

 白き神の加護のついた衣類と、ムラサキカガミの防御補助魔法のおかげで怪我こそ無いものの、それでもトゥルダクの蛮力には堪えるものがある。

 

「クルースニク、避けろ!」

 

「了解……!」

 

 後ろからかかった星命の掛け声と共に、クルースニクは左足でトゥルダクを蹴り飛ばし、その勢いを利用して後ろへと後転する。

 突然の反撃にトゥルダクはよろめき、たたらを踏んだ。

 

「さぁ、サマナー。ワタシの力を使って頂戴」

 

 ムラサキカガミの体から紫の色の光が飛び出し、星命の持つ七星剣へと流れ込む。

 

 星命が床を蹴って跳び、上段に七星剣を構える。

 直刀に紫色の光が集まり、刀身の先に斧のような幅広の刃を形成する。まるで剣が一本の戦斧になったような姿だった。

 

  ――外法忠義壊!

 

 星命が紫光の斧をトゥルダクの額目掛けて真っ直ぐに叩き降ろす。

 斧はそのまま一直線に頭蓋骨を割り、背骨を裂いた後、骨盤の下から飛び出す。それと同時に星命も着地する。

 

「うぉ うぉ うぉれは 小学校の社会でやる 『ぼくたち わたしたちの町』ってのが どわぁいキライだぁぁぁぁ」

 

 叫びながら縦に真っ二つに分かれたトゥルダクは黒い霧となって霧散した。

 

「騒がしい悪魔だったなぁ……」

 

 呟きながら星命は剣を霊符へと戻す。

 踵を返して自身の二柱の仲魔へと目を向ける。

 

「ご苦労だったねムラサキカガミ、管へ戻ってくれ」

 

「楽しかったわ、また喚んで頂戴」

 

 ムラサキカガミが光となって管へと吸い込まれる。

 

「クルースニクは家まで僕の護衛を頼む」

 

「承知しました」

 

 クルースニクは星命の隣へと並び、共に歩き出した。

 二つの影は、校内の闇の中へと消えていった。


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