デビルサマナー 安倍セイメイ 対 異世界の聖遺物   作:鯖威張る

7 / 9
第二話 『邂逅』

 リニスと契約を交わした後、星命達は高町家へと帰ってきた。玄関の門を潜り、戸を閉めたところでクルースニクを管へと戻す。

 

「これが悪魔召喚術ですか」

 

 星命の記憶の一部を覗き見たリニスが、管へと戻って行くクルースニクを見ながら感心したように呟いた。

 その後、星命と共に玄関の門を潜る。 

 

「ちょっと待っててもらえるかな」

 

「わかりました」

 

 管を鞄の中へと仕舞いながら星命はリニスに待つように伝える。

 玄関先にリニスを置いて、星命は一足先に家の中へと上がった。そのまま真っ直ぐにリビングを目指し、

 

「ただいま帰りました」

 

「星命くんおかえりー」

 

「おかえり、星命」

 

 リビングへ上がり、帰宅したことを伝えるとリビングに入ってすぐ左にあるソファに寝そべっている美由紀とその前のテーブルの前で読書をしている恭也が返事をした。

 

 既に美由紀と桃子は星命の事情を知っている。この世界の人間でない事と、この時代の人間でない事、そして悪魔召喚師であることも。

 高町家で星命の事情を知らないのは次女のなのは一人だ。そのため悪魔の討伐に向かうのはなのはが寝た後である場合が多い。

 

「士郎さんと桃子さんはいるかな? 相談したい事があるんだけど」

 

「二階にいるんじゃないかなぁ。――あ、降りてきた」

 

 うつぶせに寝そべり雑誌を読んでいる美由紀に家主の居場所を聞く。美由紀が答えたところで階段を降りてくる音と会話する声が二人分聞こえてきた。

 

「お、星命くん。おかえり」

 

「あら星命くん、おかえりなさい」

 

「ただ今帰りました」

 

 階段から降りてきてリビングへと入ってきた二人は星命を見つけると同時に声をかけ、星命の右隣へと並ぶ。星命も二人の方を向いた。

 

「ちょうど良かったです、お二人に相談したい事があるのですが」

 

「あら何かしら?」

 

「実はですね……おいで、リニス」

 

 星命が玄関に向かって声をかけると薄茶色の山猫、リニスが恐る恐る星命達のいるリビングに入ってきた。それを見るやいなや桃子が、

 

「かわいいっ!」

 

 そう言って眼を輝かせながらリニスに向かって突進し、そのままの勢いでリニスを抱き上げた。

 頭上へリニスを掲げ、クルクルとその場で楽しげに回ると、リニスを胸へと抱いた。

 

「かわいいわぁこの子」

 

「おぉ、綺麗な毛並みだねー。飼い猫?」

 

 と、リニスを抱きしめたまま撫で回す桃子のもとへ雑誌をソファーへと投げ出した美由紀が駆け寄り、羨ましそうに眺めている。そんな二人と一匹を尻目にテーブルの横に士郎と恭也、星命が集まってしゃがみ、密談の形式を取る。

 

「大丈夫なのか? あの猫、あんな風に撫で回して……君が連れてくるって事はただの猫ではないんだろう?」

 

 そう言ったのは士郎だ。口の横に平手を当てて、声をひそめて星命に尋ねる。

 

「一応、悪魔ではありませんので大丈夫です。弱っていたところを助けて使い魔になってもらったんです。一応人語もわかりますし、話せます」

 

「陰陽術と悪魔の次は使い魔か、お前はとことん規格外だな……」

 

 士郎の質問に星命が答え、恭也が嘆息しつつガクリと頭を垂れた。

 

「それで本題なんですが、リニスをここに置いてやっても構いませんか?」

 

「まぁ連れて来たんだから薄々そうなんだろうとは思っていたけど――」

 

 星命の相談に士郎は返事をしながら横目でリニスの方見る。リニスは美由紀にしつこく撫で回されて目を回しているところだった。

 

「――まぁ良いだろう、人語もわかるんなら躾の必要もないし」

 

「ありがとうございます」

 

 士郎から許可をもらい、星命は士郎に礼を言った。

 その後、背中に猛烈なブーイングを受けつつも、リニスを執拗に撫で回している二人からリニスを回収して星命は自室に戻った。

 

 ◇

 

「召喚」

 

 自室へ入り、扉を閉めると、先ほど鞄にしまったクルースニクの封じられた管を抜く。

 管が淡く緑光を放ち、星命の前にクルースニクが現れた。

 

「早速だけど、キンシのライドウのその後、というのはどういうことかな?」

 

 言いながら星命がクルースニクの脇を通り、入って右端にある自身のベッドへと腰をかける。

 その足元へリニスが歩み寄り、座った。

 

「異なる世界と魔法を知った今のセイメイになら話しても問題ないでしょう」

 

そう前置きし、ベッドに座った星命と向かい合い、クルースニクは語り始める。

 

「私が以前、この世界の十四代目葛葉ライドウの仲魔で、葛葉ライドウが人柱となったと言った話は覚えていますか?」

 

「ああ、覚えているよ。月村邸での話だね」

 

 話し始めたクルースニクに星命は真剣な表情で答える。

 

「あの話には続きがあるんです」

 

「続き?」

 

 クルースニクの言葉に星命は問いを返す。

 

「仲魔達にも慕われていたライドウは管と一緒に埋められましたが、気が付くと別の世界にいたんですよ」

 

「別の世界? もしかして……」

 

 クルースニクの言葉に星命はある予測を立てた。つい先ほど聞いた話と関連しているような気がしたのだ。

 その考えを汲んで、クルースニクは肯定するように一度首を縦に振った。

 

「ええ、そうです。次元災害に巻き込まれて彼女、リニスが住んでいたと言う、第1管理世界『ミッドチルダ』に葛葉ライドウは飛ばされたんですよ」

 

「『次元災害』とは一体なんだい?」

 

「次元災害というのは次元世界においてたまに起こる災害の事です」

 

 星命の投げかけた問いへの答えは足元から返ってきた。星命の視線が足元の山猫へと向けられる。

 

「人や物が他の次元世界に転移してしまったり、次元世界と次元世界をつなぐ空間、次元空間が通れなくなってしまったりするんです。酷いものだといくつもの次元世界を崩壊させる場合もあります」

 

 リニスが短く、それでいて丁寧に星命の問いに対する説明を返す。

 

「つまり、事故で彼女の住んでいた世界……といっても、七十年近く前のミッドチルダへと飛ばされたんだね……なんだかどこかで聞いた話な気がするなぁ」

 

 納得した星命は再び正面へと顔を戻しつつ、腕を組んで自嘲の笑みを浮かべる。意味もわからず異世界へ飛ばされる。まるで自分と同じような話ではないか。

 

「ええ、そこでライドウは時空管理局と接触し、管理局に協力する代わりにこの地球のある次元世界を探して欲しいと交渉しました」

 

「幸い管理局も発足したてで人手不足な上に、ライドウの実力と悪魔召喚術により、交渉に手間はかかりませんでした」

 

 クルースニクの話を聞きながら、星命は顎に手を当てる。

 

「少し、無用心じゃないかな? それに話が上手くいきすぎだ。ライドウに実力があるのはわかるけど、普通は警戒されるだろう?」

 

「実はライドウが転移する少し前から悪魔達がミッドチルダに現れていたようなんです」

 

「悪魔が出るのは普通じゃないか? 向こうにも宗教文化、神話や御伽噺ぐらいあるだろう?」

 

 悪魔達は信仰や宗教、逸話などに大きく影響される。信仰により、新たに悪魔が生まれる事もあれば、新しく生まれた信仰により、古き神が貶められる事もある。

 

「たしかに宗教文化は存在します。一番大きいのは聖王教会と呼ばれる、古代の王を主神とした宗教団体でしょうか。聖王は神格化された人間がベースですが、主な向こうの信仰の対象は実在する魔法生物……リンカーコアを持つ生き物達が主なんです」

 

「つまり、最初から悪魔が公の存在である世界……か」

 

 こちらの世界では悪魔は通常の人間には見えない。故に悪魔達は普段は一般の人間には知覚されることなく存在しており、実在していると知っている者は少ない。しかし、元々実在する魔法生物が信仰の対象であればそれも変わってくるのだろう。この地球においても実在の動物が神聖視されるというのは良くある話だ。

 

「しかし、ミッドチルダに現れる悪魔はこの世界の悪魔に似た者が多くいました」

 

「この世界の悪魔達が向こう側へ現れる……」

 

 星命が頭を捻る。

 地球においても、『全く関連のない国の間で、性質の似通った神、悪魔が存在する』というのはわりと多くある話だ。しかし、それをミッドチルダへ結び付けても良いものだろうか。

 

「……疑問は残りますが、話を進めましょう」

 

 クルースニクの言葉に星命は頷いて応える。

 

「悪魔に関する知識と、戦闘技術を見込まれ、時空管理局へ入局したライドウは数十年もの間、管理局で戦い続けました。しかし、結局地球が見つかる前にライドウは病に伏せてこの世を去りました」

 

「その数年後、ここ第97管理外世界である地球が見つかり、ライドウの遺言でミッドチルダの守護に付いた者達を除き、こちらへと帰ってきました」

 

 これが、私の知る全てです。と、クルースニクは話を締めくくった。

 

「その戻ってきた悪魔が君なんだね」

 

「そういうことです」

 

 尋ねた星命の言葉を、クルースニクは首を縦に振って肯定する。

 

「そういえば、なぜ今まで黙っていたんだい?」

 

「ここは管理外世界ですので、向こうの世界の魔法の事をあまり公に話すわけにはいかないのです」

 

「そういうことか」

 

 星命の質問にクルースニクは理由を話し、星命は納得した。未知の力は人の心を惑わせる。進んだ技術を持つ向こう側の世界の事は伏せておくのが普通なのだろう、と。

 

「しかし、まさか彼女の世界と僕等の世界に接点があるとはねぇ」

 

「別段、珍しい事ではありませんよ。ミッドチルダには色んな世界の人間がいますから」

 

 星命が感慨深く言いながらベッドへ背中を埋めると、足元のリニスが微笑みながら返した。

 

「まぁ遠いところからきたんだ。リニスもゆっくりしていくと良いよ」

 

 

 ――何の気なしに出した気遣いの言葉だった。しかし……

 

 

「……そういうわけにも、行かないんです」

 

 返ってきたのは重苦しい声。公園で聞いたような絶望を纏う声だった。

 

「フェイトの母、プレシアは病を患っているんです」

 

 その言葉を聞いて星命が背後に両手を突いて起き上がる。

 

「レベル4の肺結腫、既に他の臓器にも影響して、もう長くは生きていられないはずなんです」

 

 搾り出すように言われたリニスの言葉はその場に再び重い雰囲気をもたらした。

 

「肺結腫……ね」

 

 転がすように、星命はリニスの言った病名を口にした。

 

「フェイトを造る際に使った薬品によるものだと思います」

 

「診断違いという可能性は?」

 

「左肺の上葉に腫瘍の影があったので間違いないかと……私も直接確認しました」

 

「そうか……」

 

 リニスが言うのならば、間違いないだろう。

 まさか、彼女の願いに時間制限がついているなどとは星命も思わなかった。

 何か言葉をかけたほうが良いのではないかとは思うが、いつもは達者な口が動こうとしない。

 

「星命……病気を治せる悪魔というのはいないのでしょうか?」

 

 何を言おうか悩んでいる星命に、リニスが尋ねる。悪魔であれば病も治せるのではないか。それは誰もが行き着く考えだろう。

 

「いる事にはいるけど……今の時代では少し、難しいかもしれない」

 

「どういうことですか?」

 

 星命の言葉にリニスが問い返す。

 

「昔の人間の病気、というのは不摂生による疫病に加えて病魔、すなわち悪魔の仕業によるものが多かったんだ」

 

 不精や病魔による『穢れ』によって引き起こされる病。それらが相手であればまだ治癒の神々でも治す事ができた。しかし……

 

「だけど、人間の生活水準が上がり、人が患う病気も変わってから治癒の神々では治せない病気が現れ始めた」

 

 星命達の世界のヤタガラスの中でも飛び切り優秀な悪魔召喚師の一族『葛葉』。

 その中でも特に優秀である葛葉四天王の内の一柱。葛葉ゲイリン。

 

 十七代目葛葉ゲイリンは結核を患っていた。しかし、日本の神々では治癒をすることが出来ず、その上、任務中の無理が祟って亡くなったと星命は聞いている。

 

「今では人間の手で治療が可能な病の中にも、悪魔達では治療できないものが多く存在する」

 

「強大な力を持つ天津神や諸外国の主神級、それらに近い悪魔ならもしやとは思うけど、残念ながら僕にはそれらの悪魔を喚べるほどの力はないんだよ」

 

「……すまないね」

 

「いえ、良いんです。もとより時間が無いのは承知の上ですから、今はあの子達とプレシアの為にできることを考えるべき時です」

 

 リニスの言葉に、つい、星命は眉を顰めた。

 そう言ったリニスの目標に向かって希望を見据えている眼が、力になれなかった星命には眩しく感じたのだ。

 

「さし当たってはしばらくは転移のための魔力を蓄えようと思います」

 

「わかったよ、僕の魔力で良ければ使ってくれ」

 

 そう言ったところで不意にノックの音が聞こえた。ドアに全員の視線が集まる。

 

「風呂が空いたぞ、さっさと入って寝ろよ」

 

 扉の奥から恭也の声が聞こえた。

 

「わかった、今入るよ。クルースニク、管へ」

 

「はい」

 

 恭也の声に星命は答え、クルースニクに管へ戻るよう促す。クルースニクが管へと戻った様子を見届けた星命は部屋を出て、入浴の準備を済ませ脱衣所へと向かう。

 その後は何事も無く、星命は入浴の後に就寝した。

 

 ◇

 

 夢を見ていた。

 

 どことも知れぬ湖のほとりに、翠色を帯びた髪を首元まで垂らした少年が立っていた。

 どこかの民族衣装だろうか、特異な模様の入ったシャツとズボンにマントをつけていて、探るように辺りを見回している。

 少年の幼く、整った顔立ちに焦燥の色が浮かんでいる。畔の周りを囲むように存在する雑木林の木々が風でざわめく音が、周囲の緊張感を更に高めていた。

 

 その雑木林に沿う様に並ぶ街灯から湖上へと放たれる光が、不意に遮られ、影を作る。

 

 影に気づいた少年がその影の方向へ自身の手の平を向け、何かを呟いた。

 それと同時に少年の手の前に、手の平に並行になるように緑光の円形の魔法陣が展開された、次の瞬間。

 

 巨大な黒い影の異形が、宙に浮かびながら少年の方へ猛然と突進する。周囲の湖畔にかかる桟橋やスワンボートを巻き込みながら、しかしその勢いを失うことなく、少年へと一直線に向かっていき、少年の魔法陣へと衝突する。

 

 そのまま潰されるかと思った少年だったが、まるで魔法陣が盾のように、黒い影の怪物を塞き止めていた。

 魔法陣から腕へ体へ、衝撃が伝わって行く。

 踏み止める少年の足が、わずかに後方へと下がりながら土の地面に轍を残す。

 

 魔法陣が輝きが強くなると、急に怪物が唸り声を上げ、苦しみ始める。

 怪物の体が溶けるように体を変えると、その体内に青い菱形の宝石がわずかに覗いた。

 

 しかし、怪物の体は逆再生のように元へと戻り、その液体とも固体ともつかぬ体を力むように揺すらせる。その体から生やした腕が地面を捉え、更に膂力を緑の円陣へと加える。

 

 魔法陣を挟んで向かい合っていた少年の顔が徐々に険しくなる。

 

 次の瞬間、円陣が弾け、少年と怪物は反対の方向へと投げ出された。

 二転、三転、少年の体が蹴鞠のように地面で弾み、ついにはうつ伏せになって止まった。

 

 怪物の方は水の中へと大きく水飛沫を上げて沈んでいった。わずかに水面に波紋とあぶくが立っていたがしばらくして、もう一度飛沫を上げて水面から飛び出してきた。

 怪物は少年からは興味を無くした様に少年のいる方向とは逆の方向へと浮遊していった。

 怪物の姿が見えなくなると、不意に、少年の体が光り輝いた。

 光の後に残ったのは、イタチのような動物と、紅玉に似た宝珠だった。

 

 ◇

 

 うっすらと、意識が覚醒する。

 不思議と、眠気が後を引く気配が無い。

 

「こんばんは」

 

 目の前から声が星命の耳へと届く。それと同時に星命は目を開けた。

 

 視界に入ったのは満点の星空と月が浮かぶ砂漠だった。

 夜闇によって、黒色に塗りつぶされそうな砂の大地がわずかに月の恩恵を受けてその色を保っている。

 

 その砂ばかりの大地に驚くほど不似合いな漆塗りの茶色の小さなラウンドテーブルを中心に向かい会うように一対の同じ材質で出来た華奢な椅子がある。

 

 星命はそのうちの一つに腰をかけていた。

 

「初めまして、かの」

 

 わずかにしゃがれているが柔らかな声だった。その声は対面の椅子から聞こえてきた。

 対面の椅子には健康的に焼けた褐色の肌の小柄な老紳士が座っている。

 彫りが深い中東系の顔立ちに、茂みのような白い髭を口周りに、同じく白く、濃い眉毛が目を覆い、その表情を伺う事はできない。

 白のシャツとタキシードに金糸で編まれたベレー帽を被るというなんとも不似合いな格好のはずなのに、なぜだかそれがとても似合って見えた。

 

「ここは……?」

 

 澄んだ意識の中で浮かんだ最初の疑問を星命は口にする。

 

「お前さんの夢の中じゃよ、ちょっとワシの好きな風景に変えさせてもらっておるがな」

 

 白い髭を蓄えて見えなくなっている口から星命の問いに対する答えが返された。

 

「夢の、中……? あなたは誰なんだ?」

 

「ふむ、言うは易いがそれではワシが面白くはない。答えとは導き出してこそ意味がある」

 

 老紳士は腕を組んでふんぞり返った。小柄なその体のせいで覇気などは感じられないが、どこか威厳がある。不思議な男だと、星命は思った。

 

「かといって、呼び名が無いのも困りものじゃな。はて……」

 

 言いながら老紳士は頬の上を人差し指で書きながら思案にふけるように在らぬ方向を向く。

 

「そうじゃな『ジェフ』と、今は名乗っておこう」

 

 そう言って老紳士『ジェフ』は、ニカっと頭上の月のような柔らかな笑顔を星命へと向ける。

 髭の茂みが切ったスイカのように裂け、褐色の肌とは対照的な白い歯が見えた。

 

「ここへ、お前さんをこうして呼んだのは他でもない」

 

 テーブルに肘を着き、顎の下で両手の指を絡ませ、ジェフはゆっくりとした口調で星命へと語りかける。

 

「頼みごとがあるんじゃよ、デビルサマナー殿」

 

 デビルサマナー、と呼ばれた星命と表情と体が強張る。その呼び名を知っているという事は少なくともこの世界の裏を知っているモノであるということだからだ。

 

「そう身構えんでもよい。別にお前さんを取って食おうという訳じゃない」

 

 絡ませていた指を解き、ジェフは手首を左右に振った。

 

「ワシの探し物に協力して欲しいんじゃよ」

 

 茂みのように豊かに蓄えた髭を撫でながらジェフは話を続ける。

 

「探し物?」

 

「左様。と言っても見つけてワシのところへ持ってくる必要は無い。できる限り、悪魔達の手に触れぬようにすれば良い」

 

 どういうことだろうか、探し物であるにも関わらず『持ってこなくても良い』というのは。

 湧いて出た疑問についつい星命は顎に手を当てて考え込んでしまう。

 

「……ああ、魔力を持つ人間もちょっと危ないかもしれぬの」

 

 思案顔の星命に、思い出したようにジェフは付け加えた。

 

 ――魔力を持つ人間がいることを知っている?

 

 星命の脳裏に新たな疑問がよぎる。思い切って星命は聞くことにした。

 

「魔力を持つ人間を知っているんだね、では向こう側の世界の事も?」

 

「異なる世界、『次元世界』の事じゃな。ある程度の神や悪魔であれば知ってはいるじゃろう」

 

「では、知っているあなたも人間ではないんだね」

 

「……ほう、そうきたか」

 

 星命の言葉に、ジェフは嬉しそうに含み笑いを浮かべる。

 

「まぁ、ワシの場合は知っている理由はもっと特殊だが……それは良いじゃろう」

 

 追々わかることだ。と笑みを溜めた表情を崩さずに言った。

 

「話が反れてしもうたな」

 

 言いながら、ジェフは反れた話の内容を振り払うように頭を横へ振った。

 

「探している物の名は『キセイのホウジュ』、『ジュエルシード』と呼ぶ輩もおるな」

 

「キセイのホウジュ……ジュエルシード」

 

 その物の名を反芻するように星命は口の中で転がす。

 

「まぁ今日はこのくらいで良かろう。おそらくまだ夢での邂逅に慣れておらんじゃろうから、きっと起きたら忘れておるだろうしの」

 

「ちょっと待ってくれ、僕はまだ引き受けるなんて言っていない!」

 

 机を叩いて立ち上がり、慌てて言う星命にジェフはイタズラっぽい笑みを浮かべた。

 

「ふぉっふぉっふぉっ……。どちらにせよ、お前さんは集めざるを得なくなる。人の世を護る者であるのならばな」

 

ジェフの言葉を聞きながら、ゆっくりと視界の闇が深くなる。

 

「――それでは、お前さんがそのモノとの邂逅を果たしたその夜にまた会おう」

 

 星命の意識は完全に闇へと沈んだ。

 

 ◇

 

 気だるげに星命は体を起こす。そこは自身が昨夜就寝した自室のベッドの上だった。

 洗面などの学校へ行くための準備を整えて、食事のために階下へと向かう。

 

 食事を食べ終わり、食器を片付けているとリニスが近付いてきた。

 

「やぁ、おはよう。リニス」

 

「おはようございます、星命……ずいぶんと冴えない顔ですね。寝付けなかったのですか?」

 

 流し台に食器を置きながら星命は答える。

 

「変な夢を見たんだよ」

 

「ああ、昨夜の念話での救難信号ですね」

 

「念話?」

 

 リニスに向き直った星命が、聞きなれぬ単語に小首を傾げた。

 

「ええ、魔導師が使う遠距離会話魔法。すなわち、魔力によって言葉を伝える魔法です」

 

《こんな風に、指定した相手へ届けることが出来るんですよ》

 

 リニスの声が、頭の中に響く。

 

「直接話さなくても会話ができるのか……リニス、部屋以外では念話で会話してもらえるかな」

 

《構いませんが、どうしてですか?》

 

「この一家の次女、なのはちゃんだけが僕の裏家業のことを知らないんだよ……少々血生臭い話だし、ちょっと事情があってね」

 

《なるほど、わかりました》

 

 星命の意図を汲んだリニスが答える。悪魔のことを知らないのであれば猫が喋ればさぞ驚く事だろう。

 

「おはよー星命くん……どうしたのその子!?」

 

 噂をすれば影、なのはが部屋へと入ってきた。

 入ってくると同時にリニスを指差し、星命と交互に見ながら目を白黒させて驚く。

 そんななのはの様子がおかしくて星命はまるで悪戯が成功したようにくつくつと笑った。

 

「名前はリニスって言うんだ。昨日の学校帰りから付いてきてたみたいでね。どうしても離れなくてくれなかったんだ。保健所というのも可哀想だから士郎さんに頼んで飼って貰うことになったんだよ」

 

「へぇー」

 

 星命がリニスのいる理由を嘘で誤魔化す。なのはは星命の言葉を微塵も疑わなかったようで納得したような声を上げた。

 

「でも、珍しいね」

 

「珍しい?」

 

 なのはの言葉を星命はオウム返しに尋ね返す。

 

「うん、だって星命くん食べ物のこと以外でわがままなんてめったに言わないもん」

 

「何か気になる言い方だけど……まぁいいか。そういうことで飼う事になったんだ。仲良くしてあげてくれ」

 

「うん! よろしくね、リニス」

 

なのはがリニスの頭を撫でながら言うと、リニスは目を細めて一声鳴いて応えた。

 

「ところで、準備はもう良いのかな?」

 

「あ! いけない。ごめん星命くんちょっと待ってて!」

 

 星命がなのはに準備の按配を聞くと、慌てた入ってきた戸を勢い良く開け放ち、もう一度くぐって戻って行く。

 

《いい子ですね》

 

 徐々に徐々に閉まるドアを見つめながら、リニスがなのはに対して抱いた率直な感想を述べる。

 

「まあね」

 

 星命もまた、その言葉に同意した。

 

《話は戻りますが、救難信号の件はどうしましょう? 昨日の念話はすぐに切れてしまったのでどこにあの魔導師がいるかはわからないのですが……》

 

「少し、様子を見よう。居場所がわからないんじゃ救助もできない。一応、僕も式神を飛ばして捜索はしてみる」

 

《わかりました》

 

「ああ、そうだ。帰ってきたら僕にも念話を教えてもらえると助かる。『物言わぬ猫と独り言で会話する奇人』なんて噂は立てたくないからね」

 

《たしかにそうですね、わかりました》

 

 その後、星命は戻ってきたなのはと合流し、学校へと向かった。

 時間が少し過ぎて、星命たちの姿は聖祥小学校のとある教室の中にあった。

 3年A組、星命達がこの春進級したクラスだ。

 黒板の前では教師と思われる女性が立っており、その事から授業中であることが見て取れる。

 女性教諭は町にある施設や商店などの役目や仕事についての話をしている。

 

「このように、この海鳴市の中だけでも色々な場所で様々な仕事があるわけですが、皆さんは将来どんなお仕事に就きたいですか?」

 

「今から考えてみるのも良いかもしれませんね」

 

 女性教諭がそう締めくくった所で終業のチャイムがなり、日直の合図で全員が終業の挨拶をして各々は昼休みへと移って行った。

 

 ところ変わって聖祥小学校の屋上。その片隅のベンチになのは、星命、アリサ、すずかの順で座って弁当を食べていた。

 

「将来かぁ……」

 

 なのはは物憂げにそう呟いて、タコを模したウィンナーを口に放り込み咀嚼する。

 

「アリサちゃんとすずかちゃんはもう将来の夢って決まってるの?」

 

「うちはお父さんもお母さんも会社経営だし、いろいろ学んでちゃんと跡を継がなきゃなぁとは思ってるけど……けど本当に漠然とよ?」

 

「わたしも家が工学系の会社だし、機械が好きだから、工学系で専門職がいいなと思ってるけど。実際どうなるかはわからないもんね」

 

 なのはの質問にアリサとすずかがそれぞれ将来進むであろう道を答える。

 

「星命くんは?」

 

「僕かい? んー、将来の事はあまり考えた事がないんだけど。そうだなぁ、調べ物が得意だから、探偵とか記者になるのも悪くないかもしれないね」

 

 なのはが星命に質問し、星命は情報部での経験を活かせるような職業を答える。

 その脳裏にはヤタガラスのライドウの周りに居た男の探偵と女性記者の顔が浮かんでいた。

 

「そっか、皆ちゃんと考えてるんだね。」

 

「でも、なのはは喫茶『翠屋』の二代目じゃないの?」

 

 言ったなのはに今度はアリサが質問をぶつける。

 

「うん、確かにそれも考えてはいるんだけど……やりたいことは何かあるような気がするんだけど、まだそれが何なのかはっきりしないんだ。私、特技も取柄も特に無いし。」

 

「このバカちん!」

 

 自分を卑下したなのはの顔に向かってアリサは自分の弁当に入っていたレモンを一切れ投げつけた。

 しかしそれはなのはの顔に届く事は無く、途中空中で星命に掴み取られる。

 

「気持ちはわからないでもないけど、食べ物を粗末にするのは良くないね」

 

 そう言って星命は無表情のまま手に握った生のレモンの切れ端を口に放り込み咀嚼した。

 

「あたしはあんたがわからないわ……」 

 

 投げつけたレモンをそのまま食べて顔色一つ変えない星命の様子にアリサは呆れ果てた顔をしている。

 

「ってそうじゃないわ! なのは! あんた思っても自分でそういうこと言うもんじゃないわよ!」

 

「そうだよ。なのはちゃんにしか出来ないこときっとあるよ」

 

 思い出したかのように言うアリサの言葉にすずかも同調する。

 

「だいたいあんた、理数系の成績はこの私よりいいじゃない!それで取柄が無いってどの口!」

 

 そう言うとアリサはなのはの上に馬乗りになり、両手の指を使ってなのはの口を引っ張り回す。

 

「だってわたし、文系はからっきしだし、運動も苦手だし……」

 

 口を引っ張られたまま、なのはが言う。

 

「喧嘩はダメだよ! ねえ、ねえってば! 星命くん、なんとかして!」

 

 二人の様子におろおろするばかりのすずかが星命に助けを求める。

 

「ああ、そうだね。取り合えず食べ終わってからで良いかい?」

 

「ええ!? ダメだよ! 今止めてよ!」

 

 重箱弁当の三段目を食べている途中の星命が答え、すずかがそれに抗議する。

 四人の昼休みはこうして、賑やかに去っていた。

 

 ◇

 

「じゃあ今日は塾があるから、またあとでね。星命くん!」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

「いってきまーす!」

 

 放課後、夕方にはまだ早く、蒼天と白雲が支配する空の下に星命達の姿があった。

 校門の前で、星命が塾へと向かうなのは達を見送り、今朝のうちに魔導師の捜索に出していた式神の一部を彼女達の監視と護衛につける。

 

 しばらく、少女たちの背中を見送りながら自分も帰路に付こうかと考えていると、急に思い出したようにすずかが振り向いて星命のもとへ駆け寄ってきた。

 

「どうかしたのかい?」

 

「うん、そういえば星命くん携帯持ってないから、直接言わなきゃと思って……」

 

軽い運動で上気した肌ですずかは笑いながら星命に言う。

 

「アリサちゃんとも話したんだけど……ほら、なのはちゃんいろいろ悩んでるでしょ?」

 

「そうだね、『何かを成さねばならない』、そういう気持ちがある。でも何をすればいいのかわからないし、小さな自分の力ではまだ何も成す事ができない」

 

「そんな自分に、悩んでいるように僕には見えるよ」

 

「うん、わたしもそう思う」

 

 星命の考えをすずかも肯定するように首を縦に振る。

 

「それでね、アリサちゃんと相談したの。なのはちゃんが夢中になれそうなものをわたし達も何かさがしてあげようって」

 

「星命くんも、なのはちゃんが夢中になれるものを見つけたら、応援してあげてね」

 

「もちろんだよ」

 

 言って星命は笑う。軽い挨拶の後、すずかは少し先で待っている二人の少女の下へと戻っていった。

 

 ――なのはちゃんは良い友人を持ったね。

 

 すずかを見送りながら、そんなことを思った。悩みを共有できる、背負ってくれる友人。それは掛け替えのないものだと星命は思っている。

 

 そんな事を考えながら、星命は少女達の行く方向とは逆の方向へと去って行った。

 

 ◇

 

 

「何かあったんですか?」

 

 アリサが、近くにいたバインダーを片手にペンを走らせている男に話しかけた。

 目の前の惨状を見て、話しかけたのだ。

 

 アリサ達がいるのは公園の敷地内の湖のほとりだった。塾に行く近道があるとアリサが誘って近くまで寄ったのである。

 普段はデートスポットとして有名な湖だったが、今はロマンチックの欠片も無いものへと変貌していた。

 

 湖にかかる桟橋には大なり小なり無数の穴が開き、遊覧用のスワンボートは白鳥の首や背に備え付けられた屋根がへし折られている。周囲の雑木林の木には鋭利なもので抉ったような跡があった。それらの木屑や残骸と思われるものが湖に浮いており、まるで竜巻の通り過ぎた後のような有様となっていた。

 

「ん? ああ、スワンボートや桟橋が壊されたって通報があったんだよ。イタズラにしては酷いよなぁ……いや、だから俺たち刑事が呼ばれたんだけどさ」

 

 アリサに話しかけられた若い刑事、矢佐田は右手のペンでこめかみを掻きながら返す。

 

「お兄さん警察なんですか?」

 

「ああ、俺は刑事だよ…っと、あんま話してると風間さんにどやされるな」

 

「君たち、最近物騒だからあんまり寄り道とかするんじゃないぞ」

 

 矢佐田はなのは達に注意を促す。

 

『はーい!』

 

 三人の少女は元気良く、返事を返す。

 普通の人間ならばここで自分が同じような災害に巻き込まれると考えるものは少ないだろう。

 その他の大多数と同じく、自分の身に何かが起こる事はきっとないだろうとなのはは思った。

 その時だった。

 

《…か…たす……て…》

 

 微かになのはの頭に声が響いた。

 

「ねぇ、今何か聞こえなかった?」

 

 なのはが友人二人に尋ねる。

 

「ううん、何も聞こえなかったよ」

 

「どうしたのよ、なのは」

 

 小さく首を横に振って答えた友人達になのはは一瞬、気のせいだったのかと思おうとした。しかし……

 

《助けてください……》

 

 今度ははっきりと聞こえた。それは助けを求める声だった。

 

「やっぱり聞こえる! 二人とも、ちょっとごめん!」

 

 次の瞬間、弾かれるようにしてなのはは雑木林へと駆けていく。

 刹那にその様子をぽかんと眺めていた二人だったが、すぐになのはを追って走りはじめた。

 

 その後姿を、矢佐田の冷やかな目が見つめているとも知らず……

 

 ◇

 

「今の声は?」

 

 矢佐田が自分の中に語りかけるように独り言をこぼす。その狐目には何の感情も浮かんでいない。

 ただ冷たく、客観的に物事を見通そうとする目である。

 

「そうか、ならいい」

 

 返す者の居ない言葉に、まるで返事が返ってきたように矢佐田が呟いた後、矢佐田はなのは達とは別の方向へ去って行った。

 

 

 ◇

 

 

「フェレット?」

 

 ぽつりとなのはが声をこぼした。

 雑木林から聞こえた声を追った先にいたもの、それは赤い宝石を首から提げた翠の毛並みを持つ一匹のフェレットであった。

 なのはが手で触れると、わずかに目を開け反応する。まだ息があるようだ。

 

 傷だらけの小動物をなのははできるだけ丁寧に掲げ揚げ、胸元へと抱いた。

 

「なのはー! 急にどうしたのよぉ」

 

「あれ? その子どうしたの?」

 

 追いついてきたアリサとすずかもなのはが抱いている傷だらけのフェレットに気づく。

 

「よくわからないんだけど、怪我してるみたいで……」

 

 なのはがきたときには既に怪我をしていたのだ。どうにかしてあげたいが、なのはにはそういった技術はない。

 

 ――あ、わたしまた……

 

 少女の心に影がさした。一人きりだったあの日々を、何もできない自身の両手が脳裏をよぎる。

 

「うーん、塾まではもう少し時間があるし、取り合えず動物病院へその子を診てもらいに行きましょ」

 

「うん!」

 

 アリサの提案になのはが頷く。

 こういう時、判断の早いアリサがとても頼もしく思える。そう思うと同時に、自分中の影はなりを潜めた。

 

「あれ……?」

 

 ふと、なのはが首を左に向け、中空の一点を見つめたまま動きを止めた。視線を感じたのだ。

 

「どうしたのよ? ほら、早く行くわよ」

 

「あ、ごめんごめん。いこっか」

 

 アリサの言葉になのはは一点から目を逸らし、アリサたちの元へと駆ける。

 その直後だったなのはの見つめていた空間に一眼の梟が霞が晴れるように現れたのは。

 

 ◇

 

「そんな馬鹿な……!?」

 

 高町家の自室にいた星命は驚きを隠せなかった。

 隠形術をかけた式神でなのは達を監視・護衛していた。途中、なのはが何かを見つけたらしく、雑木林で見つけた『それ』をもっと近くで見ようとしたその時だった。

 

 ――イタチのような動物を抱くなのはと眼が合った。

 

 自慢ではないが自分達陰陽師の隠形術は熟練の悪魔召喚師でも見破るのが難しい。

 それにも関わらず、なのはは的確に式神のいる位置を見抜いていた。式神自体の存在までには気付いていないだろうがそれでも幼い少女が気配すら殺す自身の隠形術を見破ったという事実に星命は動揺していた。

 

「もしかして、これも彼女の異能の一部なのか……?」

 

 ぽつりと星命が呟いた。

 星命がこの予想が正しいとわかるのはもう少し後のことだ。

 そしてその時に星命は理解する事となる。この時の彼女の行動はその類稀なる魔力資質と、天性の空間把握能力によるものである事を。

 

 ◇

 

「――というわけでそのフェレットさんをしばらくうちで預かることはできないかなぁ…って」

 

 夕食中、なのはがフェレットを見つけた事情や引き取り手が居ない事を話し、引き取れないかと士郎に相談している。

 

「うーん、フェレットか……」

 

 神妙そうな士郎の表情を固唾を呑んで見ているなのは。

 

「……ところで何だ、フェレットって?」

 

「うん、それ僕も思ってたんだよ。フェレットって何だい?」

 

 士郎と星命が同様の質問を口にする。

 その言葉になのははずっこけ、他の家族は苦笑いを浮かべている。

 

「イタチの仲間だよ、星命、父さん」

 

「だいぶ前からペットとして人気の動物なんだよ」

 

 士郎と星命の疑問に恭也と美由紀が答える。その言葉に星命は、

 

 ――昼間に見つけたイタチのことか。

 

 と、一人納得した。

 

「フェレットってことは小さいのよね?」

 

 桃子が自分の夕食のトレイをテーブルに並べながらなのはに尋ねる。

 

「えぇっと……これくらい」

 

 桃子の質問になのはは両手の間隔を自分の小さな肩幅より少し大きいくらいまで広げ、その大きさを表す。

 

「しばらく預かるだけなら、なのはがちゃんとお世話できるならいいかもしれないわね。恭也、美由希、星命くん。どうかしら?」

 

 なのはの解答に桃子は他の子供達へ判断を仰ぐ。

 

「俺は特に依存はないけど」

 

「私も」

 

「僕も大丈夫ですよ、リニスも賢いですから襲うなといえば襲わないでしょうし」

 

 桃子からの問いに始めに恭也が答え、それに同調するように美由紀、星命も答える。

 星命の意図に答えるように床にいたリニスも鳴いた。

 

「だ、そうだよ」

 

「良かったわね」

 

「うん、ありがとう!」

 

 子供達からの承諾を得た士郎は微笑みながら許可を出し、桃子もそれに同調する。

 それを聞いたなのははぱっと顔がほころびお礼を言った。

 

 ◇

 

 夕食後、星命が自室にのベッドに座っていると不意に声が聞こえた。 

 

《聞こえますか?僕の声が聞こえますか?》

 

《僕の声が聞こえる人、お願いです! 僕に力を貸してください!》

 

《お願いです! 僕のところへ早く! もう時間が……》

 

 頭の中に声が響く感覚。それは今朝、リニスが行った念話と同じものだった。

 声を聞きながら、星命はおもむろに立ち上がる。

 

「見捨てるわけにも行かないな……救助に行くよ。リニス、君も来てくれないか? 魔導師がいるなら向こうの世界に詳しい君が一緒に居たほうが色々助かると思う」

 

「わかりました」

 

 助太刀をしに行く事を決め、リニスに同行を求める。

 リニスが承諾すると、星命は急ぎ黒い学生服姿に着替えた後、階下へと降りていった。

 

「緊急の用ができました、少し出てきます」

 

「わかった、いってらっしゃい。気をつけてな」

 

 廊下ですれ違った士郎に外出の旨を伝え、玄関へと向かう。

 

 自分の靴を履こうとしたところで、星命の動きが止まった。その顔は驚愕に染まっている。

 

「どうしました?」

 

 リニスが聞くと星命は目を見開いたまま答えた。

 

「……なのはちゃんの靴がない」

 

 玄関にあるはずのなのはの靴が無いのだ。

 

 ――こんな時間に、一体どこへ……?

 

 星命は急いで靴を履き、玄関から飛び出していった。

 

 ――その胸に一抹の不安を抱えながら。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。