デビルサマナー 安倍セイメイ 対 異世界の聖遺物   作:鯖威張る

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第三話 『星に命を』

 網目のように広がる住宅街の路地を星命は走っていた。

 その脇を同じスピードでリニスも駆ける。

 

「念話が聞こえたのなら、なのはちゃんも魔力資質を持っているんだね」

 

「すみません、私が朝の時に気づくべきでした」

 

「いや、自分を責めないでくれ。これは君の責任ではないよ」

 

 息も切らさずに走りながら、会話を続ける二人の前に緑色の物体が立ちふさがった。

 

「これは一体……?」

 

 星命が疑問の声を上げた。

 なのはの下へと急ぐ足が、そこで止まる。

 

 自身の目の前に半球形に広がる巨大な翠色の障壁のようなものが有った。

 その大きさと丸みの弧度からしてこの近辺を半径数キロ単位で囲い込んでいる事は間違いないだろう。

 

「封時結界ですね。取り合えず中へ入りましょう」

 

 疑問の声を上げる星命の質問に短く答えてリニスはそのまま障壁の中へと入っていった。

 星命もその後を追う。

 

「この膨大な魔力……もしかして、ロストロギア?」

 

 障壁内へと進入すると同時にリニスが疑問の声を上げる。

 

「ロストロギア?」

 

「ええ、過去に滅んだ超高度文明から出てきた魔法や技術、それに伴う利器のことです」 

 

「危険なものも多くて、普通は時空管理局が管理や保管しているんですが……」

 

 星命の問いに、リニスは簡単に説明をする。

 

「なぜかここにあるんだね? 声の魔導師と何か関係がありそうだな」

 

「そうですね。取り合えず封印魔法で封印しないと、何が起こるかわかりません」

 

 星命の言葉に頷いて、リニスも同調する。できるだけ冷静さを失わないようにしているようだが、その声は若干の焦りを含んでいた。

 

「魔法での封印か、僕が時間稼ぎをするからその魔導師と折り合いをつけてくれ。……最悪の場合なのはちゃんに任せよう。リニスはその支援を頼むよ」

 

「わかりました――」

 

 今できる選択肢を星命は並べ、リニスに指示を出す。

 星命の魔力はほとんどリニスへと流れているため、魔法の行使ができない。リニスも助けられて数日しか経っていない今は自身の命を維持するので精一杯なのだ。

 恐らく、昨夜見た夢の怪物、あるいは悪魔と戦闘になるだろうと考えた星命は自らを足止めをし、その間にリニス達に封印の準備をしてもらうという作戦だ。

 

 作戦を決めて、再度二人はなのはの下へと急ぎ向かい始めた。

 

 ◇

 

 夜の帳の下りた住宅街の路地を疾く疾くと駆ける小さな影が一つ。

 その影は高町家の次女、高町なのはであり、明るい橙のパーカーを纏ったその腕には昼間に助けて動物病院へ連れて行ったフェレットが抱かれている。先ほど、訳あって動物病院から連れ出したのだ。

 

 彼女の走る理由は単純にして明快であったが、同時に至極の難題であった。

 

 

「な、なな……!」

 

 

 彼女は今――

 

 

「何あれ―――っ!?」

 

 

 ――追われているのである。

 

 

 彼女の背中を黒い怪物は腹を空かせた野獣のように血走った紅い目で睨んでいた。

 黒い怪物はその軟体の体から六本の腕を出し、まるで蜘蛛のようになのはの後ろを執拗に付け狙う。

 

「落ち着いてください! 僕の言う通りにして!」

 

「そんなこと言われても……」

 

 なのはの胸元から少年の声がした。しかし、なのははさほど驚かずに返した。

 先ほど、合流した時にも喋っていたからだ。

 

「あなたの力を少しだけ貸して欲しいんです! あなたの持つ、魔法の力を!」

 

 なのはの抱いたフェレットからその声は出ていた。

 

「マホウ?―――きゃっ!?」

 

 走りながら首を傾げたなのはを背後から土煙を含んだ突風と地震が襲った。

 

 後ろを振り返るとほんの車一台分の距離に黒い怪物が地面に開いた穴に体を埋めている。

 ずずっと怪物から伸びる腕が大地を捉える。

 大きく六本の腕をしならせながら曲げ、勢い良く、押し伸ばした。

 刹那、怪物の体が宙を飛ぶ。しかし、その大きな体を重力の網が捕らえ、徐々に徐々に、地面へと引き合う。

 

 なのはの目には点となった怪物が段々と大きくなるように見えた。

 一瞬の出来事のはずなのに、コマ送りのように、ゆっくりと怪物が巨大化している。

 否、降って来ている。

 

「避けて!」

 

 フェレットの言葉に、なのはの体が金縛りから解き放たれたように動き、横へと駆けた。

 直後、轟音と共にもう一つ、先程まで居た位置にクレーターが出来上がる。

 

「いったい、どうすれば……」

 

 先ほどよりも深いクレーターに足を取られたか、怪物は地面に埋まったまま抜け出そうともがいている。

 

「お願い、僕の言うとおりにして!」

 

「どうすればいいの?」

 

「これを」

 

 尋ねたなのはにフェレットは自身の首にかかった紅い宝珠を口に咥えて差し出す。

 なのはの手の上に宝珠を降ろすと、フェレットは腕から飛び降りた。

 

「心を澄ませて、僕の言うことをそのまま繰り返して」

 

「わかった――あっ!」

 

 頷いたなのはの視界の端に、紅い眼が写る。

 

「まずい! 早くここを離れて!」

 

 なのはの視線の行方、黒い怪物が再度自分達に攻勢を仕掛けようとしている事に気づき、フェレットはなのはに逃げるよう伝える。

 

 怪物が再び、夜空へと跳躍しようとした、その時だった。

 

「――え?」

 

 天より降り注いだ何かが怪物の胴を貫き、六本の足を断ち、地面へと突き刺さる。

 支えを失くした怪物は鈍い音を立てて体をアスファルトの地面へと埋めた。

 

 何が起きたのかわからず、なのはとフェレットは目を丸くしている。

 

「……剣?」

 

 なのはがぽつりと呟く。

 目の前には怪物自身とそれを囲むように地面に刺さった七本の直刀。

 憤怒の表情を浮かべる鍔が放つ、おどろおどろしさとは裏腹にどこか神聖な気配も見えるその剣を、呆けたようになのはは見つめていた。

 

 そんな一人と一匹の前に一つの影が舞い降りた。その影に、なのはは覚えがあった。

 いつもと違い、黒い学生服に学帽、マントを羽織っているがその姿は紛れもなく――

 

「やぁ、こんな夜更けに奇遇だね」

 

 ―――彼女の家の居候。安倍 星命だった。

 

「奇遇も何も無いでしょう、血相変えて追って来たんですから」

 

 不意に女性の声が聞こえ、なのは達は声のする方―――近くの塀の上を見る。そこには薄茶色の猫、リニスの姿があった。

 

「リニスまで喋った!?」

 

 なのはが驚きの声を上げる。

 

「リニス、彼女達を任せたよ」

 

 そういって星命はなのは達に背を向け怪物の方へと歩いていく。

 

「危ないよ星命くん!」

 

「大丈夫ですよ」

 

 なのはの心配する声に、落ち着いた温和な声でリニスが答える。

 

「何たって彼は、デビルサマナーなんですから」

 

「でびるさまなー?」

 

 リニスの言葉をなのはは理解できずに聞き返した。

 

「ええ、そうです。ささ、こっちもぼうっとしてないで、彼が時間稼ぎをしている間に封印の準備をしちゃいましょう。ね? フェレットの魔導師さん?」

 

「は、はい!」

 

 リニスがそういうと、フェレットは返事をして説明を始めた――

 

 

 

「動けない間に叩かせてもらうよ!」

 

 直刀によって地面に縫い付けられた体を引き抜こうともがく化け物に向かって星命は高らかに宣言する。

 

「召喚、トウダ! クルースニク!」

 

 星命が腕から管を引き抜いて叫ぶと管が光り、星命の前に炎熱の大蛇と白い吸血鬼始末人が現れる。

 

「召喚魔法!? でも魔力なんて感じなかったのに……」

 

「あれは悪魔召喚術というもので魔力無しでの召喚が可能らしいです」

 

「悪魔召喚術?」

 

「あとで星命が説明してくれるでしょう。それよりもあなたは魔導師であの化け物はロストロギアでしょう? 早く封印をしてください」

 

 驚くフェレットに封印を促すリニス。

 

「それが前回のあの化け物との戦いで魔力をほとんど使ってしまって、今は封印できるほどの魔力はないんです」

 

「なるほど、だから周りに助けを求めたんですね」

 

「はい……」

 

 リニスに咎められたように感じ、フェレットが俯く。

 

「私も今はあまり魔力を使えませんし、仕方がありません。なのはちゃん、あなたに封印を依頼するしかないですね」

 

「わ、わたし!? よ、よく状況がわからないんだけどどうすればいいの?」

 

「まずはデバイスと契約しなきゃ、さっき言ったようにその宝石を手にして、心を澄ませて! 僕の言った事を繰り返して!」

 

「よくわかんないけど、わかったの!」

 

 矛盾する言葉を並べ、なのはは了承する。

 

「いくよ! 我、使命を受けし者なり」

 

「我、使命を受けし者なり」

 

 フェレットが言葉を紡ぎ、なのはがそれに続く。

 

「契約のもと、その力を解き放て。」

 

「えと、契約のもと、その力を解き放て。」

 

「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に!」

 

「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に!」

 

『この手に魔法を!』

 

『レイジングハート、セーット・アーップ!』

 

『Standby ready setup!』

 

 契約の言葉を終え、女性の電子音声が聞こえたかと思うとなのはのものであろう桜色の魔力の柱が天へとそびえ立つ。

 

『なんて魔力……』

 

 その魔力を見て、感じてフェレットとリニスが同時に感想を漏らした。

 

「……あ、落ち着いてイメージして、君の魔法を制御する魔法の杖の姿を。そして君の体を守る、強い衣服の姿を!」

 

 なのはに向かってフェレットが言う。

 

「そんな急に言われても……あっ」

 

 あまりに急な要求になのはは戸惑った。どうすれば良いかわからず、視線を彷徨わせていると、ふと、学生服を着る星命が眼に入った。

 

「えと、ええっと、それじゃあ取り合えずこれで!」

 

『Receiving……Complete』

 

『I create the barrier jacket from your image』

 

『Is it ok with you?』

 

「え? はい! お願いします!」

 

 電子音声の女性、レイジングハートの声になのはが了承したその瞬間、なのはの体が眩い桜色の光を放った。

 

 そこから少し離れた所で怪物と戦闘をしつつその様子を星命は見ていた。

 一瞬の輝きの後に、彼女は先ほどまでの私服とは違う衣服を着ていた。胸に大きな紅いリボンをつけ、所々に青い線の入った白を基調としたドレスのような服を着用している。どことなく、聖祥小の制服に雰囲気が似ている。

 

 変身したなのはの方をチラリと一瞥して、星命は突進してきた怪物を横に跳躍して避ける。

 怪物は勢い余って星命の後ろにあった電柱へと激突した。

 怪物の膂力に耐え切れず、中ほどから折れた電柱が、支えを失い電線を引きちぎりながら倒れる。

 

「トウダ!」

 

「オオッ! ファイアブレス ダッ!」

 

 トウダの口から広範囲に紅蓮の炎が吐かれ、怪物を皮膚を焦がす。しかし、焦げた傷は一瞬で体表が再生して、元に戻っていく。

 

「埒が明かないな……」

 

 怪物の再生能力に星命が歯噛みをする。そこへ怪物の手の平が、星命を掴もうと押し寄せてきた。

 

「クルースニク!」

 

「了解!――ハマオン!」

 

 七星剣で逆袈裟を放った星命が先駆けてきた二本の腕を手首から断ち切り、クルースニクに援護を求める。

 クルースニクが星命と後続の腕との間に飛び込むように割って入り、残り四本の腕を袈裟切りで払い、刀印を結んだ手を横へ振るう。すると、怪物の下を十字架を円で囲んだような魔法陣が現れ、眩い黄金の光が噴出した。

 

「オォオオォ――ッ!!」

 

 怪物が絶叫を上げ、まるで清水の流れで汚れが落とされるように、光の濁流でその体表がこそぎ落とされていく。

 

「やったか……?」

 

 星命が呟く、怪物の中、削ぎ落とされるの肉の中に、青い菱形の宝石が見えた。

 その宝石が怪しく纏わり付くような青い光を放つ。

 それと同時にまたも怪物の体が驚くべき速さで再生を始めた。

 

「やはりダメか……」

 

 溜息と共に息を整え、再び剣を構えた――その時。

 

「星命! 準備ができました!」

 

「待ってました!」

 

 リニスの言葉を受け取ると同時に、星命は素早く三枚の霊符を化け物に投げつける。

 

「急急如律令!」

 

 星命が唱えると、霊符は茨のような棘のある縄に変わり怪物を縛りつけ、さらに縄を四方八方へ伸ばし近くの電柱や垣根と、怪物とを結ぶ。

 電柱の杭に繋がれた怪物は抜け出そうともがいているが抜け出せそうな気配はなく、逆に縄についた棘が体へと食い込んでいく。

 

「よし、動きは止めた。後は頼むよ」

 

 星命がそう言って後ろを振り向く、既に封印の説明を聞いたなのはが手に持った金の半円に赤い宝石のはまった杖、レイジングハートを怪物に向けていた。

 

「わかった! リリカル・マジカル!」

 

「封印すべきは忌まわしき器、ジュエルシード!」

 

 なのはの声の後をフェレットの声が続く。

 

「ジュエルシード封印!」

 

『Sealing mode. set up』

 

 今度は杖がなのはの声に続いて喋り、杖の形状が変わる。

 

『Stand by ready』

 

「ジュエルシード、シリアル21……封・印!」

 

『Sealing!』

 

 なのはの持っている杖から光の柱が飛び出し、怪物の体を包み込む。怪物は、光に呑み込まれ、塵と消え、その場には小さなひし形の青い宝石だけが落ちていた。

 

「これがジュエルシードです。レイジングハートで触れてください」

 

 ひし形の宝石を指して、フェレットが言う。

 なのはが杖、レイジングハートで触れるとジュエルシードと呼ばれた宝石はレイジングハートの先端部の珠の中に吸い込まれていった。

 その後なのはの体が光り、なのはは私服姿へと戻る。

 

 

「あ、あれ? 終わったの?」

 

「はい、あなた方のおかげで」

 

 なのはの呆然とした声にフェレットが答える。その様子を見ながら星命はトウダとクルースニクを管へと戻した。

 

「じゃあ、急いで帰ろう。この国の警察は優秀だからね」

 

 星命がそういうと、遠くから警察車両のサイレンの音が聞こえてきた。

 

「もしかしてわたしたち、この場にいると大変あれなのでは……」

 

「もしかしなくても事情聴取は免れないね」

 

 引き攣った顔のなのはに苦笑しながら星命が現実を突きつける。

 

「と、取り合えず。ごめんなさーい!」

 

 そう叫んだなのははフェレットを抱えて走り出し、その後を追うようにして星命とリニスもその場を去った。

 

 ◇

 

「なんじゃこりゃ……」

 

 刑事としては月並みな台詞をパトカーから出てきた風間は呆けた顔で呟いた。

「何者かに壁を破壊された」と通報があった動物病院へ向かうはずだった。

 

 ――そう、『はずだった』。

 

 しかし目の前の道……動物病院へと向かう路地にあったのは、幾つもアスファルトに口を開けているクレーターと、折れた電信柱、焦げた塀。

 

 平和な日本の閑静な住宅街の路地がまるで鉄と鉛を使って戦争でもしたのかと思うような凄惨な光景となっていた。

 

「何なんでしょうね……これ」

 

 運転席から出てきた矢佐田も唖然とした表情を顔に貼り付けたまま呟いた。

 

「クソッ! 何がどうなってんだっ!? ここ最近こんな事件ばか……り?」

 

 ガリガリと帽子越しに頭を掻きながら、行き場所の無い苛立ちを道路に向かって吐き捨てていた風間の言葉が途中で止まった。

 

「風間さん……?」

 

 様子の変わった風間の表情を窺うように矢佐田が声をかける。風間は指で顎を撫でながら何かを考えている風だった。

 

「なぁ、矢佐田――こんな大穴が開くようなもんを人間が食らったらどうなる……?」

 

 ニ、三歩前へと歩みだし、クレータの前にしゃがんだ風間が憚るような声で言った。

 

「はい? そりゃあ――あ……」

 

 風間の言わんとしてることを理解した矢佐田の表情が硬直した。

 

 もし人間がこんな衝撃を受ければまさにバラバラになるだろう。

 つまり、昨夜の轢き逃げとして処理された事件。その事件と何か関連があるのではないかと、風間は暗にそう言っているのだ。

 

「こりゃ少し、調べてみねぇといけねぇかもな……」

 

「そう……ですね」

 

 風間の唸るような声に、矢佐田も渋い顔で同調した。

 

 

 ◇

 

 

 そろそろ深夜と言っても差し支えない時間に星命達は高町家へと帰ってきていた。

 

「どうしよう……黙って出てきたからきっとお父さん達怒ってるよ」

 

「大丈夫だよ、事情を説明すればわかってくれるさ」

 

 叱られる事に怯えるなのはに微笑みながら慰めるように星命が言う。

 

「しかし、管理外世界の人に魔法のことを教えて大丈夫なのでしょうか?」

 

「彼らなら大丈夫さ、僕が保障するよ。それに事情を知っている人が近くにいたほうが行動しやすいじゃないか」

 

「確かにそうですけど……」

 

 魔法の事を伝える事に抵抗のあるユーノに星命が言う。しかし、ユーノは納得し切れていない様子だ。

 

 高町家の玄関の戸に手をかけようとすると横から声が聞こえた。

 

「おかえり、こんな時間にどこへお出かけだ?」

 

 咎めるような声が聞こえ、星命達は声のした方を見る。

 そこには眉間に若干の皺を寄せいている恭也の姿があった。

 だがその目線は星命ではなくなのはのみへと向いている。

 その姿を見てなのはは反射的にフェレットを自分の後ろへ隠す。

 

「あら、どうしたのこの子?」

 

 今度は後ろから声が聞こえた。

 

「お、お姉ちゃん?」

 

 なのはが声を返した方向には長女の美由紀が立っていた。

 

「この子なんだか元気ないわね、なのははこの子の事が心配で様子を見に行ったのね」

 

「まぁ、それらの事情を諸々含めた上で話をするよ」

 

「なのはだけの事情じゃないのか……わかった中へ入るぞ」

 

 美由紀の言葉に星命が言葉を返し、それを聞いた恭也は二人と二匹へ中へ入るように促した。

 

 高町家、リビング。

 いつもの食卓に座すのはいつもの同じ六名。しかし、そのテーブルの上にはフェレットがおり、星命の膝の上にはリニスが座している。

 

 なのはと星命は部屋にいた時に声が聞こえた事、聞こえた声を頼りになのはが動物病院へ行くとテーブルの上のフェレットと謎の怪物に襲われたことを話す。その後星命とリニスの助けによってなのはとフェレットがその怪物を倒したことを話した。

 

「その化け物は悪魔とは違うのか?」

 

「おそらく別物だね、魔力は有ってもマグネタイトがまるで感じられなかった。」

 

 恭也の問いに星命が返答する。

 

「では、あの怪物について、そこのフェレットさんに話してもらいましょうか」

 

「本当に喋るんだなリニスは……」

 

 喋るリニスを見て、士郎が驚きと関心が混ざった声で言った。

 

「お父さん達はリニスが喋るのを知ってたの?」

 

「ああ、人の言葉を話せる事は知っていたよ。でも話している所を見たのは今が初めてだ」

 

 なのはが士郎達に聞き、士郎が返答する。士郎の言葉になのはと星命以外の高町家の面々はうんうんと頷いた。

 

「では話を進めよう。フェレット君、君の名前は?」

 

「は、はい、僕の名前はユーノ、ユーノ・スクライアです。ユーノが名前でスクライアは部族名です」

 

 星命はフェレットに名前を聞き、その質問にフェレット、ユーノ・スクライアは一瞬迷った素振りを見せたが自己紹介をした。

 

「それで、あの怪物は一体何なんだい?」

 

「あれは、ジュエルシードというロストロギアです。僕はあれらを追ってこの第97管理外世界へやってきました」

 

 ユーノから返ってきた言葉に星命は頭を捻る。

 

 ――ジュエルシード? どこかで聞いたような……

 

 記憶を探るが思い出せない。

 つい最近、聞いたような気がするのだが、その記憶に靄がかかっているように見えてこない。

 

「ろすとろぎあ? かんりがいせかい?」

 

 何を言っているのか理解できないのであろう美由紀がユーノに向かって尋ねる。

 

「実はこの世界は一つではなくて、いくつもの世界に分かれた次元世界なんですよ」

 

 その問いに答えたのは星命、そして、

 

「そして、それらを管理する時空管理局という組織があって、魔法文化があって管理されている世界は管理世界。魔法文化がなく、管理局に観測をされている世界は管理外世界と言います。ちなみに私達の今いる世界は第97管理外世界『地球』と呼ばれています」

 

 共にリニスが次元世界について簡単に説明をする。

 

「マホウ? 星命達の仲魔が使っているようなやつか?」

 

「いや、それは違うよ。悪魔達の魔法は超自然現象みたいなものさ。でも彼の言う魔法は言うなれば超科学的なものかな。様々な物理演算や膨大な量の数式で成り立っている」

 

 疑問を持った恭也が尋ね、星命がそれに答えた。

 

「それじゃ星命くんもその次元世界のうちの一つから飛ばされてきたの?」

 

「いいえ、どうやら次元世界と並行世界は別のもののようで、僕が前にいた世界とは関係が有りません」

 

 桃子の問いに星命が否定の答えを返し、その後にしかし、と付け加えた。

 

「このリニスは過去に第1管理世界『ミッドチルダ』という次元世界に住んでいた経歴があるんですよ。それにこの世界の僕の同業者が一人、そのミッドチルダに飛ばされたという話も聞いています」

 

「なるほど、だから星命くんとリニスは訳知り顔なんだな。それで、ロストロギア、ジュエルシードというのは何なんだい?」

 

星命の言葉に士郎は二人がユーノの言った言葉や事情に詳しい事に納得し、ユーノに対して質問を投げかける。

 

「ロストロギアというのは次元世界のあちこちにある過去に滅んだ超高度文明の遺跡などから出てきた僕らの世界の魔法の技術を遥かに超えた魔法や技術、道具などの事を指します。見つけたロストロギアは、時空管理局が管理・保存しているんです」

 

 ユーノは士郎の質問に答え、話を続ける。

 

「僕達スクライアの一族は遺跡の発掘を生業としていて様々なロストロギアを発掘してきました。ジュエルシードはある遺跡で僕が指揮を取っている時に見つけたロストロギアなんです。しかし、それを運ぶ途中で原因不明の事故が起きまして……」

 

「それでここ海鳴にそのジュエルシードとかいうものを落としてしまったわけだ」

 

「はい……一応時空管理局には応援を要請したのですけれど、いつ来るのかはわからない状況で……」

 

 恭也の言葉にユーノは申し訳なさそうに俯く。

 

「全部で21個あるジュエルシードは本来は手にした者の願いを叶える魔法の石なんですが、力の発現が不安定で、今日のように単体で暴走して、使用者を求めて周囲へ危害を加える場合があるんです」

 

「それにたまたま見つけた人や動物が間違って使用して、それを取り込んで暴走する場合もあります。と言っても、さすがに実際に試したわけではないのでほとんど遺跡から出土した書物からの知識なんですが……」

 

「そんな危ないものをあなた一人で集めているの?」

 

「はい……」

 

 説明の終わったユーノに向かい桃子が尋ねるとユーノは力なく頭を垂れた。

 

「ところで、その、こちらからも質問をさせていただきたいのですが」

 

「なにかな?」

 

 ユーノが言って星命が聞き返す。

 

「そのあなたが使ったあの召喚魔法や拘束魔法は何なのですか? 魔力を全然感じませんでしたけど……」

 

「あれは悪魔召喚術と陰陽術の符術さ」

 

 ユーノの言葉に星命が答え、悪魔や悪魔召喚術と陰陽術についての説明を行った。

 

「悪魔って本当にいたんだ……」

 

「悪魔召喚術……そんなものがあったなんて」

 

 説明を聞き終わり、情報の処理が追いついていないなのはと初めて聞いた情報に興味深げに呟くユーノ。

 

「あれ? 向こうにも悪魔が現れてるって話を聞いてるんだけど」

 

「そう……なんですか?」

 

「リニス、そういえば君も悪魔の事は知らなかったね」

 

「ええ、もしかしたら魔法生物達と一緒くたに扱われているんじゃないでしょうか?」

 

「ふむ……」

 

 ありえない話ではない。魔法生物を星命はまだ見たことは無いが、外見などはこの世界で言う悪魔に近いものだとリニスから聞いている。ならば混乱を避けるために同一視されていても不思議ではないが、今は確証がない。

 

 

「あの、悪魔がいるなら、なぜこの世界は『管理外世界』なんでしょう? 悪魔が使う魔法があるのに……」

 

「おそらく悪魔がいることを知っている人間がごく一部だからだよ。それに今は結界が張られて悪魔も簡単にはこちらに来れない」

 

 疑問を浮かべたユーノに星命が答える。この世界において、悪魔やそれに対抗する術などは全て架空のものとして扱われている。管理外世界として扱われているのは恐らくそのせいだろう。

 

「お父さん! わたしユーノ君を手伝いたい!」

 

 顔を伏せて星命らの話を聞いていたなのはが急に面を上げて正面に座る士郎に叫んだ。

 

「なのははまだ小さいんだからそんな危ない事に首を突っ込ませるわけには行かない」

 

 ユーノの話を聞き、手伝ってあげたいというなのはに少々怒気を孕んだ声で恭也が言う。

 

「本気かい? 今日みたいな目に遭うかもしれないよ」

 

「うん、わたしにできるなら……できることなら、わたしは手伝いたい!」

 

 星命の脅かしに怯むことなく、なのははその瞳で星命の目を見つめる。

 

 ――真っ直ぐな瞳だ。まるでライドウ君みたいだな。

 

 その瞳に宿る熱を見た星命の脳裏には、昔、自分を止めようとしてくれた友人の目が浮かんだ。

 そして星命は知っている。このような目をする人間は、何を言った所で止まらない事を。

 

 ――ならば、僕のすべき事は……

 

 少しの思考の後、星命は口を開いた。

 

「なら、僕は賛成かな。ジュエルシードを放っておくとどんなことになるかわからない。特に悪魔に拾われたら悪用される可能性もある」

 

「しかしだな星命……」

 

 なのはの意思に賛同する星命に恭也が異を唱える。

 

「ジュエルシードを封印できるのは魔力を持つ者だけなんだよ。今ここで魔力を持っているのは、僕となのはちゃん、ユーノくんやリニスの四人だけど……」

 

「リニスは今魔法を使える状態ではないし、それはユーノ君も同じだ。それに僕もリニスに魔力を送るので手一杯だ、とても封印なんてできない。僕がリニスへの魔力供給をやめればリニスは消えてなくなってしまう」

 

「そう考えるとなのはちゃんしかいないんだ、デバイスもあるから適任だと僕は思うけどね」

 

「理由はそれだけか?」

 

 理屈のみの説明をする星命に恭也が怒りの混じった瞳を星命に向けて言う。

 恭也の気持ちも最もだろう、星命は愛しい妹をわざわざ危険な場所へ行かせると言うのだから。

 

「そうだね、あとは単純に後悔して欲しくないからかな。普通の後悔なら戒めにもなるけど、そうでない後悔は人生そのものを縛るんだよ」

 

 目を細めて俯き、握り締めた自分の拳を見ながら星命は言う。

 

「……お前にもあるのか、普通じゃない後悔が」

 

 星命の尋常じゃない雰囲気を感じて冷静になった恭也が問う。

 

「まあね、追々話すかもしれないよ」

 

 かつて平等な世界のために強大な力を求めた星命が今ここで燻っているのは後悔と不安に縛られているせいでもある。

 力を手にしたとき、また何者かに利用されるのではないかという不安に。

 

「恭也さん……いや――恭也くん。僕らがするべきなのは崖から飛び立つ雛の前に柵を作ることではないはずだ。僕らが真にすべきなのは、彼女が飛び立って、例え落ちたとしても怪我をしないように崖の途中に網を張っておくことなんだよ」

 

 利用された事については後悔したが野望のために突き進んだことに悔いはなかった。

 自分で決めた事を実行する。それは自分らしく生きるために大切な事だと星命は知っている。だからこそ彼女が失敗しても傷つかないようにサポートをしようと恭也に訴える。

 

「それが大人(僕ら)の役割じゃないかな?」

 

「……はぁ、確かにな。お前に教えられるとは、俺も師範代としてまだまだだな」

 

 怒りを帯びていた目は穏やかさを取り戻し、微笑みながら、しかしほんの少し悔しそうに溜息をついて恭也が言う。

 恭也はこの高町家の道場で小太刀二刀流の流派『御神流』の師範代をしている。

 ごく偶に、星命の剣道の相手もしてくれるので星命としてはありがたい限りだ。

 

「案外、子供から教わる事は多いものだよ」

 

 恭也の言葉に星命は微笑んで返した。

 

「ああ、もう一つあったよ。彼の目がとても寂しそうだったからかな。まるで孤独の海に一人ぼっちでいるみたいだ。」

 

 『ユーノ・スクライア』、彼もまた『コドクノマレビト』なのだ。独りでジュエルシードを追いかけて、独りで戦い、そして今独りで倒れようとしている。

 また、星命自身も二年前には『一人で異世界に来る』という彼と同じ境遇だったのだ。

 ついつい彼に自分を重ねてしまうのも仕方の無い事だろう。

 

「独りで突っ走ってると必ずどこかで無理が出るものだよ。このままでは彼も長くは持たないし、彼が居なくなってしまうとジュエルシードでここ海鳴が危ない」

 

「だから彼女に回収を手伝わせるのが一番の手だと僕は思うんだよ。もちろん、僕も手伝うよ」

 

 自身の経験と最良と思う一手を星命は進言する。

 

「しかし、お前もこっちに渡ってきた悪魔との対話や討伐があるだろう?」

 

「だから時空管理局が応援に来てくれるまでの間までだよ」

 

 恭也の言葉に星命は条件付で手伝う旨を全員に伝える。

 

「そんな、そこまでしてもらうわけには!」

 

「残念ながら手遅れさ」

 

 遠慮を貫こうとするユーノに悪戯っぽい笑みを浮かべて星命が言う。

 

「もう出会っちゃって、話も聞いて、巻き込まれちゃったもん! ほっとけないよ!」

 

「それにここ海鳴市は僕らの住む街だよ。住んでる街に危険が迫ってるというのに見て見ぬ振りっていうのはあまりにも白状な話じゃないか」

 

 なのはと星命がそれぞれの思いをユーノに伝える。

 

「星命くんが付いているならなのはも大丈夫だろう」

 

「そうね」

 

 士郎と桃子も愛娘と星命の考えに賛同し、

 

「まったく……いいか? 絶対無茶するんじゃないぞ」

 

「そうそう、できるだけ危ない事は避けてね」

 

「大丈夫ですよ、ちゃんと私が見てますから」

 

 恭也と美由紀は星命たちを心配する声をかけ、リニスがお目付け役を買って出る。

 

「皆さん、本当にありがとうございます!」

 

 ユーノが目に涙を浮かべながら高町家の面々にお礼を言う。

 

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね」

 

 思い出したように星命が言うとあ!となのはが声を上げた。

 

「わたしはなのは、高町なのはっていうの。みんなはなのはって呼んでるよ!」

 

「私はリニス、故合って今は星命と使い魔の契約をしています。どうぞよろしく」

 

「僕は星命、安倍星命だ。悪魔召喚師をしている。あと、僕らに敬称は必要ないよ。ね? なのはちゃん」

 

「うん! だからちゃんと名前で呼んでね」

 

「ありがとう、なのは、リニス、星命。これからよろしく頼むよ」

 

 ユーノが三人にお礼を言ったあと高町家の面々が自己紹介と簡単な挨拶をし、夜は更けていった。

 

 ◇

 

「また逢ったの、人の子よ」

 

 星命が目を開けると、そこはまたしても夜の砂漠だった。

 この間と同じように、やはり星命は華奢な椅子に腰をかけている。

 

 その光景を見て、星命は昨夜の夢のことを全て思い出した。

 

「さて、言ったとおりだったじゃろう。『キセイのホウジュ』、集めてもらうぞ」

 

「上手く乗せられた、というより最初からこうなる事を知っていたような口ぶりだね」

 

 得意気に笑う金のベレー帽の老紳士、ジェフの言葉に、星命は怪訝そうに言った。

 

「まぁの、ワシからすれば造作もない……が、ここから先はあまり読めんのじゃよ」

 

「どういうことだい?」

 

 星命が尋ねるが、ジェフは笑いながら「さぁの?」と気の無い返事をした。

 本当にわからないのか、それとも何かを隠してるのか、尋ねたところで恐らく話はしないだろう。と、星命はこの話題については諦めた。

 

「さて、頼んでばかりというのも忍びない。お前さんの質問にいくつか答えよう」

 

 ジェフの言葉に星命はしばし考える素振りを見せた後、口を開いた。

 

「あなたはなぜジュエルシードを僕に集めさせるんだい?」

 

「……それは収集の理由かの? それともお前さんが選ばれた理由かの?」

 

「どちらもだよ」

 

 星命の問いを聞いたジェフは少し考えて、星命に聞き返した。星命はそれに頷いて答える。

 

「そうじゃな……前者は『この地に在っては困るから』じゃの」

 

「どういうことだい? 僕らに集めさせたところでジュエルシードが消えてなくなるわけではないだろう?」

 

 ジェフの答えに、今度は星命が聞き返した。

 

「しかし、少なくとも悪魔の手や、愚者の手からは引き離されるじゃろう?」

 

 顎の髭を指で弄りながらジェフは答える。

 

 ――確かに願いを捻じ曲げて叶えるジュエルシードが悪魔の手に渡ったら何が起こるかわからないが……本当にそれだけだろうか? 彼が考えてるものは何か別のもののような気がする。

 

「後者についてはお前さんだけがジュエルシードを誰の手にも渡さぬすべを持っておるからじゃよ」

 

「誰にも渡さない……?」

 

「いや……誰にも、というと少々語弊があるかの」

 

 ジェフの言葉に疑念がよぎる。星命だけにできる方法で果たしてそんな方法があるのだろうか。

 

「さて、そろそろ時間じゃの」

 

 テーブルの上においてある砂時計の残りわずかな上部の砂を見て、ジェフは言った。

 

「今日お前さんが見つけたのは21番。駆け出しとしては悪くないのぉ」

 

「では、しばしのお別れじゃ。次はいつ逢えるかわからぬが、愉しみにしておるぞ――」

 

 ジェフの言葉と共に星命の意識は闇の中へと沈んでいった。




かたや戦闘でかたや変身って書くのが結構難しい。

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