窓から差し込む光が手元を明るく照らす。
窓の外を覗いて見ると、空は青く、太陽は光々と輝いている。作業に夢中になるあまり、いつの間にか徹夜になってしまったらしい。
私────アリス・マーガトロイドはまだ作り欠けの人形を机の上に置き、目の前の窓を開けた。二月だということもあって肌寒い風が部屋の中に入ってくる。
「まあ、換気も必要よね」
たまには外の新鮮な空気も吸わなくてはと、窓を開けっぱなしにして机を離れ、履いていたブーツを脱いでベッドの上に寝転がった。徹夜の疲れからか、肩や腰、集中していたため特に目蓋が重く感じる。一瞬、このまま寝ちゃおうとも考えたが、ここで寝てしまうと生活のリズムが狂ってしまうので、眠たい目を擦った。
それにしても今日はどうしようかしら?特に予定もないけれど、最近部屋に籠りっぱなしで外に出ていないし、根を詰めすぎるのも良くないし……。
ベッドの上で寝転がりばながら何をしようか考えていると、視界の端に部屋に飾っている日捲りカレンダーが目に入った。この頃徹夜続きだったけど、いつも上海が捲ってくれているから日付あっているはず。日捲りカレンダーには『二月十四日』と書いてあった。
私が最後に見たのは四日だったんだけど────時間の流れをひしひしと感じていると、私はあることに気がついた。
「そうだ……今日ってバレンタインデーじゃない……」
バレンタインデー────それは女の子が好きな男の子にチョコをあげる日のこと。近年、幻想郷にも入ってきた文化だけど、私には関係……。
「はぁ……どうしてアイツの顔が浮かんでくるのかしら……」
ま、まあ?チョコくらいなら手作りしてあげてもいいんだけど……それって告白するのとほぼ同じじゃない。しかもアイツが甘いのが好きか嫌いかなんて知らないし……あっ。
自分の考えが完全にあげる方向に傾いていることに気づき、枕に顔を埋める。私だってあげられることならあげたい。だけど……。あげるかどうかは作ってから考えよう。渡せたらそれでいいし、渡せなかったら私が食べればいいんだ。
「あ、でも私チョコ関連のお菓子作ったことないし、材料もないわね」
このままじゃ企画倒れになってしまう。今から人里に行っても材料は売ってないだろうし、作り方を調べるのも時間かかる。どうしよう────そうだ!
私の知り合いにそういうのが大の得意な人がいることを思いだして、即座に電話をかける。あっちは今仕事が終わったらしく、快く了解してくれた。
「ありがとね。それじゃ今からいくから」
お礼の言葉を添えて電話を切る。さてと、それじゃ私も準備をしますか。
ベッドから起き上がって洗面所に向かう。とりあえず跳ねまくっている癖毛を解かすとしよう。
太陽が頭の真上で輝くお昼時、私は湖の畔に建っている真っ赤な館、紅魔館にやって来てた。ここにはよくパチュリーに会いに来たり、図書館に調べものをしに来たりすることはあるけれど、本館に入ることはほとんどない。
時間が有り余ってる訳ではないので早速館に入ろうと思って扉を開けようとするのだが、扉の横で壁に寄りかかって寝ている門番────美鈴が気になってしょうがない。
このままスルーして館に入っていっても恐らく問題はないとは思うけど、この子が寝ていたことが貼れて、上司に起こられるのは少々可哀想だ。
人差し指で美鈴の頬を軽くつつくと、ゆっくり目を開けて、小さな欠伸をしながら虚ろう目を擦った。
「あ、あれ?アリスさんじゃないですか……何時からこちらに?」
「今さっきよ。中に入りたいのだけど、いいかしら?」
「はい!お話は伺ってますよ!どうぞこちらへ」
美鈴に連れられて、館の中に入る。壁も床も、インテリアに至るまで相変わらず真っ赤だ。家主のレミリアの趣味なんだろうけど、ここまで真っ赤だとなんだか目がチカチカしちゃうわ。
「それではこちらでお待ちください」
「わかったわ、ありがとう」
そう言って美鈴は笑いながら外へ戻っていった。また寝なければいいけど。
「それにしても……すごいわね」
連れてこられた部屋を見渡すと、オーブンや作業台の上にチョコレート云々がこれでもかとつまれていた。まさかこれを全部使い切るつもりなのかしら?チョコレートで等身大模型でも作れる気なのかもね。
一人でそんなことを考えていると、不意に後ろから肩を叩かれた。内心驚きつつも、ここに来る人物だったら、急に現れるのも特別不思議じゃないのでクルっと振り返った。
「お待たせちゃったかしら?」
そこには普段来ているメイド服ではなく、白いワイシャツと青いスカートに水色のエプロンを着けた咲夜が立っていた。
「ううん、今来たところ。今日はありがとね」
「珍しくアリスから連絡があったと思ったら、まさかチョコ菓子作りたいなんて」
誰にあげるのかしら────そう言いながら顔を近づけてくる咲夜をかわして、「別にいいでしょ」と誤魔化した。
「ま、それはそれとして作って行かないと。アリスは何を作るの?」
「実はそこらへん詳しくなくて……クッキーとかならよく作るんだけど」
「だったらチョコレートクッキーにしましょう」
咲夜の提案に私も賛成し、作業が始まった。
クッキー生地を作るのはもう手慣れているのでなんなくできるけど、チョコレートの扱いは慣れてないため、咲夜のアドバイスを貰いながら慎重にこなしていく。
「まずはこんな物ね。焼き上がるまで待ちましょう」
「わかったわ。それにしても咲夜って手際いいわね。さすがはメイド長さんと言ったところかしら」
出来上がった生地をオーブンの中に入れる咲夜の横には、すでにチョコレートケーキが出来上がっている。私と一緒にクッキーを作りながらこれを作ってたなんて、にわかに信じがたい。もしかして時を止めていたのかもしれないが、咲夜の作業時間は変わらないのだからやはり凄い。
「そうでもないわ。私なんてあの人に比べたらまだまだよ」
「
オーブンのタイマーを調節し終えた咲夜は、私の言葉にゆっくり頷き、オーブンの隣に寄りかかった。
「私にはね、上司が居たの。私が子供の頃、この紅魔館に来たばかり時にメイド長だった人。
とても寡黙で、私と一歳しか歳が変わらないのに、どんな仕事も完璧にこなすし、他の妖精メイドたちの扱いも上手だった。私にとっては厳しくも優しいお姉ちゃん見たいな存在なの」
あの頃は大変だったわ────そう話す咲夜の顔を今までに見たことがないくらい優しくて、とても寂しそうだった。きっとその元メイド長さんを余程慕っていたのだろう。
今は咲夜がメイド長である辺りから、その元メイド長さんはこの館にはもういない。となると何処かで別れた……見たいね。
「少しでも失敗すれば叱られたし、完璧にできるまでなんどもやり直しさせられた。そんな日々が続いて数年前────その人は館を去ったわ、後任を私に託して。
初めは不安で一杯だった。私なんかがあの人の後任なんか勤まるのか……ってね。でもあの人が館を去る直前に言ってくれたの。
『貴女が居るのならば、何も心配すること無くこの館を去れます』って。
もう大号泣よ。はじめて認めてくれた気がしたんだもの」
今は何処で何をやってるのかしらね────話終えた咲夜はいつもの咲夜に戻っていた。
咲夜にそこまで言わせる人なんて……どんな人なのかしら?一度会ってみたいけど、咲夜も今何処にいるのかわからないみたいだし、私は顔も知らないから会うのは難しいか。
でも、もしできるなら────と思っていると、トーンの高い音が部屋に響き渡る。どうやらオーブンのタイマーが鳴ったようだ。
咲夜が慣れた手付きでオーブンから焼き上がったクッキーを取り出す。
うん、いい匂いだ。
「時間も時間だし、試食も兼ねてティータイムにしましょうか」
咲夜に言われて部屋の時計を見てみると、時計の針はちょうど三時を指していた。
ああ、もうそんな時間だったのか。お菓子作りや咲夜の話に夢中で時間を忘れていたわ。
出来上がったクッキーの三分の一をお皿に乗せて、私たちは部屋を後にした。
咲夜に連れられて、ベランダにやって来た。持ってきたクッキーのお皿をテーブルの上に奥と、いつの間にかメイド服に着替えていた咲夜がお茶を入れてくれた。お茶を飲みながらできたてのまだ温かいクッキーを口に運ぶ。
生まれて初めて作ったチョコクッキーは思いのほか美味しかった。これならアイツも喜んでくれるかな……。
「よかったわね。あの子も喜んでくれるんじゃい?」
「だ、誰のことかしら?」
とぼけてみたら、声をこぼして笑われた。アイツの前では完全にポーカーフェイスを貫いてるけど、他の人から見たらわかるのかしら?
咲夜に「わかりやすい?」と聞くと、「もっと愛嬌振りかざせばいいのに」と返された。振りかざす愛嬌なんて持ち合わせてないわよ。まあ確かにもうちょっと笑ってもいいかもだけど……初めて会ったときがあれだったから……急に変えるのも……。
「あの子なら気にしないんじゃない?」
「私が気にするのよ」
「でもいいわよね、あの子。私も一度戦ったことあるけどビックリするぐらい真っ直ぐで」
真っ直ぐ過ぎるのよ────と私は笑った。アイツは真っ直ぐで周りことなんかこれぽっちも見えてないんだから。
「────本当はね、今この瞬間も渡すかどうか悩んでいるの。
連絡も無しに突然私の家にやって来てめちゃくちゃなことを言いながら、私の手を引っ張って何処かへ連れ出す。私は呆れながらも黙って引っ張られる」
「……素敵な関係ね」
「素敵かどうかは置いといて、私は今の関係が何かの拍子に壊れてしまうのが……怖いのよ」
それが私の素直な気持ちだった。私は今の関係がずっと続けばいい……そんなふうに思ってしまう。アイツからずっとただの友達と思われても。
「きっと大丈夫よ。だってこれまでもずっと一緒にいたんでしょ?」
「別にずっとってわけじゃ……」
「私は好きでもない相手と一緒に居たいとはとは思わないわ。きっとあの子も同じなんじゃないかしら?」
好きの度合いまではわからいけどね────そう言いながら咲夜は笑った。まあ、私からは誘ったことないし、いつもアイツの方から来るんだから、少しはよく思われてる……のかな?
「朗報まってるわ」
いつの間にかラッピングされたクッキーを手渡される。ここまでやってもらったわけだし、たった一年に一回だ。ほんの少し勇気を出してみるのも悪くないかもしれない。
咲夜に今日のお礼を告げて、私は紅魔館を後にした。────館を出る際、美鈴がまた寝ていたのは咲夜には黙っておいてあげよう。
太陽も傾いてきて空の青が赤く染まる。紅魔館を出て数十分、私はアイツが居るであろう人里に来ていた。
さてと、無事にお菓子もできたし、咲夜から激励の言葉らしき物ももらったのだから、後は私が頑張るだけだ。軽く深呼吸して電話をかけた。────私からアイツに電話をかけるなんて初めてだもの。緊張するに決まってるじゃない……。震える手で受話器を押さえながらアイツが出るのを待つ。以外にも3コールくらいで電話は繋がった。
「も、もしもし?」
『ん?お前から電話なんて珍しいな。なんかあったか?』
電話の向こうからはいつもと変わらないアイツの声が聞こえてくる。ダメ……声が震えてる……お、落ち着くのよ私。いつも話してるみたいに平常心、平常心。
「別に対した用事ではないのだけれど……その……今から会えない?」
『いいぜ、今どこにいるんだ?』
「いいわよ、私が行くから。今どこに居るの?」
『どこって言ってもな……』
どうやら特定のどこかに居るわけじゃないらしい。人里はそれほど広くはないし、探すのは簡単だけど、当てがないんじゃ探しづらいわね。
「ねえ、そこから何か見えない?たとえば目印になるものとか」
『目印か……あっ!』
その一言を残して電話は切れてしまった。何なのよアイツ……まあ、大方目印になるものを見つけて駆け寄って行ったとかでしょ。仕方ない、かけ直すか。
「おーい!人形遣い!」
さっきまで電話の向こうで聞こえていた声と同じ声が私の後ろから聞こえてくる。まさかと思って振り向くと、アイツがこっちへ走って来ていた。
「いや~目印探してたらお前の方を先に見つけちまったぜ。それで用事ってなんなんだ?」
ま、不味い……会うまでまだ時間があると思ってたから、心の準備とかなんて言って渡すのとか全然できてない。こういう時ってなんて言って渡せばいいのよ……。
「えっと……その……」
こんなときに限って口はうまく回らないし、心臓の音がうるさい。ああ……できることならこの場から逃げ出したい。
「あ、そういえばさ。今日って何か特別な日なのか?」
「────え?」
「なんだか人里もみんなも盛り上がっててさ。何かの記念日か何かなのか?俺は外の出身だからよくわかんなくてさ」
────ああ、そういうことか。今までなんで気づかなかったんだろう。バレンタインデイが元々外の文化で、それが幻想郷に入って来たってことは、外の世界では忘れ去られたってことになる。それを外の世界出身の人が知ってるわけがない。
「あは……あはははは」
こんなことで半日近くも悩んでいたなんて────そう思うと自然と笑いがこみ上げてきた。
もう本当に笑っちゃう────いつの間にか心臓の音も収まっていた。もう緊張する必要もないもんね。今なら渡せそうな気がするわ。
「これ、貴方にあげるわ」
「ん?何だよこれ?」
「チョコレートクッキーよ。貴方のために作ったの」
俺のために?────と首をかしげる彼の手にクッキーを手渡す。まあ、コイツが私の気持ちに気づくなんてありえないけど、今はそれでもいいわ。
「よくわかんねえけど、サンキューな」
────こうして貴方の笑顔が見えるのだもの。今はそれだけ十分、もうしばらくはこの距離でこの笑顔を見ていたい。でもいつかは────。
「一ヶ月後には三倍返しだからね」
「さ、三倍ってどのくらいだ……?」
「ウフフフ……気持ちが籠ってればいいわよ」
閲覧ありがとうございます。空。(てんのうみ)です。
今日はバレンタインということもありまして、恋するアリスちゃんを書かせていただきました。やっぱりこういうのは書いてると甘酸っぱい気持ちになってしまいます。それがしっかり表現できているのかは不安なところですが。
ちなみに作中に出てきた「あの子」は私の現在連載中の作品、『エンタメデュエリストが幻想入り』をご覧になればわかると思いますのでよろしかったら。
それはまたお会いしましょう。さようなら。