突然だがアタシ、霧島佳奈の朝は遅い。
大抵AM11時に起床し、まずは一服から始まる。そしてダラダラと歯を磨いて顔を洗い、その後朝か昼かよく分からないけど間を取って朝昼ご飯、オシャレに言うとブランチを食す。
「へー、またタバコが値上がりすんのか。消費税8%だってよ」
ゆったりとご飯を食べながらテレビを見る。画面ではどこぞのコメンテーターがタバコ増税について意見していた。
「それはまずいことなのか?」
横にいる陽太郎が何故か食いついてくる。お前タバコ吸えねーから関係ないだろ。
「あぁ、またアタシのお小遣いが減ることになる。非常にまずい事態だ」
「それはたいへんだ」
「馬鹿なこと言ってないで早く食べてくれ。食器が洗えないんだが」
アンタはアタシのオカンか、とツッコみたくなる台詞を吐くこのゴリラは
「いやいやレイジさん、アタシの吸ってるピースも値段上がるんだよ!? こりゃ大事さね!」
「タバコを止める良い機会じゃないか?」
「そんな簡単に禁煙できたら、きっと日本の喫煙人口は激減するだろうね」
「環境汚染の改善にも繋がるぞ」
「そんな言い方したら環境汚染が全部喫煙者のせいみたいじゃん」
「そもそも佳奈、お前まだ18だろ。酒とタバコは20歳になってからだって知らないのか?」
「ハイハイこの話はもう終わり。解散!」
半ば強引に話を切り上げる。このまま続けてたらいつまで経っても終わらない気がした。残っていたご飯もかき込んで胃に流し込み、食器をレイジさんに預ける。
「アタシこれからラボに篭るから、夕食の時間になったら呼んで。あと集中したいからなるべく立ち入り禁止でお願い」
「分かった、あまり根詰めるなよ」
サンキューオカン、と口を開きそうになってなんとか留める。他のエンジニアのことは知らないけど、基本アタシが大掛かりなトリオン開発・調整作業をする際は人を寄せ付けない。一つは集中したいという点と、もう一つは他人に怪我をさせない為。
前にアタシが作業している時、陽太郎が興味本位で近づいてきた際に誤ってトリガーが起動して切り傷を負ったことがある。それほど深くは無いし、軽く薄皮を切る程度だったけど、次はそうは行かないかもしれない。
トリガーだって形状によっては鋭利な物もあり、当然トリオン体だけでなく生身の人体にも多少なりとも影響する。物凄く危険というわけでは無いけど、だからと言って100%安全ってわけでも無い。まぁ、そんなこと言ったら戦地に立ってる戦闘員の方が何倍も危険だけどね。
「さて、やりますか」
今回の作業内容は、ほとんど実験のようなものだ。あるトリガーに新しい機能をつけるんだけど、それがどのような効果を生むのか。実際に使ってみて使用しやすいかどうかの試験も含めて行う。
隊員が使用するトリガーには大きく分けて3種類あり、近接戦で多く使われる「攻撃手用トリガー」、中距離戦で有利な「銃手用トリガー」、遠距離から獲物を狙う「狙撃手用トリガー」に分けられる。今回は「攻撃手用トリガー」の「
簡単に言うと、弧月の重さを一時的にゼロにするという至極単純なもの。え、それだけ? って思うかもしれないけど、近距離の戦闘時には意外と効果を持つと思う。まだ実践したことはないから確証はないけど……。
前にも言ったけどトリガーにはコストがあり、「威力」「耐久力」「軽さ」にバランス良く割り振られている。銃型のトリガーはここからさらに「射程距離」とかもろもろ含まれてくるんだけど、今は置いておこう。
で、その中の「軽さ」を一時的にゼロまたは無しにすることで、攻撃速度の上昇を図る。これには2つの狙いがあり、1つは攻撃の緩急をつけやすくする為。
武器の重さが無くなるということは、それだけ振るう際の抵抗ないし負担が無くなるということ。一時的にそれを可能にし、瞬間の攻撃速度を爆発的に上昇させることで敵を怯ませたり、刀特有の「居合い」なんかにも使えると思う。
もう一つの狙いは、元々弧月についてる機能と合わせて使うことにより、その効果をより向上させやすくするというもの。弧月には俗に言うオプションと呼ばれる、一時的に様々な効果が得られる機能がついており、その中の一つに「
瞬間的に弧月の刃の部分を伸ばす事ができ、刃の先端に行くほど速度と威力が増す。伸ばす時間と伸ばす距離はおおよそ反比例の関係に設定されており、ほとんどの隊員は旋空を約1秒起動して15mくらい伸ばし使用している。一般的にはこの比率が一番使用されるケースであり、コスパの限界でもあった。が、1人だけ例外がいる。
ボーダー随一の旋空の使い手と言われる人物がおり、旋空の起動時間を0.2秒まで絞ることで射程40mの斬撃を繰り出す。これは弧月の振るう速度が速い上に旋空のタイミングが完璧に合っていないと不可能で、一般的な旋空とは一線を画す。けど逆に言えば、弧月を速く振るうことが出来れば、あとはタイミングを完璧に合わせるだけで他の隊員も使えなくは無い。そこで、弧月の重さをゼロにする機能の登場だ。
ただ、これには問題があり、説明すると面倒くさいから省くけど、今のところ旋空との併用は無理っぽい。というか無理。
「旋空との併用は後々考えるとして、とりあえず弧月の重さを無くしてみるか」
◇◆◇◆◇◆
うん、いい感じに仕上がってる。
弧月を起動し、早速搭載した機能を使って軽く振るってみると、驚くほど抵抗も負担もなく振るうことができた。生身でこれならトリオン体ではもっと速く振れるな。
とその時、スマホがLineの通知を知らせる。レイジさんから夕食の知らせが来る。作業もあらかた終わったし、丁度いいタイミングだ。ラボを出てリビングに向かうといい匂いが広がっていた。
「おっ、この香りは肉肉肉野菜炒めかな?」
「よく分かったな」
「あたぼーよ、だってアタシの大好物だし!」
レイジさんの作る野菜炒めは、世間一般のそれとは一味違う。少し濃いめの味付けに肉、肉、肉とこれでもかというぐらい大量の肉が野菜と共に炒められている。誰がつけたか忘れたけどその名も肉肉肉野菜炒め。アタシはこれを食べて育ったと言っても過言では無い。ごめん、嘘。
「長い時間ラボに篭ってたみたいだけど、何してたの?」
シオリちゃんにそう聞かれて、ふと時刻を確認する。時計の針はちょうど19時を迎えようとしていた。かれこれ6時間近くはラボに篭ってたってことになる。そんなに時間が経ってたのね……。
「ちょっと弧月弄ってた」
「弧月ねぇ……あたしは
「まぁ玉狛のみんなって何かしら改造したトリガーとか、限定効果付きのオプションをセットしてるからね。どノーマルなトリガーのみの正統派は今は誰もいないでしょ」
「清純派ならここにいるんだけどな」
「鏡見ろ」
レイジさんから5文字でツッコまれる。王道的ツッコミ「なんでやねん」と同等の短さだ。めっちゃどうでもいい。
「佳奈を清純派って言えるなら、あたしはさしずめ天使ってところね」
「むしろ仏レベルまで極めてんじゃね?」
「悟り開いてたりして」
アタシとシオリちゃんの冗談で、キリちゃんが分かりやすく怒り出す。それを見てレイジさんがやれやれと肩を竦めた。いま巷で流行りのやれやれ系男子ですかい?
「あっ、雪降ってる」
「ホントだ!」
ふとカーテンの隙間から外の風景を見ると、しんしんと雪が降っていた。この勢いだと明日の朝には積もってそうだ。
「うわぁ、外寒そう」
「一生外に出たくねーなぁ……まぁ出ないんだけど」
「たまには外の空気を吸ったらどうだ?」
「タバコ吸ってるから大丈夫」
「いやそれ意味わかんないから。なんの理屈にもなってないから」
「うっせー、アタシは温室でぬくぬくと育つんだ」
「……ニート」
……おい、誰だ今言ったやつ。