「うわぁ……超絶やる気出ねー……」
アタシは今、ボーダー本部基地内のとある部隊の作戦室の前に立っている。正直かなりナイーブだ。ここまで来るのが面倒だったし、滅多に本部に出向かないもんだから、すれ違う隊員達の誰だアイツ?とかあんなやついたっけ?的な視線が刺さるのなんの。まぁ多分我が物顔で歩いてたからそれが原因の一つでもあるかもしれない。だって一応ボーダーに所属してるんだし、別にアタシが本部に居てもおかしくなくない?(逆ギレ)
まぁそれはさておき、なんでアタシが珍しく本部にわざわざ足を運んでいるのかというと……。
「よぉ、遅かったじゃねーか」
「おっす佳奈ー!」
「……どうも」
「いらっしゃい佳奈ちゃん」
中に入るとアタシが本部で面識を持つ数少ない隊員たちが、それぞれ自由な格好で声を掛けてくる。
ここは影浦隊作戦室。隊長であるカゲを筆頭に、オペレーターの
元々A級のランクにいたらしいけど、カゲの暴力事件のせいで降格処分され、今の地位に至るらしい。バカなやつだ。
「相変わらずな自由さだねぇみんな。アタシが言うのもなんだけど、このままじゃニートになっちゃうんじゃない?」
隊室のレイアウトしかり、インテリア等は大抵隊員たちが自由に配置して良いことになってて、私物はほぼなんでも持ち込みOKらしい。部隊の雰囲気だったり、隊長の好みが大きく反映されるわけだ。
まず、影浦隊の隊室といえば目を引くのはドンと構えているコタツだ。仮にも作戦室って名前が付いているにも関わらず、思いっきり寛ぐ気満々のソレに加え、奥の方を覗いてみればヒカリの私物で溢れかえっている。少女漫画だったり動物のぬいぐるみだったりと、側から見れば女の子って感じのものばかりなんだけど、量が半端ない。部屋の4分の1はほぼ独占してるといってもいいくらいだ。
「お前と一緒にすんな、てめぇはガチニートだろ」
そう言いつつも、カゲもコタツに入って寝っ転がっていて完全に寛ぎモードになっている。あんまりその格好で言われても説得力は皆無だぞ。
「誰がガチニートだコラ。はぁ……まともなのはユズルだけか」
「おい! アタシもまともだろが!」
「もしかしてゾエさんもニート判定受けてる?」
ユズル一人だけ、一応コタツには入ってはいるけど、学校の参考書に目を通していた。相変わらず真面目なやつだな。ちなみにヒカリはコタツに入って寝そべりながら漫画を読み漁っている。ゾエも同じくコタツに入り、もそもそとみかんを食べていた。
「アタシから見れば2人ともアタシと同類だ」
「あ、自分がニートだって認めやがったこいつ」
「うわぁぁ! 佳奈と一緒にされちまったぁぁ!」
「しくしく……ゾエさん悲しいよ」
「いやこれアタシが一番被害受けてない?」
そんなに嫌かよ。むしろ泣きたいのはこっちだわ。
「んで、用件はなに? もしくだらない理由で呼んだんなら問答無用でぶっ飛ばすか、もしくはユズルをお持ち帰りするから」
アタシのその一言でユズルの身体がビクッと一瞬跳ねた。何故に?とでも言いたげな目でこちらをジトーと睨む。いや、冗談だから。そんなに嫌そうな顔せんでも。
「あーそうそう、割と真面目な話なんだけどよ、俺の使ってるスコーピオンの出力が最近落ちてる気がするんだが、見てくんねーか?」
「スコーピオンが?」
意外と真剣な表情でトリガーホルダーを渡してくるカゲ。
「設定とか弄ったりした?」
「いやなんにもしてねぇ」
「う〜ん、なら供給機関の不具合とかか?」
懐からドライバーもどきを取り出してトリガーホルダーをバラしてみるが、特にこれといった可笑しな所もない。試しにスコーピオンを起動させてみても、刃は正常に出力されているように見える。
「ちなみに聞くけど、どこでスコーピオンの出力が落ちたって感じたの?」
「この前ランク戦やっててよ、トドメを刺そうとしたのに、なぜか刃が届かなかったり、
「うん、アタシが見た感じでは異常はないね……そのランク戦のログっていま見れる?」
「ちょっと待って探してみる」
ヒカリが近くにあったノートパソコンを手で手繰り寄せる。戦闘員たちがランク戦を行った時の映像はボーダーのサーバー内で全て記録されており、全隊員が常に閲覧出来るようになっている。ヒカリが細い指先で画面を操作していると、やがて「あった」と呟いてとある一つのランク戦の記録を開く。
「とりあえず一番最近のやつ流してみて」
「あいよー」
みんなでヒカリを中心としてノートパソコンの画面に釘付けになる。てかユズル、お前もなんだかんだ気になってたんだな。
画面上では当人のカゲと、同じくB級隊員のテツこと
「お、テツじゃん」
「あぁ、俺が誘ったんだ。お好み焼き奢る条件付きでな」
「荒船先輩……」
「食べ物に釣られちゃったんだね……」
ユズルとゾエが画面のテツに同情の目を向ける。
カゲの実家はお好み焼き屋を経営していて、テツを始め、影浦隊のメンバーやコウ、アタシなんかもちょいちょい顔を出してる。
と、それはさておき、しばらく画面上での2人の動き、特にカゲのスコーピオンに注視して観察する。
2人ともアタッカーだから、近接戦闘をメインに激しい斬り合いを繰り広げている。ただカゲはスコーピオン、テツは弧月を使っているから、その性質上鍔迫り合いや受け太刀はほとんどない。スコーピオンの方が耐久力が低く、脆いため受け太刀をしてもすぐにヒビが入って割れてしまうからだ。だから白兵戦にも関わらず接触は意外にも少ない。たまにお互いの一振りが掠る程度だ。まぁそれだけ2人の実力が拮抗しているって意味でもあるけど。
「あれ、カゲが下がったよ?」
「日和ったなカゲ」
「ちげーよ、問題はこっからだ」
カゲが意味深なセリフを吐く。恐らくスコーピオンの出力が落ちたと感じた瞬間が近づいているんだろう。
ゾエの言ったようにカゲが一度後退し、距離を置きながら取った行動は、スコーピオンを
「ハッ、面白いスコーピオンの使い方してんな!」
細長く伸ばされたスコーピオンは、正確にテツの首元まで伸びていったが、触れるほんの数ミリ直前で留まりその首を狩ることはなかった。画面上のカゲの驚いた顔がなかなかに笑えたけど、それよりもカゲの悩みのタネは大体理解出来たし、原因もたぶん分かった。
「あと少しで届くっつーのに、出力が足んねーのかそれ以上伸びねぇんだよ」
「そりゃそうだよ。スコーピオンって近接用の武器だし、普通離れた相手には当たり前だけど届かないって。てかこの使い方してんのカゲだけ?」
「さぁな、知らねぇよ」
「他の隊員で使ってる奴は見たことないよ」
カゲの代わりにヒカリが答える。さすが、ろくに指揮も取れない隊長の部隊に勤めるオペレーターなだけある。ボーダー内の情報収集や戦術の考案はヒカリが全て請け負っていた。
「元からこんな使い方してたの?」
「いや、最近になってやり始めた。つかやろうと思ったらなんか出来た」
「くはっ、天才かよ」
理論上は可能ではあるけど、まずやろうとする人はいないだろう。てか普通は出来ない。まずトリガーは耐久力の限界を超えると割れて壊れてしまう。スコーピオンは身体中のどこからでも出し入れ自由、伸縮可能、威力も高く尚且つ軽量で利便性が高いけど、耐久力とか硬度は結構脆い。さらに刃を伸ばせば伸ばすほどその耐久力は下がっていく。もっというと、あまりに伸ばし過ぎると刃の耐久力は限界を超えてそれ以上伸びなくなるか、最悪勝手に壊れて消滅する。
「この時よく壊れなかったね」
「おい、原因は分かったのか?」
「たぶんね。一つだけ聞くんだけど、これってスコーピオン
「あ? あぁ、そうだよ」
「なるほどね、じゃあこれは不具合でも何でもない。出力も正常だし、これがスコーピオンの限界なんだよ」
「ハッ、そうかい。んじゃこの技は使えねーってことだな」
「いや、発想自体は悪くないし、なかなか使えると思うよ?」
「いやこれ以上射程が伸びねぇんじゃ使えねーよ」
「ふーん、なら
アタシ的には今見た映像でも結構伸びてる方だと思ったんだけど。やっぱり戦闘員じゃない素人目には分からないもんなのかな。
スコーピオンはトリオン能力が高ければ高いほど自由自在に伸ばしたり変形できる。カゲのトリオン能力は結構……というかかなり高いらしく、見事にスコーピオンの性能を活かしていた。まぁ百パーセント引き出せてる訳ではなかったけどね。
てか、4人とも固まってるけどどした?
「え、みんな何その顔?」
「いや、繋げるって……何を?」
カゲの疑問にみんなが頷く。
「はぁ? スコーピオンだよスコーピオン」
「あの……あんまり意味が分かんないんだけど」
今度はユズルが頭の上にはてなを浮かべる。
いやそのまんまの意味なんだけど。
「だから、スコーピオンを2本起動して繋げるんだよ」
「えっ、そんなこと出来るの?」
「えっ、そんなこと出来るけど」
「……マジかよ」
「ありゃ、みんな知ってんのかと思ってた……」
「「「「いや初知りだわ!!」」」」
4人から声を揃えてツッコまれる。
この日以降、カゲのスコーピオンはカマキリの鎌のように一気に伸びる射程と、可変性を生かした攻撃軌道の読みにくさを手に入れ、スコーピオン界に新たな風を吹かせたとか。