<八幡視点>
3月某日。総武高校、奉仕部部室。放課後。
八「なんで入学前なのに小町がここにいるんだ……」
めでたく受験に合格し、4月から総武高に通う予定の我が愛しの妹が奉仕部の部室で茶を飲んでいた。
小「あらかじめ校内を見て回りたいって平塚先生にお願いしたらOKしてもらったんだよ」
雪「来月からここの生徒になるのだもの、少しでも早く慣れるためにはいいことかもしれないわね」
結「小町ちゃんなら年中フリータイムで歓迎だから! ついでにもう奉仕部に入部届書いちゃおうよ!」
由比ヶ浜はフリーパスと言いたかったのだろうか。どうでもいいのでとくに突っ込まない。
それよりも入学すらしていない小町の入部届を誰がどのように受理するのか、コイツは考えてるんだろうか。考えてないんだろうな。
小「でも話には聞いてましたけど、何もない時は本当に何もないんですね~奉仕部って」
雪ノ下の淹れた紅茶を目を細めながら飲んで小町が感想を述べる。
雪「基本的に依頼があってから動く活動方式なの。
依頼がないということは深刻に悩んでいる生徒がいないということなのだから、
そちらの方がいいのかもしれないわね」
結「そうやって油断してると平塚先生がなにか言ってきたりするんだけどねーアハハ」
八「おいバカやめろ。言ったら本当に面倒なことが舞い込んでくるフラグが立っちゃったりするだろうが」
俺がそう言ったのと同時に、部室のドアをノックする音が響いた。
すわ、平塚先生の来襲か、と俺たちは一瞬息をのんだが、よくよく考えると平塚先生はノックをしないはずだから別人だ。
彩「こんにちはー」
結「あ、彩ちゃんだ!」
小「戸塚さん、やっはろーです♪」
雪「いらっしゃい」
来訪したのは独神アラサーではなく2年F組の天使だった。奉仕部の平和は保たれた。
八「珍しいな。なんか相談か?」
戸塚の練習相手とかなら喜んで付き合う所存。
葉山の進路を聞きだすとき、マラソン大会で戸塚率いるテニス部には大きな借りを作ったからな。
むしろそんなものがなくても戸塚のためなら何だってできる。
戸部や材木座の靴を舐めろとか言われるとちょっと躊躇してしまうが。
彩「相談って言うか……報告、かな?」
ちら、と戸塚は小町の方を見た。
小町もそれを受けて、ニヘヘと笑う。
なんだ、なにかあるのかこの二人。
小「お兄ちゃん、並びに奉仕部のお二方、戸塚さんと小町から衝撃発表があります~ドンドンパフパフ」
彩「は、八幡……その、僕と小町ちゃんね、付き合うことになった、から……」
雪「」
結「」
八「……な、なん……だと……!?」
世界がホワイトアウトした。
進級目前に俺の天使と俺の妹の交際報告を聞かされるのは、確実に間違っている。
<小町視点 さかのぼり>
アイデンティティがどうのこうのとわけのわからないことを言いながら悶々としていたあの夜以降、お兄ちゃんの様子が少し変わった。
悪い意味ではなく、憑き物が落ちたように表情が柔らかくなり、元気になった。
小町も受験生なので、一緒に暮らしているお兄ちゃんの機嫌がいい方がストレスが軽くなるのでそれはいい。
ただ、お兄ちゃんの状況が良くなった理由はおそらく奉仕部のあのお二人のおかげだろうと思うと、嬉しいような寂しいような、複雑な想いだった。
彩「あれ、小町ちゃん? こんばんはー」
12月某日、そんなことを考えながら歩いていた塾の帰り道、偶然にも天使もとい戸塚さんと出くわした。
小「戸塚さんやっはろーです♪ こんな時間にどうしたんですか?」
彩「部活終わりに仲間と話し込んでたら遅くなっちゃったんだ。小町ちゃんは塾の帰り、かな?」
小「そうなんですよ~、総武高受けるんで、合格した暁には兄ともどもこれまで以上によろしくお願いします~」
彩「あ、八幡と言えば最近少し元気になったよね! 少し思いつめてたのか疲れてたのか、元気ないから心配だったんだ」
小「え? あ、そうですね~。なにかあったんでしょうかね」
少し驚いた。
お兄ちゃんはパッと見いつもだるそうにしているので微妙な表情や雰囲気の変化はわかりにくいはずだけど。
小町と奉仕部のお二人以外にも、ちゃんとお兄ちゃんを見てくれている人がいるんだなあ。
彩「八幡、なにかあっても言わないからね。そういうところもかっこいいんだけど」
小「あれはひねくれてるだけですよー。無駄に一人で抱えてギリギリまで無茶をして」
結局、戸塚さんに缶コーヒーを奢ってもらい、お兄ちゃんの話で盛り上がってしまった。
年が明けてからも何回か、たまに戸塚さんとこういう形で偶然出くわして茶飲み話をすることがあった。
戸塚さんは優しいし笑顔が最高に天使だし、なにより小町のこともあんなひねくれもののお兄ちゃんのことも気遣ってよくしてくれる。
戸塚さんとそうして過ごす時間は試験勉強のストレスを緩和するのにも大いに助かった。
彩「新学期、八幡と同じクラスになれるかなあ……」
小「あー、戸塚さんとクラスが離れ離れになったらお兄ちゃんガチ泣きしそうですねぇ」
彩「アハハ、そんなことないでしょ?」
甘いです戸塚さん。
戸塚と離れたくないよぉ~~ってこの前実際に家でわめいてましたから。あのだみ声で。
小「もしクラスが変わっても、これまで通り兄と仲良くしてくれますか?」
彩「もちろんだよ! 小町ちゃんも受験が終わったら、みんなで集まって遊ぼうね!」
天使や。
なんだかんだ言って、小町とお兄ちゃんは兄妹なんだなあと強く実感する。
だって、人の好みが同じだから。
お兄ちゃんが好きで付き合いを保っている人たちは小町も好きだ。
小「ありがとうございます~。あ、戸塚さん。総武の合格発表が終わったらちょっとお話があるので、日にちをあけておいてもらっていいですか?」
彩「僕に? なんだろう、うんわかったよ。楽しみに待ってるね!」
そして総武高校に合格した小町は、戸塚さんに告白してお付き合いして貰うことをお願いした。
最初は驚いていた戸塚さんだったけれど、いつも通り、いやそれ以上の最高の笑顔を小町に向けて。
「うん、僕も小町ちゃんのこと大好きだから……これからもよろしくね!」
快くOKしてくれたのだ。
戸塚さんのことは好きだ。
でもそれは男性に対するドキドキというより、人間的に好きだという意味合いが強いかもしれない。
それでも小町は、自分と戸塚さんが付き合うことで、お兄ちゃんとその周りにいる女性たちの関係に何らかの変化、進展があるのではないかと期待した。
<八幡視点>
小町と戸塚の口から放たれた衝撃の交際報告。
俺も雪ノ下も由比ヶ浜も、畑から魚が飛び出したのを見たような驚きをもってそれを聞いた。
あまりのショックに視界がぐらつく。自分が悲しんでいるのか喜んでいるのかすらわからない有様だった。
結「……そ、そうなんだぁ~。でもお似合いだし、すっごくいいことだと思う! ねえゆきのん!?」
混乱の沈黙を破って口火を切ったのは由比ヶ浜だった。
こういうとき、由比ヶ浜の持つスキル「とりあえずなんか言っとけ」は本当にありがたい。
雪「え、ええそうね。あくまでも私の知る範囲では戸塚くんは常識人だし、
部活の部長も立派にこなしている努力家で責任感の強い男性だと思うわ。
なにより比企谷くんのような扱いに困るクラスの厄介者にも柔らかい態度で接する人格者でもあることだし、
快活な小町さんとの相性はとても良いように思えるわね」
雪ノ下も多少動揺しているのか、早口で言葉が多い。
どうでもいいけど雪ノ下の中での戸塚の評価ずいぶん高いな。
まあ戸塚は大天使だから当然だが。
小「まあ戸塚さんも夏までは部活、それが終わっても受験と忙しい高校最後の年を送るわけですから、
そんなにべったりイチャイチャはできないかもですけど、
仲良くやっていきますんで皆さんにもぜひ温かく見守っていただきたいかな~と
小町的には思う所存であります!」
彩「それでさ、八幡。春休みの間にいつか、八幡の家に遊びに行ってもいいかな?」
と、戸塚が比企谷家に降臨なされるだと!?
それはあれか、小町とおうちデート的な何かをするためということですよね当然。
八「あ、ああ、構わんが……俺はその日は邪魔にならんように外出してればいいのか?」
ヤバい、このセリフは自分で言ってて自分へのダメージが絶大だった。死にそう。
小町、戸塚、俺の家という、俺の最も好ましいものが役満で揃ってる天国なのに俺はまだ空気の多少冷たい屋外に放り出されるなんて。
一日中立ち読みでもしてようかな……。
結「ヒ、ヒッキ―なんでいきなり泣いてるし!」
八「若い二人を祝福する嬉し涙だ……兄の屍を乗り越えて妹は幸せになっていくんだなあ……」
雪「意味不明な妄想で勝手に傷つかないでくれるかしら。割と本気で気持ち悪いし鬱陶しいわ」
彩「もう、なんでそうなるのさ! 僕が八幡を追い出すわけないでしょ!
みんなで一緒に遊ぶんだよ。小町ちゃんの合格祝いも兼ねて。
ねえ、由比ヶ浜さんも雪ノ下さんもどう?」
戸塚の提案に雪ノ下は指を顎先にあてる例のポーズでフムと少し考え、納得したようにうなずいた。
雪「そう言えば小町さんの合格祝いも延び延びになってしまっていたことだし、いい機会だからお邪魔させてもらおうかしら」
結「ヒッキ―のおうちでパーティーってこと? いいねいいね! やろうやろう!」
リア充はパーティーって言葉好きだよな。レッツパーリィなの? 奥州筆頭なの? 俺んちで刀振り回さないでね。
俺以外の全員が盛り上がって話を進める。
どうやら春休み初日に我が家に集まるらしい。
俺んちに人が集まる話なのにナチュラルにハブにされる俺すげえ。
い「こんにちは~。楽しそうなお話してますねえ」
その話声を聞きつけてか、あざと生徒会長、一色いろはが部室に現れた。ノックしろよ。雪ノ下が睨んでるだろ。
八「生徒会の仕事なら手伝わんぞ。今ちょっと忙しくて立て込んでる」
俺は話の輪に入れていないけれどそう言っておく。
い「部室の外まで話声聞こえてましたよ。そちらが先輩の妹さんですか?」
小「はいっ! 4月から総武高に通うことになる比企谷小町です♪」
い「はじめまして、新学期からも引き続き生徒会長を務めさせていただく一色いろはです。学校のことで質問や要望があればいつでも言ってくださいね」
年下相手に一色のあざと攻撃は発揮されないのか、やけに真面目に自己紹介をしている。
小町の方も、言葉の上では朗らかに挨拶しているが……目が笑ってない。
俺の妹と後輩が能面のような微笑でガンを飛ばし合っているのは、なにかの間違いだと思いたい。
<雪乃視点>
春休みを前にした奉仕部部室。
今ここには奉仕部面子の3人と小町さん、戸塚くん、一色さんの計6人が席を同じくしている。
しかしその空気は和気藹々と呼べるものではなかった。
端的に言うと小町さんと一色さんが、私の認識が正しければ冷たくけん制し合っているように見えた。
雪「お客さまが増えたのに飲み物を出していなかったわね……パシリ谷くん、自販機で冷たいものを買ってきてくれないかしら」
八「ナチュラルに人をパシリ扱いすんな。紅茶はどうしたんだよ」
雪「さっき淹れた分で茶葉を使い切ってしまったのよ。申し訳ないけれど、戸塚くんも手伝ってあげてくれないかしら」
彩「うん! 八幡、行こう?」
八「お、おう……」
失礼なこととは思いつつも私は来客である戸塚くんに、比企谷くんの手伝いをお願いした。
戸塚くんと一緒なら比企谷くんも嬉しいでしょう。
ただ、今や戸塚くんは比企谷くんにとって大事な同性の友人であると同時に「妹の彼氏」でもあるのよね。
男子二人が自販機に買い出しに行ったことで、奉仕部内は女子4人だけの空間になった。
微妙な空気を察することに関しては私より格段に敏い由比ヶ浜さんが、その停滞した雰囲気を打ち破るために笑顔で話題を提供する。
結「い、いろはちゃんは次の期も生徒会長やるんだよね~!
大変だと思うけど頑張ってね! あたしらでも何かあれば今まで通り手伝うし!」
い「結先輩ありがとうございます~♪
今日はまあその話をしに来たってのもあるんですけど、細かい話は後日でもいいかなって感じです。
ちなみに4月の新入生歓迎集会と、新入生に向けての部活動紹介に関することですね」
新入生は入学式の次の日に全校集会で私たち2,3年生と対面する。
その際に各部活動は勧誘活動の一環としてステージ上で自分たちの活動内容をアピールしたり、小芝居のような映像作品を流して笑いをとったりするのが通例だ。
ちなみに奉仕部は特にアピールするす予定はない。
そんな一色さんの話に対して、あくまでも表面上の笑顔は崩さずに小町さんが意見を述べた。
小「小町的には~あんまりもうお兄ちゃんは生徒会のお仕事とかに振り回されて欲しくないんですけどね~」
ピシリ、と空気が割けたような音が聞こえた。もちろん錯覚でしょうけど。
一色さんの口の端がピクピクとわずかに歪んだのが見えた。
結「こ、小町ちゃん、どうしてかなアハハ……」
小「いや~、生徒会選挙の一件が片付いて安心したと思ったら、
そのあともお兄ちゃんの目がいつもより死んだまま腐った状態がしばらく続いてたんですよね。
体もだるそうにしてましたし、食欲も落ちてましたし……。
少し聞いた話だと、結局新しく発足した一色さんの生徒会を手伝っていたって話じゃないですか。
小町も受験が近づいてて自分のことでいっぱいいっぱいだったんであまり相談に乗れなかったんですけど」
雪「……小町さん、それはその、誤解というわけではないのだけれど。違うの。一色さんが悪いわけではないのよ」
奉仕部に秋ごろ停滞していた、取り繕ったうわべだけの不自然な空気。
比企谷くんがそのことでいつも以上に鬱屈した気持ちを抱えていて、小町さんを心配させてしまったのだろう。
それは一色さんの仕事を手伝っていたという肉体的な疲労が原因ではない。
問題はあくまでも奉仕部の内部で起こったことであり、悪いのは、主に私だったのだから……。
結「う、うーんとね? それはホント違くて、ヒッキーだけに任せっきりにしたあたしらも悪いって言うか。
それにもう負担になりすぎることはヒッキーはしないって言ってくれたし」
小「それでもお兄ちゃんは頼んだらなんだかんだ断らないし、
知らない間に一人で抱え込んじゃう面倒臭い性格してますからね~。
もう高校3年で受験生になるわけですから、妹としてはこれからの一年は兄に大事に過ごしてほしいんですよ。
あ、今の小町的にポイント高い♪ まあお兄ちゃんいないからポイントたまらないけど」
小町さんのポイントがどういうシステムなのかはいまだに謎なのだけれど。
い「あっれ~? 先輩が過ごす大事な高校3年生としての時期に、
わたしや生徒会の相手をするのは無駄で邪魔な時間みたいに言われてる気がするんですけど、
気のせいですかね~?」
一色さんの声がいつもより低い。
たまに見せる、あざとさで隠しきれない黒一色さん状態が発現していた。
小「ぶっちゃけるとそうなりますかね~。
そもそも一色さんはお兄ちゃんとどういう関係なのかなって、今まで話を聞く分には疑問でしたし。
結衣さんや雪乃さんは同級生だったり部活のお仲間だったり、
プライベートでも兄と遊んだり買い物しに行ったりしてもらってるんでわかりやすいんですけど」
一呼吸おいて小町さんは続けた。
小「兄にとってなんでもない人が、兄が使い勝手がいいからって体よく利用して振り回しているんだったら、
妹としてはムカつきますね」
場の空気が決定的に凍った。
由比ヶ浜さんは「あわわわわ」とでも言いそうな表情で震えている。
私は……どんな顔をしていただろう。
比企谷くんはなんだかんだ言って優しいし頼りになる。
甘えて依存して利用しているという意味では、私も、同罪なのだから……。
い「はあ、そういうことですか」
一色さんは小町さんの言葉に気圧されることなく、真っ直ぐ視線を定めている。強い人だと私は思った。
納得したような、覚悟を決めたような表情で一色さんは、はっきりと言った。
い「結先輩も雪ノ下先輩もいることだし、この際だから宣言しておきますね。
わたし、先輩が好きです。チョー好きです。だから甘えたいし構って欲しいです。
頑張ったら褒めて欲しいです。いつか真剣に、先輩に口説いてほしいと本気で思ってます」
小「……おやおや、これはこれは」
い「先輩の妹さんに良い印象を持たれてないのは残念ですけど、それがどうしたって感じです。
これからもなんだかんだ先輩にちょっかい出して、距離を縮めて行こうと思っています。
サッカー部のマネージャも辞めようかな……」
結「い、いろはちゃん……」
雪「い、一色さん、早まって青春を棒に振るような真似は考え直した方がいいわ。あの比企谷くんよ? あなたほどの魅力的な女の子なら、わざわざ比企谷くんでなくても」
い「あ、雪ノ下先輩、そういうのはいいんで♪」
話は以上です、そう言い残して一色さんは奉仕部を後にした。
結「小町ちゃん……わざといろはちゃんを挑発したんだね」
小「なんのことですかね~? でもまあ、素敵な人ですね、一色さん。仲直りの意味も込めて春休み、集まるときに家に呼ぼうかな~」
由比ヶ浜さんはなにかに気付いているようだったけれど、私は気持ちがぐちゃぐちゃになってしまい、今の状況を冷静に思案することができなかった。