「障壁は破ったか……」
そう呟いたのは四人の魔導師に一人の使い魔の前に立った一人の少年だった。
その風貌は黒い髪を持って無表情。赤色のパーカーと青いジーンズを身に着けその首には白色のマフラーが巻かれている。
至って普通の格好。だが少年の灰色の瞳が異様な気配を感じさせていた。
「君は何者だ?」
黒いバリアジャケットを身に纏った魔導師、クロノ・ハラオウンは思わず問いかける。
闇の書と守護騎士の一人、そして目の前の少年との戦闘は目撃していた。いや、見ていただけであってその細部まで見えていたわけではない。
既に同じ障壁に閉じ込められていた一般人の少女二人は退避させたものの、そちらに気を取られていたということも理由の一つではあるが、それ以上に少年の動きが速すぎたのだ。
生身では到底あり得ない戦闘能力。かと言って魔法を使うためのリンカーコアは感じ取れない。
それが在りし日の犯罪者との戦いを彷彿させていた……
「私が何者……か。それなら隣の少女にでも聞けば良い」
急に視線を向けられた白いバリアジャケットを纏った少女、高町なのははビクリと身体を動かす。
目の前の少年は己の家族だ。それでいて大切な存在に違いない。底知れぬ強さを誇っていたのは知っていたが実際に模擬戦以外での戦闘を見たのは初めてであった。
だからこそ困惑する。目の前の少年が何者なのかがわからずに一種の恐怖を抱いていた。
「なのは?」
「あ……う……」
しどろみどろな様子で一歩後ずさった少女を一瞥した後、少年はゆっくりと踵を返した。
「何処へ行く気だ!!」
「ついてこい。お前達にも見せてやる。つまらない事件の結末をな」
少年の言う意味がわからない。だが、ここで不必要な攻撃や捕縛を行うのは管理局員にとっても不味いものであり、同時にここで放置しておくには少年の立ち位置が不明瞭すぎた。
「………行こう」
故に今はついていくしか無い。少年の動向に精一杯の注意を払いながら……
◇
着いた場所は海の見える海鳴公園であった。
酷く暗い空に覆われる海を一望し、少年はクルリと振り返った。
「さて……」
少年は視線を地面に反らし指を鳴らす。
それと同時にドサリと音がなり、二人の女性が現れた。
「ロッテ!?アリア!?」
その二人は魔導師達にも見覚えがあった。
クロノ・ハラオウンの魔法の師でもある二人が何故ここに現れたのかは理解できない。地面に倒れた二人はやがてゆらりと起き上がるとボーッとした目で少年を見つめるとハッとしたように後ずさった。
「お前!!」
「一体何が目的だ!!」
そう少年へと吠えるが、当の本人は二人を無視し、再度視線を海へと向ける。
フーッ!フーッ!と息を吐く二人も気になるが魔導師達は少年の視線の先へと意識を集中させる。
沖の方、何かが蠢いているのがわかる。とても大きなそれを認識したことで、巨大な魔力の存在を確認できた。
「あ、あれはなんだ!!」
「お、大きい……」
「あの魔力、ジュエルシード以上!?」
何故ここまで知覚できなかったのかは解らない。だが、今はそんな事よりもあの存在をどうにかしなければいけない。
そして、更なる事実に気づく。あの大きな化け物から感じる魔力。それが闇の書から感じていた物と同じものであった。
闇の書は少年が打ち倒した所は知っていた。だからこそあの存在が不可解であった。
「復讐者よ。あれを見よ」
少年がリーゼロッテとリーゼアリアへと語りかける。
二人は警戒しながらもゆっくりと視線を海の方へとずらし、巨大な存在を知覚する。
そして同時に理解した。あれが闇の書の闇であると……
「どうした?何を恐れる必要がある?」
後退る二人の様子に少年は問いかける。
何故恐怖するのかが解らない。何故躊躇するのかが解らない。
――何故、あれを消そうとしないのかが解らない……
「貴様等の目的は闇の書への復讐であろう?絶好のチャンスではないか」
その言葉にここにいる少年以外の人間が驚愕した。
リーゼ姉妹は何故それを少年が知っているのかを。
それ以外の者はリーゼ姉妹の目的自体を……
「確か”デュランダル”というデバイスで氷漬けにし、封印するのであろう?何故準備すらしない?」
少年の述べる言葉は真実である。確かに二人は暴走状態にある闇の書を闇の書の主ごと氷漬けにし、封印するつもりであった。
だが、あのような化け物を封印するとなれば話は別となる……
そんなこと出来るはずがないと、心の中で呟く……否……思ってしまった。
「…………つまらない。つまらない。つまらんぞ!!」
その心中を読み取った少年は激昂する。
何が復讐だ。何が一人の少女を犠牲にする覚悟があるだ。
まだ、あの存在を闇の書の闇であると理解したと同時に復讐を果たすために動こうとするのであれば少年は思う事などはなかった。
だが違う。目の前の復讐者は力量差がある。否、可能性が薄くなった途端に萎縮している。
もう闇の書による犠牲者を出さないために封印するという事すらも読み取った少年にとってこの復讐には唯でさえ偽善に塗りつぶした下らぬ物だと感じていたのに、その覚悟ですらこの程度のものだった。
少年の覇気に魔導師達は飲まれ、何も口を出せずにいた。
何を言っているのかは理解できない。何を怒っているのかが解らない。
「復讐………大いに結構。偽善……どうでも良い。だがな、復讐者よ。貴様等の行動は気に食わん」
そう吐き捨てると少年は魔導師達へと視線を向ける。
「お前達は見ていろ。そして知れ。此度の事件。下らぬ茶番が引き起こした産物であるということをな……」
少年の身体が浮く。ゆっくりとゆっくりと……魔力も感じれないのに上空へと上がっていく事に驚愕しながらも足を動かすことは出来ない。
身体が竦んでしまっている。
それ程に少年の激昂が凄まじかったからだ。
少年を知る者は普段から知っているからこそあの激情を見せた少年に驚愕し……少年を知らない者もその少年の発していた威圧感に圧倒されていた……
◇
少年が向かう先。闇の書の闇。ナハトヴァールを一望できる上空には夜天の一同が揃っていた。
眼下のナハトに動く気配はなく、夜天の主。八神はやての判断で高町総司が来るまで待っていた。
少年は案外早くに現れた。八神はやてが目を覚ましてから約10分程度。
しかし、その様子は誰が見ても機嫌がいいものではないと一目で分かる程度に不機嫌であった。
「どうしたん?何か嫌なことでもあった?」
「はやてには関係のないことだ。それよりも……」
「うん。どうにかせんとね」
はやては杖をを持つその手に力を込め、ナハトヴァールを眠らせるための戦いへの覚悟を決める。
その覚悟は強固なもので、謝罪の言葉を浮かべながらも目的を遂行せんとするその意志を感じ取った総司ははやてを一瞥した後、少し笑みを浮かべてはやて達の前に踊りでた。
「お前達の出番はない。私が終わらせる」
何を思っているのかなんて彼の配下である夜天の主、及び夜天の騎士ですら理解は出来ない。
だが、そんなものは必要ない。彼女達はただ一つだけ理解していることがあるのだ。
高町総司は出来ないことだけは口にしない。
「色々とすまなかった」
「勝手な行動して、悪かったな」
「どうしてもはやてちゃんが心配で……」
「………」
騎士達が言葉にする謝罪の言葉この事件を引き起こしたのは間違いなく騎士達の独断行動に違いない。
だが、それは高町総司にとって至極どうでもよいこと。
彼は騎士達を咎めるつもりなど毛頭なく……
「貴様等の話など、聞き飽きた。今はこの事件の行く末を見守っていろ」
唯、己を示すことが配下に対する王の姿であると結論づけていた……
「ほんとうに大丈夫?ナハトは多重結界を張ってるんやで?」
「問題などあるはずがない」
そんな少年を見た夜天の主は笑みを浮かべて少年を送り出す。
ナハトヴァールを鎮めるのは夜天の主である自分の役目なのかもしれない。それでも己の王である高町総司を止めることなど出来ない。何処までも優しい彼だからこそ、信用できるのだと内心で呟く。
その光景を見ていたリインフォースは小さな疎外感を感じ、少し悲しげに微笑む。
もう騎士や主には頼りになる王が存在している。自分がいなくともやっていけることは明確なのだ。
その光景を見て改めて思える。別れることに悔いはない。ただ、見届けるだけだ。
「無論、お前も私の配下として役割を果たせよ」
だからこそ、総司の言葉を理解することは出来なかった……
◇
「
高町総司の周囲に幾つもの魔法陣が展開された。
闇夜に白く浮かび上がる文字の羅列は幻想的な景色を構築していく。
「――警告、一九章二八節。魔術に酷似した物への結界、並びに物理的衝撃への結界に対する対抗手段の開示に成功」
闇に溶けこむように存在する
青白く光るその物体はゆっくりと大きさを増していき、同時に闇夜を照らす光となっていた……
「外部からの衝撃を霧散させるものと判明。対十字教用の術式を組み込み中……」
少年の魔術はただの模索手段。その現象においての最善の魔術を検索し、発動する究極の手法。
「命名、『
一筋の光とともに巨大な閃光が奔る。
魔術の一撃は闇の書の闇に周囲に展開された多重結界へと衝突する。
物理的な攻撃、及び魔法による攻撃からの防衛手段として幾つもの結界を展開することで構築されたそれは、総司の魔術と拮抗すらせずに砕け散る。
「続いて核を包み込む存在の解析を完了。分解魔術の展開。命名、『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ』即時発動」
それだけではない。障壁を打ち破った魔術はそのまま闇の書の闇の肉体へと包み込み、逐次消滅させていく。
当然闇の書の闇は核を起点とし再生を試みるが、如何せん魔術による消滅が速い。再生力を上回った消滅に闇の書の闇の核が肉体から乖離され浮かび上がっていく。
「核を確認。自動書記による解析を完了。さて、仕上げと行こう」
魔術を展開させ、肉体を消滅させつつ総司は片腕を振り上げる。
彼のフードがはためく中。周囲よりぎりぎりと何かを引き絞る音が響き渡った。
総司の戦いを見守っていた夜天の騎士や公園に立ちつくす魔導師達にもその奇妙な音は聞こえてくる。
音の発生源がわからない。どこからともなく聞こえてくるその音。まるで”弓”を引き絞っている音はやがて聞こえなくなる。
「感謝しろ。 これは私の中でも必殺の一撃と言ってもいいものだろう……」
やがて、核と肉体が乖離した闇の書の闇は最後の力を振り絞ったのか、魔力を載せた魔法を総司へと放った。
――弩
小さく呟かれたその言葉と共に何かが光る。
目視すら危ういその一撃は闇の書の闇の魔法をかき消し、真っ直ぐと核を撃ちぬいた……
番外編では時系列無視の八神家の日常等は予定に入ってます。
他にも総司君を喫茶店に呼び出した人物との話なども予定されています。