雷が落ちたかと錯覚するほどの轟音。音の発生源である大地は引き裂かれ、生まれた谷からは人工物が顔を覗かせていた。谷からは黒煙が漂い、人工物からは火が出ている。先ほどの轟音はこの人工物に何かがあったに違いない。
――雲一つ無い蒼穹。その中に一つ、白い点が我が物顔で飛行していた。
「ブラストレイ!」
幼さが残る声が力強く発された。その瞬間、白い影に閃光が集い、熱量となって放出される。複数の火球が流星のように人工物に着弾した。
――再びの轟音。恐らく、先ほどの音もこれが原因だったのだろう。
今更人工物から警報が鳴り響く。人工物内が慌しくなり、爆発で閉ざされた出入り口が、一条の濃い緑の線によって内側から破壊された。飛び出した勢いそのままに光線が白影を襲う。しかし、白影はひらりと宙を舞う羽のように回避し、何事も無かったかのように飛行を続けていた。
「噂の黒陽か!」
人工物から緑の光線を放ちながら男が叫ぶ。バリアジャケットと呼ばれる戦闘衣を纏った男は、一般に魔道士と呼ばれる人間だ。全体的に黒で統一されており、顔の殆どを覆うフードとマスクが装備されている。バリアジャケットは一種の結界のようなもので、素肌を晒していようがそこもバリアの範囲内である。つまるところ、それで全身を隠すような設定をしている者は、後ろめたい何かを行なっている可能性が非常に高いといっても言い過ぎではない。
「大人しく投降してください」
少女特有の柔らかく、高い声が男の耳に届く。距離をとるように旋回する白影から発せられた声だ。男はその事実に一瞬驚くが、特段ありえない話でもないと自身を律した。最近次元世界で名を馳せているエース・オブ・エースも、幼少のころからその才能を開花させていたことは有名である。生まれつきの魔力量という境界線がある以上、幼い者が力を持っていることは珍しくはあってもありえない話ではない。
白影と黒影の空中戦が始まる。
先に仕掛けたのは白影の方だった。距離を詰めさせないような炎の範囲攻撃。振りまかれた劫火が天を焼く。それでいながら一定の距離を保つよう、衰えない速度で飛行していた。
逆に男は無駄な砲撃を行なわず、ジリジリと距離を詰めていく。稀に炎と接触するが、必要経費だといわんばかりに意に介していないようだった。白影もそれに気がついたのか、移動方向に設置するように炎を撒き、無駄な魔力消費を抑え始めたようだ。
ふと、一瞬だが男の姿が完全に炎に隠れた。失敗を悟る白影であったが、間を置かずに自身の後方に防御魔法を設置する。
魔法同士がせめぎ合う、鈍い音が響く。男のデバイスは見た目こそありふれたストレージデバイスの様であったが、魔力刃を纏わせているところを視るに頑強さを高めているに違いない。最初の砲撃魔法は見た目こそ派手であったが威力は無く、男の戦闘スタイルは短距離転移魔法からの奇襲が本来のものであった。故にこの近距離戦こそ男の望んでいたものである。
「この距離なら、俺の勝ちだ。嬢ちゃん」
「――」
男の視界に写ったのは幼い少女であった。男の胸ほどまでの高さも無い身長、幼さからくる丸みを残した肢体。桃の髪を風に揺らしながら、白い竜の背の上で少女は男を睨み付けていた。
「投降するなら命だけは助けてやるぜ?」
「――」
とっさに張られたシールドは簡易的なものでしかなく、男が全ての準備を整えて攻め入った攻撃を防ぐには不十分であった。恐らく20秒と持たないだろう。
口を閉ざしていた少女が口を開く。
「何時までこの
「は!?」
ぼそり、と呟いた少女は祈るように手を合わせ、黒く輝く球体を召喚した。
「我が乞うは、竜の力。黒竜よ、我が身に集え――黒竜装填、Boost Up Dragon Install!」
蒼空が、紅く染る――。
◇
「結局、また頼っちゃった。ごめんね、ヴォルテール」
桃色の少女が薄暗い路地裏を行く。少女と路地裏、明らかに雰囲気と噛み合わない組み合わせだが、後ろめたいことをしている者達は不思議と少女に害を与えることは無かった。ただ遠巻きに通り過ぎるのを見ているだけの姿は、むしろ怯えているようにすら見える。
「フリードも、私の油断で後ろ取られちゃってごめんね?」
少女の横を行く小さな白竜は否定するように首を振った。むしろ自分が悪かったのだと言わんばかりに少女を慰めようとする姿は、大きさのこともありとても愛らしかった。少女もそれにつられ、少し陰っていた表情が和らぐ。
「今日は久しぶりにみんなでお肉食べようね!」
違法な研究を行なっていた施設を破壊し、仕事を紹介してくれた仲介人から受け取ったお金を抱きながら少女はそう提案した。白竜は素直に喜びの鳴き声を上げ、ここにはいない黒い竜は遠慮の意思を少女に伝えた。両者の異なる反応に少女は笑みを浮かべ、この日の宿に足を向ける。
そんな、微笑ましい姿を遠くから見つめる姿があった。
「――黒キ太陽」
薄暗い廃墟には似合わない澄んだ声が響く。ガラスの割れた窓から射す光が黄金に反射され、輝いた。その場にそぐわない黒のスーツとスカートを履いた女性は、ホロウィンドウを操作して視線の先の少女と見比べている。ホロウィンドウにはNO IMAGEと記された写真欄と、これまでの戦果が記されていた。
・空戦A+級魔道士撃墜。
・陸戦AA級魔道士撃破。
・違法施設の破壊14件。 etc……
その凄然たる戦果に女性は息を漏らした。視線の先にいる少女のイメージと戦果が一致しなかったのだ。召喚士、ということだから本人が強い必要性は確かにない。しかし、その力に振り回されない技量、竜との信頼関係は必要不可欠のはずである。再び女性が目を落としたホロウィンドウには『強すぎる竜との関係性から故郷を追われる』とあった。これならばむしろ、竜との関係は上手くいかないのが当然だとは思われるが……。
――逆にほかに頼れるものが無かったことが所以の信頼関係かもしれない。
女性は空論を頭の隅に追いやり、行動を開始した。目的は【幼い少女の保護】及び【時空管理局へのスカウト】である。次元管理局執務官、『金の閃光』フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは静かに舞い降りた。
「キャロ・ル・ルシエさんだね? 管理局執務官フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。あなたを保護したいと思うんだけ――」
「是非お願いします!」
「へ?」
言い切る前に即答したキャロに驚くフェイト。随分と締まらない、始まりの出会いであった。
お察しの通り、キャロにドラゴンインストールって言わせたかっただけです。