6つ子が吹奏楽部へ   作:ボコ砂糖野郎

11 / 46
練習風景② 7:30〜18:30の一日練習

翌日、土曜日。

また6つ子は朝練のため早く家を出る。休日の部活は制服ではなく部活の格好で来ても良いことになっているが、彼らはまだ部活Tシャツをもらってないので体操服で登校する。

 

「休日に朝練があるって普通におかしいと思うんだけど。」

 

チョロ松は疑問の文句をこぼす。

予定表には9:00からって書いてあったけど実際は7:30からっていうね。休日の朝練とかもう笑えないわ。

 

「めんどくさ……。7:30から18:30って労働基準法仕事しろよ。」

一松が怖い顔で言う。

「サービス残業、あはは〜〜」

「いや、部活は仕事じゃないからね。言っておくけど。」

 

そして例の朝の儀式から始まる吹奏楽部。

 

春の生暖かい空気の中で基礎練に勤しみ、何度も何度もスケールを繰り返し、パートで一緒にロングトーンをしたりして、二時間おきに休憩をする。

散りかけた桜が見える窓からは、練習に励む運動部や写真部が活動している様子も見える。赤塚高校の部活の8割は土日でも活動しているため、普段のときと騒がしさは変わらない。むしろ土日の方が騒がしいくらいだ。チョロ松は外から聞こえる練習の声を聞きながら今日何度目かわからないロングトーンを始める。それが終わると上った息を整えながら時計を見た。11:00だった。

部活にきて四時間半。絶対7:30のときより上手くなったはず。そうだと思いたい。ていうか部活終了までまだ六時間以上もあるんだ……。

正直、同じことの繰り返しでキツい。が、それ以上にクラリネットを触っているのが楽しい。だけどつまらない。とりあえずスムーズに運指を覚えてアルペジオとスケールを吹けるようにならなければ……高音を出せるようにならなければ……と腹をくくってみる。後ろを見るとセイヤは慣れた指つきでエスクラを鳴らしている。その音は初心者とは比べられないものだった。やはり三年のキャリアは大きいなと感じる。僕も真面目にやらなければ。ああ、昼休みまであと30分……。

 

 

「外周やるよ!まず男子から!」

 

急にやってきたスケジュール係の三年生が言った。え?外周やるの??

 

 

ーー外周、それは学校の周りを走ること。

 

 

チョロ松たち男子組は学校の校門の前で準備運動をする。外周は運動部ではお馴染みだけど、まさか吹奏楽でやるとは。さすが「自称体育会系文化部」といったところか。

吹奏楽部の男子は三学年合わせて32人である。総部員数は129人だから四人に一人は男子ということとなるが、分母が多いため体感的には八人に一人くらいに感じる。だけどこうして男子だけ集まってみると案外多いものだなと思った。

準備運動が終わるとストップウォッチとバインダーを持ったスケジュール係が話し始める。

 

「一年生に説明します。外周の意味は体力つけるためと肺活量増やすため以外にありません。以上。」

 

いや、普通に考えたらそれしか意味ないだろ。

 

「3分半で戻ってきてください。」

 

一年生から「えええ…」という声が上がる。

 

「何言ってんの。うちの陸上部の女子が1kmを走る平均タイムが3分半で、外周は850mなんだから余裕でしょ。はい、スタート。」

 

彼女は前振り無しにストップウォッチを押す。

僕らは慌ててスタートした。

 

 

「一年遅い!何チンタラ走っとるんじゃあっ!」

二年生の先輩から急かされる。

「二年遅いんだよ!!」

「一年が遅いからです!!」

その二年生は三年生に急かされる。

「速よ行け!」

「はい!」

三年→二年→一年の順で急かされる。時々罵倒の声も上がる。このように先輩が後輩を急かしながら外周する部活は吹奏楽部と野球部とハンドボール部だけだ。

……ぶっちゃけ、吹奏楽の男子の先輩の半分以上は草食系だと思っていた。ていうか実際そう。おとなしくて僕らとは正反対だ。一部は完璧に女子の尻に轢かれている人もいるくらいだから、ここでの大声は拍子抜けした。どこからその声が湧いてくるのか…。これは僕の見解だけど、多分DNAレベルで一年のときに外周中はキャラが変わるように調教されたんだと思う。じゃなきゃこんなにキャラが変わるわけないだろ!ああ、僕らも一年後にああなってるのか……。

 

僕は走るのが得意だ。昔からの自慢だ。

走るのが遅いと「速く走れ!」と怒鳴られるが、速い分には何も言われない。だから僕はスピードをあげて集団から距離を離した。後ろには「チョロ松兄さん速いね!」と言っている十四松がいる。そしてさらに後ろには急かされまくっている僕の兄弟含む一年生。あの様子を見るとあれ以上スピードは上がらないだろう。

そんな後ろの集団から目を離して、チョロ松は快走した。同じことの繰り返しでマンネリだった気持ちが洗われるようだ。こうやって走るのはいつ以来だっただろうか、気持ちが良い。頭の上の空は快晴だ。

 

チョロ松と十四松にとって850mはあっという間だった。おそらく目標タイムは余裕だろう。「ゼエゼエ」と二人は校門の前で息を整える。スケジュール係はそんな二人を横目で見ているが、手の中のストップウォッチはまだ動いている。全員が校門に戻ってきたとき、初めてストップウォッチを止めるのだ。

 

 

「……3分40秒。ダメね。」

 

スケジュール係はストップウォッチの数字を息を荒くしている男子諸君に見せる。しかしそれは下を向いてハァハァ言っている彼らには見えない。

「ハァハァ…こんなに走ったの中学の体育大会ぶりだった気がする……。」

「ホントに吹部だよな……。」

「ヒィヒィ……。」

二、三年生至っては大声で走りながら急かしまくったので酸欠を起こしかけている。

 

「はい、もう一周。」

 

こうしてまた僕らは走り始めた。

そして走り終わった後に待っていたのは腹筋地獄だった。

 

【お昼】

腹筋地獄から解放された後の昼食は最高だった。とくに食べる場所は指定されなかったが、それぞれのパートの部屋でパートごとに食べる人が多かったのでそれに乗った。

練習中は基本的に練習に関する会話しかされていなかったが、今の会話は本物の女子トークだ。女子の会話をこんなに間近で堂々と見れるのは吹奏楽部男子の特権だなと思った。しかし彼らの会話は決して明るいものだけではなく、闇の混じった会話も度々出た。また、学年ごとの壁の厚さもここで再確認した。

 

【午後二時】

この時間帯は人間が生理的に眠くなる時間だ。

教室に差し込むポカポカの太陽は殺人級。部員はウトウトし始める。しかしそれを許さないのが吹奏楽部だ。副部長が「みんな眠そうだから例の掛け声の儀式やろう」と持ちかけた。

儀式って呼んでるだけで宗教だよな……。とチョロ松は思ったが、案外声を出すだけでも眠気は無くなった。変だなと思ってたけど一理あるかもしれないな。

 

【午後五時】

疲労がかなりたまってきた。楽器は吹くだけで体力も使う。それプラスに精神的な疲労もたまりつつあった。かれこれ九時間半で楽器を握る手に力が入らなくなってくる。

 

フルートが横に構えて吹くことは誰でも知っているだろう。あの構えは腕が疲れ、右手の小指が痛くなる。口も慣れないうちはすぐに疲れる。トド松は午前中の時点でヘロヘロになっていた。先輩にこれはなんとかならないのかと訊いてみたところ「慣れ」としか答えられなかった。

トド松(フルートェ……)

そして高音が出ないのもトド松のモヤモヤの種だった。今までリコーダーと鍵盤ハーモニカくらいしか使ったことのない彼は楽器はその運指通りにすれば絶対その音が出ると思っていた。しかしそれはリコーダーや鍵盤ハーモニカという難易度の低い楽器だったからで、フルートはそうもいかない。その通りの指遣いをしても息がどうにもなってないならその音は鳴らないのだ。これは他の楽器にも当てはまることだ。

トド松は華麗に鳴らしている先輩がフルートおばけに見えてきた。

 

ファゴット。一松の扱う楽器は6つ子が使う管楽器の中で一番重い。その負担は主にストラップをかける首に行く。時々体をほぐしたりしているものの、それでもキツい。が、それ以上に一松が不快に思っていることがあった。それはファゴットのキーの多さだった。ドを出すにはなんの指でどこを押さなければならないかという確認に時間がかかるのだ。それでもドレミファソラシドなら昨日と今日の午前中で大体覚えた。しかしドド#レレ#ミファファ#ソソ#ララ#シドの半音階お含めたものになると、指の動きは複雑になり、29個のキーをほとんど法則性が無い運指通りに押さなければならない。オマケに半押しやアドリブ(押しても押さなくても良い)やフリック(発音時に一瞬だけ押す)、そして大量の替指まである。一松はファゴットに29個キーをつけた人にだんだん殺意が湧いてきた。

(ファゴットを考えた人頭おかしいんじゃないか?アドリブとか意味わからん。押さなくていいならここに書くなよ。てか左手の親指に10個もキー集中させるのってどうなのさ?)

そうは思っても一松はファゴットの音色自体は嫌いじゃなかった。低い音が部屋の壁を振動させる感じが好きだ。だから彼は運指表とにらめっこを続ける。自分の出せる音を増やすために。

部長は一松から溢れる殺意をニヤニヤしながら静かに見守った。

 

【午後六時半】

部活が終わった。あぁよかった。疲れた。

 

帰り道、六人の口数は少なかった。薄暗い街をとぼとぼと抜けて行く。街灯のオレンジ色と車のヘッドライトの白色の色合い中、おそ松は十四松の一本だけのアホ毛が左右にピコピコ揺れていることにきづいた。

 

「十四松、それなに?」

「え?アホ毛だよ。」

「じゃなくてなんでビコビコ動いてるの?」

「えへへ、ぼくね!人間メトロノームになったの!!」

「へぇ……お前パーカスだもんな。」

「いや、どうやって動かしてるのさ!?アホ毛を!!」

 

パーカスという理由で自然と納得したおそ松にチョロ松のツッコミを入れる。その横でトド松が「テンポ80で動かして」とリクエストする。

 

「でも人間メトロノームってすごくないか……?たった2日で……。」

 

カラ松は眉にしわを入れながらテンポ80で動いているらしい(ここでは確認のしようがない)アホ毛を見る。

 

「うん!ずっとね練習台にたったかたーって、リズム変えてたったかたーって、テンポも変えてたったかたーってするんだ!」

「……十四松、お前今日楽器触ってないのか?」

「バチしか触ってないよ。」

「「(マジかよ)」」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。