一松のいるダブルリードパートは三学年合わせて5人。吹奏楽部で一番人数が少ない部署である。5人という人数になると、嫌でもそのメンバーで団子になっておかないと色々困ることが出てくる。具体的に言うとパートごとで対立が起こったときや情報交換のときなどに。
まぁ、そもそも5人ならその中で派閥を作るということはほぼできないだからそれに関しては無問題だった。それにパートリーダーがうまい具合にまとめているのでパートでの結束は他のパートに比べて強かった。
ーーダブルリードパート、それは吹奏楽内では珍しいダブルリード楽器と呼ばれる楽器をまとめたパートである。
具体的ににはオーボエとファゴット。
この二つの楽器の音色や構造は他の楽器とは一癖も二癖も違う。まったく吹奏楽で浮いた存在なのだ。
そんな一癖も二癖もある楽器を扱う人間はやはり一癖も二癖もある人間だった。
「先輩〜、オーボエの知名度ってなんとかならないんですかね?」
そう言ったのは一年オーボエ担当のハルネだった。彼女はオーボエのリードを片目で眺める。
「ユーフォと比べれば十分ある方だと思うけど?あ、でもユーフォはこの前アニメでやって知名度上がったからな……。」
答えたのはダブルリードパートのリーダー兼部長のミサキだった。
「いや聞いてくださいよ、この前おばあちゃんに吹奏楽部入ったことを電話で教えたんですよ。そしたら『なんの楽器なの?』って聞いてきたんです。」
「まぁそうなるでしょうね。」
「で、私はオーボエって答えたんです。そしたら『大笛?』って聞き返してきたんです。私は『いや、オーボエだよ』ってもう一回言ったんですよ、でも『あぁ〜大笛なんだね。頑張ってね〜』って言ってきたんですよっ!オーボエだって言ってるのにっ!」
「あるあるだね。」
「それで電話が切れちゃって……、モヤモヤしてるんです。」
「おばあちゃんなら知らなくても仕方ないし、聞き間違えても仕方ない。諦めなさい。」
ミサキは合掌しながら言った。
「でもさハルネちゃん、『じゃあオーボエって何?どんなやつ?』聞かれたらなんて答えるのさ?」
そう言ったのは会話を聞いていた二年ファゴット担当のマトイだった。
「ク、クラリネットみたいなやつって答えますね。」
「クラリネットって何?って言われたら?」
「黒いリコーダーみたいなやつ……」
「リコーダーって何?って言われたら?」
「縦笛……」
「じゃあ、おばあちゃんには『私、吹奏楽で縦笛やってるんだ!』って言っとけばいいじゃん。」
「そうですね!」
「(いや、違うだろ。なんでそこに行き着くんだよ。しかもなんで納得するんだよ。)」
静かに会話を聞いていた一松は心の中でツッコミを入れるがそれを口に出すことは無い。彼は家族といるときはそこそこ喋るが、それ以外のときでは業務連絡以外のことを口にすることは少ない。
基本的にダブルリードではこの三人で話が回っている。
「じゃあ先輩、『ファゴットってどんなの?』って聞かれたらなんて答えるんですか?」
「ええ……トッポみたいなやつって説明するかな……。一松くんならなんて説明する?」
基本三人で話が回っているが、気遣いなのかこうやって話を振ってくることがよくある。一松は無視するわけにもいかないので渋々話に参加することとなる。
「ゴボウみたいなヤツって母さんに説明しました。」
「ゴボウ……ッ!!」
「ゴボウかぁ……。」
「せめて枝にしてあげてよ。」
「枝もあんまり変わらないと思いますよ。」
「全てはダブルリード楽器の知名度が低すぎるのが悪いんだよ!」
このパートの練習場所はコーラス室だ。本来なら合唱部が使うはずの部屋だが、吹奏楽部の音がうるさ過ぎるということで他の教室で活動している。軽音部もまた然りだ。
「オエリならなんて説明する?」
二年オーボエ担当のオエリ、彼女も一松と同じくほとんど喋らない。彼女は自分のオーボエを眺めながら言った。
「吹奏楽のステルスミサイルになりゆる楽器って説明します。」
「え?」
「どんなにみんながうまい演奏をしても、一本のオーボエが崩れただけで全て台無しになってしまうって去年の三年生が口を酸っぱく言ってたからです。」
「あ〜言ってたね〜。」
「だから私はこのオーボエにジェリコって名前をつけました。」
「(ジェリコ?)」
「ジェリコミサイルから取りました!」
一松から見たオエリ先輩は完璧な不思議ちゃんだった。十四松が今よりも静かで女だったならこんな感じなのだろうかと思ったことがある。
ハルネ「ていうかリードがクソ高いんですけど。」
一松「(ジェリコミサイルは華麗にスルーか)」
ハルネ「サックスとかが『リード高い〜死ぬ〜』って言いながら10枚持ちしているのを見ると殺意が沸きます。」
マトイ「……それに関しては諦めようよ。」
ミサキ「殺意が沸くのには完全同意だけど、私らはリードは月に2本もらってるじゃん。リードが支給されるのはダブルリードだけだよ?まぁ、2本でやっていけるわけがないけどね。」
ハルネ「でも学校によってはダブルリード楽器がないところもあるんですよね?」
マトイ「うん、そうだよ。」
ハルネ「それってつまりあんまり必要じゃないってこ…」
ミサキ「おーい?ハルネちゃんんんんん!?もし本当に必要じゃなかったら、このパートは存在しないんだよ?んんんんん?必要だからあるんだよ!?オーケー!!??」
ハルネ「そ、そうですよね……。でも学校によって無かったりする理由はなんですか?」
ミサキ「ダブルリードはハイパー高価な楽器だからなの。オーボエ一本買う値段で安いクラリネットなら15本くらい買えるし、ファゴットなら20本くらい買えるからなのよん〜。つまりダブルリードパートがある学校はそれだけ恵まれてるってことなの。」
オエリ「でも楽譜に『option』ってよく描かれますよね。」
マトイ「いたらいたでいいことたくさんあるけど、いなかったらいなかったらでそんなに困らない。それがダブルリード……」
ミサキ「あら、ダブルリードの特徴的な音色はダブルリードにしか出せないからね?よく他の楽器によく埋れるけどオーボエは甘くて妖艶な音色とファゴットの妖艶で滑稽な音色は他には無いんだからね!?」
マトイ「そう!トゥッティのときは吹いていて吹いていなくてもほとんど変わらない、静かなときやソロが私らの舞台!そこで目立つ!!そしてそれ以外は待機組なのだ!」
ハルネ「なるほど、つまり遊軍だということですね?」
マトイ「遊軍って言い方いいね!」
ミサキ「でもそんな遊軍は遊軍の扱いなのよね……。」
マトイ「……うん。」
一松「?」
ハルネ「といいますと?」
ミサキ「まだ2週間しか経ってないお二人には分からないかもしれないけど、とにかくよく私らは忘れられるのよね…。」
ハルネ「あぁこの前私ら集合のときに呼ばれませんでしたね…。」
マトイ「合奏のときとかは、オーボエはまだマシだけど、ファゴットはマジで忘れられてるからね?」
ミサキ「オーボエだってフルートとクラリネットに一緒に合わせようって言われたとき、どっちに行けばいいかすんごく悩む。多分音域が同じのフルートが正解なんだろうけど、なんかクラリネットに申し訳なくなっちゃう…。なんでこんなクラリネットに激似の見た目なんだろ…」
マトイ「ファゴットは木低(木管低音楽器)のセクションに呼ばれないことが多々あるんだよ!!木低なんかバスクラとバリサクととファゴットしかいないのに忘れられるとかありえないからね!?わざとなの!?ハブられてるの!?イジメなの!?ってよく思う。」
ミサキ「マトイちゃんは一年その扱いを一人でよく耐えたと思うよ。今年からは一松くんという愚痴を共有できる人が入ったからよかったじゃん。」
マトイ「そ〜ですよねっ!一松くん改めてよろしく〜。二人でそういう扱い耐えていこうね〜。」
一松「そういうのには何も感じないタイプです。」
ハルネ「まじか。」
マトイ「それでさ、その入りにくい木低の中に入って行って3つの楽器で合わせるんですよ。でもファゴットって木低の中でも特殊な動きをしてたり、あるいはちゃっかりメロディを吹いていたりすることがあるんですよ。他の木低は表打ちとか地味〜な伴奏やってる中で。それで周りから『なにコイツ……』っていう裏切り者の視線を向けられるんですよ!!知らねーよ!楽譜に書いてあるんだもん!作曲者に言えよ!」
一松「『なにコイツ……』っていう視線には中学の頃で耐性をつけました。」
ハルネ「まじか。」
ミサキ「うんうん〜。オーボエもそういうことあるよ。ソロのとき以外はクラリネットとかフルートと同じとこ吹いていたりするけど、時々トランペットと同じとこやってたりするのよね。で、それがクラリネットとフルートにばれたときに『コイツ私らを裏切ったな……』って視線を向けられて、後ろのトランペットからは『コイツ木管のクセして……』っていう視線でサンドイッチになるよね……。」
ハルネ「メンタルは鍛えておいて損はなさそうですね。」
オエリ「そうだよ、損はないよ。例えば目立つところでしくじったときには『お前らが目立つところなんか少ないんだからもっと練習しとけよボケナス。』って視線が来くるんだからね?それからミサキ先輩が『ソロ緊張する〜うまく出来るかな……』っていつもは言わない弱音を言ったときには『ソロがあるの分かっててオーボエやったんだろ?』って視線に囲まれたんだよ?こっちはその日のリードの調子とか楽器がおかしくなるのかとか細かい不安があるのに!」
ハルネ「へぇ……(やばい、メンタル持つかな……。ていうかなんでこの人たちは視線で会話ができてんの?)」
一松「そういう視線にも慣れてます。」
ミサキ「あとダブルリードって片付けるのに時間がかかるじゃん。で、片付けが終わったころには教室の机の片付けも終わってて『あ、今ごろ来たのかコイツら』って視線が来るんだよ。サボってるわけじゃないんだけどなー。」
一松「そういう視線にも慣……」
オエリ「すごいね、一松くん。」
ミサキ「あと、ダブルリードやってるとぼっち耐性がつくよ。私にはこのパートに同級生がいないじゃん?もうね……、うん……。そういうことなの……、察して。」
一松「ぼっち耐性ならもう備わ……」
ミサキ「あなたダブルリードやるために生まれてきたの?」
マトイ「もう既にコレをやるために必要なものがすべて備わっているとは……。あとは楽器の練習だけじゃん。」
一松「(褒められてる?貶されている?どっち?)」
ダブルリードは一松が一番嫌いなキャーキャー騒ぐタイプの女子は一人もいないので、その点は楽だった。
それに自分も含め全体的に吹奏楽部から浮いている存在が集まっていたのでそれぞれの性格の色々な部分を割り切ることができた。
あと、変な名前が多い。ミサキ以外普通に見るような名前じゃないなと思っている。まぁ、自分も人のこと言える名前ではないが。
「はい〜パートリーダーから改めて忠告します!」
ミサキは自分のオーボエを撫でながら言った。
「さっきオエリちゃんがちょっと言ってたけど、下手なダブルリードは吹奏楽の演奏をぶち壊せる最悪の兵器だからね?」
「先輩〜それはオーボエの話であってファゴットには当てはまらないんじゃ……」
「でも上手いに越したことはないでしょ?」
ミサキは威圧の籠った声でマトイを黙らせる。
「でも上手いダブルリードなら1、2本だけの力でサウンドはより豊かになるの。ダブルリードは変わった音色だから。オーボエは高音部に色をつけてファゴットは低音部に厚みを加えるの。そのために存在するの。つまり何が言いたいのかというと、練習がんばろーねってこと。」
「すごく周りくどい言い方ですね。」
「うん、知ってる……。はい!お喋りここまで練習練習!」
五人はこうして個人練習に戻ったのだった。
しかし無言の間というのは一時間も続かった。意外にもその無言を破ったのは言い出しっぺのミサキだった。
「オエリちゃん、最近スランプ?」
「そうなんですよ……。よくわかりましたね。」
オエリはギクッとしてから申し訳なさそうに答えた。
「いや、毎日聴いてるからさ。なんかビービーいってる。」
その言葉にオエリはミサキ先輩はやっぱりちゃんと見ててくれているんだなと嬉しかった。その反面、申し訳ない気持ちが高まった。そこで彼女は細い声で悩みを話し始めた。
「今年の吹部は去年と比べ物にならないくらい勢いとか違うじゃないですか……。金賞取ろう、全国目指せって……。練習時間も長くなってるし……。」
いつの間にか残りの三人は吹くのをやめて二人の会話を静かに聞いていた。
「こんなチャルメラみたいなオーボエでコンクールに出れるのかな〜って、出れたとしても足を引っ張らないかな〜って思ってます。」
「まぁスランプならそのうち治るでしょ。それに。」
ミサキは譜面から目を離さずに、いつも通りの声のトーンで話す。
「55人の編成に私一人のオーボエだけじゃたぶんいる意味無い。オエリに出てもらわなくちゃ困るんだけど。どんだけ私を頑張らせる気?」
「そうですよね……。」
彼女のオエリという突然の呼び捨てに3人は二人の仲は自分が想像している以上のものだと悟った。
「あ、ちなみに自由曲のソロは私がやるからね?そこは譲るつもりないよ?」
「いえ、譲る気満々です。」
「分かったら練習!じゃなきゃ君のオーボエはコンクールで本当にジェリコミサイルになっちゃうよ?」
「はい……」
そうしてまた練習に戻った。
ミサキはいい意味で人を丸め込むが上手い。だから部長に選ばれたのだろうと一松は推測した。
いつもニコニコ顔で愛想がよく、仕事もきっちりこなせ、そして誰とでも打ち解けられる……そんな完璧人間と自分は一日数時間同じ空間にいて時々会話するのが信じられない感じだった。
何度も言うが一松は兄弟以外の人間ととはほとんど交流を持たないことがほとんどだ。彼は最初人数の少ないダブルリードに決まったとき、正直嫌だった。なぜなら彼の経験からグループなどで行動するときは人数が多ければ多いほど自分を放っておいてくれる確率が高いからだ。勝手にグループ内でグループを作って俺のことはいないものとして扱ってくれる。俺にとっては一番それが楽。逆に人数が少ないと喋らない俺に変に気を使って話などを振ってくる確率が高くなる。あるいはかなり気まずい無言の空間になる。後者ならこっちとしては気まずい空間でも全く気にしないのでいいのだが、問題は前者だ。あからさまに「放っておいちゃだめだよね?なんか話かけなくちゃ。あぁコイツ面倒くせー」という空気を出しながら話しかけられるのがほとんどだ。俺もそんなやつとはなおさら喋りたくない。が無視するわけにもいかないのでなにか答えるが、結局中身の一切ない、得るものが何もない、そんなものになるのがとにかく一松は嫌だった。
しかしミサキはどうだろうか。彼女は全く「面倒くせー」感を出さずに、ほとんど喋らない一松やオエリに話を振るのだ。最初は一松は話を振られても素っ気ない返ししかせず、ずっとこれを繰り返せばあいつも学習して話しかけたりすることも少なくなるだろうと思っていたが違った。
彼女はめちゃめちゃ自然な流れで一松に話を振る。彼はその自然さにただただ脱帽するだけだった。