吹奏楽部には「スカート丈チェック係」というものが存在する。やることはスカートの長さを抜き打ちで測り、説教すること。この係は基本的に今部活にいる最高学年の男子しかできない。
スカートの長さの基準は『立膝をついて、裾が地面から8cm以上浮いてたらアウト』というものである。この長さは普通に立ったときは裾が膝にかかるかかからないくらいの長さであり、女子高生にしてはかなり長い方だとおもわれる。そしてアウト判定されたらその場で怒鳴られ、リストにチェックがつく。
スカートのことなど全く男子には関係がないが、その他にも身だしなみについてはきつく指導される。ズボンにシャツ入れろ、ボタンは第一ボタンまで閉めろなど普段の学校ではそんなに言われないことが吹奏楽部では言われる。学ランの下にパーカーを着ようものならパーカーのフードを捕まれ、そのままお説教コースに入りそうだ。髪の毛を染めたらたぶん半殺しだろう。
その役割に雇用されるのはいかにもな感じの三年男子二人だ。二人は常にポケットに定規を入れて練習し、気が向いたらチェックをする。そのため彼らがパートの練習場所に近づくときには「スカート係来たよ!」などの会話が繰り広げられる。
校則より部則の方が厳しいのは全国の吹奏楽部に見られる特徴である。
ある日、一年生だけが第二音楽室に呼び出された。新入生だけへの連絡や配布物や説教などで呼び出されることはよくあったが、ここ数日はそういうのが無かったので久しぶりだった。
チョロ松たちは速歩きでそこへ向かう。遅いと怒鳴られる。もう部活での速歩きは癖になっていた。
「遅いんだけど。」
部屋に入り浴びせられた第一声は副部長(サックスの方)のものだった。声に含まれる棘を感じ、チョロ松は今回は怒られるなと察した。
チョロ松は怒られる原因を予想しながら座った。
挨拶と返事の声が小さいから?いや、最近はようやくマシになったと思うぞ。それとも授業終了から部活に来るのが遅いから?それも最近マシになったと思う。態度が悪いから?なんだよ……?細かいことならパート内で完結させるし……ここに一年全員を集める要因ってなんだ……?
周りはいつもの雰囲気ではなかった。サックスの方の副部長はいつもの明るいおバカキャラが崩壊して、ドス黒い殺気のマジギレモードで立っている。トランペットの方の副部長もサックスの方ほどではないがキレモードで立っており、コンマスは無表情だった。そしていつもは一年の集合にはほとんどいない部長が腕を組みながら斜め上を遠い目で見ながら隅の壁に寄りかかってた。その顔は「オラ、知らね。」という顔だった。
この吹奏楽部幹部四人組の勢揃いに「これは只事ではない」と一年は感じ取る。しかしその部屋にいる先輩はその四人だけではなくもう一人いた。二年の一年生指導係のエチ子だった。一年生指導係は一年生の教育全般の長だ。彼女はその係故に一年生から陰で嫌われていた。しかも彼女は二年生。三年生ならまだしもなぜ二年生にその係をやらせるのかと一年生から不満が上がっていた。一年生と三年生の関係を「じいじと孫」と例えるなら一年生と二年生の関係は「嫁と姑」だ。姑からギャンギャン言われウザいという気持ちは分からなくはないかもしれない。エチ子はまさにその姑の典型だった。
しかしその彼女が目を真っ赤にしてそこにいた。
チョロ松は静かに驚いた。だってあのエチ子だよ!?あの粘着系自称しっかり者のエチ子が泣いてるんだけど?だけど一年をめっちゃ睨んでるし!
誰に泣かされた?という疑問が浮かぶが答えは決まってる。幹部四人だ。やばい、マジで一年は今回何やらかしたんだよ。
「今回ここに一年生を呼んだ理由はね、一年生につたえておきたいことがあるから。」
サックスの方の副部長がキレモードで話し始める。
「妥協したいんだったら辞めてもらっていいんだけど。あなたの代わりは他にいるから。」
とうとう、「辞めてもいいよ」の領域まで来たのか。でも部活は必修だから辞めれないんじゃ……。
「辞める、つまり転部したいならどうぞ。」
ああそういうことか。
「なんでこんなこと言うかっていうと、一年生が基礎練を真面目にやってないからだよ!」
あっそう。
「あのね!基礎練の上に曲が乗ってるの!公式分からなくちゃ問題解けない!基礎ができなきゃ応用はできない!」
シンと静まる教室。
「めんどくさいとかつまらないってヤツはバカなの!?何言ってんの!?ふざけてるの!?なんのためにやってると思ってんの!?プロの人個人練の時間の半分以上は基礎練に当てているっていうのにアマの私らが基礎練無しでやっていける!?無理!まともに吹けない!!『私は一通り音階が吹けるようになったよ』は基礎練やらない理由でも何でもないからね!?吹くと奏でるは全然違うからね!?基礎練で奏でられるレベルまで持って行きなさいよ!バカ!!そんなんじゃ五月になっても楽譜渡さないよ!」
副部長は一切の息継ぎ無しに長い言葉を早口で綴る。
チョロ松にはこんなに激しく怒られるのは初めてなのと、やや心当たりがあることで少し恐縮している自分と、「すんげぇ息が続くな」と冷静になっている自分がいた。でも僕はめんどくさいなとは思ってたけど一応真面目にはやってたよ。真面目に。
「言っとくけど一年生のほとんどが楽器が鳴ってるだけだからね!?『楽器を鳴らす』と『楽器の音を鳴らす』も全然違うからね!?ここをよく理解しておいて。ひたすらその楽器の音を追求するのが基礎練!!『鳴らせる、吹ける』で止まってちゃ演奏聴いても何とも思わないし、コンクールは地区大会で終わるから!その上に色々積み重ねて高いタワー作った学校が評価されるんだからね!!上達の近道は基礎練しか無い!上達する気が無いなら転部しやがれ!部員は129人、代わりはいるからどうぞ勝手に!」
吐き出したいことを思いっきり吐き出した副部長はにわかにスッキリした顔をした。
いつになく重い雰囲気の空間は鉛のようだった。それを切ったのはトランペットの方の副部長だった。
「要するに彼女が言いたいことは『基礎練は真面目にやれ』ってことなの。分かった?」
「「はい!」」
もう一年生は先輩が語尾に疑問符をつけたら条件反射で返事をすることが体に染み付いていた。
「でも頭で考えながらやらないと基礎練は真面目にやったとは言えないのよ。吹いてるだけじゃダメ。一音一音出すたびに頭の中で反省会を開いて。アンブシュアは良かったか?息の入れ方はよかったか?出始めの音の音色は良かったか?ピッチはあってるか?音量は良かったか?メトロノームとずれてなかったか?音の終わりはかすれてないか?音に力がこもってないか?理想の音と自分の音はどれだけ離れているか?今ざっと挙げたけどこんなにチェック項目はあるからね?パートで合わせてるならそこに、皆とピッチが合っているか?音の出始めは皆と合っているか?終わり方は揃っているか?とかも加わるから。これ全部ができるようにするのが基礎練だからね?ほらやること沢山あるでしょ?これらのことをまとめた明日プリントを明日あたりに配ることにするわ。私からは以上。」
「あとさ、一年楽器の扱い悪すぎなんだけど。」
一難去ってまた一難。サックス副部長が新たな事案で口を開く。
「楽器はデリケートで高いんだからもっと大切に扱ってよね!ガンガンガンガンぶつけたり、おもちゃみたいにしてる人いるけどさ!!高いんだからね!?音色がそれで変わっちゃうからね!?楽器の修理費とか笑えない値段だからね!?全楽器を年に一、二回点検にだしてるけどその費用の何倍もかかるんだからね!?壊れまれば部費を値上げすることになるよ!?しかも修理してももう元の形には戻せないんだからね!?分かった!?」
「「はい!」」
こうして説教タイムは終わった。その後チョロ松は修理費がいくらくらいなのか気になったのでセイヤに聞いてみたところ分解修理なら五万円以上かかってもおかしくないと言われ、白目むきそうになった。安いクラリネットなら二本ほど買える値段だ。よし、大事にしよう。
さらにその後の後、トド松からこんな話を聞いた。なんでこんなお説教タイムが開かれたのかというと、サックスの一年が基礎練めんどいと言ったのをサックス副部長が聞いたかららしい。いや、パート内のあれこれはパート内で完結させてくれよ。一年全員を巻き込まないでよ。まぁ最近はみんな慣れが出てきてダラっとしてるところがあったからちょうど良かったとは思うんだけどさ……。エチ子は多分一年の指導不足として怒られたのだろう。それは流石にかわいそうだなとは思った。
チョロ松は最近女子のギスギスに触れることが多くなりややストレスがたまり気味だったが、茶華道部に比べればまだマシかなと、ポジティブに考えるようにしている。あそこは部員86人(もう人数的にお茶会じゃなくてパーティだろ)そして86人は全員女子、男子はゼロ。半分女子校みたいなことになっている。考えるだけでも恐ろしい。キャッキャと仲良さそうに見える水面下では何が起こっているのだろう……。
赤塚高校は一学年50人10クラスで1500人の全校生徒がいる。そして部活は必修。茶華道部や吹奏楽部の部員数がこんな人数になるのも仕方ないことだ。ちなみに運動部の部員数は、野球部は72人、ダンス部は105人、サッカー部は65人……。文化部だと英会話部が31人、合唱部が19人、文芸部が60人……。文芸部は腐女子の巣となっている。あそこは茶華道部とはまた違った方向でヤバそうだ。