カラ松のいるトロンボーンパートは11人。特筆すべきなのは吹奏楽部で唯一男子がパートリーダーをしていることだ。その彼の名前はテツヤ。前回の話にも書いたがここの吹奏楽部の男子は四人に一人の割合でいる。これは普通の学校よりは多い人数だ。だからもっと男子がパートリーダー勤めてもいいと思うが今年は一人だけなのだ。彼は特にそのことを気にすることなくパートをまとめる。
「和音やるぞ。」
和音とは違う音を重ねてハーモニーを作ること。トロンボーンは伴奏としての和音を担当することが多い楽器だ。トロンボーンが締まらないと全体に迫力が欠ける。
「3rdからドを出して。」
吹奏楽のパートは楽器としてのパート分けだけでなく、そのパートの中でさらに別れている。
一番上を吹き、その楽器を引っ張っていくパートが1st。
1stを下から支えるのが2nd。
1stと2ndを支えるのが3rd。
と、このように分かれている。曲や楽器によってはパートが分かれてなかったり、2ndまでしかなかったり、4thまであったりもする(ホルンは普通4パートに分かれている。)
そしてカラ松は体格がいいということで3rdになった。トロンボーンの3rdは普通バストロンボーンでやるはずなのだが、まともに使えるバストロが2本しかないので普通のトロンボーンでも3rdをやることとなっている。
3rdの四人はドの音を出す。耳でピッチを皆と合わせ、まるで一本のトロンボーンしか鳴っていないように聞こえる状態を目指す。
「2nd、ミを出して。」
2ndがミの音を出す。しかし2ndが3rdの上に乗った途端、濁った音が聞こえた。
「2ndは後から入ってくるんだから3rdに合わせろ。3rdの上に優しく乗って。」
だんだんと綺麗なハモりになっていく。パーリーは1stもソの音で入るよう指示をする。
やはり濁る。が、徐々に合ってくる。
「せーのっ!」
その合図で皆は音を一旦切り、一斉に再び鳴らす。
”ヴオォ〜〜〜”
ドミソの基本的な和音は一人で吹くよりもずっと豪華な音だったが濁りがあった。ピッチがずれているからだ。パートの中でピッチがあっていても、他の音を出している他のパートと合わなくてはクリアな響きには鳴らない。さらにもっと言うなら2ndのミの音は少し低い方が綺麗な和音になる。純正律と平均律というものだ。
和音一つは吹くだけなら簡単だが、響かせるのは神経を使うものなのだ。
テツヤはさっきの音を聞いてハーモニーディレクターの電源を入れる。ハーモニーディレクターとは見た目はキーボードの楽器だが、使用用途が全然違う。名前の通りハーモニーを調整し、合わせるために使うものだ。演奏に使う楽器ではない。彼はハーモニーディレクターを叩いて、皆に理想の音を聴かせる。
「これを目指して、もう一回。」
またさっきと同じく3rdから吹き始める。とんでもなく地味な光景、地味な練習だがこれができないと華やかな演奏にはならない。
「せーのっ!」
”ブオォ〜〜〜”
「う〜ん。前よりはマシにはなった。だけどまだまだ改善の余地はまだある!もう一回!」
カラ松はいつものカッコつけは忘れ、ただ音を合わせることに集中する。和音練習には上手いや下手は無い、合うか合わないかだ。それは気持ちの持ち方で違ってくる。
*****
もう何回目だろうか。そろそろバテてきた。いつまでこれをやるのかと目が半目になる。しかしそれは突然訪れた。
「せーのっ!」
”ボーーー”
……!?
カラ松は半目を見開いた。今エンジェルが微笑んだぞ。
先輩たちが合った!合った!と歓喜する。合うっていうことはこういうことなんだ!とテツヤも顔を明るくする。そこにはトロンボーンを通しての一体感があった。
「ウェ〜イ!」
「10人で吹いてこんなに合うって珍しくない?」
「一度この響きを知っちゃったら癖になりそう!」
マンネリでシンとしていた練習場所は嬉しさに湧いていた。
「ねぇこの現象に名前つけない?合ったって言うのなんかダサいし。」
「ダサいか?」
「いいね!」
ダサいから名前をつけようと提案した三年生にテツヤは疑問符を打つがスルーされる。
「なにがいいでしょうか……?」
「☆○ちゃんはいいのある?」
「えぇ私ですか?うーん。シンクロとか……?あ、でもなんか違うな…ありきたりだし……。」
「カラ松くんは?」
カラ松はもういつものカラ松だった。さぁ、ここはなんて言ってやろうか……?まぁさっき俺が思ったありのままを言うぜ。
「ふっ、エンジェルの…「あ”?」
カラ松の言葉は威圧のこもったテツヤの声で止められる。カラ松は一瞬素の顔に戻る。
「テツヤ!なんでアンタいっつもカラ松くんにあたりが強いの!?」
「強くしてないよ。」
「いや、十分強いよ?」
「カラ松くん、テツヤは高二病だから察してやって。」
「……はい…?」
テツヤは顔を真っ赤にしてなにも言わない。
「で、なんて言おうとしたの?」
「エンジェルが微笑んだ…」
「いいね!それ!」
「採用!」
「いぇ〜い!」
「………………じゃあドミソの和音で天使が笑ったから次はド#ファソ#の和音でやるぞ。」
「「はい。」」
そんなこんなでトロンボーンパートは練習を進めていった。
和音練習が終わったあとは先輩たちがコンクールの曲を合わせる。その間、一年生はずっと個人練だ。
コンクールは二曲演奏しなくてはならない。一つが課題として決められた課題曲と、もう一つが自由に決めてもよい自由曲だ。今年は課題曲に「ブライアンの休日」と自由曲に「マードックからの最後の手紙」という曲をやるらしい。コンクールのA編成の規定人数は55人までだが、それは全員が出れる人数ではないのでオーディションをすることとなっている。みなオーディションに受かりたいので躍起になっている。
ちなみに一年生もオーディションを受けれることとなっているが、それは中学からの経験者だけであり高校からの者はオーディションすら受けれない。まぁ、今年は別に出る気は全く起きないのでそれは別にいいのだが。
カラ松は無言で練習に取り組む。トロンボーンを吹いているときには素に帰るのが彼だった。そんな彼はもう授業中もトロンボーンのことが頭にちらつくほどトロンボーン好きになっていた。無意識に腕を動かしてしていてトド松に「不審者ぽいからやめて」と言われたこともある。
トロンボーンの何がいいのかというと仕組み自体はどの楽器よりもシンプルなこと。ただの長い管の長さを変えるだけ。腕を大きく動かして体で演奏する様子がカラ松は一番好きだった。そしてその音はどの楽器よりも自由に変えることができる。感情の思うがまま。カッコいいだろ?半分無理矢理やらされたが、今はとても感謝している。
カラ松はトロンボーンからマウスピースを取り外し、それだけで吹く。息の状態を知るためだ。理想の状態は知っている。あとはどれだけそこに近づくかだ。
ついでにタオルでマッピを磨いてみる。ただのタオルだからピカピカになるということは無いがなんとなく綺麗になった気がしていい。あと、いつかトロンボーン本体を心ゆくまで手入れしたい。学校でやろうとしたら先輩に「それはいえでやれ」と言われたので学校ではできないのだ。
マッピを磨き終わったらまた戻そうとしたとき、うっかり手を滑らせてマッピを落としてしまった。
金属が固いものと当たる音が広がる。
あ、やばい。
慌てて拾い上げて後ろを振り返ると先輩がキレ気味で立っていた。
「カラ松くぅ〜ん?」
「す、すみません……。」
「前にも言ったよね?マッピは安くないって。」
「…はい。」
「落として変形したら音が変わるんだからね?分かってる?それどころか本体からマッピが抜けなくなったりもするんだよ。」
「…はい。」
「金管楽器は吹き口から近いところの凹みほど音に影響が出るの!その吹き口そのもののマッピを落とすなんて練習以前に論外!絶対に落とさないで!」
「…はい。」
「スライドも落としてないだろうね?あれでこそ修理直結するからね!!」
「スライドはまだ落としたことないです。」
「落とさないでよ!!」
「…はい」
「本当に落とさないでよ!?」
「分かりました。気を付けます…。」
そう言い終わると先輩は練習に戻った。
カラ松は慌ててマッピをタオルで磨く。大丈夫、ヘコんでない。あぁよかったよかった〜。俺が悪かったよ〜許しておくれ〜〜!
カラ松を先輩たちが睨んでいるが、カラ松はそんなことには気づかなかった。
課題曲「ブライアンの休日」
2008年度のコンクール課題曲I
リズムの面白い王道マーチ。
自由曲「マードックからの最後の手紙」
有名曲なので知ってる人も多いのでは?
マードックというタイタニックに乗っていた一等航海士の書いた手紙をイメージした曲。