楽譜をもらった
下手をすると天然記念物のオオサンショウウオよりも珍しいかもしれない一卵性の6つ子が赤塚高校吹奏楽部に入ったことにより、他校やその周辺の人たちの話題の中で赤塚高校吹奏楽部の話が上がることが以前よりかは多くなった。
しかし当の本人たちは知らず……
五月に入った。五月になるとやっと一年生は楽譜が貰える。そのため一年生たちは五月一日だけやたらテンションが高かった。
そしてチョロ松に渡されたのは2ndの楽譜だった。一年生は皆配られた楽譜(2曲)をじっと眺めている。
「いい?1stから3rdまでいて初めてベークラのパートだからね?1stの方が偉いとかは無いからね?分かった?」
「「はい!」」
「じゃあ基礎練二時間やり終わったらその2曲を個人で練習してください」
「「はい!」」
彼らに渡された曲の題名は「学園天国」と「さくらんぼ」だった。
(やっと楽譜きた!とりあえずこの基礎練永遠ループ地獄からは解放される!イェーイ!)
そして二時間の基礎練を終え、いざその2曲と対峙する。
うん、音符が一発で読めない。あれ?この変な記号は何?なんかこことここが途切れてるし、どういう順序で吹くのこれ?
同じく楽譜が読めない一年生からヤヨイへの質問攻撃が始まった。
「先輩、このちっこい音符なんですか?」
「それは装飾音符。短く吹くの。」
「じゃあこれはなんですか?」
「それはメゾフォルテ。やや大きくって意味。」
「これは」
「それはフェルマータ。程よく伸ばすって意味なの。」
「このうねうねはなんですか?」
「トリル。二つ上の音と短く行き来するの。」
「じゃあこれは?」
「アクセント。強くって意味。」
「強くと吹くことと大きく吹くことって何が違うんですか?」
「…………私練習してもいい?音楽辞典が準備室にあると思うから勝手に調べて。」
「「はーい」」
チョロ松たち四人の吹奏楽未経験者たちは辞典とにらめっこして記号や音符を調べ、書き込んでいく。
途中から経験者のセイヤたちの助けを借りながらチョロ松たちは調べ物を進めていく。
とりあえず音名と記号の意味を書き込み終わった頃には30分ほど経っていた。
「で、書き込み終わったら次は譜読み。いきなり吹こうとしちゃだめ。」
「へぇ……。」
「まずは歌えるようになる!音階を楽譜通りのリズムで歌うんだ。」
「「ラッシッシラッ ラ〜シッシラ ソ〜ラッラソソ〜 ラッシッシラ ラ〜シッシラ ソ〜ラッラソソ〜 !」」
なんかお経を呼んでるみたい。
「で一通り歌えるようになったらクラリネットを実際に吹く。」
以外と難しい。指がついていかない。雑な吹き方になった。時計を見るとあと30分しか練習時間が無かった。
早い。とりあえず集中してやらなくては。
あっという間に練習時間が終わり、片付けに入った。彼はクラリネットのいつものメンツとしゃべりながらクラリネットにスワブを通す。
ヤイ「やばい全然できない〜」
チョロ松「僕も心配になってきた……。」
カナ子「案外なんとかなると思うのは私だけかな?」
ヤイ「それはカナ子が中学の頃にクラやってたからでしょ!?」
カナ子「だから中学にやってたのはベークラだってば!アルクラはは・じ・め・て!」
チョロ松「でもクラだし…。そういえばなんでセイヤはあんな一発で譜読みが出来たの?譜読みは慣れるもの?」
セイヤ「え?いや……実は中学のころにこの二曲やったから……。」
ヤイ「ずるい、裏切り者め。」
チョロ松「じゃあその分の練習時間は僕らに奉仕してよ。」
セイヤ「どうしよっかな〜。」
カナ子「でもこの曲って七月の頭くらいにある野球部の夏の大会の応援のためなんだよね?野球部にそこまでする必要あるの?コンクールが近いのに……。」
チョロ松「さぁ……。」
ヤイ「さぁ……。」
セイヤ「さぁ……。」
「みんなに連絡!特に一年生と三年生!」
部屋に入ってきたヤヨイはメモを見ながら要件を伝える。
「学園天国とさくらんぼは5/5に一年生と三年生だけで合奏するって。ちなみにまとめるのは顧問じゃなくて私。」
「え!?今週じゃないですか!!」
「早すぎません!?」
「大丈夫、学園天国とさくらんぼはM8の楽譜だから。M8は三日間くらい真剣にやればできるようになるよ。それに5/3からゴールデンウィークで一日練習じゃん。余裕余裕。」
「「ええええ……。」」
「あと野球応援のためにやる曲が全部決定して、全部で12曲ってことになったからよろしく。ちなみに全部楽譜見ずにやるからね。」
じゅっ……12曲だって!?12曲全部吹けるようになった上で覚えろと?この二ヶ月で?
「早く片付けてミーティングやるよ。」
「「はーい。」」
うわっこれは大変だぞ……。チョロ松はこれからやってくる課題にプレッシャーを感じるとともに、どこからともなく湧いてくるワクワクも感じた。
翌日の朝練。
もう朝7:30に学校に来ることも慣れてきた。早起きは三文の得だかなんなのか知らないけど、最近体が軽くなった気がする。おそ松兄さんと一松の寝起きは相変わらずだが。
チョロ松はFdurのスケールを吹く。いい加減楽譜見ずに吹けるようにならなくてはと思いながら一音一音丁寧に吹くように心がける。
曇り空の中を駆け抜けてきた風が廊下を通る。その風圧でスクラップブックはパラパラとめくれた。チョロ松は風にイラッとしながらそのままスケールを続ける。
ファーソーラ♭ーシ♭ードー……あれ?この次はなんだっけ?
彼はめくれたスクラップブックを元のページに戻す。
ああ、レ♭ーミ♭ーファーだった。
彼はクラリネットを構え直したが、また風が吹いてスクラップブックが勢いよくめくれて今度はチューナーも落ちた。彼のイライラがさらにつのる。
(……明日、家から洗濯バサミを持ってこよう。この暴れ本を留めてやる。)
チューナーを拾い上げ、スクラップブックを見直すと開かれていたページは学園天国とさくらんぼのページだった。彼はそれを見て明後日合奏だという事実を思い出す。本当に大丈夫なのか?自分だけ吹けなくてみんなに迷惑をかけないか?それが一番心配だった。
泣きながら合奏している部屋から出て行く先輩を見たことがある。ああなるのも嫌だった。
できればこの時間に曲を練習したかった。しかし朝練の時間は基礎練しかしてはいけない。彼はその気持ちを飲み込み、スケールのページを開いた。
午後の練習。
ヤヨイがラッパのように声をあげて言う。
「いい?一年生?よく聞いておいてよ。吹奏楽部は生徒自治で成り立っているの。顧問の武水先生は基本的に合奏のときに指揮棒を振って指示を出すことぐらいしかしないの。だからこの曲をチョイスしたのも楽譜係と私ら。明々後日に合奏をするのも決めたのも幹部の私らな
の。」
「一年生の中に全くの初心者で楽器を始めて一ヶ月も経ってない人がいるのを分かった上で私らはこのノルマを出しているからそこは安心しなね。」
何を安心しろと?
「で、出されたノルマを達成する一番の近道は逆算なの。今日は2日で明日の3日は一日練習、4日も一日練習、合奏するのは5日。3日の終わり頃と4日にクラリネットだけで合わせるつもりだから。もう何をどのくらいのペースでこなせばいいかわかるよね?」
「「はい…」」
「じゃあ後は練習してください。一年生同士で合わせたり教えうこともどんどんやって。」
「「はい。」」
「以上、解散。一時間後にみんなで基礎練合わせるからそのときにまた集合ね。」
チョロ松は教室から廊下へ向かう。
(う〜ん。合奏以前にクラリネットでも合わせるとなるともっと期限はキツキツじゃないか……。これはもう分かっているセイヤとかな子ににじゃんじゃん質問攻めをしていった方がいいな……。)
「あ、一年生!もう一つ!」
ヤヨイは一年生に向き直し貼り付けたような笑顔で言った。
「3日のクラリネットのみの合わせにできないところがあっても特に怒ったりはしないからね。」
「「はい。」」
チョロ松は一心に楽譜と向き合う。
♪ソーファッレファーソー ソーファッレファーソー♪
(あ、これ有名なあそこのフレーズじゃん)
それに気づいた途端一気に吹きやすくなった。チョロ松たちは集中をして練習を進めていく。分からないところがあったらお互いに教え合い、フレーズだけリズムの確認のために二人だけで合わせたりなどする。それだけで時間はあっという間に過ぎた。その時間の過ぎ方は基礎練をしているときよりずっと早かった。
後片付けのとき、ヤヨイがまた新たな楽譜を一年生に配った。それはコンクールの課題曲と自由曲の楽譜だった。中間テスト明けにやるオーディションのためらしい。
吹奏楽部は実力主義。55人の定員に選ばれる者に先輩も後輩も無い。しかし一年生の吹奏楽未経験者はそのオーディションを受けることができない。そのためこの楽譜はチョロ松にほとんど関係ないのだ。
経験者の一年生は楽譜をもらってメンバーになってやろうと意気込んでいる。そんな様子を見てチョロ松は「実力主義とか言っておきながらなんだかんだで先輩優先だろ」と思っていたが、三年生たちが「一昨年は三年生が落ちて一年生が受かったってことがあったよ」と言ったのを聞いて拍子抜けした。
(え?でもそれは一昨年の話なんだよね?去年は?去年は三年生全員受かったの?でも一昨年は県大会銀賞……去年は地区大会銀賞……。この格差はなんなんだ?)
そういう疑問が湧いてきたがそれを先輩に聞いてみようという気は起きなかった。クラリネットの四人組で「変だね〜」と話のネタにするだけだった。
クラリネットなどの管楽器は一度1stなどのパートが決まると移動することはあまりない。少なくともここの吹奏楽部では。そのため楽譜が配られるたびに誰にどのパートをやらせようと悩むことはあまり無い。しかし楽譜が配られる度に頭を悩ませることとなるパートがある。パーカッションだ。
「マジでパート分けどうしよう〜!!人数多すぎ!14人とかマジで多いよ!タンバリン4人とか正気じゃない振り分けになっちゃう〜〜!!先輩たちはどうやって10人超えの人数のパート分けをしたんだよ〜〜!!」
パーカッションの三年のパーリーは喚きながらひたすら楽譜とにらめっこしていた。何種類も楽器を扱うパーカスのパート決めというものは人数が多いと楽器の個数の状況や人数配分で悩むこととなるのだ。逆に人数が少なく、手が足りない状態になると今度はどこを端折るかに悩むこととなる。
「あ!曲ごとに休憩枠を作るってのは?」
三年生の一人が提案する。
「それももちろん視野に入っているけど、野球応援に途中からコンクールメンバーが行けなくなることも考慮すると休憩枠はほとんどコンクールメンバーになるよ……。」
「あっそうか。でもそれでよくない?」
「しかも野球のスタンドにはシロフォンとティンパニーとか持っていけないから余計に手が余るんだよ!」
「あれ、先輩?去年はペットボトルチームを作ってませんでした?」
「あ!そういえばペットボトルチーム作ってたわ!!ナイス!」
「じゃあこの楽器とこの楽器で一人分。この楽器とこの楽器で一人分で……トライアングルって二人もいらないよね?」
「外だからな…」
「じゃあ二人でいいか!」
そうやって先輩たちはパート分けをしていた。
そんな様子を十四松は無言でシロフォンを叩きながら見ていた。
パーカスの一年生が楽器を触らせてもらえるようになったのは入部して二週間くらい経ってからだ。それまではずっとドラムスティックと練習台しか触っていなかった。始めて楽器を叩かせてもらえたとき十四松は先輩から「絶対に思いっきり叩かないでよ?皮を破らないでよ?打楽器だけど優しく叩いてよ?」と、他の一年生にくらべてかなり念押しされた。しかし実際には十四松は先輩たちの予想よりも丁寧に叩いていた。しかも音楽未経験者の割には筋が良かったので二重に驚かれた。
「はい決まったよ!」
パーリーは楽譜を配り、それぞれの担当楽器を一人づつ説明していく。十四松は学園天国はタペットボトル、さくらんぼはタンバリンだった。
「ペットボトルチームはペットボトルに石入れて叩くから。」
「以外とペットボトルの音って響くんだよね。野球の雰囲気にぴったりだし、メガホンより安いし。」
「そうそう!パートが決まっても基礎練のときには全部の楽器を練習してもらうからそこはよろしく。」
「「はい!」」