嵐のような部活勧誘が通り過ぎ、雪崩のようにその日の学校は終わった。そして校門でまた嵐のような部活勧誘を受け、6人は駅へ歩いていた。
「で〜、明日から部活見学始まるゲド?俺とチョロ松は吹奏楽に行くよ。」
「結局おそ松兄さんも付いてくるんだ……。まぁいいけど……。トド松は?」
「僕?うーん。クラスの子と一緒に行動すると思うからわからないや。」
「もうお前グループを作ってるのかよ。お前らは?」
「おそ松。お前が行くなら俺もついていくぜ、ブラザー。なぜな……」
「ええ!?みんな行っちゃうの〜!!??うんと…じゃあ……ぼくは…………ぼくも行くッ!!!!」
1人静かにいる一松におそ松がどうするか聞いた。
「ん。じゃあ行く。」
そこそこ二、三年生に目をつけられてる自分らだ。一人だけで他の部へ行くのは些か冒険が過ぎる。そう判断した一松はおとなしく兄弟についていくことにした。
紫色の西の空を見るに、今夜は晴れそうだった。
翌日、6人は普段通りの時間……つまり昨日より20分遅く家をでた。早く出ても部活勧誘は回避できないから無駄だとおそ松が言い出してこの時間になった。本当の理由はもっと寝たいからなのだろう。そうチョロ松は思っていたが、連日重なる新しい環境での生活や通学に精神的に少し疲れていたチョロ松は突っ込むのもやや億劫だった。
ここからの流れは昨日と同じだった。しつこい部活勧誘の洗礼を受け、教室に行き、終業のチャイムが鳴るのを待つ。
今日が昨日と違う点は放課後に部活見学があることだった。チョロ松が今日の学校で一番楽しみにしていたことだ。下駄箱でおそ松、カラ松、一松、十四松の4人と合流し音楽室へつながる渡り廊下を歩いた。
そこで先輩女子生徒とすれ違う。学年の判断方法はスリッパの色だ。一年生が緑で、二年生が赤、三年生が青である。
青のスリッパを履いた先輩は一度彼らを見た後、もう一度見直した。そしてえええ?と声を上げた。俗に言う二度見だった。
「あなたたち!スイブへ見学しに来たの!!??」
おそ松はスイブを脳内で吹部(=吹奏楽部)と変換し、返事をした。
「うわああああああぁぁ!!!!!!きちゃったよおおおおおおおぉ!!!!!!」
先輩はガッツポーズをしながら地団駄を踏んだ。
「あ、あの俺たち……」
「ミサキイィィィィッッッ!!!!!!!ミイィサアアァキイイィィィィィィィ!!!!!!!!!!」
奇声を発しながら彼女は音楽室へ走って行った。謎の多いリアクションに5人は顔を見合わせたあと再び音楽室へ歩き始めた。昔から僕らを見て一瞬ギョッとされるリアクションは慣れていたが、今の反応は中々に新しかった。
渡り廊下を過ぎた後の廊下には、さっきとは違う先輩女子生徒と一年生が群れをなしていた。先ほどの先輩と同じ色のスリッパの女子生徒は機械的に一年生を第二音楽室へ誘導していた。それに従い5人も第二音楽室へ入ろうと入り口へ向かうと、メガネのポニーテールの先輩がニョキっと第二音楽室から顔を出した。
「あらー。6つ子ってあなたたちね。いいよ、入って入って。あれ?5人しかいない?」
「1人は違う部に行くらしいっす」
「そうなのね……」
そういうと廊下に出て何処かへ小走りで行った。
僕らはそんなに有名なのか。何処となく申し訳ない気がした。
5人は音楽室へ入り適当に座るイスを見つけて座った。音楽室には20人ほどの女子と10人ほどの男子がいた。意外と男子も来るもんだなー、まぁ人のこと言えないがな、とそう思いながらカラ松は教室を見渡してると、見覚えのある顔があった。いや、見覚えがあるどころではない。自分と同じ顔をしている……
「トド松。お前も来たのか。」
トド松は2人の女子と一緒に和気藹々と話していた。その女子はカラ松とトド松のクラスの女子だった。
「うんそうだよ。2人が吹奏楽の見学行くっていうからついてきた。」
飄々なトド松の声にいつの間にか会話を聞いていたおそ松がさらに飄々な声を重ねる。
「なんだよ、もうトド松はクラスの女子と仲良し子良し♪になってるのかよ。お兄ちゃんさみしーなー。」
「もう放っておいてよ…」
トド松はめんどくさいと言わんばかりの声で言ったあと、兄弟との会話を切った。
音楽室には肖像画が飾ってあった。これは小学校から変わりはしない。プツプツと穴のあるデザインの壁は新鮮だった。廊下を見ると先輩たちが机運びや楽器運びをして働きアリのように右に行ったり左に行ったりしていた。一松は外国人が日本に来て驚くことの一つに「日本人はどんなに道に人が多くてもぶつからない」という事柄があったのを思い出したのだった。
それから2分ほどしてから先ほどのメガネのポニーテールの先輩が音楽室へ入ってきた。
「はい!みなさん吹奏楽部へようこそ!私は部長のミサキです!じゃあサクッと見学しますか。みんな、第一音楽室へ来て!」
あっ…そこは長い挨拶とか部活の特色とか説明とかそういうことをしないスタンツなんだ……
部長の先導に従い、一年生は第一音楽室向かった。
第一音楽室では二、三年生が椅子に座り自分の前に譜面台を置き、膝にはそれぞれの楽器を置いていた。一年生を見た一部先輩たちから声が上がったがそれを部長が制す。
「じゃあチューニングいきます。」
部長が手を斜め上にのばす。
低い楽器から音が鳴り始め上に高い音が乗っていく。そしてその音を伸ばす。30秒ほど音を伸ばしたあと部長が手を振って音を止める。
「ロングトーンいきます。」
先輩たちは一斉に楽器を鳴らす。低音はみぞおちを刺激し、高音は耳をかする。
「今ね、何やってるかわからない人がそこそこいると思うけど入部したらちゃんと説明するからね〜」
部長が音に負けないよう大声で言った。
ハイどうも、僕が何やってるかわからない勢です。
何やってるかよく分からないけど、ソレが一通り終わると部長がじゃあ曲に行きまーす。きらきら星変奏曲ねー。と言うと部員は一斉に楽譜をめくる。その規律ある動きにチョロ松はなんとも言えない高揚感を覚えたのだった。
合奏を見学した後、パートの楽器の紹介や質問受付など雑談など自由に行った。そこは先輩と一年生の初のコミュニケーションの場だった。
僕は最初に迷わずあの楽器のところへ向かった。
それはクラリネットだった。
長い黒の本体にキラキラと銀色に光るボタンがよく目立ち、先端の金色の金具がアクセントとなっている。入学式でチョロ松はそのデザインに一目惚れをしたのだった。結局、彼は特にクラリネットの人に質問はしなかった。できなかった。なぜなら先輩たちが手当たり次第に一年生を捕まえ、吹奏楽部に入ってくれるんだよね?と威圧のこもった質問を投げかけるからだ。無論一年生はその威圧に怯え、嫌でも首を縦にふることになる。万が一「いいえ」と答えれば「はい」という同じ質問をぶつけ続けられ、開放してはくれない。先輩の質問の声は回数を重ねるごとにどんどん威圧と執念がこもっていく。
チョロ松も先ほどそれ経験し、一回目ではいと答えた。建前で答えただけなのにその言葉の束縛を彼は強く感じた。
トド松は一緒にきたクラスの女子とトロンボーンの人と話の花を咲かせていた。それをカラ松は羨ましそうに眺めていた。彼に輪に入る勇気はなかった。後からトド松から聞いたが、一緒に行った女子の姉がトロンボーンだったらしい。だからすんなりと会話に入れたらしい。
おそ松兄さんと一松と十四松はどこにいったのか知らない。一瞬帰ったのかと思ったが、見学終了時に音楽室に戻ってきたのでそれは違った。
一年生は再び第二音楽室にあつめられた。そして部長が今日はもう終わりね〜と言いながら入ってきた。部長の後ろには何やらプリントを持った先輩が3人いた。
「じゃあ、これを書いて今日は帰ってもらうよ。」
と言いながらプリントを配り始めた。この飄々とした声は何処かおそ松兄さんに似て聞こえたような気がした。
アンケートかな?と思いながら目を通したプリントは入部届けだった。
一年生の空気が凍りつく。部長はニッコニコだったが、プリントを持ってきた3人の先輩は(^言^)の顔をしていた。一年生全員はこれを書くまで帰してくれないだろうということを悟った。有無を言わさない無言の威圧がそこにもあった。どうしようというヒソヒソした声が周りから聞こえてくる。チョロ松の入部届けを持つ手に力が入る。
(いやいやいやいや!!!!僕ら見学に来ただけだからね!!!???ナニコレ!!??まさかのそういう戦法!!??さっきもそうだったけど、食いついたカモは絶対に逃さない方式!!!??先輩こえーよ!!!!顔こえーよ!!!(^言^)の顔してるヤツよりどこから見ても完ペキな笑顔の部長の方がこえーよ!!!!!うわーどうするこれ!!!??いやもうクラリネット見た時点で入る気90パーセントくらいだったけど、こうなるとちょっと引くわー!これはいわゆるオワハラ!!!??「早く部活見学活動やめろ」ってか!!?いや、これはちょっと違うか。でもこれ何かしらのハラスメントだろ!!!!)
すでにさらさらと書き込んでいる一年生もいた。しかし中には自分と同じく動揺してシャープペンを握っているだけの人もいた。
(で、でもまぁ入部届けには保護者印を押さなくちゃいけないし、この場で書いて家に帰った後、この紙を破棄して無かったことにもできるよな……。)
徐々に手が止まっていた人もそのことに気づいたのか、それぞれ手を動かし始めた。6人も渋々手を動かす。そして書き終わった人から筆箱と入部届けをバックにしまう。
「ハイ!じゃあ明日それを持ってくるのを待ってるよ〜」
と言いながら部長は笑顔を深め、一年生を教室から見送る。
そして僕らも音楽室を後にした。
音楽室を出て階段を降り、廊下を歩いているとき僕らは会話をしなかった。何故か無言だった。その中で不意にカラ松が
「吹奏楽いいな!」とその無言を破った。そこに間髪入れずにトド松が
「いや!最後のヤツは何ハラだよ!?」
と言った。
「届けを出す出さないはこっちの勝手だろうが?」
カラ松は当たり前の顔。
「まぁ…そうなんだけどさ………なんか脅されてる感じがしたじゃん?出さないと後で突撃しますよ?的な。」
「顔なんか覚えてないだろ。」
「僕ら6つ子だよ!?顔を見る回数は倍だよ!?知らないところで有名人になってんだよ!?」
「そんなことよりみんなどうすんだよ〜入るの?入らないの?」
前を歩くおそ松は石を蹴りながら聞いた。
「まぁ俺は入るのケドね。」
ニヤリと悪戯顔で振り向く。まったく、この兄は行動とその動機が読めないったらありゃしない。
「ぶちゃけ、おそ松兄さんが入ろうって思うことが一番の謎なんだけど。」
「んー。女子目当て。」
「女子目当てなら女子バレーとかソフトボール部のマネージャーやれば!!??」
「マネージャーは女子の専門職のようなものだろ。」と一松が割って入る。
「あのさ〜マネージャーって言えば聞こえはいいけどさ〜、アレ実際はただの雑用係だからね?女子が男子目当てに行く場所!」
おそ松は雑用係の部分を強調した。
「で、男子が女子目当てに行く場所は吹奏楽。これはもはや常識!うんうん。というわけでお兄ちゃんは吹奏楽に行きま〜す!」
「同志よ!」
おそ松とカラ松は腕を組みその場でスキップしながらその場をぐるぐる回る。十四松はそこに駆け寄り、
「にーさんたちが行くなら僕も行く!」と言いその輪に加わった。チョロ松は小学生みたいなことはやめてよ……と呟き、トド松と一松に結局どうするか聞いた。
「あ?俺、運動部でやっていける体力ないし、文化部でやっていけるコミュ力もないし。まぁみんながいれば適当にグダグダ過ごせるか……」
要するに兄弟がいれば必修の部活でもそこそこ楽ができるから入るということだった。
「クラスの2人が入るって言ってたから付き合いで入るよ。」
とトド松はウインクする。チョロ松は兄弟の付き合いはないのかよという言葉を飲み込んだ。まぁ友達ができるのは良いことだ。そうだそうだ、そうなんだよ。そういうことにしておこう。横を見るとスキップの輪に一松も加わっていた。
日の傾いた夕焼け空、今夜も晴れそうだ。
母さんに6人が吹奏楽部に入るということを話たら「あんたちがね……」というリアクションをされた。そりゃそうだろう、だって昔からの糞ガキ六人衆が突然吹奏楽部に入ると言いだしたのだから。僕も驚きだ。
その反応のあと、何の迷いもなく入部届けにハンコを押してくれた。そして僕らにハンコの入った入部届けを返すときに「いつか聞かせてね」とだけ言った。
そして翌日、入部届けを部長に渡した。