6つ子が吹奏楽部へ   作:ボコ砂糖野郎

20 / 46
初めてのトゥッティ!(トッティではない)

合奏の日。一年生たちは三年生に指示されながら椅子を並べる。クラリネットは一番前らしい。

なんで指揮者に一番近いところなんだよとチョロ松は少し不満に思ったが、それはクラリネットだから仕方ないと割り切ることにした。

音楽室には一年生と三年生合わせて60人もの人が座った。楽器がそれぞれミチミチにつまり団子のようだった。それは「これから合奏をするぞ」とチョロ松の気持ちをシャキッとさせた。

 

「今から合奏を始めます。よろしくお願いします。」

「「「よろしくお願いします。」」」

 

前に立ったコンマスは一年生に合奏の段取りを伝える。まずはチューニングからだ。

 

「クラリネットだけでB♭。」

 

もうB♭の音のチューニングには慣れた。これが慣れるものかどうかはわからないが。

 

吹いてる途中でヤヨイはスティックを横に振って止めるように合図する。

 

「次、アルサクとテナサク。」

 

この無言の時間。

今はサックスの音しかしない。窓から鳥がぴよぴよ鳴いているのが聞こえてくる。あぁ今日も空が青い…。

 

「右から三番目と七番目に座ってる人だけで。あんたらめっちゃ高いよ。」

 

 

「次フルート。」

 

トド松のところだ。そういえば僕はトド松が吹いてるところを見たことがなかったなぁ。

チョロ松はトド松を凝視してフルートパートの音を聞く。フルートが何本も鳴っているように聞こえた。すぐにヤヨイが音を止めた。そして「チューニングしてきた?」とキツめの声で言った。

今のはさすがの僕でもわかるくらいにずれていた。

 

「フルートの一年生だけで。」

 

一年生たちは吹き始めたがすぐにヤヨイは音を止める。その間わずか二秒。その二秒でチョロ松はヤヨイがイラッとしたことを感じ取った。

 

「一人づつ。」

 

トド松はそれを聞いて体から変な汗が出しそうになった。

60人の前で僕がどんなフルートの音を出すか見られるってことじゃん!

 

一人目が吹く。すぐにヤヨイからokサインがでた。

二人目が吹く。緊張のせいか彼女の腕が震えてフルートも震えている。ヤヨイ音を聞いて「高い、高い、高い、高い」と低い声で言い、彼女がの音が低くなったり高くなったりフラフラ安定しなくなった。それを見てヤヨイは手元のハーモニーディレクターを鳴らして「この音だよ」と言った。彼女は20秒くらいハーモニーディレクターと合わせて吹いていたがそれでも合わず、息も続かなくなった。

 

「一人で外で合わせてきて。次。」

 

彼女は目を3秒ほど目をパチパチさせてようやくその言葉の意味を理解し、席を立った。

 

三人目が吹く。さっきと同じようにハーモニーディレクターと合わせる。やや時間がかかったが彼女は外行きにはならなかった。

 

「トロンボーン、ボーッとしないで。次の一年生。」

 

トド松はフルートを強く握る。次は僕だ。ちらりと周りを見ると誰も僕のことをじっとは見ていなかった。が、耳はこちらをじっと見ていることが直感的にわかった。

やばい、恥ずかしい。緊張で顔が歪みうまく吹けない。

 

「外で合わせてきて。」

 

はいー!来ましたー!公開処刑からの外行けー!

 

 

ーー廊下に消えてく弟を静かに見送るおそ松は眠気と戦っていた。ポーーと伸ばされるだけのチューニングの音は子守歌のようだ。彼は重い瞼を無理やり持ち上げる。

(寝たら殺される……)

たぶん今寝てしまったらイスから前に落ちるだろう。というのも彼はイスの面積の三分の一にしか座っていないからだ。(座って楽器を吹くときには三分の一しか腰をかけないのが原則)眠りにおちてバランスを崩したら前に倒れて譜面台とキスすることになるだろう。普段時ならそれは面白い光景だが、今チューニングがなかなか合わずピリピリとした雰囲気の中でそれをやらかしたらなんて言われる分からない。

(早くトランペットの番来てよ……。俺ホントに寝ちゃうよ……。)

 

「次、トランペット」

 

カッとおそ松の意識が覚醒した。慌ててトランペットを構えて吹く。

大丈夫、多分俺の意識があっち側に行きかけていたことはバレてない……

 

トランペットも一人づつで吹くように言われた。そしてトランペットの一年生の二人が廊下へ消えた。おそ松は無事に廊下行きへは回避できた。

 

「次、トロンボーンやって。」

 

綺麗に整ったトロンボーンの音がする中で、先ほど廊下に行った人たちがパラパラと戻ってきた。ヤヨイは退屈そうにしているパーカッションチームを認識しながら言った。

 

「あのさ、あなたたちは何しにここに来てるの?合奏でしょ?もうチューニングだけで20分たってるよ!!」

 

一年生たちが徐々に顔を下げ始める。

 

「限られた時間しか無いんだからこんなところで時間を使わせないで。」

 

チョロ松たちクラリネットパートはその言葉を彼女から一番近い位置で聞く。

 

「合奏はパートごとが揃った上でやるものなのに、そのパートが揃ってないってどういうことよ!!ちょっと三年!中途半端にチューニングした状態で一年生を合奏に来させないで!!」

 

彼女の声がより高く大きく登る。こんなに大きい声を出したことがあっただろうか。

それから彼女はキッとした顔で無言で肩をふるふると震わせてから大きなため息をついて「基礎合奏やるよ」と吐き捨てるように言った。

 

 

基礎合奏。チョロ松はクラリネットのみの基礎合奏なら毎日やっているが、全ての楽器での基礎合奏は先輩たちがやっているのを音楽室の扉越しに聞くだけで、それをやったことはなかった。

初めてやる基礎合奏は普段と同じスケールをやっているはずなのに全く違うものに聞こえた。まぁ当たり前と言われれば当たり前なのだが。

金管と木管の全然違う音がゆっくり溶け合う。

低音と高音の何オクターブも違う音が重なる。

 

(いや、合奏って凄いわ。迫力が全然違うんだもの。)

 

音が反射され360°音に囲まれる。その音の一部はポカリと開かれた窓から逃げていき、中庭で走り込みをやっていたバレー部の気をそらした。

大きく一つにまとまった力士のような集合体は時通りウワンウワンという音を紡ぎ出し、そのたびにコンマスが「ピッチ!」と音に負けない大声で言う。

 

 

「はい、曲やります。学園天国。」

「「はい!」」

 

(ついにキタ!)

チョロ松は胸を高鳴らせながらページを開いた。

 

 

 

フルートとクラリネットの跳ねるような前奏

 

そして一瞬の盛り上がりを見せたあと、ドラムのみとなった

 

そこにトランペットとトロンボーンのノリノリのソリが入る

 

続いて全楽器がそのソリと同じフレーズを一斉に吹く

 

またトランペットとトロンボーンのソリ

 

また全楽器でそのソリを追いかける

 

その後トランペットの陽気なサビが始まった。

 

 

 

 

ヤヨイが手を止める。

 

チョロ松は初めて全楽器で合奏を体験し、すざましい高揚感を覚えた。それはクラリネットのみで合わせたときの比ではなかった。

60人という人数でみんなと合わせて一つのものを作り上げれた。60人の心が通じ合った。楽しい。自分は演奏の一つのピースになれた。60分の一のピースだけれども、確かに60の一つになった。楽しい。僕の楽譜の音符が無いところは他の誰かが何かをやっている。みんなあって一つ。60で一つ。

 

他の部員も頬を赤らめながら顔を見合わせる。

吹奏楽未経験者は「何コレ凄い!」という顔で、経験者は受験勉強で空いた半年間のブランクより前のものをより鮮明に思い出し「コレだよコレ!」と視線で会話した。

 

 

「チューニングは糞だったけど、曲の方は短期間で仕上げてきたわね。」

 

コンマスはスコアを眺めながら『糞』という言葉にアクセントを置いて言った。

それからパートやパッセージごとにやり、自分が吹いている裏ではこのパートがこんなフレーズをやっているのだなと確認した。

 

ーーやっぱ凄いよ吹奏楽

 

 

 

その楽しい合奏の時間はすぐに過ぎてしまった。

チョロ松はいつも以上に丁寧にクラリネットを分解してケースにしまう。いつも丁寧にやっているつもりだが、今日はいつも以上に。

 

(やっぱりクラリネット凄い。僕をこんな凄いものに導いてくれたのだから。

入学式にクラリネットに一目惚れしてよかった!クラリネットがやれて良かった!

だけど……)

 

感銘の淵にいるチョロ松は心がスッと冷える。

 

(僕はこうして第一希望の楽器で通ったけど、やりたいものをやれなかった人もいるんだよな……)

 

チョロ松はちらりとアルクラを解体するカナ子を見る。

 

(カナ子は中学の頃にベークラをやっていた経験者なのに、高校ではアルクラに決まったんだよな。)

 

明らかにベークラが上手い彼女がベークラができず、未経験で下手くそな僕らがベークラをやっていることを彼女は羨ましいと思わないのだろうか。いつもは普通の顔をしてアルクラを吹いて「アルクラ好き!」と言っているが、その下では何を思っているのだろう。

大抵はテンションの高めで飄々とした感じは読めないものがあった。その読めなさというものは他の人物にも覚えがあった。一人目が部長、あの人には仮面のようなものを感じる。サックスのパーリーみたいに少しくらい人間らしいものを見せてくれてもいいのに。二人目が実の兄のおそ松。なんなのだろう、おそ松兄さんのあの感じ。時々兄の顔が仮面を通り越して着ぐるみに見えるときがある。着ぐるみの下は上の着ぐるみと同じ着ぐるみのままであってほしい。そんな思いがどこかにあった。

チョロ松は察していた。おそ松が入部を決めた理由が100%女子目当てではないことを。

45%くらいは女子目当てで、残りの55%は他の理由だ。多分20%くらいは兄弟についていけば楽、12%くらいは「楽器ができる俺カッケー!」だろう。残りの22%くらいはなんなのだろう。

チョロ松はその残りの22%くらいのものを感じるときがあった。しかし正体が分からない。しかしその22%は確実に存在している。なんとなくだがそれが分かる。それはなんなのだろう?

 

(まぁ入部しちゃった以上もう簡単には辞めれないし、おそ松兄さんが何考えていても僕には関係ないけど。)

 

チョロ松はクラリネットケースの留め金を閉めた。カチャンという金属の音と、留め金がケースに当たったコンという籠った音が同時にする。

 

「チョロ松君、しまいにいこ。」

 

ヤイは立ち上がろうとしたチョロ松に話しかける。彼女はクラリネットのケースを嬉しそうに抱きながら「合奏よかったね。クラリネットやってよかった!」と言った。それにチョロ松は口をV字にしながら「そうだね。」と返した。

 

「セイヤ君ー?カナ子ー?まだー?」

 

ヤイはまだ片付けている二人を急かす。なぜ二人が遅いのかというと彼らはクラリネット二本分を片付けているからだ。なぜクラリネットを二本分片付けているかというと、今回のオーディションのためだ。中学から吹奏楽をやっている者は一年生でもオーディションを受けることができる。しかし二人の担当楽器はエスクラとアルクラという「特殊管」に分類されるものなので、オーディションはベークラとその特殊管でやるらしい。この辺りは僕にはイマイチよくわからないがそういうことらしい。

ともかく、オーディションのために二人は今ベークラも練習しているらしい。

 

「ベークラと全然違うの?」

 

率直な質問が漏れる。それにカナ子が「まず大きさが違う!」と食い気味で言った。その後ろでセイヤがニヤニヤしながら言う。

 

「ベークラはエスクラよりも深く咥えるし、息の入れる量が違うよ。」

 

それからドヤ顔で付け足した。

 

「まぁ俺はエスクラで受かるけどね。」

 

エスクラは55人の編成に1人いれば十分の楽器だ。そしてここの吹奏楽部には三年生の先輩とセイヤの二人のエスクラ吹きがおり、確実にイスの取り合いになるのは見えている。

 

彼は四月にあった一年生のコンクールオーディションについての説明を受けたあと、真っ先にチョロ松にこう言ってきた。「絶対に受かってやる。」と。チョロ松は「三年生を抜かそうと思うなんて冗談だろ?」と思っていたが、じきににそんなことは思わなくなった。

彼は普通に上手かったからだ。

「普通に上手い」というのは知らない人が聞いても上手いと言わせれるという意味でだ。ビジュアル100%でクラリネットを選びイマイチクラリネットの音色のことなどがよくわからなかった四月当初のチョロ松が彼のエスクラを聞いて「クラリネットって簡単?」と思うくらいだった。まぁ現実はお察しだったが。

僕の評価では下手な三年生より彼は上手い。多分エスクラのイス取りも五分と五分くらいにはなるだろう。でももしも三年生がそのイス取りに負けたらどう思うのだろう。三年間やってきた部活の最後の行事に参加ができないなんて……。まぁ先ほども言った通りエスクラ吹きはベークラでもオーディションを受けるので全く無参加なんてことはないだろうが、それでも何か思うところはできるだろう。

 

チョロ松はそんなことを考えながら、一応は彼を応援している。

 

「あたし、あんまりオーディションやりたくないんだよね……」

 

そう言いながらカナ子はクラリネットのケースの金具をバチンと閉めた。

 

「え?」

「え?」

 

チョロ松とヤイから驚きの声が上がる。

 

「なんかさ…まだ一年生だし……。今年の夏はコンクール無しののんびりとした夏を過ごしたいというか……」

 

ーーそれはアルクラだから……?

 

チョロ松は喉まで登ってきた言葉を飲み込む。やっぱりアルクラをやっているのが不本意だからなのか。あるいはアルクラに慣れていないので出たくないのか。それとも言葉通りなのか。分からなかった。

 

「でもオーディションは真面目にやるよ。だってアルクラ好きなんだもん。さ、楽器庫に行こうよ。」

「うん……。」

 

チョロ松の中にはホットケーキの生地のようなものがゆっくりとかき回されていた。

吹奏楽部という大人数が一箇所に集まって何かする団体に所属して、自分は前よりも人に対して疑心暗鬼になった気がする。

それが嫌だった。

 

 

四人が並んで歩く廊下の窓に映る夕方の空は、合奏中に見た空よりも曇っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇー!十四松兄さんはタンバリンなのー!」

 

電車の中、6つ子の話題は合奏の話から十四松の担当楽器の話に移っていた。

 

「そうだよ?」

「タンバリンって簡単じゃない?」

 

うっかり本音を漏らしたトド松に十四松が目の色を変えて畳み掛ける。

 

「なに言ってんの?トド松?タンバリンは音の出し方でも種類があって叩いたり振ったりとか色々あってそれを自分で使い分けなくちゃいけないんだけド!!叩くだけでもパーで叩いたりグーで叩いたり指で叩いたり色々あるんだけド!!」

「は、はぁ……」

「ただバカみたいに叩いているワケじゃないんだから!」

「……すみませんでした。」

 

プリプリ怒る十四松を見ながら一枚は今日の合奏を思い起こす。

 

あのときファゴットを吹いていたのは自分だけだった。ファゴット二年のマトイは参加していなかった。

 

一松は合奏中に自分のファゴットの音が聞こえなくなるときが多々あった。

後ろのテナサクと斜め後ろのバリサクと斜め前にいるバスクラの音に負けて自分のファゴットの音が聞こえなかった。

吹いている本人に聞こえていないということは当然他人は聞こえない。

 

自分がここにいる意味があるのか。

 

聞こえないだけではない。ファゴットが吹くところはほとんどバスクラとバリサクと同じなのだ。

 

 

 

"ファゴットいらなくね?"

 

 

 

自分にすら聞こえないファゴットはいる必要があるのか。

 

 

やがて電車はゆっくりと速度を落として止まった。

その音は一松の気持ちの盛り下がりを表すようだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。