部費でリードを買うか買わないかの対立で大きく二つに割れた吹奏楽部
合奏もまともに出来なくなり、先生はオーディションをしないと宣言
部長、副部長、コンマス、パーリー、先輩と一年生、そして6つ子のそれぞれの色々立場からの意見や考えが渦巻く部活の雰囲気は最悪
そして特に何も解決しないまま中間テストのテスト期間を迎えてしまった
「あー暇だわー」
二階で寝転がる六人。
『テスト期間ですか。そうですか。分かりました。』で一週間みっちり勉強することができれば全国の学生は一夜漬けなどしないだろう。
彼らは部活の無い日というものを大いに満喫していた。
こうやって大の字になって居間に寝転がったのはいつ以来だろうか。いつも学校から帰ったら夕食食べて風呂に行ってテレビ見て寝るの繰り返しだった。その生活の中で暇というものを感じかことは無かった。
暇ってこんな感じなんだーと暇を暇で潰す。
階段から足音が上ってきた。ぬぅっと引き戸が動く。母さんは自分が想像していた通りの部屋の様子を見て言った。
「あんたたち、暇そうにしているわね。たまには家の手伝いもしなさい。」
「あ!そういえば課題が出てるんだった!やらなくちゃ!」
「俺も忘れてたわ。」
「僕も!」
「やっぱコツコツとやらないとなぁ…」
「課せられた重荷がベリーヘビィで……」
「というわけで僕たち、今から勉強しまーす。」
「待、ち、な、さ、い。あんたたちが学校の課題をやるのはもっとギリギリでしょ。だから母さんが課題出してあげる。」
「いいえ、結構です。」
「あんたたちが家にいること自体が少ないんだからたまの休みくらい手伝いをしなさい。」
「「えぇ〜!」」
「そうね……じゃあカラ松は洗濯物、おそ松と
トド松は二階の掃除、一松と十四松は一階の掃除、チョロ松はお風呂掃除ね。」
嫌そうに顔をあわせる6つ子。
「よろしくね。はい散った散った。」
母さんの掛け声で渋々六人は重い腰を持ち上げた。
(まったく……なんで僕が一番面倒くさい風呂掃除なんだよ。)
チョロ松は脱衣所の扉をあげる。
くちゃくちゃに丸められカゴに入っている12本の靴下から視線をそらし、掃除道具を探し始めた。
(スポンジ、手袋、洗剤、ブラシ……あと何がいるっけ?まぁいいや、さっさと終わらそう。)
両手両足を捲り、準備態勢になったところで風呂の戸を開けた。
風呂の浴槽には水が張ってあった。
その中にバラバラに分解されたトランペットとトロンボーンが入っていた。
ダダダダダッと階段を上がり二階にいるおそ松たちに吠えた。
「風呂の中に先客が居たんだけど!!」
「あぁそれトランペットとトロンボーン。」
二階担当のおそ松とトド松はさっき解散したときと同じ位置に座っていた。カラ松はベランダのところに立っている。
「いや見ればわかるし!!なんであれが風呂に入ってんの!?」
「洗ってんだよ。」
「なんで風呂で!?」
「洗面台のような小さな器では偉大なトロンボーンを支えられないのさ……。」
「しかも今!?洗っていいの!?」
「洗っていいんだよ!洗えって言われてんだよ!」
トド松は面倒くさそうに顔を上げる。
「チョロ松兄さんはなんでそんなギャンギャン言ってんのさ?」
「分かる?風呂掃除しようと思って風呂場に行ったら湯船の中に楽器が入っていたときの衝撃!分かる?」
チョロ松と三人の間に生じる温度差。
「分かんないよ。そんな驚くことか?」
「あぁもういいや!」
チョロは三人に向き直す。
「とにかく!僕は風呂の掃除がしたいからあれを何とかして。」
「真面目だねぇ〜」
「ちゃんと二階の掃除やれよな!」
「トランペット片付けるのが先か掃除が先なのかはっきりしろよ。」
「トランペット!!」
おそ松、カラ松、チョロ松、トド松の四人は風呂場に行った。
「何これ、水の色が変だよ…」
トド松はトランペットとトロンボーンが入っている浴槽を見て気持ち悪そうに言った。その声を気にせずカラ松が水の中に手を入れてトロンボーン本体と分解された部品を取り出す。
ベルやスライドや抜き差し管から緑色になった水を吐き出すトロンボーン。
カラ松はそれを振って水気を飛ばす。それを見てチョロ松とトド松は一歩下がった。
おそ松も「ウゲッ」と言いながらトランペットと部品を取り出す。水から上がったトランペットは細かい部品が全部取られ、非常に貧相だった。まるで骸骨のような……。
その後二人は何回か楽器に水を通して風呂場から撤収した。
これでようやくチョロ松は風呂掃除ができるようになった。
誰もいなくなった風呂場で緑色した水を忌々しそうに睨みながらチョロ松は栓を抜いた。
(まったく……、さっきまでトランペットとトロンボーンが沈んでいた風呂を掃除する身にもなってくれよな。気持ち悪いったらありゃしない。)
(あ、でもせっかく掃除したのにまた汚されるのも嫌だなぁ…)
テスト期間中に吹奏楽部員のほとんどは手入れのために楽器を家に持って帰っていた。そしてチョロ松もクラリネットを持って帰ってきている。
「じゃあ、おそ松たちと一緒に洗えばいいじゃないか」と思うだろうがそうはいかない。
クラリネットは木でできている。濡らしたらアウト。最悪には腐ったり管が割れたりするので金管のように風呂場でジャバジャバ洗うわけにはいかない。
ちなみにフルートは全て金属でできているのでジャバジャバ洗っても良いように見えるが、フルートにはタンポというキーやコルクのクッションがあるので丸洗いはできない。
チョロ松は持って帰ったクラリネットを家でも吹こうかなと思っていたが「近所迷惑だからやめなさい」と母さんに止められ、がっかりしていた。
とにかく楽譜が多いので吹いて覚えたかったし、できないところは先輩に「じゃあそこ、合奏で吹かないで」と軽く言われたので練習がしたかったのだ。
「じゃあそこ、合奏で吹かないで」という突き放した切り捨て文句は吹奏楽部では大して珍しくなかった。できるかどうかあやふやな人が混じって大人数でやるよりちゃんとできる少人数でやった方が綺麗に聞こえるからだ。
また、合奏はパートで合った状態ではじめて全体で合わせるものなのに、そもそもできないというのはかなりいただけないのだ。
楽器を始めてまだ数ヶ月も立っていない一年生にはどう足掻いてもできないところがあるのは先輩たちも重々承知しており、それに対して特に何か言うところもなかった。
しかしそう言われた当の本人たちにダメージはあった。できなくても仕方ないと頭で分かっていても悔しいのだ。
その度合いは人によって違い、特に気にしない者もいれば、「やるなって言われちゃった…ハハハ……」で済む者もいれば、涙目になる者もいた。
チョロ松はハハハ…と涙目の中間ぐらいであった。
(あぁクラリネットが吹きたい…)
見ると風呂のタイルの上に一円玉のような金属があった。多分楽器の部品だろう。まったく……。
彼はあとで渡してやろうとズボンのポケットに入れた。
二階から聞こえてくるチョロ松の大声を一階で聞く一松と十四松もやはり掃除はしていなかった。
二人は並んで仰向けに寝転がり天井を見つめる。
「チョロ松兄さん、なんか言ってるね。」
「さよか〜。」
そのまま10分、15分、20分と経過する。
あぁなんと暇とは素晴らしいものなのだろう。
突如、ずっと台所にいた母さんの足音が近づいてきたので二人はスクッと起き上がり目の前にある乾燥しかけた雑巾をにぎり、さも今まで頑張って掃除しているような体勢をとった。
しかし母さんは二人のいる居間をスルーし玄関の方へと行ってしまった。二人は顔を合わせニンマリとする。そしてまたごろ寝を再開した。
「そうそう、一松兄さん聞いてよ。」
「あ〜?」
「この前部活でバスドラやってたんだけどさ」
「パスドラ?」
「バスドラ!で、バスドラってすごい大きい音が出るじゃん。だからいっぱい叩いてたんだ。ドオオォンって!」
「へぇ〜」
「…………。」
「え、オチは?」
「オチ?無いよ。」
二人の間を通り過ぎる風
「あとさグロッケンもやってたんだけどさ……」
「ちょっと待った、グロッケンって何?」
「鉄琴!小さくで持ち運びが簡単な方!」
「へぇ〜」
「あれちょうどいい音量で叩くのがすごく難しくてさ〜、丁寧にやって遅れるのもダメだし速くやって雑になるのもだめだからさ僕頑張ってたんだよ。」
「へぇ〜」
「そしたらさ、マレット折れた。」
「お、おう。」
「で、片方の割れなかったマレットで一年生のヒナ子が叩いてたんだよ。そしたらさそのマレットも割れた。」
「それどう考えても寿命だろ。」
「マレットは夫婦やからな〜」
二人の間を通り過ぎる風
「じゃあ俺もどうでもいい話するわ。」
「お!一松兄さん何話すんスカ!?」
「この前体育でテニスやってたらクラスのヤツがサーブが学校のフェンスの外に飛んで行った。」
「ホウホウ」
「授業終わりにそのボールを見たら猫がおもちゃにしてた。」
「ボールは猫に寄付っすね。」
二人の間を通り過ぎる風
「はい!次は僕の番!」
「どうぞ」
「部活で……」
「お前部活の話しかしないな。」
「はい!部活命っす。」
「…………。」
「……?どうしたの?一松兄さん?」
一松は震えた低い声で言った。
「十四松、お前ファゴットっていると思うか?」
ずっと気にしているそのこと。
合奏中、吹いていて自分の音が聞こえない。自分で聞こえるときもあるけど、きっと前に立つコンマスには聞こえていない。やっていることもバリサクとバスクラと同じ。しかもそいつらに音量で負けている。そんなファゴットはいる意味ある?ないだろ。
前にトド松が言っていた。「ファゴットって罰ゲームなの?」と。あながち間違ってないかもしれない。まぁ自分は紙になんでもいいと書いた身分なので文句を言うことはできないし、ファゴットになったことについて文句を言うつもりもない。ただ今こうして実際にやると誰も希望しなかった楽器なだけはあるなと思う。
しかしもし自分が目立つ楽器を任されていたのならきっとそのプレッシャーに押しつぶされるだろう。目立ちたく無いし。だからそんなのよりは今の誰にも聞こえない地味の権化みたいなのをやっている方がずっと精神的には良いだろう。だがどうせやらなくてはいけないのならどこかで役に立てる部分が欲しかった。
吹奏楽は別に面白いこともなにもしなくても良い。ただ無言で黙々と練習をし、上手くなれば評価され認められ、吹いてさえいれば役になってるのだ、と一松は4月当初は吹奏楽はいいなと思っていた。
……やっぱりやるからには聞こえてほしい。認識してほしい。どこかで役に立ちたい。だけど目立つのは嫌だ。そんな思いはそもそもなんでファゴットが吹奏楽にいるんだよという疑問に変換されていった。
「うーん。」
十四松は袖ごしに顎に手を当てて考える。
「分かんないや!」
パアアァと花が咲くような笑顔で降参宣言をする。一松ははなから答えは期待していなかったので特には思わなかった。そして目を瞑って寝ようとしたところで十四松が口を開いた。
「でもいるにはいるなりの理由があると思うよ。だって、もしいらなかったら今までの歴史の何処かで淘汰されていたからね。」
十四松にしてはごもっともな正論だったなと思いながら一松は「ふーん」とつぶやいた。