6つ子が吹奏楽部へ   作:ボコ砂糖野郎

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透明な金色が目に痛くて

ここ二、三日はカラ松がどこかに出かけていた。それは特に珍しいことではなかった。

なぜなら中学時代の彼の日課は公園で黄昏ることだったからだ。たぶん高校に入ってからご無沙汰になった日課をテスト期間だけでも再開しているのだろうと思い、誰も気に留めなかった。

 

その日チョロ松は学校に残って勉強して帰るところだった。

6時過ぎごろになってもまだ太陽が見えるのを見て改めて陽が長くなったなと思う。

自分の身長より長い影を連れながら彼は一人で歩いていた。

 

「門限ヤバい!」

「それじゃあな。」

「うん!」

 

小学生が彼の横を通り過ぎる。パタパタと遠ざかるその小さな背中に彼は懐かしいものを感じ、ポッと心があったまった。

彼はいつも六人で誰が一番最初に家に着くかで競争していたことを思い出した。そして一番はいつも自分だったことも思い出した。

ーー不思議だよな。みんな同じDNAで同じもの食べて生きてきたのになんで僕が一番足が速かったんだろう。

 

兄弟のなかで足が速いのは過去形ではなく現在進行形だが、最近の外周では十四松がさらに速くなってきていて近々抜かれるかもしれない。いやもしくは抜こうと思えば抜けるけどあえて抜かないでいてくれているのかもしれない。小学生のころの僕の一番の自慢が「足が速い」だったことを知っているからなのだろうか……。

 

彼は少し寄り道をした。それは公園だった。

多分今日も黄昏ていると思われるカラ松と一緒に家に帰ろうと思ったからだ。

「お前ほんと痛い暇人だな」という言葉を手土産に彼を探したがいなかった。もう帰ったのだろうと思い、彼も家に帰った。しかしまだカラ松は家に帰ってきていなかった。

新しい黄昏所をみつけたのだろうと何も思わなかった。

 

カラ松が帰ってきたのは7時前の夕食ごろだった。居間の戸を少しだけ開けてそこから「待たせたな、マミー。」とだけ言い、そして二階に上がり荷物を置き、着替えをしてまた居間にやってきた。

その日の夕食はアスパラベーコンだった。

 

カラ松が何をやっているかは誰も聞かなかった。答えが分かっているから。

そんなこんなで時は過ぎる。

 

 

 

ある日おそ松は二階の押入れを開けた。中には衣類や布団そしてトランペットのケースが入っていた。

 

(あれ?トロンボーンがない。)

 

カラ松がどこかで吹いていると察しのついたおそ松はカラ松を突撃してやろうと同じ部屋でグダグダしている一松とトド松を置いて出かけた。

 

公園に行った。いなかった。

池に行った。いなかった。

釣り堀にいった。いなかった。

 

あと、あいつが行きそうなところはどこだったっけな。

おそ松は普段あまり使わない脳みそを回転させる。

 

 

” ーーあと、川の土手で夕日に向かってトランペットを吹いて、自分に酔うのが楽しい ”

 

 

彼は入部した初日に言われた先輩の言葉を思い出した。

なんで気づかなかったんだろう。あいつが楽器鳴らすなら間違いなく川の土手じゃん。きっと自分に酔ってるんだろうな……。

 

川へと向かうおそ松の耳にトロンボーンの音が聞こえてきた。ビンゴだった。

川のところに出てイタイタイ病患者を探すと100mほど離れたところにカラ松はいた。こんな離れてても案外音って届くんだなと思いながら彼に近づく。

残り3mほどになっても気づく様子がなかったので、おそ松は彼の真後ろに無言で立って気づくのを待った。

10秒

20秒

30秒

40秒

50秒

60秒

70秒

80秒

 

「おい、カラ松!」

「うわぁ!?」

 

いつまでたっても気づかないカラ松に痺れを切らしておそ松は後ろから自らの存在を明かした。それにカラ松の体は小さくはねた。

 

「兄貴!?」

「なんでお前全然気づかないの!?」

「すまん、トロンボーンに夢中だった。」

 

いや、さっき真後ろで見てたから夢中だったのは知ってるんだけどさ……。

 

「カラ松ガール集めてんの?」

「ふっそんなところだな……」

 

嘘つけ、俺が声かけるまでお前は思いっきり素モードだっただろ。

 

「でもここら辺歩いてる人は大体お婆さまとお爺さまじゃん。」

「そうなんだ。それが玉に瑕なんだ。」

「全然玉に瑕じゃないと思うんだけど。むしろ瑕しかないと思うんだけど、お兄ちゃん。」

「そうだな。」

 

そう淋しく言ったあと、カラ松はトロンボーンで同じ音を伸ばした。ボーーというテノールの音が川のあたりを走りアパートなどの建物に反射して返ってくる。そして音は名残惜しそうにどこかへ消えた。

サザーと風が過ぎ、川岸の草花が波打ち緑の海が蠢いた。

 

”ボーーボーーボーー”

 

「あともう1オクターブくらい低ければ船の出航の合図みたいな音になるな。」

 

おそ松がそう言ったのを聞いてカラ松はオクターブ下げて吹いてみた。

 

”ヴオオォヴオォンヴオォオォ”

 

バカデカい水汽笛のような音を出してカラ松は「低音は得意じゃないんだ」と言った。

 

「だからここで吹いているんだ。」

 

土手のところに座ったおそ松は顔を傾けながら「真面目だねぇ〜」と返した。そしてあぁ、やっぱ練習だったんだと思いながら静かにカラ松の背中を眺め続けた。

 

それから何分経っただろうか。おそ松はウトウトし始めた。

おそ松がカラ松を探した理由らしい理由は特に無かった。暇だしちょっとちょっかい出してやろうと思っただけだ。しかし思いの外カラ松が真面目に練習していたので茶化すにも茶化せなくなってしまった。まぁ彼はそれでもよかったので「何もしない贅沢」というものを大いに楽しみ始めた。

 

 

「おそ松は合奏のとき、どれくらい吹いていた?」

「んあ?」

 

おそ松の意識がいよいよ「アチラ側」に行きかけたところでカラ松が口を開いた。おそ松は口元のヨダレを拭う。

 

「なんだって?」

「だからどれくらい吹いていたかって話だ。」

 

欠伸をしながら目を擦るおそ松を無視してカラ松は続けた。

 

「俺、吹くなって言われたところが全体の3分の一くらいなんだ。だからなんとしてでもその3分の一を吹けるようにならなくてはな…。そうでないと誰にも必要とされなくなる……。」

 

声がだんだん霞んでいくことに反比例して彼はキュウウッとマウスピースの部分を握る。

できなくて悔しい。できないから悔しい。練習時間内に自分は仕上げることができない。他の人はできるのに!

「やらなくてもいい」と言われて「はい。」と納得できるわけがない。納得してはいけない。何が何でも食らいついていかないと、切り捨てられ、誰からも必要とされなくなるだろう。それがカラ松は怖かった。

 

「必要にされないなんて、なに勝手に深刻化してんの。」

 

おそ松はトロンとした顔でカラ松を見上げる。

 

「だってさぁ、俺らの初舞台は野球応援なんだぜ?野球応援なんて演奏技術よりも音量とノリ重視じゃん。そんなんに神経質になる必要ないじゃん。」

 

まったく、なに考えて練習してたかと思ったら……。

 

「あと、あの合奏でやってない人はかなりいるから気にすんなって。俺、曲によっては三分の一くらいしか吹いてないのもあるし。」

 

「三分の一はさすがにまずいだろ……。」

 

「まぁまぁ、そんな気にすんなって。」

 

サックスの副部長が前にこう言ってた。部員が129人もいるからアンタの変わりはいくらでもいる、って。でもさぁ、よく考えたらさぁ…俺たちはその常に状況の中で今まで生きてきたんだぜ?何を今更って話じゃね?でもやっぱりその状況に弟たちは怖かったんだろうな…だから個性見たいなのを身につけたんだろうな。

 

 

”ボーーボボボーーボーボボボー↑”

 

カラ松はまた吹き始めた。音の飛躍に忙しそうに動く腕を見ておそ松はあんなシコシコ動かして疲れないのかと疑問に思う。

 

「あっそうそう言ったっけ?」

 

「なんだ?」

 

「俺な、1stやりたいんだ。」

 

「へぇ。」

 

なんか言ってくれると思ったら案外そっけない返しでイラッとする。

 

「トランペットならメロディができて目立てるって思ってたのに、本当にメロディをやってるのは1stだけで2ndと3rdはただのハモりでつまらんかった。」

 

「ハモりが一番味があってクールじゃないか。」

 

「いやいやいや!マジでクールでナイスなのは1stだってば!あっそうかトロンボーンはメロディが少ないからこの感覚がわからないんだな。」

 

「そうだな。」

 

「とにかく!お兄ちゃんが1stになれるよう応援してくれ!」

 

「じゃあ、俺の熱い手紙でもしたためて……」

 

「いらない。……あと今のところ俺、高いミまでしか出ない。ちなみに楽譜に書いてある音は高いラ。」

 

「それはビッグプロブレムじゃないか。」

 

「でも1stがやりたい!」

 

やりたいな〜やらなくちゃ、絶対やってやる〜♪と歌いながら天に向かってガッツポーズをするおそ松にがんばれ、とカラ松は静かに言った。

 

 

「あれー!?おそ松じゃねぇか!」

 

声の方を見ると学ラン姿のチビ太がいた。突然現れた懐かしい顔に二人は驚く。まぁ中学の卒業式以来なのでそんな期間が空いていたわけではないが。

 

「あぁチビ太か。出会うならもっと違う顔に会いたかったな…」

 

残念そうに言うおそ松にチビ太が「うるさい!」と吠え、おそ松たちがいるところまで降りてきた。

 

「俺はな小中とお前らに振り回されまくってきたが、今は立派に青春やってんだよ。お前らにと違って。」

 

「へぇ」

 

「そういえばチビ太は高校どこに行ってるんだ?」

 

カラ松の問いにチビ太は「緑条だ。」と吐き捨てるように答えた。

 

「あぁ…緑条か……」

 

緑条高校とは6つ子が通ってる赤塚高校と家から反対方向にある高校で、学力レベルや制服、部活動や校則などが大体赤塚と一緒の高校だ。

 

「お前らは赤塚だろ?」

 

「なんで知ってるんだよ。お前に教えた覚えないんだけど。」

 

「噂だ、バーロ。で、何部に入ってるんだ?」

 

カラ松が強くトロンボーンを見せる。チビ太は固まる。そして何も言わない。

 

「吹奏楽部……」

 

そんなチビ太にカラ松はご丁寧に部活名を教える。

 

「プッハハハハハハハハ!!」

 

突然笑い始めたチビ太。それを静かに観察する二人。

 

「ハハハハハハハハハ………………え?マジ?」

 

特にリアクションも示さない二人を見てチビ太の笑顔が萎んでいった。冗談ではなく本当の事だと察したのだ。

 

「マジだが…?」

 

「え?ホントにマジ?ただの噂にお前らが便乗しているだけかと思ってたぜ……。」

 

「噂ってナニ?便乗ってナニ?」

 

バツが悪そうにチビ太は答える。

 

「お前らが赤塚に行って吹奏楽やってるって噂だ。まさか吹奏楽の部分がホントだったとは俺もしてやられたぜ、コンチクショー。」

 

「ナニ?俺らそんなに有名なってるの?緑条だけの噂?」

 

「いや、割と他校にも知れてるだろ。」

 

マジか……。いや別に有名になっても困ることは1mmもないからいいんだけどさ。なに?世間様に情報筒抜けなの?

 

「ていうかなんでお前らがそんなところに行ったんだよ。女子か?ええ?」

 

「チョロ松が行くって言うからついてきた。」

「チョロ松が行くって言うから入っただけだ。」

 

「……そうかい、そうかい。で、ハーレム状態なんだろ?」

 

「あのさ〜俺もさ〜最初それを期待したんだけどさ〜、意外と男子多いし、そもそもそういう雰囲気じゃないんだよ〜。」

 

「ふーん。で、カラ松はラッパやってるわけなんだな。」

 

「正確にはトロンボーン。」

 

「ちなみに俺はトランペット。」

 

腕を組みながら舐めるようにトロンボーンを見るチビ太。それを見てカラ松が「いいだろ〜」と言った。

 

「別に。俺にはおでんがあるからいいんだい!」

 

「なに、家庭科部でも入ったの?」

 

「なわけねーだろ。もう俺帰るわ。お前らも入ったからには三年間やりやがれよ。」

 

そう言ってチビ太は帰って行った。彼が消えた土手はさっきよりも静かになったが、再び鳴り始めたトロンボーンでその静かさはなくなった。その音は金色だったが透明さは無かった。

 

 

 

高校生の五月の下旬のイベントといえば中間テストしか思いつかないだろう。ところがどっこい、彼らにはにはもう一つイベントがあるのだった。

 

「「ハッピーバースデー!」」

 

そう誕生日。

 

おそ松が八つに切ったケーキは歪だったので、どれが大きいとか小さいとかのいざこざがあった。それに母さんと父さんが止めに入る。

 

主役が複数いる誕生日会の経験がある人は少ない。ましてや六人の主役がいる誕生日会なんて。でもこれが松野家の普通なのだ。

 

去年と同じ光景が繰り返される誕生日。

去年と同じメンバーで食べるケーキ。

去年となにも変わらない誕生日。

 

何年も同じ光景が繰り返される誕生日に唯一変わるのは歳だけ。

 

 

今日からは16歳を名乗らなければならない。

 

 

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