ダブルリードの人たちと廊下を走る一松。
彼はなんで自分が走っているのかが謎だった。先輩たちが部長を引き止めに行くのは分かる。だけど自分は行く必要あるか?行ったところで何もならないだろう。だけど先輩に来いと言われたので行く以外は無い。
「すぐに見つかると思うけど……」
廊下の突き当たりに差し掛かり四人はそこでブレーキをかけて左にある階段を降りようとそちらを向くと部長のミサキ先輩がいた。
キキッと止まる四人。
マトイはなんと言って良いか分からなかった。ただ先輩を追いかけなくちゃいけないと思い、そのまま音楽室を飛び出してきた。追いついたあとどうするかなんて考えていなかった。なんて言ったら良いのだろう?
「あの……」
声を出すがその先が見つからない。その様子を一松が黙って見る。
「ミサキ先輩……ま、まさかこのまま部活辞めたりなんかしないですよね……?」
初めてまともなことを喋ったのオーボエ二年生のオエリだった。彼女の声は泣いていた。
しかし部長の真っ赤な目は動かない。
その様子を見てまさかホントに辞める気なのかと一松は目を開く。
「フフフフ……ははははは……」
突然部長は目を細め笑い始めた。とうとう気が触れたのか。いや元々触れてそうなところは思い返せばあったといえばあったが。
「…何言ってんの……?そんなわけないでしょ?面白い冗談いうじゃん。」
彼女は顔に笑いの余韻を残しながら眼鏡を取り、眼鏡についている涙を拭き始めた。
「そ、そうですよね…!」
「そうよ。部長辞めたって部活は続けるわよ。」
部長のいつも取りの物の言い方を聞いて一同は安心するが、部長という部分が深く引っかかった。
少しの無言の間。一松は今まで自分らが走ってきた廊下の方をちらりと見たが誰かが来る気配はなかった。まぁそうだろうなと彼は鼻で笑った。そして部長の方を見なおすと彼女は鼻歌を歌いながら眼鏡を拭いていた。
「せ、先輩……あ、あの…………戻ってきてもらえませんか……?」
「そんな心配しなさんなって。私はあなたたちが思ってるよりもずっと大人よ?元々外の空気吸ってきたら戻るつもりだったし。」
眼鏡が吹き終わったのか彼女は眼鏡を指に摘み手首をひねり、見る角度によって若干違う色が見えるレンズを凝視する。
「それに、私がいた方がなんだかんだで事は潤滑に進んでくし。……何もしなくても。」
「………!先輩…なんか……ごめんなさい……」
「ふふっ。ここでここまで至った深〜い深〜いイロイロや、理由も話す気は無いよ。」
部長は眼鏡をかける。
「分かりました。聞くと時間かかりそうなので聞きません。」
オエリはにこやかにきっぱりと言った。それに部長はやや不貞腐れたような顔をして「そうやって突き放されるとなぁ…」と言った。
ふわふわとした風が廊下を駆ける。一松とオーボエの一年生は何をして良いのかわからずそこでただ風を浴びる。
「はぁ〜どやってまたあの第二音楽室に戻ろうかな〜。」
「何も言わずに無言で戻って、何もなかったかのように振る舞うのはどうです?」
「あぁ、それ武水がよくやるやつね。それもいいけどさぁ…なんかパンチが無くない?」
「……なんで先輩はそこにパンチを求めてるんですか。」
*****
何も無く階段のところに立つ五人。もう何分経っただろうか。時計がないので確認のしようが無い。そして部長のほうは「眠くなったな」とかほざき始めた。
しかし彼女は突然声のトーンを落として「私、幹部四人の中で一番仕事してないの知ってる?」と言った。四人は黙る。
「いや、これだけはガチだからね。当事者が言うから間違いないよ。」
彼女は続ける。
「副部長たちの方がよっぽどしっかりして責任感もあるっていうのにさぁ……。知ってるでしょ?私が部のヤバい雰囲気とかお説教タイムであからさまに知らん顔してること。」
(まぁそれは時々気になってはいたけど……)
「しっかりしてる人ほど何かの傘下で仕事してる方が捗るらしいよ。先代が言ってた。」
「先代……?」
やっとオーボエ一年が口を開いた。これで喋ってないのは一松だけになってしまった。
「去年の三年生の部長のこと。去年のコンクールで地区で銀賞取っちゃったのは知ってるでしょ?で、そのあとすぐに三年生は引退するんだけど、その最後の日にあの人は私に向かって泣きながらこう言ったの。」
自然に息が殺される。
「『次はちゃんと県大会行ってね。私らは黒歴史だから。』って。……それ言われたときどういう気持ちになったか想像がつく?」
「「……。」」
「まぁ、そういうことなのよ。」
押し黙った四人を飛ばすように部長は言った。そしてシャツのシワを伸ばしながら続けた。
「とりあえずこの不毛な戦いを終わらせて、意地でもあのババァにオーディションさせて、コンクール出て、上の大会まで行くんだからっ。」
彼は部長が突然、顧問のことをババァ呼ばわりしたことに音を立てずに鼻でクスッと笑った。
「そうですね。あと私、思ったんですけど、去年と同じことしてたら去年と同じ結果になるって言つじゃないですか。じゃあ去年と違う今回のことはある意味良い潮の流れですよね。」
「言ってくれるじゃん。」
「プラスに考えましょう!」
「そうよね……。そのためには去年の敗因を探らなくちゃね……。それは今後の課題ね。」
「あの……。」
オーボエ一年が非常にバツが悪そうに先輩たちの話に入る。彼女の黒目は左下の方を泳いでいる。
「なぁに?」
「あの、答えたくなければ答えなくてもいいんですけど……。いやホント。どうせ私らには関係ないことだし……気分を悪くしてしまったらごめんなさいというか…絶対悪くなりますよね。ホント答えたくなければ答えなくてもいいんですけど……」
「なに?」
「あの、なんで去年は地区銀だったんですか……。」
彼女の声は消えそうだったがはっきりと聞こえた。それは彼女がずっと気にしていたことを表していた。
「あぁそれね……。」
「はい……。」
「私にも分からない。」
「へ?」
部長はおどけた真顔で言った。それには一松も少し驚いた。彼も頭の中で、よくある学校モノで「主人公は一年生なのに去年の起こった謎の事件に振り回され、いざその起こったことを知ると大抵そこの闇か黒歴史を垣間見る」みたいなものを想像していた。
「なんか、県銀取った去年と同じ練習を同じクオリティになるまでやったのに結果が去年と違ったっていうね。だからよく分かんないのよ。」
「へ、へぇ……」
「とにかく!今年の吹部は去年と一味違うからまた同じ結果になることはありえないからね。さて、もう戻ろう。」
ダブルリードの五人は100人余りの部員が待つ音楽室の方へ体を向けた。
(結局俺がここに来た意味無かったじゃん)
一松は自分に嘲笑した。
(でもちょっとした吹部の裏事情などが聞けたので『俺には』意味があったかな)
部長は「ありがとね」と言った。それは空耳のように聞こえるほど遠くで聞こえた。いや、あれは空耳だったかもしれない。
音楽室内部は先ほどの状況が変わっていなかった。トド松はこれがいつまで続くのだろうかと眠い目で時計を見る。
部長「はい、今から部長の権限フル活用するわ。」
突然音楽室に戻ってきた部長は先ほどのことが無かったかのように言った。
トド松(廊下で何があったんだよ……一松兄さん…。)
トド松は部長と一緒に戻ってきた兄にそういう視線を送ったが彼は気づかなかった。
部長「こんなのじゃもうラチがあかないから、部長の権限使うわ。私が部長らしいことするのってあんまりないからいいよね?」
疑問系の「いいよね?」は確実に命令形だった。
部長「部費を1200円から幾らか上げて、部活に必要な全パートの消耗品をある程度買います。異論は認めないです。」
一同「「「…………。」」」
部長「繰り返します、異論は認めないです。どうしてもって言うのならその人が私の代わりに部長になってください。」
外野「え……?」
部長「あ?何?」
外野「……なんでもないです。」
部長「はいじゃあ今からここを、いくら値上げして、何を、どれくらい買うのかを話し合う場にします。」
顔を見合わせる部員たち。不満そうにする者もいれば、「まぁそれが妥当だよね」という声を上げる者もいた。
パーリーたちもひどく長く続いているこのどうしようもない空間を終わらせるには、もう今このタイミングで部長の独裁を呑み、一つの節目を今ここで作るしかしかないということを悟り、何も言わなかった。おそらく今ここでそれを突っぱねたらまた酷く続くだろう、と。半分諦めの気持ちもあった。
トド松はもうこの際どうなってもいいから早く終わってと願っていたのでこの部長の発言は非常によかった。
しかしここからがまだ長かった。
フルートパーリー「で、リードを月々に何枚買うの?」
パーカスパーリー「リードは楽器ごとで値段が違うからね〜。値段の平等を取るか、枚数の平等をとるか……。」
トランペットパーリー「枚数の平等じゃない?」
【中略〜10分後〜】
低音パーリー「じゃあ一人何枚買うの?」
サックスパーリー「キリがいい10枚で。」
トロンボーンパーリー「は?」
外野「「は?」」
サックスパーリー「なによ!『は?』だけじゃ何も伝わらないんだけど!」
クラリネットパーリー「一箱10枚か5枚入りだからカウントはしやすいわね。」
部長「そうなるとダブルリードには3000円のリード10枚、そして五人いるから月々15万ぶっ飛んでく計算になるけどいいの?」
低音パーリー「やめよう。ていうか月々学校からと部費からでいくら吹部に入ってんの?」
クラリネットパーリー「会計係、資料持ってこっちに来て。」
【中略〜20分後〜】
パーカスパーリー「やっぱ値段の平等取るべきじゃない?」
部長「3000円あればB♭クラリネットはリード10枚買えるけど、ダブルリードは1本しか買えないのよ?」
トロンボーンパーリー「おい、ダブルリード。」
フルートパーリー「ていうか、ダブルリードって前々から月に2、3本学校から支給してもらってるよね?」
部長「そうだけど。」
フルートパーリー「じゃあリードは一人3枚くらいでよくない?」
ホルンパーリー「あ、個人で買い足すこと前提なんだ。」
サックスパーリー「そりゃそうでしょ。でもそうなると……、やっぱダブルリードが……。」
部長「そのとおり、負担がデカイ。お宅らは3000円あれば10枚買い足せるけど、私らは1本しか買い足せないの。仮に1本買い足したとして4本のローテーションで週に約35時間、月にすると約140時間も練習したらリードがもたないからね……。というかこの費用面はダブルリードだけじゃなくてバリサクとかバスクラにもあるからねぇ……。」
トランペットパーリー「うわ…」
【中略〜30分後〜】
部長「買う枚数はさっき出たものでいいね?それ以上だと部費があかんことになるから。」
ホルンパーリー「はいはい。」
クラリネットパーリー「で、いくら値上げするのさ。」
フルートパーリー「まずどれくらいリードと金管のものを買うか計算しないと…」
パーカスパーリー「パーカスは?」
フルートパーリー「さっきも言ったよね。パーカスは初期費用が……」
【中略〜10分後〜】
外野「修繕費にまわす金をもっと増やしたら?」
外野「金管のマッピ高過ぎない!?」
会計係「でまぁ毎月一人当たりの200円を金管に回して……500円をリードで……あと修繕費で……200円くらい??」
トロンボーンパーリー「そもそも今の部費の使い道に何か無駄があるんじゃないか?だって1200円×129人で154800円だろ?プラスで学校からもらえるお金もあるわけで……」
会計係その1「無駄!?何言ってんの!こっちは毎月ぱっつんぱっつんでやらせてもらってます〜」
会計係その2「楽器の修理費の積み立て、楽器の購入の積み立て、楽譜購入、備品購入、ホール練習の積み立て、あと講師への謝礼金の積み立て!あといっぱいあります!特に今一番身近なホール練習は一度にウン十万が動くんだよ!」
トロンボーンパーリー「あっそうじゃあ……。」
【中略〜10分後〜】
チョロ松(気がついたらもう話し合いが終盤頃になってるじゃん。ここまで長かったな〜。途中から僕、何も聞いてないよ。)
部長「部費は一人月に2000円にする案でいいよね?」
チョロ松(あれ?今なんか言ってたっけ……?ダメだもう今日はドロドロトークを聞いているだけで精神的疲労がハンパない……。)
部長「はい!これをもちまして話し合い終了!」
結局どのような結果になったかの部分を聞きそびれたが、先輩たちの様子を見るとそこそこいい方向に向かったらしい。よかったよかった。
クラリネットパーリー「で、どうやって武水先生にオーディションを頼むつもり?」
部長「どうしようね。」
サックスパーリー「どうせあの人のことだから『本当にちゃんと解決したの?』とか言ってきそうだから合奏してるのを見せるのが早いと思う。」
部長「分かった。今は……5時半か……。よし、まだギリギリいける。今からやろう。コンマス。」
クラリネットパーリー「はいじゃあ今から『先生にオーディションをさせるために』合奏をします。各自楽器準備して。一年生は椅子並べて。ホラ早く。ただえさえ例年よりオーディションが二週間近く遅れてるんだから。」
ザッと少しの戸惑いを見せながら動き出す赤い集団。
チョロ松たちは指示通りに椅子を並べる、残りの人はその間に楽器の準備をして再びこの音楽室に戻ってきた。一年生たちはそれを見届けると音楽室から出ようとしたが、コンマスが「一年生たちは壁際にいて」と言って未経験者を引き止めた。
「チューニングします。」
クラリネットパーリー兼コンサートマスターのヤヨイはいつもチョロ松たちクラリネットパーリーで言うように言った。
そして基礎合奏も終え、いよいよ準備万端になったら吹部幹部四人が職員室に先生を呼びに行った。
ひとしきり静かになった。
先輩たちは緊張の顔で先生が来るのを待つ。
(あぁ話し合いとのときはこいつら全員クズじゃんとか思っていたけれど、やっぱりコンクールが大事なんだな。)
そのまま時間が過ぎる。
もしかして先生もう帰っていたりして、なんて思っていたところで先ほどの四人が帰ってきた。その後ろには武水先生がいた。
「じゃあ、課題曲と自由曲を演奏してください。」
「「はい。」」
そうして合奏は始まった。
課題曲「ブライアンの休日」というマーチを聞きながらチョロ松はそういえば自分はコンクールの曲を直接聞いたことがなかったということを思い出した。それにより、なおさら聞くことに力が入った。
ーーあ、今トロンボーンがずれた。
ーーあ、トランペットが音を外した。
まだまだ改善点があるマーチが終わり、自由曲「マードックからの最後の手紙」へと移る。
テンポ50というかなり遅いスピードで始まる海の曲。
ーーあ、今クラリネットがリードミスをした。
そして曲が終わった。
その余韻が部屋を振動させる。
まだスネアのスナッピーが動いている音がする。
チョロ松はやっぱ吹奏楽いいな……と武水先生のことを忘れていた。
「へぇ。」
それは明らかに悪意のこもった詠嘆。
「で、私にオーディションをしてほしいと?」
「そうです。」
サックスパーリーが食いつくように答える。
「ていうか、あなたたちは本当にコンクールに出たいの?」
「出たいです。」
「だって今答えたのサックスのパートリーダーだけじゃん。ほんとに出たいの?」
「「出たいです。」」
「この時期にこんな大騒動を起こしておいて?」
この言葉は部員たちにぐさりと刺さったがそれでも「出たいです」と答えた。
「それに……」
またサックスパーリーが口を開いた。
「今回のことも決して無駄じゃなかったです。いつもは言えないようなことも素直に言えたので。しかも一度分裂を経験したことにより、さらに団結力が増しました。」
「でもオーディションしたらその団結力は確実に崩れるけどいいの?」
「崩れません。例え自分が落ちても、自分より上手かった他人にあれこれ言うような人はいないはずです。ここには。」
「……。」
「それにみんな今年は違うんです。全国に行きたいとみんな思ってるんです。お願いします、連れて行ってください。」
真剣に顧問に物を言うサックスパーリーに続いて皆口々に「お願いします」「お願いします」と言った。
「………………一つ間違いがあるんだけど。」
「はい。」
「コンクールに連れて行くのは私じゃないです。あなたたちが私を連れて行くんです。」
「えっじゃあ……」
「三日後にオーディションをします。」
「「やったあああぁ!!」」
歓声が静かになったところでまた顧問が喋り始めた。
「出るからには本気でやってもらいます。コンクールの最大人数は55人ですが、私の求める基準を満たしていない場合はそれよりも下の人数で出ることになります。『枠があるから…』という理由で受からせることはしません。」
「それともう一つ。受かった人にはそれなり以上の練習が待ってます。生半可な人はいらないです。」
「さらにもう一つ。合格するのに先輩も後輩もないです。泣いても笑ってもその結果を受け入れてもらいます。」
「では次に私がここで全員に話すのは三日後です。よく考えておくように。」
その後解散になった。部員たちはあぁよかったよかった!オーディション頑張るぞ!今年は全力になるんだから!と盛り上がっていた。
そんなつい昨日と全く違う光景を見てほっと彼は胸を撫で下ろした。
しかし……
あれから二日後のオーディション前日の日、部長は部員の名前とクラスとパートが書いてある名簿表に、定規を使い黒のボールペンで斜めの斜線を引いていた。
それをやっている同じ机の上には21枚の紙……
それは退部届だった。
数ページに渡る名簿表に黒く濃く高い筆圧で、部員の存在そのものを消すために引かれた斜めの21本線……
『受験勉強のため』
『今年の部活の雰囲気についていけない。去年の雰囲気の方がよかった。』
『私に吹奏楽は合わない。』
『進路について真剣に考えたいたい。』
『ここの吹奏楽じゃあ私の望みは実現できないから。』
『私がいるとみんなのやる気が削がれると思うから。』
『今年の皆のノリが生理的に無理だから。』
『やっぱり軽音部に入りたいから。』
『今回の一件で吹部に所属している人間に絶望したから。』
退部届にはそう書いてあった。
最初は部員たちは辞めようとする人を引きとめようとした。しかし無理だった。彼らの意思は説得を跳ね返すほど硬かった。
そしてそれに加え、続けようか続けまいか悩んでいる人が『今一斉に退部しようとしているこのタイミングを逃したら私はもう続けるしかなくなる』と考えその勢力にに加わり、さらに止めれなくなってしまった。
そして21人が部活から消えた。
その期間の部活は続ける人と辞める人との対立で乱れていた。
しかしだんだん続ける側は、辞める人には辞める人の理由があると、納得というよりはもはや諦めの感情を持つようになった。
一年生たちは自分が知らない去年の雰囲気なら今より辞める人は少なかったのだろうかと思った。
「クラリネットが三年が二人、サックスが一年生二人三年生フタリ一人、フルート三人、トランペットが……五人。以下省略。」
クラリネットパートリーダーはパート人たち全員の前でその辞めた人の名簿を読み上げた。
「まぁ、辞めちゃった分はしかたないよ。それに残りはまだ108人もいるし。そんなに部員がいる吹部もなかなか珍しいよ。」
チョロ松は辞めた連中が許せなかった。なぜこのタイミングで辞める?
しかし客観的に言うと辞めるならもう、このタイミングしかないのだ。
オーディションは明日。それよりあとだと万が一自分が受かったら止めれなくなってしまうから。受からなくてもコンクールへと一心に向かい始めた雰囲気の中辞めることは難しくなる。
しかしチョロ松は許せなかった。
「でもまぁこんなこと言っちゃ悪いけど、あの 人たちがオーディション受けてても多分大半は落ちてたと思うよ。だってあの人たち下手なんだもん。多分三年生の中にはもう自分がオーディションに落ちるってことを悟って辞めてった人もいると思うよ。」
「うん、それは思った。でもまぁ今回は本気でやる気のある人だけが残る結果になったからよかったんじゃない?」
チョロ松は今の先輩の言葉で気づいた。武水先生はこうやって辞めていく人がいることを予想していたのだ。だから三日もオーディションまでに猶予を与えた。
「ーーよく考えておくように。」という言葉は本気になれるかなれないかの瀬戸際に立っている人に向けた言葉。それはチョロ松が感じていたオーディションそのものに対する残酷さよりも遥かに上回る残酷な言葉に聞こえた。
ーー例え自分が落ちても、自分より上手かった他人にあれこれ言うような人はいないはずです。ここには。
「実際にいたからこうなったんだよなぁ……」
もう彼に辞めた人に対する怒りはなくなった。そして不思議と胸がスースーした。
その日は一日中雨だった。止む気配の無い安定した雨。長い雨は校舎を舐めるように濡らし、コンクリート塗装をほんの少しだけ剥がしていく。その校舎から見る街の景色は灰色でよくわからなかった。
かなり早めの梅雨だろうか。
Q.後半頃はなぜかみんな仲良くなってたね。なんで?
A.ピリピリした感じは前半と変わりません。中略されているだけです。もうドロドロ見たくないでしょ?
・中盤頃がふわっとしているのはわざとです。