6つ子が吹奏楽部へ   作:ボコ砂糖野郎

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6月
のらりくらりのクラリネット


六月に突入。

吹奏楽コンクールのためのオーディションの日がやってきた。楽器を組み立てる部員たちの手に熱がこもる。

一人当たりのオーディション時間は多くて二分。約80人が受けるのでこれ以上長くなると一日では終わらなくなる。

おそ松は緊張している人を他人事のように観察する。(まぁ彼はオーディションを受けれないので本当に他人事なのだが)彼はその二分間は受験者にとって長いものなのか短いものなのか考える。

 

当日に顧問から伝えられたオーディションのルールは以下のものだった。

 

・学年は関係なしに選考する

・合奏でできていようが、その二分間でできなかったらできていないものと見なす

・パーカスは顧問がランダムにいくつか楽器を指定しそれをやってもらう。

・大体実力が同じ場合は意識の高さで選ぶ

・オーディションの内容は受けない人にも口外禁止。もちろん受ける人にも口外禁止。

・受けたパートでしか合格しない。例えば1stでオーディションを受けたときは1stしか合格しない。例えその人が、2ndで受かった人よりも上手くてもそのひとを2ndにすることはない。

 

まぁ普通かな。あ、でもパーカスの選び方はキツイな……要するになんでもできるようにしておけってことだろ?キッツー!二番目もなんだかんだでキッツー!

あっそうそう、そのオーディションの説明している時に顧問以外の先生が来たんだよ。なんかその人は副顧問らしいよ。えーマジでー!今まで部活来なかったよねー!?初めて顔を見たよー!これがいわゆる幽霊顧問ってやつー?

まぁそんなこんなでオーディションは始まったのであった!

 

 

*****

 

 

一人、また一人と練習部屋から消えては帰ってくる人を譜面を見る視界の端で捉えるチョロ松。

ある人は鏡餅みたいに固い顔をして帰ってきた。ある人は抜け殻のようになって帰ってきた。ある人は確かな手応えを感じたのか満足そうな顔をして帰ってきた。またある人は目に涙をためて帰ってきた。

こういうときに性格とか素の状態が出るのだろうか。

 

 

「ただいま〜。」

 

チョロ松の隣の椅子に二年生の先輩が一回りやつれて帰ってきた。彼女は左手のスクラップブックを譜面台に戻す。

 

「ねえ聞いて、オーディションしてるときに指が震えるんだよ。」

 

「そ、そうなんですか……」

 

チョロ松は相槌を返す。おそらくどうしても誰かに言いたかったことなのだろう。そうでなかったらこの先輩が業務連絡以外で自分にに話しかけてくることはない。

 

「それでさ、先生がめっちゃ睨んでくるの。もうすごく怖いし緊張した。いつもは簡単にできていたところなのに、先生に指定された途端頭が真っ白になって、やり方がほとんど吹っ飛んだの。」

 

「あぁ…それわかります。僕も楽器を決める面接のときにそうなりました。」

 

あの時は本当に頭が真っ白になって穴があったら入りたいくらい恥ずかしく「これでクラリネットが吹けなくなったらどうしよう…」と心配していたが、今となってはもう笑い話だ。

あぁそういえばもう六月に入ったのか。

 

「はぁ〜、受かってますように〜。」

 

先輩は手を合わせて天に願う。

来年は自分もこうやって祈ってるのだろうか。

 

 

*****

 

 

「あ、おかえり。」

 

チョロ松はオーディションから帰ってきたカナ子に言った。彼女は一年生で中学はベークラリネットをやっていたが、今はアルトクラリネットを吹いている。

チョロ松の声に続いて同じく一年生のヤイが「おかえり、どうだった?」と聞いた。

 

「あ〜……」

 

彼女は言葉を詰まらせ目をそらす。どうやらお察し状態らしい。

 

「まぁ…あれは落ちたかな……。前にも行ったけど、あたし今回はあんまり受かる気が無かったし……。」

 

「あっそ、そうなの…。残念だったね…。」

 

「いや、別に特に気にしてないよ。だから変に気を使わないでよ。それにチョロ松くんとヤイちゃんと一緒に練習できる時間が増えるってことだよ?むしろ、やったー!ってカンジ。」

 

彼女は続ける。

 

「それにさぁ…アルクラって一人いれば十分じゃん?私が先輩を抜いて受かっちゃったら悪いな〜って思うし、後々気まずそう。」

 

ヤイは「そこはなんか気にしちゃうよね」と返した。

チョロ松は思う。もし後輩の自分が先輩を差し置いて受かってしまったら確かに気まずい。変に関わると冷やかしてると思われるだろうし、逆に何もしないと天狗になってると思われるかもしれない。それにヤイの先輩は二年生だからまだ来年があるが、もし三年生が先輩の場合、今年が最後の舞台を自分で潰すということとなりさらに気まずいことになりそうだ。しかしそんなことを気にしてはいけないのが現実。後輩が受かったら、その後輩が先輩より上手かったというだけの話。気にする必要は全くない。むしろ誇っても良いくらいだ。しかしどうしてもその雰囲気にむず痒いものを感じる。

 

「終わったよ。」

 

そこにセイヤが帰ってきた。彼は中学からエスクラリネットを吹いていてすごく上手く、クラリネットパートではチョロ松が一番話す相手だ。

ヤイがさっきと同じように「どうだった?」と言おうと口を開く前に彼はカナ子に「あの質問になんて答えた?」と聞いた。

 

「僕ね、先生にこう言ってやったよ。『この学校で一番上手いエスクラ吹きが消えますがそれでもいいんですか?』って。」

 

「えー!アンタそんなこと言ったの!?それって先生の前で先輩に宣戦布告してるようなものじゃん!」

 

「そもそもオーディション受けてる時点で宣戦布告してるようなものだろ。」

 

オーディションを受けていないヤイとチョロ松を置いて展開されていく会話に二人はぽかんと口を開けている。

どうやら先生から何か質問があったらしい。それに彼は先ほどのように答えたとか。

ちなみにエスクラリネットを吹いているのは彼の他に三年生の先輩がいる。彼は先生に、自分はその先輩よりも上手いとはっきり言ったということなのだ。

 

「へ、へぇ…よく言えたね……。」

 

チョロ松はその彼の勇気と自信にそう答えることしかできない。

 

「それで、先生どんな感じだったの?」

 

「紙になにか書いてた。」

 

それ、ブラックリストに行ったんじゃないの?と心の中でツッコミを入れる。

 

「それで、カナ子はどんな感じだったんだよ?」

 

「へへ…ありゃ落ちたわ……。受かっても先輩がいるとやりにくいし。」

 

「先輩なんか気にしちゃダメだろ。たかが一年だけ生まれたのが早かっただけだし。それにクラリネット歴も中学かから始めたのか高校から始めたのかはたまたそれよりも前なのかで大きく違ったりするのに。」

 

「あはは…そうだよね。でも今年の夏はのんびりしたかったからいいの。」

 

「ふーん、そうなんだ。」

 

セイヤは不満げに返事をした。

それで四人の会話は終わり練習を再開した。

 

 

 

一人、譜面と睨めっこするチョロ松。そこにはおたまじゃくしが連なり、遊んでいる。

 

メトロノームの音がキンキンと頭に響く。

彼を嘲笑うおたまじゃくし。

それを睨めば睨むほど、そいつはグニャグニャと動き出す。

ピーピーと耳に触る不快な音を立てるクラリネット。

だんだん混乱していく指先。

 

あぁ、おたまじゃくしがまた僕を笑ってる。

そして僕はそいつを睨むことしかできない。

 

「はぁ……」

 

チョロ松はクラリネットから口を離し、新鮮な空気をたくさん吸っては吐く。淀んだ気持ちがリセットされる。しかしすぐに怒りが彼からこみ上げてきた。

なんの恨みがあって作曲者はクラリネットにこんな大量の音符を吹かせるのだろうか、と作曲者への怒り。そして何度やったってできない自分の無能さへの怒り。

やればできるなんて言葉を考えた人はバカじゃないの?

ここが次の合奏までにできなければまた吹かないでと言われる。それがどんなに悔しいことか。

 

彼はセイヤの方を見る。今冷静に考えれば自分をこの学校で一番上手いエスクラ吹きなんてよく言えたな、ある意味非常識だろ、と思う。

しかし彼は上手い。チョロ松が張り合うとかそういうレベルじゃない。彼が上手すぎて羨ましいとも思わない。

もし羨ましい点を上げるならただ一つ、その彼の自信だ。なんでそんな自信が湧いてくるのだろうと思う。そういえばセイヤ昔、自分らにこう宣言してきた「まぁ俺はエスクラで受かるけどね 」と。本当に自信に溢れているんだろうな…。自分には絶対に無理だ。

 

 

 

 

そして翌日。全員が集められコンクールメンバーが発表された。

 

「それでは合格者を読み上げていきます。」

 

先生は折りたたまれた紙を開き淡々と読み上げる。

 

「まずクラリネットパートから。」

 

チョロ松は一人も聞き逃さないように真剣に聞く。正直今の段階ではクラリネットパート以外はどうでもいい。どの先輩が落ちてどの先輩が受かったかも気になるし(他のパートの先輩の名前なんか知るか)そしてもちろん同級生の運命も気になる。

 

(カナ子はハナから受かる気が無かったから落ちるだろうな…あの先生が受からせるとは思えない……。あと○◇はどうだったのかな……。□△も……。そしてセイヤはどうなるんだろう。)

 

同級生の中で一番仲がいいのはセイヤなので彼を心の中で一番に応援する。だけどその心境はエスクラを吹いている三年生を思うと複雑だった。

そして結果は一番最初にやってきた。

 

 

「Esクラリネット、□○セイヤ。以上。」

 

 

(あ、セイヤ受かった……。)

 

それだけだった。

彼は宣言通りに受かった。まさに有言実行。この上なくかっこいい。

 

だがすぐにチクっと胸が痛くなり、エスクラの三年生の方を見る。

彼女はぽかんと硬直していた。

 

「続いてクラリネット1st……」

 

そこでその先輩の名前があげられた。彼女はコンクールメンバーに選ばれた。B♭クラリネットで受けたオーディションには受かったのだ。だがエスクラでは一年生に負けた。

そして先輩は何もリアクションせず、手すら動かさず銅像のように硬直し続けた。

 

そしてアルトクラリネットのカナ子は落ちた。それに彼女は分かってたと言わんばかりに歯を見せて小さく笑った。

 

 

淡々とあげられる名前。

そこに手をを握り小さくガッツポーズを作るものもいれば、爪が皮膚にあとをつけるくらいに拳を強く握り、震わせるものもいた。

 

「以上、52人です。」

 

全てが終わる頃には重い荷が降りるような気がした。少なくとも心配事が一つ減った。

 

「あとで受かった人の担当名簿を全員に配ります。受かった人は責任を持ってやってください。」

 

静かな音楽室。聞こえるのはすすり泣きの声と外の部活の掛け声だけ。いつもうるさいはず音楽室は時通りこうなる。それは不気味でもあった。

 

 

発表が終わったあとセイヤに「おめでと!」と明るく声をかけるカナ子の姿があった。チョロ松はそれを見て「あぁ引きずってない、よかった…」と安堵した。まぁあれだけ自分で今回はやる気が無いとか私多分落ちたわとか言っておいて、実際に落ちて落ち込むのもなんか違うけど。

 

そして何かを楽しそうに喋っている二人を見ながらヤイが「あれ、来年は私らもだよ。」とチョロ松に言った。あれというのはオーディションのことだろう。

 

「あぁそうだね。すごく先に聞こえるけど。」

 

チョロ松も同じく二人を見ながら答える。

 

「きっとさ、オーディションを受けた人は一斉退部のこととか不安とか色々考えて悩んだんだろうな。あれ来年は私らだよ?きっと私その期間は胃が痛くなってロキソニン常備することになりそ〜。」

「でもまだ一年あるから大丈夫だよ。」

 

自分も来年は吹奏楽部の最大のイベントに参加したい。参加したい。だけどそれは今の段階で気にすることではないだろうと思う。

 

「本当にそう言ってられるの?」

 

「僕は昔から要領がいいのが取り柄なんだ。」

 

不審そうに聞く彼女に彼は半笑いしながら言った。

 

「そういえばさ、なんでチョロ松くんはクラリネットを選んだの?」

 

一瞬胸がちくっとした。しかし彼はその自分の中の感情に気づかないふりをした。

 

「えぇ…なんでって……?じゃ、じゃあなんでヤイはクラリネットを選んだの?」

 

なぜか慌て始めたチョロ松を不審そうに見ながら彼女は「私はね……」と理由を言った。

 

「クラリネットって吹奏楽の中心だって聞いたからだよ。合奏も常に真ん中だし目立つしいいなって。」

 

「へぇ…」

 

「それでいざクラリネット担当になったときに3rdになって『え…目立てないじゃん…』ってなったけど、今はクラリネット大好きマンだからなんでもいいやってなったんだ。でチョロ松くんはなんでなの?」

 

チョロ松は心臓が締め付けられているような気がした。言えない。言えるわけない。なぜなら彼がクラリネットを選んだ理由は音色でもなく、吹奏楽としての役割でもなく、なにか思いれや憧れがあったわけでもない。ただ入学式で遠くから見たクラリネットの見た目に一目惚れしたからだ。

もちろんクラリネットの感情豊かな音色も、ずっと撫でたくなる木の手触りも、時に荒々しく時に繊細に吹奏楽の中心を担う役割も大好きだ。しかしそれはクラリネットに決まって後から付いてきたものであって最初に決めた理由ではない。

ただクラリネットの見た目がカッコよく、綺麗だったからだ。ただそれだけで彼は今まで全くと言ってもいいほど興味の無かった吹奏楽部の入部を決めたのだ。そして兄弟もなんだかんだで巻き込む形となった。

本当に見た目だけ。クラリネットの音色なんか知らなかった。役割なんか知らなかった。どういう仕組みの楽器かなんて知らなかった。そもそもクラリネットが何でできているか知らなかった。

そんなことをヤイには言えなかった。彼女はちゃんとクラリネットのことを知った上で選んだ、いやクラリネットを選ぶ前にいろんな楽器の情報も仕入れただろう。そういったことをせずにクラリネットを選んだなんて言えない。恥ずかしすぎる。

僕はクラリネットを見た目以外の理由無しにのちしかクラリネットを選んだ。だから面接のときに何も言えなかった。すごく恥ずかしかった。

 

「あぁ?僕?そ…それは……せ、先輩に勧められたからだよっ!それでいいなぁって思ってクラリネットにしたんだっ!」

 

「その決め手は?」

 

「ク…クラリネットって一番人数が必要なパートだろ?僕、なんでもよかったから、じゃあボランティアになってあげようかな……って!」

 

そのあと彼女と中身の無い話をした。楽しかった。しかしチョロ松の胸には嘘をついたということが大きく残った。

クラリネットを選んだ理由は誰にも言ったことがない。兄弟にもだ。一回そういう話題になったことがあったがそのときは適当にはぐらかした。選んだ理由で嘘をついたのは今回が初めてだった。

 

 

ーーなんでもよかったから、じゃあボランティアになってあげようかな……って!

 

ごめん一松。僕は希望用紙に「なんでもいい」って書いたお前を怒った。だけど僕もクラリネットを選んだ理由は大したことじゃないどころか、人に言えないような理由なんだ。しかも嘘の理由に「なんでもいい」っていう言葉を使った。もう僕はお前には何も言えないな。

 

そして後から「なんでもいい」って言葉は真剣にクラリネットを選んだヤイに対してすごく失礼な言葉だということに彼は気づいた。僕も一松がなんでもいいと書いてあるのを見て怒りが湧いてきたのを覚えている。あぁ!なんであんなこと言っちゃったんだろう!!

 

空中に放った言葉はもう元には戻せない。チョロ松はヤイが特に気にとめていないことを祈ることしかできなかった。

 

……思い返せば僕がなんでもいいって書いた一松に怒った理由は部活での自分の立場を守りたかったからだったな……。

面接のときに一松の紙を見て顔を曇らせた先輩に僕は本人以上に焦った。それは顔が同じ兄弟が怒られたり嫌そうな顔をされたりすることに必要以上に感情移入しているから。なんでもいいと書いたやつの兄として部活で認識されるのが嫌だったから。今もクラリネットを見た目だけで選んだことを恥ずかしさぎ邪魔したこと言えず、自分を守るためにヤイ失礼なことを言った。

あぁ僕はクズだな。一松ごめん。ヤイごめん。

 

そう思えば一松はすごいと改めて思った。あいつは先輩に怒られたり嫌そうな顔をされること前提であの紙になんでもいいと書いたと言っていた。その勇気がすごい。……ある意味無神経でもあるけど、それがひと昔前の一松とは違うということをはっきり示してくれた。

僕には部活のお偉いさん達が見る紙に「なんでもいい」だなんて舐めたことを頼まれたって書けない。例え本当にやりたいものがなくても何か適当に書いていただろう。

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