少し前、この吹奏楽部では一気に21人もの部員が減った。理由等は個人個人で色々あったが、辞めるならオーディション前に辞める以外に選択肢は無かった。普通の吹奏楽部では21人も辞められたら部としての運営や人数が足りなくなるパートが出てくる。しかしここの吹奏楽部は元の部員が129人なのでそうでもなかった。がだそれでも一部の係に人数に偏りが出たのでそれの調整などで六月当初は副部長たちが奔走していた。
カラ松は譜面台の向こうにある薄い空を見ながら吹く。いつもよりも左手にかかる負担が大きいことを気にしながらボーーとしつこく音を伸ばす。
カラ松はバストロンボーンを吹いていた。
前までバストロンボーンをやっていた一年生男子が一斉退部の時に辞めてしまい、一年生でバストロンボーンを吹く人がいなくなったので代わりにカラ松が担当することとなった。そしてこのように担当楽器移動をしたのはカラ松だけであった。
彼は最初にバストロをやってと頼まれたときは嫌ではなかったが、前向きな気持ちではなかったがすぐに割り切った。それどころかすぐにバストロが好きになった。
まずバストロと普通のトロンボーンの見た目は知らない人が見たらほぼ同じだ。細かい違いは上の方の部分の管の巻き具合とバルブが付いていることと、ベルが一回り大きいこと。
バストロンボーンはバスと付いている割には音域は普通のトロンボーンと変わらない。しかしやや太めの管と追加されたバルブにより低音域が出しやすくなっており、太く柔らかく重い重い音色が出るようになっている。
この太い音がミソなんだよな……とにかくいいんだ!これがいいんだ!まさにこの俺にぴったり!
それにな…普通のトロンボーンは重さが1.5kgなんだが、バストロは2.5kgもあるんだぜ?遠巻きから見たらほとんど違いはないのにな、多分内太りなんだろう。まぁそれは置いておいて、スタンダードトロンボーンより1kgもヘビーだ!こんなのを女子たちには持たせられないだろう?
あのな知ってるか?トロンボーンって肩に担いでいるように見えるだろ?実際は肩に乗せずに全部左手で持ってるだ。2.5kgを片手で肩の高さで長時間キープするだぞ!?これは男である俺がやってやらねばな…。だろ?
トド松はフルートを吹く。四月の下旬からあるその目が抱く部活へのの気だるさはけない。
というか最近さらに気だるくなった。理由は例の一斉退部事件で前に部活を辞めたいと言っていた一年生女子が辞めたからだ。別に彼はその子と特別仲がよかったわけではない。
しかし彼女の退部はトド松の部活へのモチベーションを動かした。なぜなら彼女はトド松と同じく高校でフルートを始めた人なのだ。一年生のフルートパートに彼女とトド松以外に初心者はいない。つまりフルートパートにいる今年から始めた初心者はトド松一人だけなのだ。
周りが自分よりはるかに上手い。音色も音程も何もかも。彼女がいることでトド松は「できないけど、まだ僕は大丈夫。今年から始めた彼女もあんな風だし。」と部活の中で心の拠り所を作っていた。しかしその彼女がいなくなった今、自分がパートの中で一番下手という現実を毎日これでもかと突きつけられている。
相手は中学からやっている、もっと前からやっている子もいる。その年単位の差はとても埋めれるものではなかった。
そのことをパートの人は特になにも言わないし、丁寧に教えてくれる。だが素人目でも分かる実力の差は彼を追い詰めるばかりであった。
自分がいなくてもいい。もしろその方が音が濁らないからいいんじゃないかと思っていた。
一斉退部時に自分も一緒に辞めたいという気持ちが一ミリも無かったと言ったら嘘になる。しかし兄弟、先輩、同級生になんと言われるかとか考えたら、天秤は自然と続ける方に傾いた。
彼には周りのことを振り切って辞めるという決断の勇気が無かった。そしてトド松は流される。
「みんな集まったね。」
ダブルリードパートリーダー兼部長のミサキはコーラス室を見渡して言う。
コーラス室はいつも一松たちダブルリードパートの練習場所で、普通の教室の半分ほどの大きさの部屋だ。いつもはそこに五人しか練習していないが今日は違った。
コーラス室にはダブルリードの五人の他にバスクラリネットの一、二、三年生とコントラバスの一、二、三年生、合わせて11人がそこにいた。
「なんであなたたちがここに集められたかわかる?」
ミサキは腕を組みながら一年生に聞いた。二、三年生はもう分かった顔をしている。
その中でオーボエ一年生が「先輩、私は何もした覚えないです。」と言い、部長が早口で「別にそういうことじゃないから。」と返した。
「ヒントは、担当している楽器だよ。」
一松たち一年生四人は首を傾げる。しかしコントラバスの子はすぐに分かったと言わんばかりに顔を明るくした。
「ホラ弦バスちゃんはもう分かったみたいだよ〜。まぁでもこの問題は中学から吹部じゃないとちょっと分からないかな……」
「バスクラ、ファゴット、オーボエ、コントラバス……」
「あっ!全部木製です!あっでもベークラがいない……」
「そうその通り!ここにいる人の担当楽器は全部木製!さぁそこから分かることは……?」
「もうミサキやめなよ……。多分日が暮れてもわからないと思うよ…。」
いつの間にかクイズ大会のような雰囲気になったコーラス室に三年生がストップをかける。
「はいはい、分かったよ。一年生のみんな、今からちょっとショッキングなこと言うから覚悟してね。できれば自分で気づいて欲しかったんだけど……」
「……我々は野球応援では演奏はできません!!」
ん?演奏ができない?
「ええ〜!演奏ができないってどういうことですか〜!!」
オーボエ一年生のハルネが食ってかかる。
「あのね、木管楽器は長時間日光に当てちゃいけないことは四月のときにすでに教え込んだと思うのよ。で、だから屋根の無い野球場で長時間直射日光を浴びながらやるのは楽器に悪い。というか最悪割れて使い物にならなくなっちゃう。」
「でもベークラ……」
「ベークラはタオルが負ける大きさだからそれにベークラがいなくなったらかなり厳しいし。」
「オーボエはベークラと同じ大きさじゃないですか。」
「オーボエ一本買うお金でやっっすいベークラが15本買える話したよね。そういうことなの。それにキーの間に砂埃が入ったらヤバいし。ただえさえ他の楽器よりも多くメンテナンスに出しているっていうのに。」
「そっそうなんですか……。」
「そうそう。だから非常に申し訳ないんだけどあなたたちは本番の野球応援では演奏できないのよ。」
コントラバスの一年生はやっぱりなという顔をし、オーボエとバスクラの子は「せっかく練習してきたのに……」と残念そうにした。一松はというとなんでもいいやと思った。
「で、ここからが本題なんだけど…」
今のが本題じゃねぇの!?
「とりあえず君たちにはこれを配るわ。」
部長はコーラス室の棚の上の方にあった黄色いメガホンを全員に配った。
「ここにメガホンパートを結成します!」
部長の説明はこうだった。
ここにいる楽器は野球応援では吹けないので、その代わりに俺たち「メガホンパート」は野球応援に関わる運営の一切を取り仕切るということらしい。
クソめんどくさいやつじゃねぇか。
「じゃあ役割分担ね。バスクラの三人は保険係として体調不良者の相手をして。強烈な日差しの下で全力で吹いてたら絶対体調不良者でるから。去年は何人出たっけな……?」
「コントラバスの三人はもうひたすらメガホンで声援送って。声枯らして風邪引いてもあんま問題無いということで。」
「ダブルリードの私ら五人は応援指揮ね。次にやる曲を決めてそれをスケッチブックに打者の名前と一緒に書いて全体に伝えるやつ。これが”当日本番”の役回り。その準備でまた役割があってね……」
そのいかにもめんどくさそうな説明を時々手でメガホンを叩きながら聞く一松。
「で、応援は一回やればおしまいじゃないのよ。野球部が勝ち続ける限り続くのよね。でもそんなんじゃこっちのコンクールに差し支えが出るからコンクールメンバーは一回おきに気分転換として参加します。だから予定をまとめると……」
一回戦 6/20
二回戦 6/25 全員
三回戦 6/30 コンクールメンバー以外
四回戦 7/6 全員
五回戦 7/9 コンクールメンバー以外
六回戦 7/12 全員
七回戦 7/14 コンクールメンバー以外
決勝戦 7/16 コンクールメンバー以外
「まぁこれは決勝戦まで行った時の話だけどね。ちなみにコンクールの地区大会は7/25ね。」
「先輩…一回戦は何も書いてないんですが…」
「あぁこれね、行かないっていうこと。モロテスト期間中だし。野球部に『一回戦くらい自力で勝ちやがれ』という願いを込めてるの。」
「へ、へぇ…、ちなみにうちの野球部は強いんですか?」
「去年はベスト8まで行ったよ。」
「そこそこ強いんですね。あと素朴な疑問なんですけど…なんで野球部の応援に行くんですか?野球に行くならバスケも行けばいいのに…。」
「あのねそれはね、野球部の応援に行くとそのその野球部に充てられた寄付金が貰えるの。要するにコレ。」
部長は親指と人差し指で輪っかを作った。
「いくらもらえるんですか?」
「秘密。それに野球応援は新一年生の初の舞台っていうことでいい機会でしょう?意欲も上昇するし。」
「私らの意欲は下がりましたけどね。」
「いや、真面目にやってよ!?合奏にもこれまで通り参加してもらうし。あっ話が反れた。でこのコンクールメンバー以外の日は要するにここにいる人も行けないのよ。だからバスクラの一、二年生とオーボエとファゴットとコントラバスの五人だけになるのよ。がんばってね。」
「えええええ!?」
「がんばってね。じゃないんですけど!?」
そんなこんなでめんどくさそうな役回りを頼まれた一松たちであった。