6つ子が吹奏楽部へ   作:ボコ砂糖野郎

30 / 46
摩天楼を見上げては足元を見る

コンクールに向けての連取が本格化し始めた頃、前よりも頻繁にOBが来るようになった。

というのも、毎年六月〜七月はコンクール練習で多くの先輩が合奏や個人練にひたすら打ち込んでいるので、高校から始めたばかりの一年生たちに教える人がかなり少なくなってしまう。だからそのサポートのためにOBがやってくる。この教えにくるOBはいずれも大学や市民吹奏楽団などで吹奏楽を続けている人たちがほとんどだ。

そしてこの時期に学校や部活に慣れダラけ始めた一年生はOBから熱心な指導を受けるのが伝統であった。それはしごきと呼んだ方がいいかもしれない。また、OBたちもそのつもりで来ている。自分たちも昔、OBにシゴかれたから……。

 

『あんた中学からホルンやってるんだよね?三年間何してきたの?それをしっかり説明できるようになるまで外周してきて。』

 

そして今年はこの前の部内対立のことが伝わったのか、いつも以上にOBたちは怖くなっていた。何もしてないのに常にちょいキレがデフォルトであった。

 

三年生の話によると「一年前のOBは優しい」「二年前のOBは鬼」「三年前のOBは出現率が低い」「四年前のOBは悪魔」とのこと。

四年前が悪魔な理由は四年も前に卒業したのにそれでもやってくるごく僅かな少数はかなり殺る気があるクソ厳しい人しかいないからだとか。

ちなみに部活側は「人手が足りないから来てください」とは一言も言ってない。本当にこういう伝統である。そしてコンクールの練習の様子や課題曲の合奏などにはOBは一切口出しをしないというのも伝統の一つであった。

 

 

「あのさ、私の言ってること分かってる?」

 

「は、はい……」

 

「これで何回目?分かってないならはっきり言って。」

 

「大丈夫です。」

 

そう答えるのは十四松であった。彼は今幸運か不運か、OBにシンバルのことで捕まっている。

 

「せっかく出た音をシンバルで押さえつけて自分で殺さないでよ。」

 

しかし数十分が経過したあたりで丁寧に説明してくれていたOBが前よりイライラし始めた。

 

「もっかい。」

 

同じところを繰り返し繰り返しやる十四松。しかしOBは何度も何度も彼にやらせ続ける。

最初は教えてくれるOB「ありがとうございマッスル!」となっていたが、何度も何度も同じところをやらされるにつれて彼の顔から笑顔が消えた。そしてやがて涙目になり始めた。

 

「もっかい。」

 

全然許してくれないOBがとても怖い。しっかりやらなくちゃ、と思うのだが恐怖と焦りで手が思うように動かない。そしてさらに焦る、の負のスパイラルに陥っていた。

 

やがて根気よくマンツーマンで指導していたOBの綱が切れた。

 

「本当に言ってる意味わかってる!?ちゃんと考えてやってる!?楽譜通りにできればいいってものじゃないよ!!なにも考えずにバカみたいに鳴らす音は例え楽譜通りであってもただの騒音でうるさいだけなんだけど!!!」

 

「は…」

 

「あとさ!さっきから私は色々言ってるよね!?なんでそれをメモしないの!?メモしなくてもできていれば何にも言わないよ。でもメモもしていない上にできていないってどういうこと!?舐めてんの!?」

 

「すみません…忘れて……」

 

「はぁ!?忘れた!?本気で言ってんの!?」

 

「……。」

 

「…………なんでメモを取るか知ってる?メモを取らなくて本人が忘れてミスするのは勝手だけど、そのせいで誰かにも迷惑がかかるんだよ!だからそれを防ぐためにメモを取るの!それにその場でメモを忘れたら相手に同じ説明を二回させることになるのよ!?それは失礼だし、時間の無駄なの!合奏に当てはめればよくわかるでしょ!」

 

「はい……」

 

「だからメモを取るのは絶対に忘れないで。」

 

なにも考えずに叩いたら騒音、考えて叩いたら音楽。

方法の単純さゆえにパーカッションは奏者その人の頭の中をそのまま映し出す。その特徴は書道と似ている。

 

「分かった?」

 

「はい。」

 

だから分かりやすくて一番単純な楽器だ。しかし良さはある程度知っている人にしか分からない。だから分かりやすくて一番難しい楽器だ。

その担当を、たまたまとはいえメモを取るのを忘れるような自分にはまだ全然扱うに至ってないということに気づかされたときに彼の涙腺の一部が崩れた。

 

OBがスネアを叩く。

アタックがよく飛び、ところどころのアクセントが誰が聞いてもよくわかる。スナッピーの震えによる小粒の余韻は軽く跳ねていき、弾けるように響く。

 

タッタタッタタッタッタタ!タッタタタタ タッタタタタ タッタタタタタッタタ〜

 

聞いていて心地よい。これがパーカスの”上手い”なのだ。

音階があるわけでもない、指を何本も使うわけでもない。管楽器とは違う、すごく単純な仕組みと動作で管楽器たちと合わせ、一つを作る。それだけがパーカスの任務。

 

彼は腕で目をこすり、シンバルを握る。

鳴らすはさっきからずっとやっていたmpの四分音符の刻み。

どうやったら綺麗でよく響くやや小さめの歯切れのいい音にになるんだろう?

なんで作曲者はここでシンバルにこんなことをさせるのだろう?

どうしたら管楽器と馴染んでそれなりに自己主張がでにるのだろう?

 

シャン シャン シャン シャン……

 

十四松は手を止める。

 

「先輩、もう一度教えてください。お願いします。」

 

十四松は持ち合わせる全ての誠心誠意を注いで頭を下げた。

 

OBはにっこり笑ってくれた。

 

 

 

その同じ部屋でパーカスの一年生男子が、別のOBに猛烈な叱責を浴びながらスネアを泣きながら叩いていた。

 

……こういう伝統だから仕方ない。

 

 

 

おそ松のいるトランペットパートは例の一斉退部のときに一気に五人いなくなったパートだ。具体的な内訳は三年生一人、二年生三人、一年生一人。だが今回はそんなことはどうでもいい。

今日おそ松はとんでもないことを聞いた。それは他人が聞くととんでもないことというのはオーバーな表現であるが、おそ松にとってはこの部活の最重要事項であった。

 

残ったトランペットの一年生は五人。

内三人が経験者。残りのおそ松ともう一人が未経験者。

今はその経験者二人が1st、おそ松ともう一人が2nd、経験者一人が3rdとなっている。しかしこれはあくまで仮で、最終的なパート分けはは経験者と未経験者をセットで3つのパートのそれぞれに配置するのだ。こうなっているのはパートの実力のバランスを保つためだ。

今一年生が五人になってしまったので綺麗なバランスにはならなくなったが、未経験者の内から一人、1stになるということには変わりない。

そしておそ松はその1stを狙っている。

 

そして今日聞いた。トランペットにいるおそ松以外のもう一人の未経験者「アヤカ」がこう友達に話していた。

 

「私、絶対1stになってやるから。」

 

この言葉でおそ松の中の何かに火がついた。

おそ松は前から分かっていたトランペットの1stなんて誰だってやりたいポジションだということを。現に自分もやりたがっているし。

しかしこうも分かりやすくライバルに明言されるもう気持ちがフツフツとしてくる。例えるなら体育大会で自分のクラスに「あそこにだけは絶対に負けたくない」と言われたような感じである。

別にアヤカはおそ松には負けたくないと名指しで言ったわけではないが、彼にはおそ松より私は絶対上手いと言われているような気分になった。

彼女の言葉で今まで1stを取るために”そこそこ”頑張ってきたおそ松に火がついた。

ライバルも1stを狙ってる。絶対に負けられない。なぜなら1stをやるためにトランペットを選んだようなものだから。1stがやりたい……1stがやりたい……。

 

おそ松はトランペットを空に向かって構える。そして吹く。

 

絶対に1stに選ばれてやる。俺はいつも五人の敵と戦っているんだ。一人の敵になんて勝てるハズ。

 

1stを決めるのは夏休みなんだとか。アヤカとは実力は大体同じ。ここからが勝負だ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。