6つ子が吹奏楽部へ   作:ボコ砂糖野郎

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タイタニックとライジング

先生が指揮を指揮が止まる。

今日音楽室には楽器を持ったコンクールメンバーと楽器を持っていないコンクールメンバー外の部員全員がいた。

 

「はい。これは地区大会で何賞だと思いますか?」

 

先生は聞いていたメンバーに問う。

いつも彼らはコンクールのCDを聞いてそれを何賞で、どこの部分がどうだったとかなどを話し合っている。それをやっている理由はいい演奏を聞き分けるためだ。聞き分けることが出来なければそれを作れるわけがない。そして今回は自分の学校の演奏に向かってその判断をする。

 

「銅賞だと思う人。」

 

手が上がる。

 

「銀賞だと思う人。」

 

手が上がる。

 

「金賞だと思う人。」

 

手が上がる。

 

 

……チョロ松はどこにも手を挙げなかった。

 

 

 

*****

 

 

野球部が負けた。準決勝だった。つまりベスト4。

 

その負けた試合が終わったとき彼は「あぁ残念」と「やっと終わった。」という気持ちになった。

 

しかし、女子の「惜しかったね〜。あと2回勝てれば甲子園だったんだけどなぁ〜」「ホントだよね〜」という会話で彼は自分のところの野球部がそんなところにまで登っているということを認識した。今まで勝つのが当たり前だったから考えたことがなかった。

 

夏の大会の終わりは三年生の引退と直結する。終わって欲しくない。終わって欲しくない。と思いながら三年生はバットを握っていたのだろう。

 

負けたとき、あぁ終わってしまった。あぁ終わってしまった。もうこのメンバーで野球はできないと思いながら最後の挨拶の礼をしていたのだろう。

 

かつて、どうして人生のなんの足しにもならない部活なんかにマジになれるのだろうと軽蔑を込めて笑っていた人がいた。

その人は本気でやって成果が出なかったら自分の自尊心にカウンターパンチ食らうのに。一生懸命ってカッコ悪いよね、と影から笑っていた人がいた。

 

その人は今何をしているだろう。

 

 

夏とはグチャグチャに混ざった絵の具だ。

 

 

*****

 

 

チョロ松は手を挙げなかった。

 

挙げれなかった。挙げれるわけがないと彼は手を強く握った。

これは自分のところの演奏なのだ。だからできない。今目の前で演奏しているのはCDにマッキーで書いてある顔も知らない学校の人たちではない。みんなそれなりにどんな雰囲気の人でここがすごいというところを知っている人たちばかりだ。その人たちの演奏を客観的に審査ができる人は全ての方向でかなりすごい人だろう。少なくとも彼にはできなかった。いや、できている人の方がここには少ないであろう。

 

「あなたたちならもっとできるよ」という気持ちで銅賞に手を挙げる人。

「とりあえず銀賞かな」という気持ちで銀賞に手を挙げる人。

「絶対一番よ!」という気持ちで金賞に手を挙げる人。

完全に客観的冷静判断ができる人はどれくらいいるのか。

 

「私は全然満足していません。」

 

先生ははっきりと言い切った。

 

「自然と情景が見えるようなものでないと。特にマードックからの最後の手紙は。」

 

部員たちの顔が自然と下を向く。

 

「はい、じゃあ高橋さん、課題曲の『ブライアンの休日』は何をイメージした曲ですか?」

 

「ブライアンの休日です。」

 

「はい、それ以上言いようがないですね。じゃあブライアンとは誰ですか。」

 

「知りません。」

 

「はい、私も知りません。」

 

トド松は心の中で「知らないんかい!」と突っ込みを入れた。

先生は息を深く吸い、元々険しかった顔をさらに険しいものにする。

 

「曲の考察……というやつ、やる学校はやるみたいですね。『この曲は何時、どこで、誰が、どうして、どうなって、コレコレを表現している』と考えるやつです。」

 

外の蝉は鳴くのを止めない。

 

「私はやる必要は無いと思います。なぜならそれは本来最初にやるべきだと考えているから。どうしても今やりたいなら個人かパートで勝手にやってくれという話です。」

 

先生は続けて話す。蝉も鳴き続ける。

 

「ただですね、最近私は衝撃の事実を知ったんですよ。……あなたたち、自由曲の『マードックからの最後の手紙』の元ネタ知ってますか?近藤さん知ってる?」

 

「ええ…!あ…タイタニック号です……よね?」

 

「そうです。悲劇の豪華客船と呼ばれているタイタニック号です。じゃあタイタニック号はどこの国の船で、何で沈んだか知ってますか?」

 

動揺しながら答えた近藤に先生はさらに質問を投げかける。しかし彼はそこで停止してしまった。

 

「今の高校生ってタイタニックがどこの国の船か知らないんですね……。知ってるものだと思っていたからかなりカルチャーショックでしたよ……。ちなみにジェームズ・キャメロン監督の『タイタニック』を見たことある人。」

 

手を挙げたのは九人だけだった。これが若者の洋画離れ……と細い声で先生は呟き、首を振った。

 

「まぁいいです、練習に戻ります。ではJの部分から。パーカスは抜きで。」

 

 

 

 

翌日、先生から視聴覚室に集まれと言われた。チョロ松はタイミング的にコンクールのDVDを見るだろうと思っていたがそれは違い、どうやらタイタニックを見るらしい。あれ、昨日は曲の考察はしないって言ってたよな…と疑問だったが大きくは気にはしなかった。今彼が気にしているのはそんなことよりもコンクールのことだった。

最近、どんどんコンクールが近づいてくるにつれて部員からの賞への執着というものが薄くなり、『いい演奏をしよう』『もっと極めよう』という純粋な向上心が濃くなりつつあった。全国進出という単語を聞くと部員らは、「あぁそういえばそんな目標があったよね」という空気がはっきりと流れる。チョロ松はコンクールメンバーがどうであろうと気にしないつもりではあったのだが、最初あれだけ言っていた目標から少し軸がずれていることにどことない不快感を感じていた。

 

ーー熱した分だけ冷めるのも早いな

 

ーー目標が最後まで通せないのにまともに演奏し通せるものか

 

ーー演奏を聴いてもあんまりすごいと思えないし、実はただの井戸の中の蛙だったりして

 

別にコンクールメンバーのことが嫌いではないがなぜかそう思ってしまう。それはチョロ松の性格由来であった。

僕は知ってる、コンクールメンバーがすごく頑張っていることを。

毎日怒られながら吹き、厳格に音を揃えるために一定の集中力を何時間も保ち続ける。それでも満足にできず、やればやるほど自分が下手だということに無理やり気づかされ、絶望に近い眼差しで楽譜を見続けている。

しかしオーディションで落ちたメンバーとOBのことを思うとそんなこともしていられず、能動的に強いプレッシャーを感じてしまう。

 

それと皆辞めた部員らのことを積極的に口に出さない。気にしているからだ。辞めた部員らは今の現役部員から「触れてはいけない箱」のような扱いであった。

 

はぁ、捻くれている。望みが強ければ強いほど自分の中でsageしてしまう。

僕って性格悪いなぁ。

 

 

視聴覚室で先生は部員らにジェームズ・キャメロンのタイタニックを見せてきた。

さすがに全部見せたら練習時間が削れるので先生が見せるべきところを編集のものを見せてきた。

 

 

 

最初に映ったのは海中に佇む巨大な何か……そうタイタニックである。

 

ボロボロで藻だらけの船内は今は魚たちの住処となっていた。

 

タイタニックの調査チームが活動している最中、一人のお婆さんがやってきた。

 

彼女は生存者であると言う。

 

調査チームは何か手がかりにならないかと彼女に話を聞いた。

 

彼女はゆっくり話し始めた。

 

***

 

明るい昼の12時に、沢山の人に陽気な音楽とともに手を振られながらタイタニックは出航した。

 

しかし夜中に氷山と衝突し、タイタニックに大きな爪痕ができ、そこから極寒の水が流れ込んでくる。

 

その水は静かに、確実にタイタニックを頭から沈めていく。

 

人々はパニックになるが、逃げ場所は無い。

 

水に浸かり叫ぶ声、恐怖に絶叫する声、そして神に祈りを捧げる声。

 

それも虚しく水はタイタニックを侵食する。

 

船長は呆然と運転室に立ち尽くす。そこへ海水がガラスを突き破り船長を飲み込んだ。

 

乗客のパニックを少しでも抑えようと演奏家たちは楽器を弾く。しかしそれを聞いていられるほど落ち着いている者はいなかった。

 

水が入ってくるせいで船はどんどん上を向いていく。

 

人がツルツルと甲板を滑る。その先に待っているのは海しかない。

 

そしてタイタニックは自分の重さに耐えれなくなり、真っ二つに折れた。

 

電気が切れ、周りは闇だけになった。

 

絶望が降りてくるようである。

 

やがてタイタニックのすべての部分が海へと消えた。

 

未だ人々は海面でピチャピチャともがいている。

 

しかし、しばらくしてそこは静かになった。

 

なぜならほとんどの人が凍ったからだ。

 

彼らは救命胴衣を着けているので沈むことはない。波の赴くままにゆらゆらと揺れる。

 

その様子を見ているのは数少ない救命ボートに乗っている人たちと満天の星空だけだった。

 

なんとか生き残り、他の船に助けられた彼女は朝日に照らされつつある自由の女神を見上げていた。

 

***

 

タイタニックの調査チームはその話にいつの間にか涙を流していた。

 

話をし終わったお婆さんは眠りについた。

 

今は藻だらけで灰色のタイタニック。しかしそれがだんだんと綺麗な元の姿に戻りつつある。

 

気がついたらタイタニックは完全に元の綺麗な姿に戻っていた。

 

彼女を暖かく迎え入れるのは、かつてタイタニックで出会った人たち。

 

彼女も、船長も、乗務員も、乗客も、音楽家も、みんな幸せそうだった。

 

 

 

かつてないくらいにシンとした視聴覚室の緊張を解いたのは先生だった。

 

「はい、いかがでしたか。『マードックからの最後の手紙』という題名のマードックという人はこの船の一等航海士だったそうです。彼は手紙を書くのが日課だったとか。そのマードックが書いた最後の手紙には何が書かれていたのでしょうか?というのがこの曲の筋らしいです。」

 

「ーー先生。」

 

手を挙げたのはホルンのエチ子先輩であった。

 

「結論、私たちはこれを共通のイメージとして練習すればいいのですね?」

 

「はい、そうです。共通にするかはどうかは別と……いや、これを共通のイメージとしてこれから練習を続けてください!」

 

「「はい。」」

 

「とやかや私は言うつもりはありません。以上、練習行ってください。」

 

「「はい!」」

 

 

クラリネットパートでは今日のタイタニック(ダイジェストver)を踏まえて意見交換会をすることとなった。しかしそれをしている時間はあまりないのでそれぞれが400文字以上の作文を書いてきて、それをファイルに綴じ日ごとに交換して家で読むということになった。

作文を書くのはコンクールメンバーでない一年生のチョロ松も対象であった。

 

 

「はぁ〜どうしよ。」

 

休み時間にめんどくさい宿題をもらったな、と白い作文用紙を見る。

家だとゆっくり書いていられないので休み時間を使って学校で書くことにしたが、イマイチ書くことは思いつかない。

 

(〇〇小説目からは〇〇〇〇を表していると思います、とか書けばいいの?これ?)

 

「はぁ〜。」

 

「大変そうだな。」

 

話しかけてきたのは同じクラスのパーカスの男子だった。

 

「俺のところは作文とかもなにもなかったぜ。」

 

「いいなぁ…パーカスは……。暇なら手伝ってよ。」

 

「もうここの部分はこんなだ!って、言う感じで埋めていけばいいんじゃないか。」

 

「それ思ったけど、他の人も絶対同じこと書くじゃん。」

 

「別にいいじゃないの。」

 

新しく話に入ってきたのはクラリネットのユメカだった。彼女は中学からの経験者で1stを吹いている。

 

「なんか変にチョロ松くんは意識高いなぁ…。手の抜きどころも重要だと思うんだけど。」

 

「え?意識高い?それは吹部全員そうでしょ。」

 

「……。」

「……まぁ結局は意識高いやつが勝つからね…それでいいんだけど……。」

 

「?」

 

その会話を伏せて寝ているフリをして聞いていた一松が笑っていた。

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