6つ子が吹奏楽部へ   作:ボコ砂糖野郎

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ホール練習と次のステージ

ホール練習の日がやってきた。朝かからトラックに楽器を詰め込む作業が始まる。

 

「ええ〜、こんな重いビブラフォンを4階から下に下げるの〜!」

 

「ほらおそ松くん泣き言言わない!男子でしょ!」

 

「……トド松です。」

 

「あ、ごめん。」

 

6つ子区別は相変わらずされていない。

 

最大で80kgある打楽器を下へ運ぶ作業は一歩間違えれば自分が楽器の下敷きになりかねない。そのため慎重かつ、素早く行わなければならない。皆ピクミンのように打楽器に群がり運んでいく。

 

下へ着いたらトラック前に待機している人がいかにトラックのスペースに楽器を収めるか、テトリスのように試行錯誤していた。今回は打楽器が加わっているので野球応援の時より難易度は高くなっている。

 

それが終わったら全員で電車でホールへと移動する。

 

 

「はい!それぞれの段取りをテキパキと行ってください!ホール練習は今日限りだし、高い金出して借りてるから無駄のないように!」

 

「「はい!」」

 

コンマスは部員らを急かす。なにせこのホールを借りるのに18万円かかったのだから。1年間コツコツ部員から集めた部費がたった一日で散ってしまう。

 

「予定通り、一回全て通します!」

 

「「はい!!」」

 

「コンクールメンバーはホール後ろでチューニング!それ以外はパーカスメンバーの指示に従って楽器と椅子を並べて!」

 

「「はい!」」

 

全員がドタドタ動き始める。本当に一秒も無駄にできない。

 

「機会係なにやってんの!録音機の準備は!?」

 

「すみません!今そちらに行きます!」

 

 

借りたホールは中くらいの大きさであったが、そこに100人ほどしかいなかったので非常に大きく見えた。

 

(さすがちゃんとしたホール。体育館とは大違いだな。)

 

先輩から「お前邪魔」と言われホール後方部に退避したおそ松はそう思った。

 

やがて準備が終わり始め、コンクールメンバーが舞台に上がり始める。

後ろから見る舞台の上の人は誰が誰であるかは分かる程度に小さかった。

 

本番のホールはもっと大きいと思うと胸がぞわぞわしてくる。

 

(コンクールのホールのスポットライト当たってみたいなぁ……。客席も今の倍近く大きいだろうし、拍手も大きいんだろうな。)

 

 

 

完全に準備が終わり、コンクールメンバーと先生は舞台の指定場所に停止する。チョロ松たちは適当な席に座り、これから始まる今日の始発を聴く。

 

先生が指揮棒を振った。

 

 

チョロ松はハッとした。

教室とは違った。

 

当たり前と言われれば当たり前なのだが、全然違うように聞こえる。

 

音が綺麗に反響する。全てのパートが手に取るように聞こえる。音楽室とは比べられない。

 

チョロ松はその違いにかなり驚いた。音楽室とホールでは全然違うことを頭ではわかっていたはずなのに。

 

 

いや、彼が驚いているのは彼らが彼が思っている以上に美味かったからもある。というかそれが原因の7割だ。

音楽室では気付けなかった自分らの演奏の正体。

 

すごい。

 

彼らを「なんか目標軸からズレてない?」と思っていた自分がバカみたいだ。

 

もうこれならいくらズレていても別にいいや。

 

もうこれなら井戸の中の蛙でもいいや。

 

これは諦めから来た気持ちではない。コンクールメンバーに対する賞賛の気持ちだ。

 

もしこれが最低クラスの井戸の中の蛙なら、外にいる食物連鎖の頂点の生き物はきっと宇宙創造神とかそういうレベルに違いない!

 

 

 

曲が終わった。

 

自然に拍手してしまった。

 

 

 

 

「時間計った?何分?」

 

「えー、11分8秒です。」

 

「先生どう思いますか?」

 

「このくらいでしょうかね。タイムオーバーが一番怖いですし、今更このテンポを変えたくありません。」

 

「聞いてた人たち、なにかあるー?」

 

「はい!コントラバスもっと音量出してもいいと思います。それからバスクラ、もっとファゴットとバリサクに近づいてやったほうが音が馴染むとかと。」

 

「それは私も思った。じゃあ場所変えね。」

 

「すみません。私からももう一つ。後ろから聞いててやっぱりホルンがゼロコンマくらい遅れて聞こえてくるのでそこを。あともっとシンバル鳴らさないと聞こえないです。」

 

 

 

……あぁそうか、まだ満足しちゃいけないのか。

 

 

 

 

どんどん練習と細かい調整が進んでいく。

 

途中で先生が僕らに聞いてきた。

 

「この演奏、何賞だと思いますか?」

 

 

僕は金に手を挙げた。

 

 

仲間補正やらホール補正がかかっててもいい。とりあえずこの場は金なんだ。金しかないんだ。と思い手を挙げた。

 

 

 

「チョロ松くん、なんか生き生きしてるね。」

 

話しかけてきたのはカナ子だった。

 

「そう?」

 

「うん。」

 

彼女は続ける。

 

「なんかこれなら県大会、行ってくれそうな感じがする。半分願望だけど。」

 

「もう、それでいいんじゃないかな。願望論で。」

 

「引き寄せの法則があるくらいだしね。」

 

二人の雰囲気は静かに和やかだった。

 

「でもよかったぁ〜。チョロ松くんが手を挙げていて。ずっと合奏のとき挙げてないからチョロ松くん、部活辞めるんじゃないのかヒヤヒヤしてたよ。」

 

「あ、知ってたの。」

 

「うん、割とすぐ分かるし。先輩に目をつけられてるかも。」

 

「マジか。」

 

パーカスの人たちが重そうなグランドピアノの位置を動かしている。

 

「いや、僕にはなんか色々深いこと考えるの無理だなってのが、この場でよく分かった。」

 

カナ子はふーんと相槌を打ったあとに眩しそうにステージを見ながら言った。

 

「受験のブランクで忘れてたけど、やっぱり舞台っていいなって。あれ実はスポットライトが結構眩しいんだよ。…………よし、決めた!私、来年はコンクール出る!」

 

そういえばカナ子はあんまりノリ気じゃなかったよな……。

 

「私ね、最初アルクラ任されたときすごく嫌だったんだよ。」

 

チョロ松は静かに彼女の話に耳を傾ける。

 

「なんで経験者の私がベークラやらせてもらえないの?って。でもさ、今考えたらアルクラって未経験者にいきなりやらせる楽器じゃないって思うのよ。つまり、私は先輩たちにそこらへんのところを最初の段階で認めてもらえてたんだな……って。でもそれがようやく分かったのはここ一週間くらいのことなのよ。」

 

緊張なのか日本語としておかしいところがところどころある彼女の彼女の見解を聞いてチョロ松は「やっぱりか…」と思わず声に出してしまった。

なんかオーディションのときのテンションがおかしかったなとは思っていたが当たりだったか……。

 

「でも今はアルクラ好き!ベークラ3rdより美味しいフレーズがあるし、中音の良さも分かった!それに…アルクラが無い曲ではベークラも吹けるし一石二鳥じゃん!まさに当たりを引いたわ、私。」

 

チョロ松はカナ子の変貌ように驚きながらも、嬉しそうに話す彼女を見てて彼も嬉しくなってきた。

 

「僕もベークラっていう当たりを引けてよかったな。だって僕、クラリネットやるために入部したようなものだもん。」

 

「そうなの?」

 

彼女の疑問の声を彼は楽器の音で聞こえないフリをした。

あとになって考えればなんであんなことをしたのか分からない。

 

 

「とにかく!私は来年はコンクール出るからね!!有言実行!言霊パワー!」

 

「……僕も三年生までにはでたいな。」

 

「三年生までとか言ってちゃダメでしょ。三年生で落ちていた人は九人もいるんだし。」

 

「そ、そうだよね…、よし!僕も来年コンクール出る!!」

 

 

先生が拡声器をピストルのように構え、ホールの後ろの方で様々指示を出していく。

 

そしてあっという間にホール貸し出し期限の五時を迎えてしまった。

 

明言できる。最後の演奏は明らかに朝よりもよくなっている。

 

「はい、これで本日のホール練習は終わりです。地区大会まであと二週間と少しです、今日のように一分も無駄にしない練習を心がけてこらからの練習をしていきましょう。」

 

「「はい!」」

 

急いで楽器を片付け、トラックに運び学校に戻る。

 

そしてあの重い重い打楽器を今度は四階へ上げなくてはいけない。

 

ちなみにチョロ松は大道具係なのだが、これまで楽器運び以外はやったことが無い。

 

 

 

 

 

野球の夏の大会が終わったことにより、三年生でコンクールメンバーじゃない人は本当にこの部活にいる意味がなくなってしまったので来なくなる人もチラホラいた。

しかし部活は平然と運営されていく。

 

「……で、新しい楽譜だってさ。はい、トド松くん。」

 

トド松に渡された新しい曲は『ディズニー・アット・ザ・ムービー』と『ファンタズミック!』であった。

 

「やったー!ディズニー曲だ!」

「うわっ!ファンタズミック!マジ!?吹奏楽バージョンあったの!?嬉しい〜!!」

 

いまひとつノリに乗れないトド松は話題に入るために疑問を投げかける。

 

「あ、あのさ…。ムービーの方はディズニーだってわかるんだけど、ファンタズミックってディズニーなの?」

 

トド松の問いにフルートメンバーは食いつくように答え語り始めた。

 

「ディズニーだし!ディズニーシーのショーの曲じゃん!もしかして知らない?」

 

「うん、行ったことない。」

 

「あのねファンタズミックっていうのはシーのショーの曲でね、そのショーは夜にパークの真ん中の水上で行われるんだよ!見所はとにかくすごく綺麗でね〜!ミッキーサイコ〜!ってなるショーなの。」

 

「へ、へぇ……。」

 

女子の一人がディズニー・アット・ザ・ムービーの方へ話題を動かす。

 

「にしてもさムービーってやたら曲数の多いメドレーじゃない?14曲だよ?」

 

「多い方だけど…これ演奏時間9分じゃん。結構コロコロ曲が変わってくんじゃない?」

 

そんな風に会話をしていくと、一人が「これってどこで演奏するの?」と言い出した。

聞くところによると、この曲で"マーチング"をするためなんだとか………。

 

 

 

 

 

「というわけで……ディズニーキター!!」

 

一松のダブルリードパートでもディズニーで盛り上がっていた。

 

「先輩、これはどこで演奏する曲なんですか?文化祭ですか?」

 

一年のハルネの疑問に二年のマトイがフフフと笑いながら得意げに言う。

 

「文化祭じゃないんだなぁ…文化祭より前なんだよなぁ……。さて、どこでどんな風に演奏するでしょーか!?」

 

「まさか体育祭ですか?」

 

「そう!そのまさかの体育祭だよ!しかもマーチング!」

 

マトイ先輩は説明をする。

体育祭…学校によっては文化祭の一部として開催される高校生活の一大イベントてある。

ここ赤塚高校では体育祭の一番最初ににそれぞれのチームが自分のチームを応援する「応援発表」というものがある。

やる内容は自由で、踊ったり三三七拍子や、神輿を自作して担いだりなど、とにかくなんでもありだ。そして、一応こちらも競技としてポイントが加算されるので各チーム毎年頭を捻らせこの応援発表に挑む。

参加できるのはチーム単位だけでなく、有志も募っている。

そこに我らの吹奏楽部は毎年レギュラー参加しているのだという。他にもダンス部や野球部、チアリーディング部も毎年のレギュラーとして参加しているのだとか。

そして吹奏楽部はマーチングで毎回参加しているらしい。

 

しかも体育祭だけの披露ではない。

毎年の10月の頭に開かれる「赤塚祭り」という区の祭りが毎年、赤塚公園で開かれている。赤塚公園は高校から徒歩30分ほどのところにあるかなり広い公園で、子供の遊具はもちろん、やたら広い芝生や運動場などがある公園だ。

そこのところでも我々の吹奏楽部はマーチングを披露するのだとか。

 

 

「えっとマーチングっていうのは……」

 

「マーチングとは!歩きながら楽器を演奏し隊列を組み、時には踊ったりする競技である!」

 

「ていうかもう吹きながら踊ったらもうマーチングだよね。」

 

オエリ先輩が付け加える。

 

 

「ちなみに一、二年生だけの参加だからね。もうこの部も世代交代の季節かぁ〜。」

 

「なに嬉しそうにしてるのよ、マトイちゃん。」

 

三年のミサキ先輩に問い詰められて「そんなことないですよ〜!」と答えるマトイ。

 

「ち、ちなみに、マーチングにいくつか種類があるの知ってる?」

 

マトイ先輩は話題をそらすために別の話題を出す。

 

「一つがパレード型でそのまんま縦に並んで行進するやつ。

もう一つがグランド・ドリル型で外とか広い運動場でやるやつ。

もう一つがフロア・ドリル型で体育館とか室内の広いところでやるやつ。

もう一つがステージ・ドリル型でステージの上で小さく更新したり踊ったりするやつなの。

私らがやるのはグランド・ドリルね。」

 

ミサキ先輩が話し始める。

 

「今急遽設立されたマーチング係の二年生は今、必死に動きとか隊列とか踊りを考えているよ。」

 

「そうなんですか…頑張れ……。」

 

「あの……。」

 

「あとマーチングはそもそも吹奏楽の期限の一つとも言われるからね。軍隊の行進曲を演奏する軍楽隊が転じて発展して今の吹奏楽に至ったらしいから。だからマーチングをするということは吹奏楽のゲンシカイキということなのよ!!」

 

「ミサキ先輩…それを言うなら原点回帰ですよ。」

 

「あの……。」

 

珍しく一松が声を上げている。

 

「そのマーチングって外ですよね?」

 

「うん。」

 

「……ダブルリード、吹けないですよね?」

 

マトイ先輩がそうだよ…と意味深ぎみに答えた。

 

ダブルリード楽器は繊細な楽器かつ木製で日光に弱いので野球応援のときは彼らはメガホンを持たされていた。マーチングが外なら間違いなく吹けない。

 

そのことに気づいていなかった。ハルネは大きく声を上げて驚く。

 

「まさか、またメガホン持たされるんですかぁ!?」

 

「ううん。メガホンは持たないよ。」

 

その言葉に一松とハルネはちょっと安心した。

 

「その代わり旗を持つよ。」

 

 

「……。」

「……。」

 

 

「これから私らはカラーガードパートです!ガードはマーチングに視覚的彩りを加えるパートだからしっかり練習していこう!」

 

「旗ですか…。」

「ハタ坊か……。」

 

「なに言ってんの、旗持って踊るってすごく難しいからね。もちろんこれまで通り楽器の練習もするし。」

 

「旗持つのは私らだけじゃないよ。コントラバスちゃんと、バスクラちゃんも旗持って計八人でカラーガードだよ。」

 

マーチングって聞いた瞬間に吹けないことは予想していたが、まさか旗振って踊ることになるとは思っていなかった。

「吹けないなら練習サボれるな…」と思っていたところだった。

別に特別にファゴットが本番で吹きたかったわけではないがモヤモヤが残った。

なんなのだろう。

 

 

 

 

プエエェェ〜〜!!

 

プエェェェエエエ〜〜!!!!

 

高いトランペットの音がする。その音は絞り出されたような音だった。当たり前だなぜならトランペットを始めて数ヶ月の者が出す音なのだから。

おそ松はトランペットの中でも1stというポジションを狙っている。1stはメロディを吹く花形中の花形だ。だが1stはその下の2ndと3rdがいないと引き立たない。どれも重要なパートだ。

 

トランペット一年生五人のうち三人は経験者なのでそれぞれバラバラに配置する。そして残りの二人(未経験者)をまたバラバラに配置することにより全体のバランスを保つ。図にするとこうなる。

 

 

トランペット

1st 経験者Aと未経験者A

2nd 経験者B

3rd 経験者Cと未経験者B

 

 

本当は全パート同じ人数なのが望ましいが、一人辞めて五人なってしまったのでどうしようもない。

とにかく、何が言いたいのかというとトランペットを今年から始めた者でも花形の1stができるということだ。しかし未経験者で1stを狙う人はおそ松だけではなく、もう一人いる。その子の名前はアヤカという。

今おそ松とアヤカは分かりやすくライバル関係だった。お互いに1stになるために、片付けが終わったあとに掃除に来る順番など小さなことでも張り合っている。

 

現に今はどっちがより高い音を出せるかの無言の勝負になっている。しかしその音は無理やりひねり出している音なので聞くに堪えない。

 

そして二人は先輩に「無理に高い音を出したら変なクセがつくからやめろ!」と怒られた。

 

二人のトランペットによる戦いは1stを決定する夏休みの終わりまで続く見通しだ。

 

 

(俺がトランペットを選んだ理由は目立ちたいから!そしてこのクソ暑い中この俺がちゃんと部活に来る理由は1st担当になりたいから!んでもってステージに上がりたい!)




曲解説

『ファンタズミック!』

ウィンドスコア。ディズニーシーのショー『ファンタズミック!』で使用される曲。ひたすらトランペットとフルートが大変そう。


『ディズニー・アット・ザ・ムービー』

ウィンドスコア。ディズニーの映画の曲をメドレー化しているため小さな世界やミッキーマウスマーチなどは含まれていない。作中で説明した通り演奏時間9分に対して含まれている曲か14曲とやや多め。
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