05:00 起床
相変わらずおそ松と一松の寝起きが悪い。冬なら、布団を無理やり剥がせば起きざるを得ないのに、夏だからそれをしてもほとんど意味がない。
なかなか起きなかったが、十四松の強行作戦()により二人はようやく起きた。
母さんが「今日はコンクールだからね〜、張り切ってお弁当作っちゃった!」と言った。
いや、僕ら誰一人も出ないから。
05:40 電車登校
社畜にならないかぎり自分らは乗ることがないと思っていた5時代の電車に揺られる。
ふぁ〜と大きな首をする。眠い。眠くて気持ち悪い。
06:15 学校到着
太陽が熱くなり、蝉が鳴き始めた。
部員らはキラキラとした顔をしているものもいれば、緊張に固まっているものもいた。
ここから朝練が始まった。
ロングトーン、タンギング、スケール、アルペジオ。毎日3時間以上やってきている基礎練習をいつもの通りに行う。
しかしいつもより若干音が硬くなっているコンクールメンバーもおり、それを察する他のメンバーから励ましの言葉を受けていた。
そしてコンクール地区大会前の最後のパート練習を行う。パートリーダーはラストの注意出しをし、その声に気合いがこもる。
すぐにパート練習の時間は終わってしまい、合奏をする。一通り合わせると先生は満足したように言った。
「今更顧問として伝える注意はもうありません。一人一人がきちんとそれぞれのミッション(役割)を果たしてください。」
「「はい!」」
「何かこの場で言いたいことある人。」
部員全員が集まる音楽室でニョキッと。頭が上がる。
「みんなもっと自信持って行こうよ!」
部長だった。
「今年の赤塚は一味も二味も違うんだから。そうでしょ?だから余計なことは考えずに行こう!」
サックスの副部長が立ち上がる。
「じゃあ私からも。思い返せばこの一学期は色々あったね。毎日部活ばっかで、去年と空気が違ってて戸惑った人もたくさんいたし、辞めちゃった人もいたよね。でもそんな日があって今日があるんだから、今日を最高の日にしよう!…………私は金賞以外取る気はないからね。」
「なんで部長の私よりいいこと言ってるのよ。まぁいいよ、もっとすごいことはチューニングルームまで取っておくから。」
コンマスがクラリネットを持って立ち上がる。
「このクラリネットのおかげで中高と吹部生活を送ってきました。楽しかったり辛かったりイライラしたり悩んだりして、青春をこの上ないくらいに満喫して、もう何も未練は無いです。だけど、私は今日でそんな吹部生活を終わらせるつもりはないです!もっと青春がしたいです!だから…」
「ごめん。時間ない。早く楽器搬入しよう。」
パーカスの先輩が水を差した。
「えええ〜、このタイミングでそれ言う?」
「空気読んでよ……。」
「いや、マジで時間ないから。後ろの時計見て。トラック来るよ。」
「うわっ本当だ。よし、アスカ!最後に〆て。」
部長がビシッとトランペット副部長を指差す。彼女の驚きに満ちた顔に笑いがもれる。
「ええ〜と……」
「早く早く。時間ないよ。」
「よっ…よし!絶対県大会行くぞ〜!!」
「「……おー!!」」
ワンテンポ遅れて返事が返ってきた。その可笑しさに皆笑い、皆楽しそうだった。
一松はこういうノリは嫌いだ、と心内につぶやいた。
08:20 楽器搬入
「はいしっかり運んで!絶対に落とさないでよ!ここで落としたらパーだよ!!」
カラ松はマリンバの足を強く握る。
大丈夫だ…!この俺がこいつを握ってる限りこいつは無事だ……!
「パーカス忘れ物無い?」
「大丈夫です!」
「本当に?マレット全部ある?」
ここまで気にする理由はパーカスは運ぶものが多い故に移動などで忘れ物が多いからだ。忘れるものは特にスティックやマレットが多い。
「はい。パーカスメンバー全員で4回確認しました。念のための予備もあります。」
「じゃあいいね。」
一足先にコンクール会場に向かうトラックを見送り、あとは移動のバスを待つだけになった。
「全員聞いてください!」
外の校舎の日陰で待機している部員らをニ年生が振り向かせた。
「お守りのミサンガを編んできました。受け取ってください。」
彼女はコンクールメンバー全員に配り始めた。
「今年はミサンガなんだ〜。でもミサンガって『ミサンガと共に努力し、その汗と涙によってミサンガが切れたとき願いが叶う』っていう代物なんだよね〜。」
部長は悪戯気味に言ったが、非常に嬉しそうだった。
「わかりました。来年はもっと早く渡しますね。」
ちなみにこのミサンガ制作におそ松たちも手伝おうとしたのだが、「男子はいいよ」の一言で見事に断られた。
「じゃあみんなミサンガは胸ポケットに入れてねー」
09:10 会場到着
「頑張ってきてくださいね!」
「あれだけやったんだから大丈夫だよ!」
コンクールメンバーは「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた裏口へ、応援の声を浴びながら消えていく。
他の学校の人も同じような状態だった。
残されたメンバーはずっとコンクール鑑賞だ。しかもただ鑑賞するのではない。例によって金銀銅のどの賞か区別し、それをプログラム票に書いていくのだ。
(今のは銀だな。可もなく不可もなく…あっでもピッチのズレが気になったかな。)
チョロ松はそのこともプログラムのところに書く。
無機質で感情が篭っていないアナウンスが流れていく。
『ーー5番、青池高校。課題曲III。自由曲、たなばた。』
拍手で始まる。
今舞台に乗っているだいたい45人くらいの高校生たちの顔は遠くてよく見えない。見えないから、その顔はすごく冷静に見える。
(フルートが6人って多くないか…?それでベークラも6人って……バランス悪くない?)
先生が指揮を振る。舞台の反射鏡がホールの隅々にまで音を届ける。
そして拍手で終わる。
チョロ松は銅と書いた。
演奏を聴いて勝手に批評して、何章か勝手にその予測して、その繰り返しだった。
書いてる場所が膝の上のせいで時々シャープペンでプログラムに穴を開けてしまうこともあった。
そもそも暗いので自分が書いている文字もよく分からなかった。
『ーー6番、グラシア聖徳学園……』
『ーー7番、緑条高校……』
『ーー8番、横華高校……』
『ーー9番、南掘北高校……』
うわ…ここ男子校かよ……。
「ねぇ、今の学校何賞だと思う?」
隣に座るカナ子が小声で聞いてきた。チョロ松は特に気になったところがないから金じゃない?と答えた。それだけだった。
『ーー10番、比奈野高校』
10番……。この次の11番目が我らの赤塚高校だ。もう発表はすぐそこまで迫っている。
『課題曲IV。自由曲、インヴィクタ序曲。』
まだ番じゃないのに、胸がギュッと締め付けられ、震えてきた。
その高校の先生が指揮を降り始める。
ーー先輩の話によると、出演する団体は自分が演奏する番の2つ前くらいには舞台の袖で待機しているそうだ。
つまりコンクールメンバーは今の演奏を僕らよりも近い場所で聞いているのだ。
さらに聞いた話だと、自分らの1つ前の演奏はとても上手く聞こえるとか。
今コンクールメンバーは何を思ってこれを聞いているのだろう。
耳を塞いで聞かないようにして集中力を高めているのかもしれない。ひたすら無の境地に浸っているのかもしれない。緊張に足が震えているのかもしれない。
そんな彼らが目に浮かぶようだった。
チューニング室では何があったのだろう。舞台横に来たらもう喋ることは許されない。喋れて、音を出せるのはチューニング室が最後だ。そのチューニング室では何があったのだろう。
あのドライババァが熱い激励の言葉を言ったのだろうか。部長がなんか言ったのか。どんな雰囲気だったのか。それを僕らに知る由はない。
気がついたら日奈野高校の番は終わっていた。
舞台の右と左から係りの人が出てきて生徒たちを誘導し、打楽器も運んでいく。
「いよいよだね……」
自分らと同じ制服を着た学生がステージの上に増えてきた。
ここから見る彼らの顔はよく分からなかった。嬉しそうなのか、悲しそうなのかも曖昧だ。
しかし誰が誰なのかはよく分かった。
客席側の女子らは顔の前で手を合わせて目を瞑り、お願いモードへ入り始めた。
「11番、赤塚高校……」
きた!
「……課題曲I。自由曲、マードックからの最後の手紙……」
たのむ…!がんばれ……!!
「……指揮、武水恵。」
僕らは期待と応援の気持ちを込めて拍手をする。やがて拍手は砂時計から落ちる砂のようなにサラサラと消えた。
武水先生がは指揮棒を振った。