6つ子が吹奏楽部へ   作:ボコ砂糖野郎

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初めて本格的に楽器をさわる6人

午前 7:30

 

雀の鳴き声がまばらに聞こえ、4月といえどもまだこの時間は肌寒い。

赤塚高校吹奏楽部の朝練は今から始まる。

 

 

6つ子は始め、吹奏楽部には朝練がないと思っていた。そのためこれは意外だった。特に朝に弱いおそ松と一松がこれについてブーブー言っている。6人が7:30に間に合うように家を出るのは一苦労であり、もう改めて詳しくは書かないが、それだけで心労が溜まる。主にチョロ松に。

 

 

まず最初に部員が第一音楽室に集められ、朝礼が始まった。部員数は129人。広めの音楽室はパンパンとなる。その音楽室の人混みをかき分けて部長のミサキとコンマスのヤヨイが前に出てくる。

 

「今日から一年生も本格的に部活に参加します。二、三年生はしっかりと後輩を指導、教育してください。万が一、一年生への指導不足が認められた場合は呼び出しますのでそのつもりで。部長からは以上です。」

 

部長から一言終わったあとコンマスが前に出てくる。ちなみにコンマスは「コンサートマスター」の略であるが、これは本来男性に使う言葉であり、女性には「コンサートミストレス」という言葉が使われるはずなのだが赤塚高校では男女問わず「コンサートマスター」で統一されている。謎の伝統の一つだ。

 

「それではいつものアレをやりましょう。」

 

一年生がアレとは……?と思った矢先二、三年生は一斉に足を肩幅に開く。

 

「一年生は足を肩幅に開いて私の言ったことをオウム返ししてください。」

 

 

「我々は赤塚高校吹奏楽部員である!!」

 

「「「「「我々は赤塚高校吹奏楽部員である!!!!!!!!」」」」」

 

 

え?なにこれ?朝の儀式なの?

 

いきなりのことにびっくりし、うまく声の出なかったおそ松に周りの先輩が睨みを効かせる。

 

 

「誰にでも恥ずかしくない演奏を!!」

 

「「「「「誰にでも恥ずかしくない演奏を!!!!!!!!」」」」」

 

身を恐縮させながらオウム返しをする。

 

「音楽は至高!!」

 

「「「「「音楽は至高!!!!!!!!」」」」」

 

「目指せ金賞!!」

 

「「「「「目指せ金賞!!!!!!!!」」」」」

 

「目指せ全国!!」

 

「「「「「目指せ普門館!!!!!!!!」」」」」

 

「金賞は至高!!」

 

「「「「「金賞は至高!!!!!!!!」」」」」

 

「吹奏楽部最高!!」

 

「「「「「吹奏楽部最高!!!!!!!れ」」」」」

 

「もっかい!吹奏楽部最高!!!」

 

「「「「「吹奏楽部最高!!!!!!!!!」」」」」

 

 

 

「はい、終わりです。各自練習に励んでください。」

 

いや、今の何だってばよ。

トド松はジト目になる。

 

「あ、待って。一年生に伝えとくとね。今のは吹部で朝にやる恒例行事なの。半分寝てる頭を起こすために。それじゃあ練習行って。」

 

各自がそれぞれ動き始める。第一音楽室は他の教室に比べてそこそこ広いのだが、出入り口の大きさは普通の教室と変わらない。故に一斉に部屋を出ようとするとそこで渋滞が起こる。そのざわざわとした様子をコンマスと部長は静かに見つめる。

実は先ほどの儀式は他にも意味がある。

多くの文化部の抱える問題の一つに「ガチ勢vsエンジョイ勢」というものがある。頑張って上位を目指そうとする人たちと、楽しく部活をやっていこうとする人たちの温度差である。運動部よりも部員同士で絡む機会が多い文化部はここの対立でギスギスするのはよくあることだ。それを解消するためにこうやって毎朝恒例文句を言わせ、全員に賞への執着を植え付けさせる。

去年のコンクールは地区大会銀賞という県大会常連だった赤塚高校吹奏楽部にとっては泣くに泣けない結果だった。その原因をパーリー会(パートリーダー会議)で話し合ってるなかで「賞への執着」が薄いためではないのかという意見が出て、それからこれを行なっている。

結果的に部員の意欲は前とは比べものにならないものとなった。

(でもこれって洗脳じゃないのかな……。自分でやっておきながら思うのも何だけど。)

コンマスはそんなことを思っているが部長は特に何も思ってないらしい。どういう方法であってもみんなが同じ方向を向かないと何も始まらないと思っているからなんだとか。まぁ、私もそうだと思いたい。

 

人がはけ始めた頃、ヤヨイは自分のクラリネットパートのところへ向かった。

 

 

 

 

 

 

「フルート集合!!」

 

フルートパートリーダーのところにトド松を含む5人の一年生が集まる。

ここは第一音楽室。フルートの本来の練習場所は3-6なのだが、朝練はこことなる。ちなみに同室でパーカッションとホルンがいる。

 

「吹奏楽の朝の練習メニューは基礎練・基礎練・基礎練です。それ以外は許されてません。それじぁ、まず最初に呼吸練をします。」

 

パートリーダーは横一列に並んだ一年生にまっすぐ強く息を吐くように指示をする。

 

「お腹から吸って横隔膜が下に下がるのを意識して!肩は上がらない!そして限界まで吸って、全部吐き出して!絞り出して!あ、途中の強さは変わらない!強く、まっすぐ!」

 

トド松は注文が多いなぁと思いながら言われた通りのことをやろうと、「フー」と空気を出す。が結構苦しい。それは陸で溺れているような感覚だった。意味あるの?これ?

 

「こんな練習……とか思ってたらフルート吹けないよ。」

 

いきなりの出た二年生の先輩の一言に5人はビクリと反応する。三年のパートリーダーは何も言わない。この言葉にトド松は心が読まれたような感覚になった。

 

「何度も言うようだけどフルートは息の消費量がハンパないの。出した息が全部音に変換されるわけじゃないから。今は真剣に呼吸練やって。フルートの清楚で可愛らしいイメージは全部捨てて!」

「「…………。」」

「返事は!?」

「「はい!!」」

 

先輩への返事は全て「はい」であり、「いいえ」は無い。

廊下の方からも怒鳴り声が聞こえる。理由は知らないがたぶん怒られてると思われる。

 

呼吸練が終わったのはトド松が酸欠になって喉をヒーヒー鳴らしているころだった。

そして先輩が楽器庫へ来いと言うのでそこに行く。

 

楽器庫は美術準備室や生物準備室よりもかなり広い。しかしマリンバやタムタム、ビブラフォン、ティンパニーなどの大型打楽器や棚によりその部屋は本来の広さよりずっと狭い。そして日光によって傷ませないように窓も一つしかなく、薄暗い。

その部屋の奥の網棚へとトド松たちは埃の匂いでもカビの匂いでもない独特の匂いに包まれながら連れてかれた。

網棚の一つには黒い45cm×10cmほどのの丸みを持った硬そうな箱があった。

パートリーダーが誰も使ってないのはたぶんこれかな?と言いながら、箱を四つと一段下小さい箱を一つを取って一年生に持たせる。そしてまた第二音楽室へ戻る。

 

「それじゃあ組み立て方を教えるから。ソレ開けて。」

 

見た目よりも重い箱の中にはフルートがあった。うん、想像してた。

三つに分かれてケースに入っているフルートはどれくらいの間その状態でいたのだろうか。なんとなく自分を待っていたような気がした。

 

「足菅と主管を先に差し込んで。この短いやつと一番長いやつだよ。ピッコロはマウスピースと主管だけだけどさ。そのときキーを握らないようにまっすぐに入れてよ。キーが壊れるし、菅の内側が傷つくから。」

 

自分の手の中にあるフルートは、美しい曲線のボディと複雑に細かいパーツで作られたキーを朝の東日に照らされてキラキラしていた。その銀一色のコントラストはこちらを飽きさせる気がない。やっぱり綺麗だ。トド松は目を輝かせる。

 

「出来たら基礎練するよ。音を長く伸ばして……

 

* * * * *

 

「パーカッションの一年生、全員いるよね?」

「はいっ!4人全員いますっ!!」

 

一年生の中で十四松が大きく返事をする。それどころか十四松の声にかき消されて他の一年生の声がほとんど聞こえなかった。

 

「エゾ松くん、返事いいね。」

「十四松ですっ!」

 

ごめんと言ったあとパートリーダーが本題を切り出す。

 

「パーカッションは吹奏楽で主に打楽器を担当するパートだけど、一口に打楽器っといってもたくさんの種類があんのよ。つまりそれだけ楽器の扱いと演奏方法を勉強する必要があるの。だからこれを刷ってきた。」

 

そう言うと一年生にプリントを渡す。

 

「それには楽器の扱い方のタブーと運び方が書いてあるから。とりあえず演奏うんぬんよりもこっちを覚えて。」

 

ティンパニー……フチ持つな

スネア……スナッピー触るな

チャイム……サウンドコラムを絶対にぶつけるな

というか楽器は基本ぶつけるな

 

「すみませんスナッピーってなんですか?あとサウンドコラムもなんですか?」

 

一年生の一人が質問する。

 

「ていうか、スネアってなに!?」

「はいはい〜。みんな分からない単語が出てきて質問があるだろうけど、それを覚えることも仕事の一つだからね。楽器の詳しい説明は午後練で教えるから。今からリズム打ちの基礎練をするから。」

 

そう言うと先輩は机に練習台とバチと練習譜を置いた。

 

「パーカスはどんなテンポであっても正確にリズムを刻めるようになって。目指せ人間メトロノーム!!」

 

* * * * *

 

俺が任されたのはファゴットとかいう楽器。なにそれ、聞いたことないし。

全長140cm。デカイ。

そして細長い。木の筒が二つ折りにされてるだけだ。

重さは5kg。けっこう重い。

音は地味。花粉症のおっさんみたいな音。

んでもってこれはダブルリード楽器とかいう扱いが面倒くさい楽器。

ファゴットという名前の由来は「束ねられた二本の木」というフランス語らしい。そのまんまじゃないか。

ーーまるで地味の権化。

 

一松は先輩にファゴットの説明を受けながらそう思った。

木でできてるから日光にも雨にもさらしてはいけない。

ケースから出して組み立てるだけでかなり時間がかかる。

演奏には指10本フルに使う。しかしキーの数は29個。どう考えても10本の指じゃ足りない。

おまけに温度や湿度の変化で簡単に調子が狂う。

繊細で面倒くさい楽器の割にはそこまで音量がある分けではないし、いなくて特別困るという分けでもない。学校によってはこの楽器自体無かったりする。

なんでこんなデリケートで面倒くさい地味な楽器をやらなくちゃならないのか。まぁ、自分がなんでもいいって書いたからなんだけど。

ファゴットの一年生は俺だけだ。まるで自分みたいなどうしようもない楽器な楽器だから誰もやらなかったのだろう。

そんなことを思いつつ組み立てる。

 

「できた?」

「はい……」

 

二年生のファゴットの先輩が聞く。一松の他にファゴットを吹くのはその二年の先輩だけだ。三年生はいない。

 

「じゃあストラップを首につけて、こうやって構えるの。」

 

一松より先に組み立てた先輩は彼に構えを見せる。一松はそれを真似て、140cmの木の筒を自分の左前から右後ろにかけて斜めに構える。

そして先輩が、水入れにつけてあるリードをボーカルに取り付けるように指示をする。

ボーカルとはファゴットの吹き口にある細長い

金属の管のことである。

 

「んで、上下の唇で歯を包むような状態でリードを咥えるの。クラとかサックスなら下唇だけなんだけどね。吹いてみて。」

 

コオォ〜という鼻が詰まった音がする。

同じ部屋ではオーボエの音もする。一松のパートはオーボエとファゴットで構成されるダブルリードパートだ。吹奏楽部のパートの中で一番人数が少なく、5人しかいない。その理由は理由はとてつもなく楽器が高価なためオーボエは3本、ファゴットは2本しか学校にないからだ。

 

「あら、一松くん似合ってるじゃん。」

 

遅れて部屋にやってきたミサキはは明るく言った。彼女はこのパートのパートリーダーであり、部長である。故にここ、ダブルリードパートは将軍のお膝元ということとなる。

 

「一松くんであってるよね……?」

「……はい。」

 

一松は低くてかすれた小さい声で返した。

その反応をみて部長はなにか話をしなくてはと思い、「ファゴット似合ってるね!」と言ったが一松は「そうですか。」と一言言って会話を切る。一松は必要以外に誰かと絡む気は無かった。

二年生は気まずそうな顔をしたが、部長はとくに気に留めずにオーボエの一年生に絡みに行った。

 

一松は運指表と29個のキーとにらめっこを始めた。

 

* * * * *

 

チョロ松は不機嫌になりながら教えてもらったとおりクラリネットを組み立てていた。彼が不機嫌な理由は、先ほど呼吸練を真面目にやってないとクラリネットの一年生全員が怒られたからだ。

僕は真面目にやってた、胸を張って言える。しかし真面目にやっていない一年生がいた。そのため楽器を吹ける時間が減り、チョロ松はイライラしていた。全く……僕は関係ないのに。まぁそんな口答えは先輩にはしないが。世の中の連帯責任とは一長一短だなと思った。

チョロ松はキーの部分を握らないように管をはめる。完成だ。クラリネットの心臓であるリードが無い以外は。

 

クラリネットは70cmほどの長さである。そのほとんどが木でできているのにもかかわらず、重さは800gと、スラリとした見た目の割には重い。

手の中にあるその黒く塗装された温かみのある木の感触にチョロ松は顔を綻ばせる。やっぱりいい。黒のボディに銀色のキーという組み合わせを考えた人は天才だと思う。かっこよすぎる。

チョロ松はクラリネットがやれて本当によかったと思った。周りを見ると彼が持っているB♭クラリネットの他に、アルトクラリネットやバスクラリネット、Esクラリネットなども組み立てられていた。

アルクラはスタンダードなB♭クラリネットの2倍ほどの長さだ。最下部についている上を向いたベルが特徴的。バスクラはアルトクより若干大きい。エスクラは普通のクラより小さい。

クラリネットパートの一年男子はチョロ松とセイヤという草食系男子だけだ。

セイヤは中学の頃からエスクラをやってて、自分のエスクラを持っている。チョロ松は先輩がリードを持ってくるまでクラが吹けないので、先に組み立て終わった彼が吹いているのをじっと見て聞いていた。その骨のある音色は部屋の外へとよく響いていた。

 

 

「リード持ってきたよ〜。」

 

パートリーダーのが箱を持って帰ってきた。そしてリード待機していた一年生に配っていく。

 

「なけなしの部費で買った新品リードだよ。一人一枚づつだけど。あとの分は今日の帰りか明日の帰りに楽器屋によって買ってね。」

 

「どのくらい買えばいいですか?」と一年生の一人が質問する。

「一箱か二箱くらい。リードは消耗品だし、当たり外れもあるから定期的に買ってね。ちなみに一箱10枚入りで3000円くらいで、10枚の中にある当たりは1〜2枚くらいかな。無い時もあるし。」

「高いですね……。」

「だよね〜」

「それはもうリード楽器になった宿命だよね……」

「部費で出してくれてもいいのに……」

「そうですよね〜同じ吹奏楽部なのに……」

 

皆が渋い顔で口々に言う。チョロ松も渋い顔になる。3000円は大きい。

 

「まあまあ、みんな!その話題は置いておいて基礎練やってよ?」

 

パートリーダーがリードの話を強制的に終わらせ、クラリネット初心者の一年生に説明を始める。

 

「まず、リードは薄くて割れやすいから注意、特に先っぽが。割れたら音が変わっちゃうから気をつけてよ。リードは高いからね。わかったらじリードをカバーから出して舐めて。」

 

チョロ松はリードを口に持っていき、舐める。不味い。なにか特別な味がするかと思ったが普通に木の味しかしない。

 

「新品のリードは味が濃いんだよね。クソ不味い。」

「だけどごぐまれに甘いリードがあるよ。」

「舐めるのはそれくらいでいいよ。湿らせるだけだから。それじゃあ、ネジを強く締めすぎないようにマウスピースに取り付けて。できたら基礎練譜と運指表みて個人練して。」

 

チョロ松は慎重にリードを取り付けネジを回す。はい、完成。恐る恐るクラリネットを咥えて音を出してみる。

 

* * * * *

 

カラ松はトロンボーンを組み立てる。組み立てるといってもスライドとマウスピースをつけるだけだ。それが終わったらトロンボーンを左肩に構えて音を出す。そしてスライドの長さも変えてみる。

トロンボーンはスライドの長さと口で音を変える楽器だ。その長さのポジションは全部で7つ。一番遠いポジションはめいいっぱい腕を伸ばさなければならない。体の小さい人はそこまで手が届かない場合もある。

幸いにもカラ松は一番遠い第七ポジションまで手が届いた。とりあえず第一関門突破だ。彼は安堵した。彼がなぜそう思ったのかというと、先輩曰く手が届かない場合はヒモをつけることとなるらしい。それはかっこ悪いのでカラ松は避けたかった。少し音を出したあと、彼はトロンボーンを下ろしじっくり観察した。

 

ーー武器みたいな形してるな……。

 

彼がトロンボーンを吹いた最初の感想はそれだった。

 

……トロンボーン。〇〇ゲームの中盤頃から手に入る武器である。銃口(ベル)から放たれる光線はトランペットより射程と威力が高く、チャージはチューバより短い。安定した武器である。なおかつ威力と射程の割には軽いこともポイントの一つであり、そこそこの素早い移動が可能。何より他の武器と一線を画するのが接近戦においての性能である。ベルで殴るのはもちろんであるが、スライドによる120cmにも及ぶ長いリーチは他にはない。軽いのですばやい連打が可能だが一発当たりの威力は小さいので多段ヒットを狙おう。……とは言ったもののスライドアタックは威力が小さすぎて中々怯ませることができず、攻撃中に相手に頭から殴られることもよくある。そのためそこそこの射程と威力の光線を打ちつつ適度な距離を保ちつつじわじわと攻め、万が一接近戦に持ち込まれたらスライドアタックでダメージを与えながら素早く相手から離れ、チャージした光線をぶっ放すというのが基本的な戦い方となる。ちなみにオプションであるミュートをつけると威力と射程が下がるが、ベル殴りの威力が大幅に上がりトリッキーな性能になる。

 

我ながら中々カッコいいトロンボーンの設定が思いつき、おもわず口が緩まる。

 

「なにニヤけてるのよ。」

「え…?あ、トロンボーンいいな…って思いまして……。」

「そうなんだ……」

 

不意に話しかけてきた三年生は不審そうだったが、カラ松の適当に繕った答えを聞いて納得したような声を出した。それから自分のトロンボーンを一瞬見た。そしてバッと近くの窓をあけ、そこからトロンボーンのベルを外へのぞかせて大音量で吹き始めた。

レソシレ〜〜ファ↑〜レシッ!!

ソ↑〜〜レシッ!ソシレソ〜〜

その太くて丸い音は校庭で朝練をしている野球部やテニス部にも届いていた。何人かがこちらを見みたが先輩は満足するまで吹き続けた。

そして吹き終わったら窓を閉めた。

 

「あの……曲吹いちゃダメなんじゃなかったんですか……?完璧に外に聞こえてますし…。」

「曲じゃないもんね。リップスラーの練習だもん。」

「リップスラー?」

「スラーで音を変える練習のこと。今私スライド動かしてなかったでしょ?」

「(全然スラーじゃなかったぞ)」

 

三年生はスライドをもぞもぞ動かしながら言った。

「トロンボーンってさ演奏方法が面白いじゃん。全く音楽を知らない人でもトロンボーンはスライドで音を変えことぐらいは知ってるのよ。でさ、そういう人たちの前でこれをやるとかなり驚かれるの『なんで音変わってんの!?』って。それだけ、一発芸の参考に。」

 

そういうと先輩は自分の世界で基礎練を再開した。

 

なにか意味深なことだったりするのか……?ただなんとなく言いたかっただけ?んん?

カラ松はトロンボーンとともに謎に満ちた空虚な空間に取り残された。

 

* * * * *

 

おそ松でーす!さっき教えてもらったからトランペットの組み立て方を君に教えてあげる!

①トランペットケースをあける

②トランペットとマウスピースを取り出す

③トランペットにマウスピースをつける

④完成!

 

 

 

「息入れるときは力まない!肩上げない!まっすぐ息を入れて音揺らさない!さっき呼吸練習やったでしょ!?音が揺れるならまたマウスピースだけで吹いてもらうよ!」

 

三年生のラッパのような指導の声が響く。おそ松は顔を真っ赤にしながらトランペットを吹く。楽器を持つ手に力がこもる。

 

トランペットは誰もが名前と見た目と音を知っている楽器だ。金色や銀色のトランペットの明るく華やかにパンパパーン!と鳴るファンファーレは目を見張るものがある。そしてトランペットはその知名度ゆえに素人でも上手い下手が非常にわかりやすい楽器だ。

ではプロの演奏家の音を「パーン」とすると、全くやったことのない人の音はどんな音だろうか?答えは「う”〜〜」だ。豚と牛の鳴き声を足して二で割ったような音。おそ松の握るトランペットからはそんな音がしていた。

 

「おそ松くん力入れない!リラックス!力入らなければ『う”〜〜』から『う〜〜』にはなれるから!」

 

やってるよ!でも力入れなくちゃ音出ねぇもん!

 

「○△ちゃんは猫背にならない!姿勢良くして腹から息出す!」

「『ヴォッ!』って音がなったときは息の入れすぎだからな。」

 

おそ松はトランペットから口を離し、休憩をする。口の周りの筋肉がおかしい。彼は自分のほっぺたをぐりぐりと触る。

俺が持ってるの、ホントにトランペットなんだよな?音が恥ずかしすぎて兄弟にも聞かせられないんだけど。

横の方では二年先輩がロングトーンを綺麗に鳴らしてる。一年後、自分もああなれているだろうか。そんな焦燥感が彼を包み、それと同時に彼の小さなプライドに火をつけた。上手くなってやるという火だった。

 

少し楽器を吹いただけで女子目当てに入部した人を改心させるトランペットは偉大だな、と我ながら思った。

 

「おーい、みんなー!チャイムまであと15分だから一年生に片付け方教えてクラスに行ってー!」

 

意外と長かった朝練の一時間。皆片付け始める。

「なかにスワブ(掃除用の布)を通して汚れと水分を取って……」

「第三ピストンを押しながら抜差管を抜いて……」

「水分残ってたら痛むよ!」

「タンポの水分もクリーニングペーパーで取って……これだよ。」

「表面の汗とか指紋は拭いてよ!錆びたり変色の原因になるから!」

 

そして部員はそれぞれのクラスに散っていった。

 

 

「はぁ〜もう朝から疲れたよ、カラ松兄さん。」

「そうだな……」

カラ松とトド松は5組のクラスの席に倒れるように座った。同じように今日から始まった朝練にぐったりしている生徒が周りにもけっこういる。

「頭が痛い〜。耳がキンキンする〜。」

「俺の右腕が……左腕が……っ」

「朝から痛いこと言わないで!そんなんに付き合ってる余裕ないから!」

「えっ…?割とガチな方なんだが……」

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