「ふ~んふーふーん、ふーんふーん…」
執務室から、正確には目の前の男から発せられる鼻歌に秘書艦『加賀』はため息をつく。就業時間はとっくに過ぎているのに、目の前の男はいまだに業務を始めようとせず新聞とにらめっこを続けていた。
「現在マルキュウマルマル。提督、仕事をする気はあるんですか?」
「加賀、俺はもう、いつ提督を引退するか、最近はそれしか考えてなくてさ」
「でしたら明日にしてください。本日は仕事があります」
「明日は雨らしい。辞めるの日は晴れた日って決めてる」
本当はやめる気など最初から毛頭無いくせに…。そう思いながら加賀は再び呆れたようにため息をつく。
「それで、本日はどうなさるので?」
「そのことなんだがな…こいつをみてくれ」
提督は先ほどまで読んでいた新聞紙の一端を見せる。なんてことない星座占いの欄だった。
「ほれ、ここ…今日の俺は『新しい発見があるかも』だそうだ。というわけで加賀、悪いが艦載機の開発を頼む。あのクソ妖精どもも今日ぐらいは良いもん作ってくれるだろ」
「艦載機…ですか?」
「ああ、この前瑞鶴がウチにきたろ?おかげで艦載機が足らなくてな」
「ああ、五航戦の……」
「五航戦って…そりゃ『前世』ってやつの話だろ?今はオレのとこの一航戦だ…そうなってもらわなきゃ困る。ウチの正規空母はお前らしかいないんだからな…」
初老の提督、
これにより制海権と多くの戦力を失ったこの国は戦力の再編成を余儀なくされ、生き残りを寄せ集めて出来たのうちの一つがこの鎮守府だった。
この作戦で特に空母の被害は酷く、当初、白鳥鎮守府に配属された空母はかねてより彼の艦隊に所属していた加賀のみであったため、艦載機は彼女が運用する分しかなかったのだ。
「…赤城さんが居てくれれば……」
加賀はその作戦で失った、かつての仲間を思い出していた。自分たちを逃すためにしんがりを務めた、勇敢な彼女の姿を…。
「加賀、俺は過ぎてしまったことに興味はない。人生なんて、結局は後悔だらけ…それの何が悪い……。残っちまった俺らは残っちまったなりにやることをやるしかないのさ」
「……わかりました、開発を行ってきます」
「ああ、第三倉庫の資材を全部使い切ってかまわん。出し惜しみはしなくていいからな」
「はい……」
加賀は工廠へ向かおうと執務室のドアに手をかける。が、何かを思い出したように提督のほうへ振り返った。
「…ところで提督、先ほどおっしゃった言葉は本当よね?机の上の書類…提督として“やることをやって”おいてください」
それだけ言うと少し強めにドアを閉じ、加賀は去っていった。
「こいつはやっちまったな…」
別にできないわけではない。しかし彼はこういったデスクワークが好きではなかった。いつもなら適当に加賀に任せたりもするのだが、今回はそうはいかない。
「おかしいな……今日の運勢は結構いいはずなんだが」
そう呟きながら提督は再び占いの欄を見る。
「新しい発見ねぇ…この紙くずの処理をやらなきゃならないんだ…。せいぜい期待させてもらうとするかね」
――この日、新しい発見は確かにあった。しかしそれは彼の期待を大きく超える『イレギュラー』であったことは、この時はまだ夢にも思っていなかった。
◇ ◇ ◇
工廠に着いた加賀は所定の箇所へ資材を運搬し、目の前の製造機に目を向ける。鎮守府を鎮守府足らしめる存在。これは深海棲艦により海路を閉ざされ、藁にもすがる思いでこの国が見つけ出した対抗策だった。
この国には他国に点在する『タワー』をまるで逆さにして埋め込んだような『地下遺跡』が存在している。その『遺跡』から発掘され、原理は不明だが資材を入れればそれに見合った何かを建造する装置。
現在解明されているのは主に三つ。ある一定の操作を行うと、艦船にAMSと呼ばれている装置を組み込み、運用性、機動性などあらゆる性能を向上させつつ、“たった一人”で運用することができるという破格の性能を誇る兵器を作り出すことと、その兵器と対になる、AMS適正を持った人間の遺伝子情報と人格を与えたクローンに『前世』と呼ばれる艦船の戦闘オペレーションを記憶させた強化人間を作り出すこと。そしてその兵器関連の兵装を開発できること。
――兵器と対になるクローン強化兵は『艦娘』などと呼ばれている。
「結局、“これ”はなんなのかしら…」
その『艦娘』の一人である加賀はぼそりと呟く。自分を生み出した存在であるが、加賀はこの装置のことをあまり良くは思っていなかった。
まるでヒトを兵器の一パーツとして生み出す装置。そのくせ操作するタッチパネルには『妖精』とあだ名がついた二頭身のかわいらしいAIが映っている。自分たちの普段身に着けている衣装も、建造時に一緒に作られたものだ。着せ替え人形か何かのつもりなのか…。まるで玩具感覚だ。兵器もヒトも……。古代人の考えはまるで理解できないし…したくもない…。
しかし、それでもこの装置を利用しなければ自分たちが滅ぶ現実が目の前にある。加賀は、よくわからないまま使えるものをつかう気持ち悪さに目を瞑りタッチパネルに映る『妖精』へいつもどおりに指示を出した。
<―不明なユニットが接続されました―>
突如、画面が真っ赤になりノイズが走る。
「故障!?なに…一体何がッ!!?」
予想だにしない出来事に加賀は焦る。普段は鉄面皮で何があっても冷静な彼女であったが、このときばかりは冷静でいられなかった。この装置は鎮守府の生命線であり、なにかあれば鎮守府存続の危機である。加賀は急いでタッチパネルを操作し、作業を中断しようとした。しかし―。
「駄目…操作を受け付けない…」
加賀の操作を一切無視し、装置は起動を続けた。そして画面に文字が浮かび上がる。
『艦載機―AC:R.I.P.3/Mを開発中』
『パイロットデータを確認、マグノリア・カーチスを製造開始』
『戦闘オペレーション:ブルーマグノリアを転送中』
『高速建造システム起動、あと1分で建造を終了します』
まったく聞いたことの無い艦載機が勝手に開発され、本来艦船建造時にしか起動しないクローン製造装置まで動いている。あまりの事態の連続に加賀は立ち尽くすしかなく、一分という時間はあっという間だった。
重い金属音を出しながら兵装を開発する装置の扉が開く。中から姿を現したのは補助AIで飛ばすプロペラ機ではなく、蒼い色をした鉄巨人であった。
「これは…一体…」
「―それはアーマードコア、R.I.P.3/M…“ここ”では艦載機『ブルーマグノリア』で登録されるらしいわ」
加賀は声のするほうへ目線を移す。そこには一人の女性が立っていた。自分と同じような胴着を身にまとい、鋭い眼光を放っている麗人…。
設定されている年齢は自分と同じくらいか、少し上くらいだろうか。恐らくこの鉄巨人と一緒に作られていた人物であろう。
「あなたは…艦娘なの?」
「なにそれ?私はそれのパイロットよ。名前はマグノリア・カーチス……マギーでいいわ、そっちのほうが私も慣れてる。……とりあえずあなたの敵ではないわ、少なくとも今はね」
アーマードコア?艦載機のパイロット?さっきから続くありえない事態に頭が追いついていかない。困惑している加賀の状況を見かねてか、マギーは言葉を続けた。
「私も『私をここへ送ったバカ』が面倒くさがってこれ以上のことは聞かされてないの。よければここがなんなのか、今どういった状況なのか説明できるヒトのところへ案内してもらえない?」
「え、ええ…わかったわ……。こっちよ…ついてきて」
とりあえず提督に相談しよう。そう判断した加賀はマギーを手招きし、提督のいる執務室へ向かいだした。
――これが後に、激戦を共に駆け巡る『青い空母』と『蒼い艦載機』の出会いだった。