艦CORE「青い空母と蒼木蓮」   作:タニシ・トニオ

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第十一話_番外編「彼女の趣味」

 カリカリカリカリ……とペンを走らせる音のみが部屋に響いている。

 少し前までは蝉や鈴虫の鳴く声や風鈴の音色も聞こえていたのだが、気付けば風に冬の気配を感じ始める季節となり、それらのBGMは鳴りを潜めていた。それに少々の寂しさを感じるものの、この趣味とも日課とも言える日記を書くために記憶を反芻するには、この静寂もちょうどいいとも思う。それほどまでここ最近は日記に書くことが増えた。

 日記をつけ始めたのは前の鎮守府の時からだった。きっかけは提督との会話だったのを覚えている。

 

「加賀、おまえ趣味とかはないのか?」

 

「…なぜそのようなことを聞くのです?」

 

「いや、そういやおまえが仕事以外なにかしてる姿を見たことが無いと思ってな……。仕事熱心なのはありがたい限りだが、それだけだと人生つまらんぞ……」

 

「戦うために造られた艦娘にそのようなこと必要でしょうか?」

 

「そういう思考がいかんのだ、まったく……。よし、加賀…おまえなにか趣味を作れ、これは命令だ」

 

「…はぁ……」

 

 いきなりそんなことを言われても困る、と思いつつも命令であれば仕方ない……。とはいえどうすればいいか分からず、当時の私は右往左往していた。

 そんな時、赤城さんから「じゃあ日記でもつけてみては?」と提案される。私は必要なこと等をまとめて手帳にメモするようにしているので調度いいのでは?と思ってのことらしい。それから私は日記をつけ始めた。提督からは「それって趣味に入るのか?」と言われたが、「任務とは関係ないことですから趣味です」で押し通した。

 

 最初は何を書けばいいか分からず、赤城さんと何をしたか等を書いていた。そのため内容は赤城さんのことだらけになり、覗き見た本人からは「これじゃあ誰の日記か分からないわね」なんて苦笑いされるほどだった。私としては思い出を積み重ねているようで以外に悪くないと思っていたのだが……。

 そう言われてちょっと恥ずかしくなり日記の内容を変えるも、結局『赤城さん』と書いていた箇所の一部が『蒼龍、飛龍』に入れ替わっただけだった。どうも自分が何をしたかを書くのは苦手なようだ。

 ……なので「MI作戦」で赤城さんや蒼龍、飛龍……艦隊の仲間を失ったとき、この日記は真っ白になった。なんとか立ち直って日記と向かい合うことができるようになっても、肝心の書き記すことがなかったのだ。

 

 鎮守府が再編成され新しい艦娘たちが徐々に増えていっても、秘書艦業務の多忙さや自分の無愛想さも相まって前の様に一緒に過ごす相手に恵まれることも無く、日記は一行で終わることも珍しくはなかった。無理やり書けなくはないが結局任務内容についてになってしまい、それでは普段取っているメモと違いがない。

 

(もうやめようかしら……)

 

 ぱらぱらと読み返してもなんの面白みもない、まさしく「つまらない人生」を体現している日記に意義を感じなくなり、私の頭にはそういう考えがよぎり始めていた。

 しかしある日、彼女……『マギー』と出会って状況が一変する。

 

 カリカリとペンを走らせる音を一旦止め、彼女と出会った日の日記を見直す……。改めて見直すと内容が全然まとまっていなかった。まあ無理もない、この日は色々なことが起き過ぎた。

 

≪『開発』でACとそのパイロットまで出来てしまったこと≫

 

≪そのパイロット、マギーから深海棲艦の正体が『大破壊』の時に暴れていた成長する古代兵器、『パルヴァライザー』だと聞かされたこと≫

 

≪いきなり演習を組まされ、ACの性能に驚きを覚えたこと≫

 

≪演習の反省会で厳しくしすぎて瑞鶴を泣かせてしまったこと(その後もお風呂でまた泣かせてしまったこと)≫

 

≪ランチメニューを目にしてマギーが秋月と一緒に「食事がこんな豪勢でいいの!?」と驚いていたこと≫

 

≪そして、彼女の本当においしそうに食べる姿が……赤城さんとソックリだったこと……≫

 

 驚くことがあり過ぎてこの日はパンクしていたことを思い出す。そしてこれを境に日記を書く時間が増えていった。

 早くマギーが鎮守府に馴染めるように、何よりお互い空母と艦載機として理解を深めるため、という理由によりマギーと私は同室に住むことになった。それを皮切りに秘書艦の業務まで手伝ってくれるようになり、彼女と一緒にいる時間が増えていく。その時間と比例して日記に書くことが多くなり、今ではどのことを書こうか迷ってしまうほどだ。

 

 本日もまだ書きたいことを書ききれていない。戦艦棲姫に快勝できたこと、マギーの抱えているものを垣間見れたこと、それに対する私の想い……。

 ……ああ、そうだ。

 晩御飯を食べた時に、初めて焼き魚を食べたらしい彼女が骨に悪戦苦闘していたこと……。「とれたわッ」と綺麗に剥がせた背骨を見せてきて、普段とのギャップもありとても可愛かったことも書いておかねば。

 その時のことを思い出してつい笑みをこぼしてしまう。

 

【挿絵表示】

 

こうやって記憶を反芻する時間が日記を書くときの楽しみの一つだった。

 

「……楽しいんですもの、やっぱり『趣味』ね」

 

 以前の提督の言葉に改めて反論する。再び部屋にカリカリカリカリ……とペンを走らせる音が響いた。

 

◇ ◇ ◇

 

「……こんなものかしら」

 

 日記を書き終えページを閉じると同時に、部屋の後ろから扉を開ける音がした。どうやらマギーが帰ってきたようだ。

 

「ん?加賀、まだ起きてたの?」

 

言われて時計を見ると深夜1時を時計の針が過ぎたところだった。

 

「…もうこんな時間だったのね」

 

「もしかして日記書いてたの?こんな時間まで……」

 

「今日は書くことが多かったから…」

 

 大半があなたのことなのだけど……とは言えないが。同室する者によっては中身を見られたり下手すると晒されたりすることもあるが、彼女はプライバシーに関してちゃんと線引きしてくれる程度に大人であり、目の前で日記を書いていても決して覗いてくることはなかった。人によっては踏み込んできてくれないと寂しがる者もいるが、私としてはこの距離感が心地よく、なにより趣味の内容を気兼ねすることなく書くことができるのでとても助かる。やっぱり日記を見られると少し恥ずかしい……。

 

「あなたも今日の“日課”は随分遅かったわね、マギー…」

 

 ちなみにマギーにも私と同じような“趣味”というか“日課”があった。鎮守府の食堂が遠征などで帰ってくる艦娘のため遅くまで開いていることを知ったマギーは、ほぼ毎晩寝る前にお酒を軽く呑んでくる。「お酒が好きなの?」と以前聞いたら「好きで飲んでるというより、日課のようなものね」と言っていた。

 どうやら『前世』では寝る前にラジオを流しながら軽く一杯呑むのが日常だったらしい。酔うのが目的ではなく、次の日に向けての自己流のスイッチ切り替えだそうな。だから一人でサッと済ましてしまうので、普段ならば一時間もかけずに部屋には戻ってきていたのだが……今日はどうも違ったようだ。いつもと違い若干お酒臭さもある。

 

「……千歳たちに絡まれた」

 

 ああ、通りで……と納得する。なんでも、明日祝勝会が用意されているにも関わらずウチの“のん兵衛ズ”が酒盛りをしていたようだ。まあ戦果の有無に関わらず彼女達はいつも酒盛りをしているが……。

 

 ちなみに“のん兵衛ズ”は『千歳』『千代田』『那智』『足柄』の4人である。少し前は『高雄』と『愛宕』も加わっていたが、どうやらこの姉妹は酔うと露出癖があるらしく妹達から現在禁酒を食らっているらしい。

 千代田もそこまでお酒に強くないのに千歳に合わせて呑むためすぐに寝てしまうようで、実質のん兵衛ズは3人である。

 

 マギーもよく彼女達を見かけるが、「ラジオ代わりにはいいけど関わるのは面倒くさい」との理由で離れた席に座っている。しかし今日は運悪く、支援艦隊にいた千歳が今日の戦果を那智と足柄に語っていた時に彼女達の視界に入ってしまったらしい。武勇伝もいけるクチの彼女達は、あれよあれよとマギーを囲みこみ矢継ぎ早に質問と酒を浴びせたようだ。

 お酒に強そうなマギーも、「うッ…」と言って気分を悪そうにしている。

 

「……加賀、他人事の様に聞いてるみたいだけど、次はあなたの番よ……」

 

「どういうこと?」

 

「那智が『加賀はもっと飲みニケーションを大切にすべきだッ』って愚痴ってたから……。担当任務が違うから全然絡みが無いって嘆いてたわよ」

 

 確かに私と那智たち妙高型とは担当任務が違う。この鎮守府では第一艦隊が海域を切り開き、第二、第三艦隊が切り開いた海域を警備してシーレーンを維持する、といった形体をとっている。

 第一艦隊は錬度が高い「MI生き残り組み」で形成されており、彼女達もその一員なのだが、全員しっかりした性格の持ち主であるため新人の「建造組み」も入り混じる第二、第三艦隊の旗艦や指導を任されている。

 それに対し、他の「MI生き残り組み」はローテーションや任務との相性で第一艦隊と第二、第三艦隊を行ったり来たりするが、私は数少ない航空戦力であるため第一艦隊旗艦にほぼ固定されている。

 そのため私と妙高型の彼女達とは一緒の艦隊になることはほとんど無かったのだ。

 

「同じ艦隊を任せられる者同士語らいたいみたいね。明日の……もう今日か……、祝勝会も出るみたいだから楽しみにしてるといいわ」

 

「そしてそのまま酔いつぶれろ」とでも言いたげな笑みをマギーは浮かべていた。

 

「そうね、楽しみにしているわ」

 

 また日記に書くことが多くなりそうだ、と思う。まあ、酔いつぶれないでいることができればだけれど……。

 マギーが来てから色々な変化が起きている。戦局であったり、私自身であったり……。以前の私だったら先程の「楽しみにしている」という返事はしなかっただろう。

 きっとこれからも色々なことが動き出していく。それが良いことだけではないとは思うけれど、それも含めてこの“趣味”で書き記していこう……。

 いつか今日みたいに「ああ、こんなこともあったな」と微笑むことが出来るように……。


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