先日の激戦がまるで嘘のように、今私達のいる海域には砲撃の爆音も艦載機が空を切る音もしなかった。その激戦によって敵を殲滅し、制海権を取り戻したのだから当たり前と言えば当たり前なのだが……。
そんな静寂の広がる海の上で、一つの歌声が艦隊に響いていた。
お~れ~は天龍~
戦~場~の~運び屋~
お~れ~は天龍~
い~つも~運び屋~
なんだかなぁあ~
どこかで聞いたことのある、懐かしさを感じる曲であった……と言えば聞こえが良いが、その懐かしさには煩わしさの記憶しかなく、反射的にイライラしてしまう。加賀は私達が『護衛対象』であり、艦隊の旗艦が歌っている当人であるためかだんまりを決め込んでいるが……。やはり私は我慢ならない。
「少しは静かにして、天龍。仕事する気あるの?」
「なにを言ってんだマギー、今絶賛仕事中だぜ。ただ俺の電探にはなんも反応が無いだけさ。吹雪はなにか“感じる”か?」
急に天龍に話を振られ、少々しどろもどろしながらも吹雪は答える。
「いえ、なにも……アハハ」
聞いた話、吹雪には下手な電探よりも精度の良い『危機察知能力』を持っているらしいが、それにも反応は無いらしい。つまりは平穏そのものということだ。
「だろう、なら気を張ってても疲れるだけさ。抜けるとこ抜いとくのが遠征のコツだぜ」
ははは、と天龍は笑いながら言い放つ。彼女はこの鎮守府で最初期の古株らしく、随分と提督に毒されてしまったのか話してるとまるで彼と話しているような気分になる。
「……はぁ、貴方が貴方なりに仕事してるのはわかったわ。でもそのふざけた歌だけは止めて」
天龍は「提督の歌、駆逐のガキどもには受けいいんだけどな~」なんてぼやいていたが、生憎私は一緒に口ずさんだりできるほど子供ではない。あと、あの歌を教えた提督には帰ったらたらふく仕事をプレゼントしてやろうと心に決めた。
そんな提督への嫌がらせを考えていると、天龍は少々真面目さを含めた口調で加賀に通信をする。
「で、加賀、そろそろ例の合流ポイントだぜ。偵察機出しといたほうがよくねーか?」
「あら、本当ね……。偵察機、発艦します」
あんなにおちゃらけていながら以外に仕事はしっかりこなすところが余計に提督に似ている、なんて思いながら私はAC を甲板の端へと寄せた。
目の前を助走をつけて偵察機が飛び去ってゆく。
◇ ◇ ◇
加賀が偵察機を飛ばしてから暫くすると、軽空母を見つけたのか彼女が口を開く。しかしその声には驚きが混じっていた。
「あれは……AC!?」
「どうしたの加賀?」
「目標と思われる軽空母をみつけたのだけれど、その……、三機のACに取り囲まれているの……」
――まさか深海鉄騎に先手を取られたか!?そんな考えが頭をよぎる。
「もしかして敵!?」
「……いえ、ちょっと待って、あれはモールスかしら……?“我味方ナリ”……そう信号がきてる。軽空母が攻撃を受けている様子もないわ」
どうやら加賀の偵察機にACから「味方だ」と信号が送られているらしい。つまりは支援にきた軽空母の持ち物ということだ、そのAC達は。
(一体どういうこと?)
だからこそ頭に疑問符が思い浮かぶ。そもそもこの任務は、深海鉄騎に対抗できるのがACだけだから舞い込んできたはずだ。なのに依頼元がACを連れているのは理屈に合わない気がする。なぜわざわざ私達に任務を回してきたのか真意が見えず、ACが敵で無いとわかっても警戒を解けなかった。そうしているうちにあちらから通信が繋げられる。
「お、時間通りやね、感心感心。うちが軽空母の龍驤や、よろしゅうな!」
こちらの警戒を知ってか知らずか、随分と陽気な挨拶だ。ACを連れていなければ、あの胡散臭い元帥の部下とは思えない。
「……白鳥鎮守府所属、正規空母の加賀です」
「AC『ブルーマグノリア』よ。早速で悪いのだけれど、ちょっと聞いていいかしら?」
「お、なんや?」
私はストレートに疑問をぶつける事にした。
「そのACはなに?それだけの戦力を持っているのなら私達がわざわざ出向く必要は無いと思うけど?」
「んー、そやな、一つずつ答えよか」
自分で包み隠さず聞いておいてなんだが、随分とあっさり返答がきて少々拍子抜けする。しかしその内容は再び緊張を走らせるには十分だった。
「まずこの子達は『ユーナックちゃん』ゆうてな…」
「UNAC!?」
「なんやキミィ、知っとるんかいな」
まさかこの時代でまたコレに出会うことになるとは思いもしなかった。確かに動きにぎこちなさを感じていたが、なるほどそういうことか……。
「マギー、UNACとは?」
「え、ああ……あの龍驤のACは加賀の艦載機と同じ様に、AIを積んだ無人機なのよ。Unmanned Armored Core(無人のAC機体)の略、それがUNAC」
「おお、その通りや、正式名称はうちも知らんかったけど……キミ、詳しいなぁ」
「……なんであなたは知らないのよ」
「うちは倉井はんから貰ったもん運用しとるだけやからな。……実はうち、派遣で倉井はんのとこにいるだけなんよ。だからそこまで詳しい話は聞いとらへん」
部下らしくない、と先程思っていたが本当に部下でないとは……。つまりこいつの持ってる情報は知られても問題ない程度のものでしかない、ということだ。とはいえ、情報を得られるに越したことはないので話を進めることにした。
「……それで、なんで私達に任務を?」
「ああ、それはやなー。うちも倉井はんには聞いたんやで、『頼む必要あるか?』って。でも『貴様だけじゃ荷が重い』って突っ返されたってな。ついでにキミらの実力を測るゆーとったで。随分とキミのACを気にかけてるようや、倉井はんは……」
「そういうこと……」
UNACもいるせいか、まるで死神部隊の『選別』のような印象を受ける。とにかく――いい気分はしないものの――これは試験らしい。受かったらどうなるかなど分かったものではないが……。
ただこちらとしても得られた情報はあった。
――倉井元帥はACに精通している。
UNAC自体、専門知識がないと運用できない上に、龍驤のACでは『荷が重い』と言っていた。龍驤のACはシリウスの軽量二脚UNACと酷似しており、生産性はいいだろうがその性能は決して良いものとは言えない。でもそう判断できるのは比較対象――他のAC――を知っているからこそだ。深海鉄騎のシルエットから、恐らく経験と照らし合わせて『荷が重い』と言ったのだろう。その通りであれば、かなりの場数を踏んでいることでもある。倉井元帥が自分用のACを持っていてもなんら不思議ではない。
提督が彼のことを謎が多いと言っていたが、もしかしたら私と同じように『大破壊前』の人間である可能性が出てきた。『企業』というのも、もしかしたらタワーに関係するものなのかもしれない。思っていた以上に食えない男のようだ、倉井元帥とは……。
「それで、質問は以上でええんか?」
「……ええ、とりあえずは」
正直に言えばまだ色々と聞きたいことはあるが、恐らくこの龍驤というのはこれ以上のことは知らないだろう。なので質問はここで打ち切った。
「よっしゃ、ほなじゃあ行こか!深海鉄騎討伐や!」
あくまで支援として送り出されているわりに、ガダルカナル島へ向けて龍驤は先陣を切って進路をとる。まるで旗艦のような振る舞いだ。こちらも本当の旗艦へ挨拶し、進路を変更する。
「こちら正規空母加賀、これより天龍艦隊を離れ『深海鉄騎討伐』の任に向かいます……護衛ありがとうございました」
「こちら天龍、了解した。こっちも物資の輸送が終わったら拾いに来るからな。頼まれたもんは必ず運ぶのが俺のポリシーだ、“やぶらせるなよ”」
「ええ、わかったわ」
そう言うと天龍はまた例の鼻歌を歌いながら、吹雪と一緒に別方向へと舵を切っていく。
「ええ仲間やねぇ~。うちのとこはよそよそしいところがあるから、素直にうらやましいわぁ。そや、マグノリアはん。うちらもコレを機に仲良くなれんかねえ?」
派遣だと色々な気苦労があるのか、ため息混じりに龍驤は提案してきた。
「……なれたらいいわね」
しかし、私の口から出た返事はそっけない。恐らく龍驤は悪い艦娘ではないだろう、というのは今までの会話でなんとなくわかった。
ただUNACのせいで素直に返事が出来なかったのだ。龍驤がどんな人物であれ、どうもその隣にいるACがなにかの拍子に襲い掛かってくるのでは?と勘ぐってしまう。そんなことをする意味はどこにもないのに……。
やはり『前世』でのことがネックになっているようだ。UNACに助けられた回数より襲われた回数のほうが圧倒的に多いのだ、仕方ないだろう。
「なんや反応薄いなぁ。もうちょっと、こう、楽しく行こうや」
私のそっけない返事に龍驤が不満を漏らす。もし龍驤のACを弾除けに使わせてもらっても、果たして同じようなセリフを言ってくれるだろうか?そんな考えが頭をよぎる。あちらのACと連携を取る気が、もはや私には微塵もなかった。
「龍驤、マギーと交流を深めるのはいいですが、あちらに着いてからの段取りを……」
「おお、そやな」
二人の空母が島に着いてからの段取りを話し始める。私もいかに龍驤をその気にさせつつUNACを利用するか思案を巡らせつつ、その会話の中へと入っていった。