艦CORE「青い空母と蒼木蓮」   作:タニシ・トニオ

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第十五話「MISSION03_深海鉄騎撃破-04」

「マギー、聞こえていますか!?マギー!!敵がそっちに向かっているわッ、注意して!」

 

 加賀の呼び掛けに私は我を取り戻した。気がつけば深海鉄騎はブレードを格納し、切り替えたガトリングガンをこちらに向け接近している。

 

「くっ、まずい……ッ」

 

 私は『ブルーマグノリア』のハイブーストを吹かして近場の残骸へと滑り込んだ。既に敵から放たれていたガトリングガンが残骸の端部を削り飛ばす。

 

――落ち着け、落ち着くんだ

 

 残骸越しにスキャンで敵を捉えつつ、そう自分に言い聞かす。そのまま大きく深呼吸をし、焦りを息に乗せて吐き出した。

 

「……よし」

 

 クリアになった頭で状況を整理する。

 

(なんであのACを深海棲艦が……?)

 

 マギーが最初に思い浮かんだ疑問。しかし少し考えてみればそれは当たり前のことであった。

 

 それもそうだ、財団の話を信じればあの機体はインターネサインの止めを差し損ねて、その目の前で眠っていたはずなのだから……。奴等からしたら戦艦棲姫と同じように「あったから使っている」に過ぎないのだろう。そしてそれは同時にあることも示唆していた。

 

――あのAC には『統括機構」(インターネサイン)の場所が記録されているはずだ。なんとしてもあのACを打ち倒し、回収しなければならない。

 

(……しかし私に勝つことができるだろうか……?)

 

「なに弱気になってるの!!」

 

 声に出し自分を叱咤する。仮に目の前にいるのが本物の『傭兵』だったら私は怯えるのか?逃げるのか?

――否、断じて否だ!!それは私ではない!

 例え相手が誰であれ、『勝つ』ために戦うのが私だ!ましてや相手は“鉄クズ共”だ。あれが『彼』に匹敵するとは到底思えない。

 そんなのに少しでも気圧されてしまった自分を恥ずかしく思う。頭が完全に戦闘モードへと切り替わった。

 

――倒そう、あいつを。

 

 スキャンモードを解き、レーザーライフルをチャージする。そしてそれが完了すると同時に身を隠していた残骸を思い切り蹴って、深海鉄騎の頭上へ身を投げ出す。その刹那に捉えた敵の左腕にも『待っていました』とばかりにチャージ済みのレーザーライフルがあり、その銃身をこちらに向けていた。

 

「その程度は想定済みよ」

 

 私はレーザーライフルを放つと同時に思い切りペダルを踏み込んだ。『ブルーマグノリア』のブーストが強い光を放ち、機体を急加速させる。コンマ数秒前に機体がいた場所には相手から放たれた閃光が通り過ぎていた。対して、こちらのレーザーライフルは命中していたものの敵の胸部装甲に当たっていたらしく致命傷には至っていない。

 

「まあこんなものか」

 

 元々相手のTE防御が高いことも想定済みだ。元よりまともに撃ち合って勝てるアセンではない。あちらのレーザーライフルはこちらの物より高火力で当たれば只では済まないが、その分リロードが遅めである。その合間を狙い手数で押しきるしかないのだ。

 

 再びレーザーライフルに灯をともしつつ、牽制とばかりにヒートマシンガンとミサイルを放つ。深海鉄騎もガトリングガンを掃射しミサイルを撃ち落としながら反撃してきた。お互いの弾が相手の装甲をノックし合う。こちらのコックピットには、まるでトタン屋根に激しく雨が打ちつけられている時の様な音が鳴り響いていた。

 

「うるさいわね……」

 

 しかし焦るわけにはいかない。互いのサブウェポンが装甲を貫通しない以上、メインウェポンの差し合いが勝敗の分かれ目となる。あちらの『主砲』が直撃してしまえば一瞬で状況がひっくり返りかねない。気の抜けない状況が続いていた。

 そんなおり、先に私のレーザーライフルがチャージ完了の合図を告げる。その発光に気付いたのか深海鉄騎はハイブーストを吹かし距離を取った。

 

「甘いッ!」

 

 しかし『ブルーマグノリア』は近くの岩を蹴り、追従するようにその距離を一瞬で詰める。その様子はまるで肉食獣が獲物を仕留めようと飛び掛かっている様だった。そしてその爪を降り下ろす。レーザーライフルと言う名の爪は、深海鉄騎の右肩を掻きむしった。同時に放っていたミサイルと敵の右肩に備えられているミサイルの誘爆により深海鉄騎は凄まじい爆炎に包まれる。各関節からバチバチと悲鳴が鳴り、元々焦げた色合いの装甲がさらに焼け焦げていた。

 

 しかしそれでもお構い無しのように、深海鉄騎は残った左肩のコンテナからミサイルを繰り出し反撃する。ハイスピードミサイルというカテゴリーに含まれるそれは、その名の通りの凄まじい速度で『ブルーマグノリア』へ迫った。直撃すればその速度と合わさった爆発の衝撃で容易にAC の機動力を削ぐ代物だ。そして足の止まった相手に『主砲』をぶつけるのがこのAC の常套手段の一つであった。

 しかしそれを知っているマギーにとってこの反撃は想定の域を出ない。空中でハイブーストを吹かし近場の残骸に接近、そしてその残骸を蹴って"ミサイルに向かって"飛び出す。機体を掠めるように通りすぎたミサイルはその勢いを殺せずに残骸へとぶつかった。

 『ブルーマグノリア』は跳躍の勢いをそのままに、別の残骸へと身を隠す。

 

「やはりそうね……」

 

――深海鉄騎は強いが……“弱い”

 単純な強さであれば深海鉄騎は以前戦った戦艦棲姫を上回っている。……が、今回の戦闘フィールドは海ではなく陸上、しかも私の得意とする障害物の多い地形だ。そして何より、私はあの機体のことを『ブルーマグノリア』と同じぐらい熟知している。『彼』と一緒に組み上げ、その活躍をずっと見てきたのだから……。

 

 だから深海棲艦の操作がいちいち甘いと感じる。恐らくあのACの戦闘記録でも解析して操作しているのだろうが、そんな聞きかじり程度の情報だけで使いこなせるほどAC は、特にクセの強いあの機体は易くない。

 残骸から様子をうかがっている間に『ブルーマグノリア』のジェネレータは消費した分のエネルギーの再充電を完了していた。

 

(あと2、3回同じやり取りをすれば終わりか……)

 

 この戦闘に見切りをつけた瞬間だった。身を隠している残骸越しに深海鉄騎が急加速してこちらに接近を開始する。スキャン情報を読み取ると、まだ辛うじてハンガーシフトが生きていたのか右手のガトリングガンをブレードに持ち換え、ついでに左のレーザーライフルを実弾のライフルへと変更していた。何をしてくるか察し後退する。

同時に身を隠していた残骸に斜めの線が刻まれ崩れ落ちた。その切り口は凄まじい高温により、切り裂いた黒刃と同じ色に焼け焦げている。

 

「随分と思い切りがいいわね」

 

 このままでは分が悪いと踏んだのか、近接戦へと切り替えたらしい。レーザーライフルに使用していた分のエネルギーをブーストへあてがい、グライドブーストやハイブーストを駆使して『ブルーマグノリア』に追従してくる。重量二脚でありながら装甲を犠牲にして機動力を高めた脚部がその動きを可能にしていた。後退しながらヒートマシンガンとミサイルを浴びせてもそれなりに高い装甲に物を言わせ、深海鉄騎はまるで猪の様に突っ込んでくる。

 清々しい程にブレードでの一発逆転を狙った戦法だ。しかし、まぐれの一発でも食らってしまえば待ち受けているのは先程の残骸と同じ末路である。――なるほど、確かにじり貧の状況を覆すには以外に良い手かもしれない。

 

「まぁ……当たればだけど」

 

 だが、そんなまぐれの一発など私は許すつもりはない。ましてやその『ANOTHER MOON』はもっての他だ。

 ……『黒い鳥の傭兵』が私に止めを差したとき、その一振りには『明確な殺意』や『愛情』……様々な想いを……まさしく『魂』を込めてくれていた。なにも込められていない、ただ振り回されているだけのそれにやられることは『彼』への侮辱に等しい。

 

――『傭兵』と『お前』じゃ違う!

 

 そう言い放つようにレーザーライフルで向かってくる深海鉄騎の脚部を穿つ。そしてバランスを崩し勢いそのまま前のめりに突っ込んできた深海鉄騎目掛けて、思い切りブーストチャージをぶちかました。

 

【挿絵表示】

 

 カウンター気味に蹴りが決まり深海鉄騎の巨体が地に伏す。ブーストチャージの衝撃でACに取りついていた深海棲艦が壊れたのか、深海鉄騎もといAC『ストレイド』はピクリとも動かなくなった。スキャンをかけてもエネルギー反応は見られず完全に沈黙している。

 

「どうやら終わりみたいね……」

 

 久々に『最後の時』を思い出したからか……勝利の喜びよりも哀愁のような、何とも言えない感情がこの胸を占めていた。

 

◇ ◇ ◇

「さて、どうしたものか……」

 

 私は倒したACをどう回収するか悩んでいた。任務内容を聞いた当初はACの戦闘記録を解析できればよかったので、コア部分だけ持ち帰ればいいと思っていた。それだけでも脚部の許容重量を容易に越え機動力が著しく低下するが、空母まで運ぶことぐらいはできる。しかし今回の獲物は見ず知らずのACではなく『ストレイド』だ。できれば全てのパーツを回収したかった。

 『ストレイド』は私が『彼』に戦い方を教え、その戦い方を生かす為に一緒に組んだ機体であり『ブルーマグノリア』と似た特徴を持っている。だから今のACと同じ感覚で扱えるので予備機としても確保したかったのだ。

 

「いや、それは言い訳かな……」  

 

 マギーはぼそりと呟く。

 

――理由はそれだけではない。

 『ストレイド』には様々な思い出が詰まっている。『彼』と『ファットマン』との……『三人家族』の思い出が……。自らそれを捨てた私に言う資格は無いかもしれないが、あの日々はかけがえのないものだった。だからお気に入りのテディベアをいつまでも持っている人のように、『ストレイド』を手元に置いておきたいというのが本心なのだろう。

 

――ヌイグルミでなくACという辺りがなんとも私らしい……と自嘲した。

 

「……加賀を待たせてしまうけど、何回かに分けるしかないか」

 

 こんなことなら龍驤のUNACを残しておけばよかった、なんて白々しいことを思いながら、関節部でバラすことに決めた。多少破損させてしまうだろうがドックに入れれば大丈夫だろう。そう思い『ストレイド』に『ブルーマグノリア』のマニュピレーターを伸ばす。

 しかし、それが触れることはなかった。どこからともなくプロペラ音が聞こえ、その轟音が『ブルーマグノリア』に近づいてくる。

 

――加賀たちの艦載機とは違う……

 

 マギーが普段聞く音とは違う、大きく低い重低音が周囲を支配する。そしてマギーはこの音を知っていた。

 

「装甲ヘリ!?なんでこんなところに……」

 

 『ブルーマグノリア』の目の前に『ファットマン』が使っていたようなヘリが姿を表した。その装甲には『鶴のエンブレム』が刻まれている。ヘリはそのまま『ストレイド』の上空に留まり、スピーカー越しにマギーへと呼び掛けた。

 

「こちら倉井元帥直轄部隊、旗艦の翔鶴と申します。深海鉄騎撃破、お疲れ様でした。このACは解析に回すためこちらで回収します」

 

 そのヘリを操作しているのは、どうやら龍驤と同じ倉井元帥の艦娘らしい。とすれば、このヘリは艦載機ということか……。AIの補助があるとはいえ装甲ヘリを遠隔操作できるとは、流石元帥の艦娘といったところだ……と、マギーは翔鶴の練度に感心する。

 しかしいきなり「ACを回収する」という物言いに、当然憤りも抱いていた。マギーの喉元まで文句が出かかる。だが文句が先にでたのはマギーではなく龍驤であった。通信機から彼女の声が聞こえてくる。

 

「翔鶴!あんたがいるなんてうちは聞いてへんよ!」

 

「ええ、伝えていませんから。貴方たちの任務は深海鉄騎の撃破、私の任務は貴方たちがしくじった場合の尻拭いと深海鉄騎の回収です。こちらのことを伝える必要はありません」

 

「それでも普通仲間にはゆーとくもんやろがッ」

 

「仲間……?貴方がですか?老人たちから送りつけられた『鈴』風情がなにを偉そうに」

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」

 

 どうやら龍驤が自らを“派遣”と言っていたことにはなにか訳があるようだった。しかし、マギーにとって今そんなことはどうでもよい。マギーは二人の会話に割って入る。

 

「仲間割れの最中悪いけど、翔鶴といったか?貴方の仕事はもう無い、帰ってくれて構わないわ」

 

 それを聞いて翔鶴は意識を龍驤からマギーへ向けた。

 

「それはどういったことで?」

 

「どうもこうもないわ、そのACの回収はこちらで行う」

 

「ヘリも無いのにですか?第一、そちらに譲る理由がありません」

 

「どうせ欲しいのはこのACの戦闘記録だけでしょう?解析が終わったらレポートは提出する。こっちはそちらと違って貧乏所帯でね、パーツも欲しいのよ」

 

「それはそちらの都合でしょうに。倉井様から任を受けている以上、変更はありません」

 

 翔鶴にACを譲る気はなかった。回収が彼女の任務であり当然といえば当然である。だがマギーも譲る気は全く無い。

 

「じゃあ言い方を変えるわ。信用できない貴方たちにそれを譲る気はない。とっとと失せろッ!」

 

 そうマギーは言い放つと同時にレーザーライフルをヘリに向けチャージを開始した。

 

(やりすぎよ!マギー!!)

 

 加賀からプライベートチャンネルの通信で注意される。しかしマギーはチャージを止めない。

 

(後で説明するけど、あのACには『統括機構』の場所が記録されてるの!譲るわけにはいかない!)

 

(…!?)

 

 マギーはそう伝えて加賀を押し黙らせた。翔鶴はレーザーライフルを構え続けているマギーに呼び掛ける。

 

「貴方の行動は反逆罪に問われますよ」

 

「原則として任務中に得た資材はその艦隊の物のはず、違反しているのはそっちでしょ」

 

 マギーはそう翔鶴に反論した。現状、大本営には各鎮守府を細かく管理する力は無く、鎮守府の運営は各々に丸投げされている。そのためこのような制度が設けられていたのだ。しかしそんなことでは翔鶴は引き下がらない。

 

「そのACは資材の範囲を越えています」

 

「あら、私のACは不問にしてくれたのに?」

 

 マギーは倉井元帥が言っていたことを引き合いに出す。正直屁理屈の域を出ないことをマギーは重々承知していたが、元々口論で決着をつける気はなかった。

 

「さっさとしないとヘリも“資材”になるわよ」

 

 レーザーライフルのチャージが完了し、そして青い閃光が“目の前の地面をえぐった”。その閃光は『ブルーマグノリア』の物よりも遥かに強力な出力で放たれており、地面は未だ赤熱化している。当然『ブルーマグノリア』から放たれたものではない。

 

「誰ッ!?」

 

 マギーはすぐさまスキャンモードに切り替え、別のレーザーが飛んできた方向を向いた。そこには逆関節の白いACと中量二脚の白いACが悠然と立っている。そしてその肩には星座と数字が描かれたがエンブレムが刻まれていた。

 

「蛮勇に過ぎると思っていたが、狂犬の類いだったか……」

 

「No.2、助かりました」

 

【挿絵表示】

 

「気にするな翔鶴、我らが押さえている間にACを回収しろ」

 

 先程のレーザーはこのNo.2と呼ばれる逆間接のACから放たれたものだった。マギーは「ふざけるなッ!」という言葉をこのACに向けて発しようとする……が、その言葉が喉につまって出ない。吹雪のような直感をもっているわけではないが、AC乗りとして培われてきた勘が告げてた。

 

――こいつら、強い……

 恐らく各々が死神部隊のACと互角以上だろう、それほどの圧力を兼ね備えている。

 

「チッ、……貴方たちが『尻拭い担当』って訳ね。……一体何物?」

 

 マギーの問いかけに逆間接の横にいた中量二脚のACが答える。

 

「我らはただの骨董品だ。貴様も同じではないのか?」

 

「骨董品…」

 

 まるで自分たちを『物』扱いするような言い方にマギーは違和感を覚える。しかしUNACのような独特の電子音声からすぐに彼らがどの様な存在かを察した。

 

「なるほどね……。悪いけど今の私は貴方たちと違って人間よ」

 

「……そうか、それであの強さとは驚異的だ。それで、“譲る気は無い”のか?」

 

「……無いと答えたら?」

 

――瞬間、この場に殺気が満ちる。

 

「……この場が再び戦場になる、ただそれだけだ」

 

 先程よりも若干低い声で中量二脚のACが答えた。元々かなりの威圧感を放っていた二機のACの圧力が更に増している。それはその回答が本気であることを示していた。

 

(今の状態でやれるか……?)

 

 こちらのACは大したダメージは無いものの、残弾、特にミサイルがほとんどなくなっていた。二機のACを仕留めるには少々心ともない。いや、仮に万全の状態でもこの二機相手では分が悪いかもしれない……。視線を横にずらすと翔鶴のヘリが『ストレイド』へハンガーを降ろしている。早く覚悟を決めねば……時間がない。操縦桿をゆっくりと握り直し、トリガーに指をかけた瞬間だった。

 

「こちら白鳥鎮守府正規空母加賀です」

 

 加賀が『ブルーマグノリア』のスピーカーを介して話し出した。

 

「仲間の無礼、許してもらえないかしら。そのACはそちらへ譲ります」

 

「ちょっと加賀ッ、なに勝手なことを……ッ」

 

「お願いマギー……ここは押さえて、お願いよ……」

 

 加賀の諭すような言葉にマギーの熱くなっていた頭が冷える。

 

(確かに加賀のいう通り……か、クソッ)

 

 現実的にそれしか選択はなかった。マギーが落ち着いたのを感じ取ったのか、二機のACの威圧感も薄らいでいく。落ち着いた口調で再び中量二脚のACが喋り出した。

 

「冷静だな、良いオペレーターだ。仲間に恵まれたじゃないか、蒼いAC。……そういえばまだ名前を聞いていなかったな」

 

 教える義理は無いがいつまでも『蒼いAC』と呼ばれるのも不便だと思い、マギーは答える。

 

「……マグノリア……、マグノリア・カーチスよ」

 

 マギーが名を告げた瞬間、二機のACがピクリとした。そして何かを思案しているように、しばし沈黙が続く。そして中量二脚のACが思いがけない名を出した。

 

「フランシスの末裔か?」

 

「!?、え、ええ、そうだけど……」

 

 急に何代も前の祖母の名が上がり、マギーは驚く。

 もしかしたらこいつらは祖母の時代の遺物なのだろうか?祖母と会ったことがあるのか?……もしかしたら『最初の黒い鳥』と……

 マギーの思案を他所に、中量二脚のACは話を続ける。

 

「そうか……。カーチスの末裔、深海鉄騎のエンブレム……これも因縁というものか。貴様らも『統轄機構』を探っているのか?」

 

「No.8!?喋り過ぎです!!」

 

 中量二脚のAC―No.8―の漏らしたワードに翔鶴が怒鳴る。もちろんマギーは聞き逃さなかった。

――今、こいつは確かに『統轄機構』と言った。

 予想通り、倉井は、こいつらは知っているのだ、深海棲艦の正体を……。噂されていた倉井元帥の目的、『深海棲艦の支配』という話が俄然真実味を帯びてくる。

 

「沈黙か……『統轄機構』がなにか聞いてこないのだな。肯定と受け取らせてもらうが?」

 

「……ええ、構わないわ」

 

「そうか、やはり知っていたか……しかし……とすれば、やはり貴様が、貴様らが“そう”なのか……?」

 

 No.8はボソボソと呟く。その問いかけはマギー達へというよりも、自分自身に問いかけているようだった。

 

「まだお前たちには働いてもらわなければならない……、だが、いずれ……」

 

「そこまでにしておけ、No.8」

 

 No.8が何かを言いかけたところでNo.2がそれを制止する。

 

「翔鶴のいう通り、喋りが過ぎるのは貴様の悪い癖だ……気持ちはわからんでも無いがな。もう深海鉄騎の固定は完了した、帰投するぞ。我々は与えられた任務を遂行する、ただそれだけでいい」

 No.2がそう言い終えると同時に、翔鶴の操作する装甲ヘリは『ストレイド』を吊り上げそしてそのまま空へとの消えていった。二機のACも『ブルーマグノリア』の射程外までヘリが離れたことを確認すると「……さらばだ」と一言残し、後を追うようにこの場から撤退していく。

 その際にNo.8がちらりとこちらを見ていたが、それがなにを意味するのか、結局何が言いたかったのかはマギー達にはわからずじまいでこの任務は幕を閉じた。

 

◇ ◇ ◇

 

「すいませんでした、マギー。勝手に割って入ってしまって……」

 

 彼らが去った後、加賀から謝罪の通信が入る。しかしマギーはそれを否定した。

 

「そんなこと無いわ、むしろ助かった。おかげで“次”ができたわ」

 

――多分止めてくれてくれなかったら、私はきっとあの二機のACに襲いかかっていただろう。

 

 マギーはそう確信すると共に、冷静になった頭でそれが悪手だと理解していた。だから加賀に対しては純粋に感謝しかなかった。

 

「加賀……今回、深海鉄騎を確保できなかったのはたしかに痛手よ。あいつらはACを解析してきっと『統轄機構』の場所をつきとめるでしょう。知っているのはあいつらだけ、主導権はいまだにあっち……でもまだチャンスはある」

 

 マギーはNo,8の言葉を思い出す。

 

「幸い私達をまだこき使うようだし……悔しいけれど“次”を待ちましょう。その時はこの雪辱を晴らしてやるわ」

 

「……そうね」

 

 決意を新たに二人は静かに闘志を再燃させる……が、ここで騒がしい声の邪魔が入る。

 

「いやいや、ちょいまち!何で君ら『統轄機構』のこと知っとんねん!?いや、それよりも深海鉄騎に『統轄機構』の場所が記されとるっちゅうのはどういうことや!?」

 

「……ああ、まだいたの?」

 

 マギーは二機のACの衝撃でさっきまで龍驤の存在を本気で忘れていた。当人も疎外感を感じていたのか「当然やボケー!!」と少々怒ったように騒いでいる。

 

「流石に倉井元帥のとこにいるだけあって『統轄機構』のことは知ってるのね」

 

 以外そうにマギーは言った。UNACの時のこともあり正直知らないと思っていたのだ。

 

「当たり前や!ちゅーか、それを探るためにうちは派遣されてるんやで」

 

「……翔鶴だっけ?あいつが言っていた『鈴』ってのはその事?」

 

「そや、大本営も一枚岩じゃないっちゅーことやな」

 

 実は龍驤は倉井元帥を信用しきれていない上層部から派遣されていた艦娘だった。任務は倉井元帥の情報秘匿を防ぐことである。

 

「どおりで邪険にされている訳ね」

 

 マギーは龍驤に対する翔鶴の態度に納得する。

 

「うっさいわ!それよりどうやねん!?……あれに『統轄機構』の情報が入っとるのはホンマか?」

 

 先程までとは違う真剣味を持った声で龍驤はマギーに訊ねた。

 

「ええ、本当よ。何で知ってるかは長くなるから省かしてもらうけど……あれは過去に『統轄機構』までたどり着いた唯一のACなの。だから戦闘ログとかを解析すればきっと『統轄機構』の場所が分かるわ」

 

「そか……いや、おおきに。実は調査の進展もないし、この任務終わったら異動届でもだそかと思っとったけど……おかげで一仕事増えそうや」

 

「どういたしまして……、でいいの?」

 

「ああ、構わへん……最後にマグノリアはん、2つ聞いてもいいやろか?」

 

再びその声に真剣味を加え、龍驤はマギーに質問をした。

 

「……答えれることなら」

 

「じゃあ一つ。マグノリアはんも深海鉄騎の解析はできるんか?」

 

「ええ、当然」

 

「そか……じゃあもう一つ。こっちが重要や。キミらは『統轄機構』を見つけてどうするん?」

 

「それは……」

 

 少々答えにくい質問だった。白鳥提督の話から、倉井元帥にそそのかされている上層部の方針は当然『深海棲艦の支配』だろう。私達の目的は『破壊』だ。上層部の『鈴』である龍驤にそのことを伝えてこちらの鎮守府へ変に圧力をかけられたりしないか、そんな不安がよぎる。しかしあそこまで倉井元帥の部隊にケンカを吹っ掛けておいて今さらか……と思い至り、マギーは正直に答える事にした。

 

「「破壊よ」」

 

 加賀と声がダブる。彼女も同じタイミングで同じ考えに至ったのか、声のトーンまで一緒だった。その様子がツボに入ったのか龍驤は笑い出す。

 

「ふっ、ふふふ、君らおもろいなー。うん、ようわかった、君らは信用できそうや。安心し、悪いようにはせーへんよ。大本営も一枚岩じゃないってゆったやろ。少ないけど君らと同じ考えの人もおる、うちはそっち側や」

 

 龍驤は上機嫌に自分の立場をさらす。マギーはそれを確かめるように聞いた。

 

「味方……と考えていいのかしら」

 

「せや、よろしゅうな、マグノリアはん、加賀。さて、じゃあうちは増えた仕事を片付けに帰投させてもらうわ。ほなさいなら~」

 

 そう告げると龍驤は舵を切り、翔鶴たちが消えていった方向へと同じように消えていった。龍驤が視界から消えるのを確かめた後、マギーが呟く。

 

「最後まで騒がしいやつだったわね」

 

「……そうね、でも収穫は得られたわ」

 

「どうかしら、頼りになるかどうか……」

 

「ふふ、でも…私達だけではないことがわかっただけで十分よ。それだけで、十分な収穫です」

 

 しばらくすると資源輸送任務を終えた天龍から通信が入る。

 

「おーい、そっちも終わってるみてーだな。じゃ、帰ろうぜ、俺たちの鎮守府へ」

 

 行きと同じ隊列を組み、艦隊は帰投を開始する。抜錨前にマギーは天龍へ頼みごとをした。

 

「天龍、あの鼻歌はなしよ」

 

「え、まじか?」

 

 隊列は同じものの、母港まで旗艦の鼻歌が海上に響くことはなかった。


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