艦CORE「青い空母と蒼木蓮」   作:タニシ・トニオ

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第十七話_番外編「工廠暮らしのヤナエッティ」

 

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 白鳥鎮守府の工廠の片隅にはテントが張られており、そこは整備兵の仮眠場所として利用されている。その仮眠テントをあまりにも常用し、もはやそこに仮暮ししていることから妙なアダ名をつけられた男がいた。

 

――「工廠暮しのヤナエッティ」こと、やない整備長だ。

 

 ちなみにこのアダ名は“とあるレディな駆逐艦”が観ていた映画より彼に名付け、一部の……主にそのレディの姉妹達に浸透している。本来であれば目上の人物に対してアダ名で呼ぶなど失礼な話であるが「可愛いから許す!むしろ親しみがあってイイ!!」と言ってのけるのがやないであった。

 

――そう、彼は紳士なのだ。

 

 そんな彼のもとに、ある仲のよい艦娘が訪れる。

 

「失礼しまーす、やないさん。ああ、やっぱりここにいた」

 

 ちなみに「ここ」とは無論テントのことである。

 

「あれ、夕張ちゃん?おつかれー。どうしたの?『むせる戦記ボト娘』の最新刊なら僕の部屋だけど?」

 

「あッ、やないさんが持ってたの!?後で貸して……じゃなくて……ちょっと相談があって来たんだけど……今日ってお休みじゃなかった?」

 

 スケジュール表では、やない整備長は本日非番である。だから夕張は彼に相談を持ち掛けようとしたのだか、目の前のやないは絶賛仕事中のようだった。

 

「いや、実は加賀さんが前の任務で第一航空部隊を喪失しちゃってさ……演習もすぐ入ってたもんだから急ぎ補給が必要でね。想定外のことだったから人手が足りなくてさ、それで僕が……。今ちょうど艦載機のAIチェックが終わったとこだよ」

 

 ちなみに艦載機の補給は整備兵泣かせの一つである。

 工廠にある装置には造った物を修理する機能がある。AMSというオーバーテクノロジーが組み込まれた艦娘の軍艦は自分達では修理できず、現状この装置に『入渠』させるしかない。逆を言えば『入渠』さえさせれば勝手に修理されるのだが……補給まではこの装置はしてくれないのだ。そのため補給は人の手によって行わなければならず、整備兵の主な仕事の一つであった。

 その中で艦載機の場合は飛行機本体は装置が造ってくれるが機銃の弾や魚雷は人が補充しなければならず、しかもパイロット代わりのAIのチェックも必要なため他の艦船よりも二度手間三度手間必要なのだ。お陰でやない整備長は工廠暮し二日目に突入していた。

 

「そうだったの……じゃあ相談は無理よね……」

 

 ろくに休めていないやない整備長に気が引け、夕張は相談を断念する。かなり残念だったのか思いきり両肩を落としていた。

 

「大丈夫、大丈夫!もう艦載機の武装チェックも終わってるし、後は加賀さんに引き渡すだけだから!」

 

「え、でもやないさん……休憩取らなくていいの?」

 

「ここで十分休憩してるから問題ないよ」

 

――本当はそんな訳ない。彼の言う休憩とはPC作業中に寝落ちした3時間のことを指しており、当然疲労は取りきれていない。彼の体はバキバキに凝り固まっている。しかし――

 

「それに君の頼みを僕が断るわけないだろ!」

 

 ドヤ顔で彼は言ってのける。艦娘の前で良い格好をしたがるのが彼の悪い癖だった。

 今回の件も実は加賀から、「演習の日程をズラしてもらうよう頼んでみます」と提案があったのだが……「いやいや、加賀さんに恥をかかせるわけにはいきませんよ!」と言ってやない整備長が自ら引き受けていたのだ。こうした行動が彼の工廠暮しの一因でもあった。

 

 ちなみに夕張の「ちょっと相談」は「一日開発に付き合え」と同義である。当人はちょっとアドバイスを貰うだけのつもりで誘うのだが、ほぼ確実にヒートアップし一日が潰れるのだ。整備兵の間では常識であり、無論やない整備長も知っている。しかし、それでも彼は断らない。

 

――そう、彼は紳士だから。

 

「ありがとう、やないさん!」

 

 夕張は満面の笑みを彼に向ける。例えこれがデスマーチの入口だとしても、その笑みを見たやない整備長に後悔は無い。

 

(ふう!これで工廠暮し三日目決定だな!)

 

 深夜明けの変なテンションのではあるが、彼は覚悟を決め夕張の後に付いていった。

 

◇ ◇ ◇

 

 やない整備長が夕張に案内されたのは会議室だった。作戦会議などの予定が入っていなければ誰でも借りることができ、夕張がすでに利用申請を出していたらしい。やない整備長が中に入ると、意外な人物がお茶菓子をつまみながら待機していた。

 

「マギーさん、なんでここに?」

 

「夕張に相談持ちかけたらここで待つように言われたのよ……。助っ人連れてくるって言ってたけど……整備長が?」

 

「ええ、多分そのつもりで呼ばれたんだと……」

 

 ここに来る途中やない整備長はあらかじめ夕張にどんな相談か質問をしていたが、「着いてからのお楽しみよ!」と言って彼女は教えてくれなかった。なので彼も事情を把握している訳ではなかったが……

 

「マギーさんの相談ってことは十中八九ACのことですよね?」

 

「その通り!!」

 

 マギーの代わりに夕張が答える。そして会議室のホワイトボードを思いきり叩くと、ボードが半回転し"議題"が現れる。どうやら夕張が事前に書いていたらしい。無駄に芸が細かい。

 

「なになに……『ブルーマグノリア超強化改修計画』……………は?」

 

 議題に書かれていることを理解した瞬間、彼は固まる。

 

(あ、これ無理なやつだ……)

 

 夕張は毎度難題を持ち込んでくるが今回のは無理難題というやつだった。

 それもそのはず、あくまで彼は軍艦の専門家であり、彼の好きな『むせる戦記ボト娘』という漫画から飛び出てきたようなロボットなど門下外もいいとこである。

 

「んっん~、夕張ちゃん……僕、ACはちょっと難しい…かも……」

 

「愛でどうにかならない?」

 

「ん~そっかー、愛か~……」

 

 確かにACはやない整備長の大好物である。一人の男の子として本物のロボットにロマンを感じざるを得ない。一日中ACを眺めていても飽きない自信が彼にはあった。

 しかし一人の技術者としてはACはとてもじゃないが手が出せる代物ではないことを痛感している。AMSこそ登載されていないが、その装甲に使われている金属の精製すらできないオーバーテクノロジーの塊なのだ、どうしようもない。

 

――『愛』でどうにどうにかなればいいんだけど……

 

 「ゴメン無理」と言いたいが目を爛々と輝かせている夕張を見ると喉が詰まる。「がっかりさせたくない」という思いと「無理だ」という思いの狭間で彼は悩み苦しんでいた。

 そんな彼を見かねたのか助け船がマギーから出される。

 

「整備長、あの議題はあの子が勝手に書いただけよ。元々はACの武装を作れないか聞いただけ」

 

「『ブルーマグノリア』にですか?いや、しかし……今の兵装に匹敵するものはちょっと……」

 

 ACの性能底上げよりかはだいぶマシな議題だが、それでも無理難題は変わらない。当然のことながらレーザーライフルやミサイルは今の時代ではオーバーテクノロジーである。物があれば工廠の装置で修理やミサイルの複製ができるが、ゼロから開発することは不可能であった。

 

「なにもそこまでは期待してないわ。仮に開発できたとしても重量的に積めないだろうし……。私が欲しいのは重量過多にならない軽量の追加兵装よ。もっと持続戦闘能力が欲しいの」

 

「ああ、なるほど……」

 

 要は敵の駆逐や艦載機程度に虎の子のミサイルやレーザーライフルを使いたくないらしい。雑魚狩りに調度良い程度の兵器であればなんとかなりそうな気がする。

 

「いや~、夕張ちゃんが『超強化』とか書くからちょっとビックリしちゃったよ」

 

「む~、艦娘的には兵装が増えるのは立派な強化よ!やないさん!」

 

「あははは、ごめんごめん」

 

 夕張に怒られながらもやない整備長の顔はほころんでいた。無理難題と思っていたことがただの難題で済みそうなことに安堵していたからだ。結局難題には変わり無いことには眼を逸らしつつ、やない整備長は話を先に進めることにした。

 

「では早速ですがマギーさん……夕張ちゃんも僕もACに関しては素人ですので、できたら積めそうな武器のカテゴリだけでもピックアップしてもらえませんか?その中から開発できそうなものをこちらで提案しますんで」

 

「わかったわ」

 

 マギーはホワイトボードに書かれている議題を消して、ズラズラとACの武器のカテゴリを書き出す。ライフル、ショットガン、ガトリング……実に多くの名前が上がっていき、その豊富さにやない整備長と夕張はどれを造ろうか迷ってしまう。

 そんな中、一つ気になる武器の名前を発見する。

 

「「パイルバンカー……」」

 

 二人は同じ武器の名前を呟く。

 

「すごい、パイルバンカーなんて浪漫武器、実在してたんだ!!」

 

 やない整備長もそうだが、特に夕張が目を輝かせ始めた。パイルバンカーは彼女が現在絶賛ハマっている「ボト娘」にも出てくる武器だ。敵に近接し、どんな装甲も打ち貫く杭を打ち込む“最高にカッコよく”て“最高に頭の悪い兵器”。接近戦を仕掛けるリスクを考えたらとてもじゃないが使えない空想武器だと彼女は考えていた。

 

「マギーさん、コレ何に対して使うんですか!?」

 

「え、対ACとか……」

 

「ACに!?」

 

 さらにありえない回答に彼女は驚く。マギーは感覚が麻痺してしまっているためなんとも思っていないが、ACの速度は艦船と比べたら超高速である。平均速度100~200km/sをゆうに超え、しかも三次元機動をする兵器なのだ。しかもサイズも10mと小型である。これにパイルバンカーを当てるとは、プロ野球選手の投げる球に対してこちらも球を投げて当てるような難易度に匹敵する。しかもはずしたらその球が自分に命中するようなリスク込みでだ、常人の発想ではない。

 

「すごいすごいすごいすごい!!マギーさんの時代の人たちってみんな『変態』だったんですね!!」

 

――夕張の周り以外の空気が固まる。

 

「……ねえ夕張、喧嘩なら買うわよ」

 

「違います!!マギーさんッ!あれは彼女的に褒めてるんです!!我々の業界で『変態』は褒め言葉なんです!!」

 

 夕張の『変態』発言にやない整備長は必死の言い訳をする。夕張と若干同じことを考えていたのは秘密だ。

 

「はあ、もういい、わかった……言っておくけどパイルバンカーは却下よ、ブーストチャージで十分だし……それに、わたし変態じゃないし……」

 

(ブーストチャージも十分変態的です)

 

 マギーのむくれ顔にギャップ萌えを感じつつ、やない整備長は心の中でツッコむ。

 

(しかし、はてさて……どこらへんで落としどころをつけるかなー)

 

 やない整備長はいかにしてこの場をまとめるか頭を悩ませていた。

 

――2時間後

 

「というわけで余っている単装砲を利用してハンドガンをつくろうと思います」

 

夕張がやたらとパイルバンカーに固執したせいで右往左往してしまったが、やない整備長の尽力によりなんとか案がまとまる。

 

「ま、妥当なところね」

 

「えー、面白味が少ないわ」

 

 どうもまだ夕張は納得しきれていないようだが、マギーの及第点が得られたのでやない整備長は夕張の発言を無視した。というか話の軌道修正に疲れきってしまいそんな元気が彼には残っていなかった。

 

「じゃあ後はヨロシクね、整備長、夕張楽しみにしてるわ」

 

 開発する兵器も決まり、マギーは会議室を後にする。

 

「よし、やないさん!こうなったら最高のハンドガンを造りましょ!!」

 

(ああ、そっか……まだ開発するもの決まっただけなんだっけ……)

 

 そう、あくまでハンドガンを造ることが決まっただけである。これから設計することを考えると彼は頭が痛くなった。しかし――

「う~ん、威力重視か連射重視か……迷うところね~。ねえ、やないさんはどう思う?」

 

「……そうだなぁ――」

 

 楽しそうに悩んでいる夕張を見ると、やない整備長は顔をほころばせて一緒に議論を始める。これが彼の生き方だった。

 

――どんなに辛くても彼女達の前ではカッコつける。

それが整備長として、一人の男としてこのやないが出来る精一杯のことだから。

 

やはり彼は紳士なのだ。

 

◇ ◇ ◇

 

後日

 

「ぱんぱかぱ~ん!マギーさん、例の品、完成しましたよッ」

 

まるで似せる気がない愛宕の物まねをしながら夕張がマギーの元へ開発の報告にきた。

 

「へえ、早速見せてもらおうかしら」

 

マギーは夕張に連れられて工廠へ行くと、すでに『ブルーマグノリア』の右肩にハンドガンが備え付けられている。

 

「超連射型単装砲『秋霧』」

 

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「射程と仰角機構を犠牲に造った、初のAC専用単装砲です。もはや艦船では扱えない代物です」

 

「口径は?」

 

「50口径」

 

「リロード時間は?」

 

「5発/秒」

 

「弾は?徹甲弾?」

 

「高速徹甲弾でございます」

 

「なかなかね」

 

「そこは『パーフェクトだ夕張』って言ってよ~」

 

「?パーフェクトだ夕張……これでいいの?」

 

「感謝の極み」

 

「それなんのマネ?……まあいいわ。ところで整備長は?」

 

いかにも兵器の説明が好きそうなもう一人の功労者がいないことにマギーは疑問を投げかける。

 

「ああ、あの人はいつも通りテントで仮眠中です」

 

 『秋霧』の開発が済むと、やない整備長は風呂に入る間も惜しんでテントへ駆け込んでいた。流石に疲労がピークに達しており、今はグースカと寝息を立てている。

 

「そう……、じゃあお礼はあとにするか。彼、なになら喜ぶかしら?」

 

「あ、それならハンドガンを使った感想を聞かせてあげて」

 

「構わないけど……それでいいの?」

 

「うん、やないさんはそれが一番喜ぶわ!あの人『変態』だから!」

 

――我々の業界では褒め言葉である。


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