艦CORE「青い空母と蒼木蓮」   作:タニシ・トニオ

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第十九話「MISSION04_黒い鳥-02」

 ――夢を、夢を見ていた。

 かつての、大切な人達の……最後の夢を。

 

『状況は最悪だ、俺たちには撤退しか残されていない。……そこを越えられたら、それも潰えるがな』

 

 司令官から艦隊に向けて通信が入る。その声からは酷く心苦しさが滲んでいた。

 

「つまり私達でここを死守しろ、ということですね」

 

 旗艦である赤城さんが司令官の言葉の意図をすくい取る。それは司令官が言おうとしてもなかなか吐き出せなかった命令だった。

 

『……その通りだ赤城。怨み事なら今のうちに聞くぞ』

 

「そうですね……帰ったらみんなで美味しいもの食べたいです。もちろん提督の奢りですよ、フフッ」

 

『……俺は怨み事と言ったはずだが?』

 

「無いものを言うことは無理ですから。……二人はなにかありますか?」

 

 赤城さんは蒼龍さんと飛龍さんに話を振る。その口調は通信で顔は見えないけれど、いつもの笑顔の時の声と同じだったと思う。

 

「私はお寿司食べたい!!飛龍は?」

 

「んー、私はパフェがいいな~」

 

 蒼龍さんも飛龍さんも、まるで食堂での会話みたいに明るかった。ここが死地だとは微塵も感じさせない程に……。

 

『……このバカ娘どもが。いいぞ、帰ってきたら何でも奢ってやる、だから……だから……、そこは…頼んだぞ』

 

 そして通信が切られた。司令官の言葉はまるで臓物から絞り出したように苦しそうで……、いや、本当に苦しいのだろう。愛娘たちに「死んでこい」と言ったのだ、どんなことがあっても仲間を見捨てようとしなかったあの人にとって、それは計りきれないほど辛い決断だったはずだ。

 

「ついぞ『生きて帰ってこい』とは言わなかったねー」

 

 飛龍さんは少々残念そうに呟く。私は知っていた。飛龍さんは司令官のことを一人の男性として好きだったことを。

 

「なんかさー、『前世』の多聞丸と似てるんだよね、渋いところとかさ」

 

 そんなことを言いながら蒼龍さんと会話に花を咲かせていたことを見たことがある。

 

「仕方ありません、そんな無責任なこと、あの方が言えるわけ無いでしょう」

 

「そーだよ、飛龍。それにさ、あれ……提督絶対泣いてたよ。それだけでジューブンでしょ」

 

 赤城さんも蒼龍さんも、飛龍さんに負けず劣らず司令官の事が好きだった。尊敬する上官として、父親代わりとして、魅力的な男性として……。

 

――私はそんな皆さんが大好きだった。

 

「私も……やっぱり私も残ります!」

 

「なりません、吹雪。あなたには撤退中の加賀と合流し、そのまま帰投するよう命じていたはずよ」

 

 さっきまでの雰囲気とは打って変わり、赤城さんは凛とした厳しい態度で私に言い放つ。

 

「で、でも……私でも弾除けぐらいにはなります!だから!!」

 

「なりませんと言っているでしょう!!吹雪ッ!!」

 

 通信機のスピーカーが震えるほど赤城さんは怒鳴っていた。こんなに厳しい口調の赤城さんは初めてで、私は身をすくませてしまう。

 

「いいですか!私達がここで身を賭すのは未来に火を残すためッ、大切な提督たちを守るためです!!ですが、あなたがここに残ったところでそれは犬死と同義。伊達や酔狂で命を懸けることは許しません!もうここに貴方のやるべきことは無いわ、帰投なさい!」

 

 キッパリと、明確に、役立たずだと宣言された。それが赤城さんの優しさだった。

 

「ですが……ですが……赤城さん……」

 

「……貴方が私達を想ってくれているように、私達も貴方の事を想っています……それに、貴方までいなくなってしまったら提督はきっと壊れてしまうわ。貴方は貴方のできることをしなさい。……提督と加賀を、宜しくお願いします」

 

「……わかり……ました……駆逐艦吹雪、これより帰投を開始します……」

 

 私に反論の余地は無かった。いや、結局のところ弱い私には最初からそんなものは無かったのだ。私はそのまま、大好きな、大切な人達に背を向け帰ることしかできず、ただただ無力な我が身を呪うだけだった。

 

――そして……鎮守府に帰投できたのは私と加賀さんだけだった。

 

 私はそのあと、自分に出来ることを必死に探して頑張った。それが赤城さんとの約束だったし、そうでもしないと自分の存在価値を見いだすことができなかったから。必死に、必死に、あの時の無力をぬぐい去るように……。

 それでもふと、思ってしまう事がある。

 

――赤城さん、再びあの時の様なことがあったら……私はまた仲間に背を向けなければならないのでしょうか……。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「吹雪、吹雪ッ」

 

 聞きなれた自分を呼ぶ声と一緒に体を揺さぶられて、私は目を覚ました。時計を見るとマルロクマルマル過ぎを指しており、その時間ピッタリに設定していた目覚ましでは起きれていなかった事を知る。

 

「あなた随分うなされてたわよ。また例の夢でも見てたの?」

 

 上半身を起こした私の顔を覗き込むようにして、同居人の叢雲が聞いてきた。

 

「おはよ、叢雲。……うん、まあそんなところかな」

 

「かな、じゃないわよ、全く……ほら見なさい」

 

 差し出された手鏡を見ると、目を赤く腫らし髪がボサボサのお化け屋敷の幽霊のような女の子が映っており、一瞬それが自分だとは認識できなかった。

 

「うわ……」

 

「わかったらさっさと顔洗いに行きなさい、辛気臭いったらありゃしない」

 

 叢雲は私の顔にタオルを投げつけ洗面所に行くよう促した。ちょっと荒々しい感じもするが、何だかんだいって洗顔クリームをテーブルに置いておいてくれている辺りが叢雲らしい。そんな彼女の優しさに甘えつつ出口に向かっていると、もう一人の同居人の綾波ちゃんから目薬を渡された。

 

「おはよう、吹雪ちゃん。これ良く効くから使って」

 

「ん、ありがとう」

 

 どうやら目も充血していたらしいのでありがたく借りることにする。こういう時、二人が一緒の部屋でよかったと思う。しっかりしていて、優しくて、この二人の前だと見た目通りの女の子として振る舞うことができるから。自分の弱いところをさらけ出せる存在がいてくれなかったら、私は多分どこかで潰れていたと思う。

 

 二人の好意を享受し、洗面所で人前になんとか出せる顔にしてから部屋に戻ると、二人はもう制服に着替え終わっていた。

 

(あれ、いつものとデザインが違う……)

 

 その二人の制服に違和感を感じ少々戸惑いを覚えるが、すぐにあることを思い出す。

 

「あ、改二の最終調整、今日だったっけ?」

 

「そうよ!それが終われば正式配備!これでますます活躍出来るわ!!」

 

 叢雲が胸を張って自慢げに答えた。叢雲の第二改造を証明する新しい制服にはスリットが入っており、そこから黒いインナーがちらついて見える。それが変化の乏しい強化人間の身でありながらも発育し、女性的になった部分を強調していて二重の意味で羨ましくなる。

 

「吹雪ちゃん、綾波もどうですか?」

 

 綾波ちゃんの制服を見ると形状こそ前の制服と変わらないものの、黒色に変わった襟と、それに入っている赤線のコントラストが大人びて見えて何だかカッコよかった。

 

「すごい!カッコいいよ、綾波ちゃん!」

 

 私は思ったことをそのまま口にすると、叢雲が何だかむくれて突っかかってくる。

 

「ちょっと~わたしのと反応違くない?」

 

「そんなことないって、叢雲もカッコいいよ!……やっぱり黒が入ってるといいなぁ……」

 

 自分の制服と思わず見比べてしまう。私は今の制服が嫌いではないが、二人のと比べるとちょっと子供っぽい。……まるで成長しない自分みたいだ。

 

「……な~にしょげてんのよ!」

 

 暗い気持ちを吹き飛ばすように叢雲に背中を叩かれる。

 

「あんただって遠征の度に真っ黒になって帰ってくるじゃない、私達とお揃いよ」

 

「それはただの油汚れでしょ~、も~」

 

 そんな下らないやり取りを皮切りに私が暗くしかけてしまった部屋の空気が再び明るくなった。

 

「あ、もうこんな時間!?」

 

 楽しい時間はすぐ過ぎてしまうようで……もとより大して余裕があった訳でもないけど、もう任務の時間が迫っている。

 

「あんた今日も遠征だっけ?ご苦労様ね。また今の綾波ぐらい真っ黒になってきなさいな」

 

「吹雪ちゃん、気を付けてね」

 

「うん、行ってきます!」

 

 私は二人の“家族”に挨拶し、部屋を後にした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「失礼します」

 

 執務室のドアをノックし中に入ると、一緒に遠征に出る天龍さんと龍田さんがソファに座ってお茶を啜っていた。もしかして待たせちゃったかな、と気まずそうな表情を浮かべると、それを汲み取ってくれた龍田さんが「そうじゃないわ、あ~れ」とでも言うように別方向を指差す。その方向の先は司令官であり、私たちへの命令を他所に誰かと電話中だった。

 

「はぁ、今日だと!?ふざけやがって!!てめーはいつもそうだ、こっちの都合を少しは考えて喋りやがれ!……ああ、ああ、……チッ、わかったよ!ちょうど用事のあるところの近場だからな、特別だぞ、クソったれめ」

 

 それから二三言葉を交わし、司令官は電話を切った。内容は良くわからないが、司令官がため息をついているあたり何だか面倒事を押し付けられたようだ。

 

「……待たせてすまんな、お前ら。ついでにもう一つ謝ることがある。つい今しがたお前らのやることが増えた」

 

「はぁ?んだよそれ……」

 

 天龍さんは不機嫌そうにソファに座りながら足をバタつかせた。どうやら私たちも電話の面倒事に巻き込まれたらしい。

 

「まあそうスネんでくれ。遠征の帰り道にちょっと寄り道するだけだ。どうやら赤羽のクソ野郎様が軽空母を恵んでくださるらしい。そいつを迎えに行ってやってくれ」

 

 赤羽元帥には私も何度か会ったことがある。確か司令官と同期で、今は大本営に勤めている方だ。よく物資などの提供の代わりに変わった任務を依頼をされたりするけれど、軽空母の引き取りとはまた一風変わった依頼だ。

 ……何か訳ありなのだろうか?

 

「ちなみに迎えに行く空母ってのは……天龍と吹雪は会ったことがあるだろう、この前の龍驤だよ」

 

「ああ、あいつか……、ん?あいつ倉井元帥の部下じゃなかったか?」

 

「いえ、天龍さん。確か龍驤さんは“派遣”って言ってましたよ。まさか赤羽元帥の艦娘だとは知りませんでしたけど……。にしても、なんでまたウチに?しかも随分急みたいですけど……」

 

「……ああ、それなんだが」

 

 説明しようとする司令官の口はなんだか重そうだった。予想通り、やはり何か訳ありのようだ。

 

「どうやらこちらへの異動ついでに、倉井のとこから深海鉄騎を“ギンバイ”してきたらしい……。マギーに解析させるつもりのようだ……」

 

「あら~、穏やかじゃないわね~」

 

「プッ、ハッハッハッハッ、すげえな、龍驤のやつ!なるほど、提督がそんな顔するわけだぜ」

 

 天龍さんは痛快そうに笑っていた。この前の任務の帰り道で加賀さんとマギーさんからことのあらましを聞いていた時に、天龍さんは相手のやり方に腹を立てていた。だから実際今回の事が痛快なのだろう。

 龍田さんも天龍さんから話を聞いていたのか、それとも司令官の困っている顔が可笑しいのか、その言葉とは裏腹にニコニコしている。

 

「まったく、こっちの気苦労も知らないでテメーら呑気なものだな……」

 

 司令官としては元帥間のいざこざに巻き込まれた訳であり、その気苦労は末端の兵士である私たちにはうかがい知れないものがあるのだろう。司令官は『いわゆる大人の事情』というのが嫌いで前線に残ってる節もあるので、尚更頭が重そうだ。

 

「まあ良いじゃねえかよ、提督。千歳と千代田を空母に改造するとはいえ、うちはまだ航空戦力が少ねーんだ、調度いいだろ。それに秘書艦様達が深海鉄騎を欲しがってたじゃねーか。ご機嫌取りにプレゼントすればいい」

 

 司令官には申し訳ないが天龍さんの言う通り、私たちの立場からすれば今回の話は良いこと尽くめだ。この鎮守府の航空戦力不足を補うため千歳さんたちは軽空母に改造が決定していたが、やはりなれない艦載機操作に不安を感じているようだった。だから指導ができる練度を持つ龍驤さんが来くれるのは本当にありがたい。

 マギーさんも深海鉄騎に対してただならぬ執着があるようだったので、きっと喜んでくれるだろう。

 

「……それにしても、深海鉄騎かぁ」

 

――アーマードコア

 

 マギーさんとの演習の時に見せつけられたそれの持つ圧倒的な力。艦載機サイズでありながら戦艦に匹敵する火力と駆逐艦を超える機動力、その上艦隊の力を底上げする索敵能力まで凝縮された“力の結晶”。つり橋効果なのか『ブルーマグノリア』に銃を突きつけられた時、押しつぶされそうな恐怖と同時になにか惹かれるものを感じていた。そういえばACの操縦にはAMSは関係ないらしい。

 

「……私でも乗ったりできないかな……なんてね」

 

 あれは一人乗りだし、回収が済めば一機余るはず。だからそんな希望をほんのちょっぴり持ってしまう。子供がプロ野球選手とかにあこがれる程度の、まさに“夢”程度の淡い願望。あ、龍驤さんが持ってくるなら無人機なのかな……まあどうでもいいけれど。実際有人だろうと無人だろうと所詮“夢”に変わりはないのだ。

 

「――よし、龍田、吹雪、物資運搬ついでに期待の新戦力様を迎えにいくぞ!天龍水雷戦隊、抜錨だ!」

 

「久々に一緒の出撃ね~」

 

「はい、行きましょう!」

 

 

 

 

――これが私の最後の“抜錨”になるとは、この時はまだ想像だにしていなかった。

 


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