「悪いな…ファットマン…初めて…任務失敗みたいだ……。インターネサインを…破壊しきれなかった…。あと一歩だったんだがな…もう機体がウンともスンともいわないよ…ははは……」
ノイズの混じった通信が、輸送ヘリのコックピット内に静かに響く。『ファットマン』と呼ばれる老人は、通信の主 ――長年連れ添った相棒へ返信する。
「なあに、オマエさんはよくやったさ。むしろ頑張り過ぎたぐらいだ、ここで休んでも誰も文句は言わんよ。……それに時間稼ぎにはなった、少なくとも俺が老後を楽しく生きれるぐらいにはな」
彼らはフリーの傭兵と運び屋だった。タワーを巡る三大勢力の戦争、その渦中で彼らはひたすら戦い続けていた。しかし、ある日を境にその戦争は様相を激変させる。
――後に『大破壊』と呼ばれた日
突如として、まるで空を覆いつくすような謎の特攻兵器が地上に降り注ぎ、三大勢力は瓦解、世界は壊滅的な被害を受ける。三大勢力の生き残りは戦争をやめ、新たに『連合』を発足し事態の収拾に努めようとしが、J・Oを名乗る人物が他の武装勢力をまとめあげ、“傭兵による新たな秩序の創出”を御旗とした『vertex』を発足する。
これにより三大勢力の戦争は『連合』と『vertex』という二大勢力の総力戦へと姿を変えた。
戦力が充実している『vertex』に武装組織や傭兵が続々と集まっていく中、ファットマンとその相棒の傭兵は『連合』に組した。
理由は、ファットマンの相棒いわく「こっちのほうが面白そうだから」
“好きなように生き、好きなように死ぬ”それが彼らの哲学だった。
三大勢力の戦争時から名をはせていたファットマンの相棒は『vertex』から危険視され、惜しげもなく戦力が投下される。しかし彼は並み居る強豪、押しつぶすような物量も全て焼き尽くし、誰もが畏怖する存在――『黒い鳥』と呼ばれるようになっていた。
そして、ついに『vertex』の首領J・Oと対峙する。
「…やはりキミが残ったか。今のところは私のシナリオどおり…。後は憎まれ役の幕引きか…。キミの実力は試すまでもないだろう、だが…。これはわたしの我侭だ…私が生きた証を…。傭兵として生きた証を…最後に残させてくれ!」
J・Oは紛れも無く強かった、ほとばしるほどに……。かつて行われていた『選定』に含まれていれば、きっと最後まで残ることが予想されるくらいに。
しかし相手が悪かった。蠱毒の壷と化した戦場を生き残った『黒い鳥』の傭兵は、もはや人知を超えた強さを身に着けておりJ・Oの駆る狐目の名を冠したACは瞬く間にスクラップ寸前と化す。
「なるほど…やはり…流石だ…」
「…おまえさん、一体何が目的だったんだ?これも、さっき言っていた“シナリオ”の内なのか?」
「ああ…。キミたちに…私から依頼をしたい…。報酬は…『人類の未来』だ…。きっとキミなら…受けて…くれるだろう……。これで…全てが終わる…礼を言う……」
J・OのACから火が噴出し、機体が崩れ落ちる。同時に『黒い鳥』の傭兵へ依頼のメールが届いていた。
依頼内容は『インターネサインの破壊およびパルヴァライザーの撃破』
――傭兵はある兵器の噂を聞いていた。
どこに属するでもなく、戦場に突如として現れ敵味方関係なく全てを破壊する自立兵器が存在すると。『財団』により起動させられた似たような兵器の数々と戦っていたことがあるせいか、傭兵はその噂のことを思い出す。その依頼は、まさしくその噂に関することだった。
≪最後まで生き残ったキミにお願いしたい。大破壊の日に目覚めた兵器、インターネサインおよびパルヴァライザーの破壊を依頼する。パルヴァライザーは戦闘を繰り返し、そのデータを蓄積し、永久に成長をし続ける兵器だ。ソレをとめるにはその統括機構であるインターネサインを破壊するしかない。…パルヴァライザーはすでに数多くの戦闘を経験している。その強さは想像を絶するものになっているだろう。だが、数々の戦場を渡り歩き、人類の戦闘種として極限にまで至ったキミならばきっと…≫
≪最強と呼ばれるその力で、未来を救ってくれ…≫
メールにはJ・Oの依頼内容と、インターネサインがある座標データが添付されていた。
「ケッ、どうやら『vertex』はもともとオマエさんにぶつけるために組織したようだな。とんだ食わせモンだ…オマエさんに目をつけるヤツにはロクなのがいない。で、どうするんだ、相棒?うけるのか?」
「当然だろ、ファットマン」
「聞くまでもなかったか…やれやれ…今回はタダ働きだぞ…」
そうして彼らは指定された座標へと向かい始める。これが『黒い鳥』の最後の任務だった。
指定された施設に侵入し、奥へと『黒い鳥』の傭兵は進む。最奥にまでたどり着くと、待ち構えていた異形のモノが姿を表す。
全身を青色に装飾し、蜘蛛の足のような節足を広げ宙に浮いている…。それは全てを抹殺するケモノへと進化を遂げたパルヴァライザーだった。
――『ケモノ』と『黒い鳥』の戦いは熾烈を極めた。
互いの弾が装甲を削っていき、互いの剣が四肢を刻んでいく…。誰も入り込めない領域の戦い…まさしく『最強』を決めるような決戦。『頂』に到達したのは『黒い鳥』だった。
『黒い鳥』の傭兵は勝利の余韻に浸るまもなく、インターネサインを破壊し始める。残っていた弾を全て撃ち尽し、残った愛刀の『ANOTHER MOON』で中心施設を切り刻む。しかし、パルヴァライザーとの戦闘により彼の愛機は限界を迎えていた。あと一撃……インターネサインのコアへレーザーブレードの刃が食い込みかけたところで彼のACから火柱があがり、ブレードへのエネルギー供給がストップする。
各関節から火花が散り、彼のACは動きを止めた。
そして物語は冒頭へと戻る。『黒い鳥』の傭兵は、長年自分の翼となってくれた老人との最後の会話を楽しむことにした。
「なあ…ファットマン…老後とやらはどうするんだ…?」
「そうだな…海の近くに家でも構えて…釣りでも楽しもうかな?知ってるか?最近じゃあ汚染も随分マシになって、魚が捕れるところもあるらしい」
「魚か…食ったこと無いな…美味いのかな?」
「…俺がそっちに“いく”時になったら持っていってやるよ」
「そうか…そいつは…楽しみ…だ。……もし…マギーに会ったら…伝えておくよ……一緒に…食べようって…昔みたいに…」
「…ああ、頼む」
「………今ま…で……、あり…がとう、ファット…マ……」
『黒い鳥』は、最後に自らを焼き尽くし、この世から去った。
◇ ◇ ◇
「これがあらましだよ、ブルーマグノリア」
甲高い男の声が、マギーの頭の中に響く。それはかつて『財団』と呼ばれたものの声だった。
「おまえ…私のバックアップをとっていたの!?」
マギーは『財団』により戦えない体を捨て、意識・人格を電子化するファンタズマ・ビーイングという処置を受け、『黒い鳥』の傭兵へ戦いを挑んでいた。
『黒い鳥』の傭兵は彼女の相棒でもあった。しかし、彼の強さ、そして“自身の魂の欲求”に彼女は惹かれ、彼と袂を分かち、殺しあった。
――すべては互いの納得済み……だから彼女は自分が燃え落ちるとき、心の底から「これでいい」と思った。だからこそ“バックアップをとられていた”という事実は彼女に強い憤り与える。しかし、『財団』はマギーの苛立ちを無視して語りだす。
「キミが思っている以上に僕のできることは少ないんだ。だから保険だよ、そしてソレを使う時がきた、ただそれだけさ」
「なにを勝手にッ!!」
「まあまあ、話を聞いてくれよ。彼は…あの傭兵は、本当によくやってくれた…忌々しいぐらいに。三大勢力によるタワーを巡る戦争、過ぎた力が氾濫する戦場……あれで人類は滅ぶはずだった。しかし彼が全部焼き尽くしたせいで戦争は長続きし、結局はうやむや。ACとかも全部壊しちゃったもんだから争いは小規模になり、人類はいまだに生き残っている。まっ、このままじゃ近いうちに滅ぶけどね。……だからキミに人類を守る手助けをして欲しいんだ」
「……一体どいういうこと?人類を滅ぼすのがあなたの目的でしょ?」
「キミは少し勘違いをしている。“人間を滅ぼすのは人間自身だ”。僕の目的はそれの『証明』だよ……。そして今の状況は僕の“趣味に合わない”」
「さっきから遠まわしな表現を…いい加減本題に入って頂戴ッ!」
「……彼が破壊し損ねたインターネサイン、あれが復活している。キミにはそれを探し出して破壊してほしい。復活したインターネサインは戦闘オペレーションを回収する劣化パルヴァライザー……。いまからキミを送るところでは『深海棲艦』だったかな?それを世界中にばら撒いていてね、人類を圧殺しようとしている。インターネサインは僕の“管轄外”でね、本体の場所ははっきり言ってわかってない。進化の速度は緩慢のようだけど、それでも下手に大規模な戦力と投入すると餌を与えるだけ……。だからキミが適任なんだ」
「…趣味が合わないっていうのは?」
「さっきも言ったろ、僕の目的は『証明』だ。人間を滅ぼすのは人間だということの……。プログラムに従うだけの鉄屑に滅ぼされるなんて、僕は許さない…。これを取り除けば、ヒトがヒトを殺す戦争へ正しく推移する。…そして証明してみせる、彼を…人間の可能性を否定してみせる…」
「それを聞いて私が依頼を受けるとでも?」
「キミは受けるよ、絶対。それに拒否権はない、キミの体も作っちゃってるしね。ちゃんとACも用意してある。あっちでは艦載機『ブルーマグノリア』で登録されるよ」
「なッ!?」
「話が長くなった。もう質問は受け付けないよ、あとは現地のヒトに聞いてくれ。新しい戦場を楽しんでくるといい……。じゃあ、よろしく」
『財団』に文句を言おうとするよりも早く、マギーの目に光が差し込んだ。思わず目をこすり、そのことに驚く。かつて捨てたはずの肉体が再びある。しかももっと以前に失った左腕も込みで…。服も…見たことの無いものであるが身に着けている。
「現地のヒトに聞け…ね」
とりあえず現状を把握しよう、そう決心しマギーは光が指している方向へ歩き出した。