といっても本筋の話からちょっとそれてるだけのほぼ本編。
倉井元帥の活躍はもうちょっとお待ちください。
――鎮守府近海
シーレーン維持のための巡回任務に重巡『那智』率いる艦隊が繰り出していた。彼女にとってはいつもと変わらぬ慣れた任務……しかしだからといって気を抜くわけにはいかない。「シーレーンは維持することが大変であり大切なことである」と、那智はいつも部下の艦隊に言い聞かせているし、彼女自身もそう理解している。だからガダルカナル島をはじめ戦線を押し返し、最近は深海棲艦に出会わなくなった近海の巡回においても決して厳しい態度を崩したりはしない。それどころか今回においては何時にも増して力を入れていた。
なぜそのようなことになっているかというと、遡ること数刻前――。
「おい貴様、何だこの編成は!?」
私は提督から渡された編成表を机に叩き返していた。当たり前も当たり前だ。私が今回与えられている任務は『近海の巡回警備』であるというのに、その編成が馬鹿げているからだ。
私、重巡『那智』を旗艦に、駆逐『綾波』、軽空母『龍驤』……まではまあいいとしよう。しかし残りが雷巡『北上』、そして極めつけに戦艦『比叡』『霧島』とはどういうことだ!?しかも全員が最前線を任されるウチの精鋭達だぞ……。挙句、さきほどはまあいいと思ったがこの『龍驤』もおかしい。詳しくは知らないが、奇跡的にコアが無事だったとかなんとか……改修した自立型のAC「UNAC」を一体搭載しているとかいう話だ。
噂や報告書でしかその性能は知らないが、ACというものが驚異的な力を持っていることは理解しているつもりだ。マギーからも酒を交えながら戦果を聞くこともあるが、毎度毎度驚嘆させられている。なので『ブルーマグノリアを搭載した加賀』ほどではないにしろ、この龍驤がそこらの軽空母とは一線を画した力を持っていることは想像に容易い。
だから、だからこそだ。誰がどう見たって近海巡回任務のメンバーではない。一体何と殴り合いに行くつもりだ?
「まぁ落ち着け、那智。これにはちゃんと理由がある、聞いてはくれないか?」
提督は私の態度を想定済みだったのか全く動じている様子はなかった。落ち着いた態度で淡々と、しかし少々の苦々しさを含んだ口調で説明を始める。
「……実は他の鎮守府の艦隊がこの近海で消息を絶っていてな。二週間ほど前に一艦隊、後日その捜索に当たっていたもう一艦隊が相次いで消えた。そしてつい先日、そことは別の鎮守府の艦隊が消えたんだ……。一応そいつら含め全員まだ行方不明扱いらしいが……正直絶望的だろうな。そして、何かキナ臭いものが潜んでるのは間違いない」
「ここまで入り込まれるとなると……潜水艦、しかもヨ級のflagshipか、まさかソ級か?」
この国の本土周辺は鎮守府間で連携して警備網を張っている。なので深海棲艦が接近してくればほとんどの場合どこかの網に引っかかり、手厚い防衛で撃退されることとなっているが……。それでもたまに深海棲艦の潜水艦がそれを抜けてくることがあるにはある。なので件の『キナ臭いもの』は強力な潜水艦だと私は思っていた。しかしその予想はあっさりと否定される。
「……最初にやられた二艦隊は対潜哨戒任務に当たっていた艦隊だ。潜水艦の線は薄いな」
「なんだと?」
対潜哨戒任務は防衛網の穴を埋めるために、その名の通り対潜水に特化した兵装で入り込んできた深海魚共を狩り尽くす任務だ。いかに強力な潜水艦といえど、この部隊と鉢合わせして無事どころか全滅させるなど不可能と言っていい。つまり、これは潜水艦の仕業ではないということになる。
……では敵は一体なんなんだ?
「その……、やられた艦隊の奴等から何か情報は送られてきてなかったのか?長距離通信の範囲内だろうに」
「それが突如として通信が繋がらなくなったらしい。通信する暇もなくやられたか、あるいは……」
「通信を妨害するものを持ってるか、ということか……?」
もしそれが電探まで欺けるものであったら最悪だ。海上の防衛網は電探による広範囲索敵と、艦隊間の連携によって成り立っている。それを利かなく出来るというのであれば潜水艦でなくとも本土にまで容易く侵攻することができるだろう。それは未だに近海付近に潜んでいる『キナ臭いもの』が証明してしまっている。
もし敵が航空戦力を有しており本土が爆撃でもされたら……想像したくもない。……と、ここで私にある疑問が浮かんだ。
「ちょっとまて、その未確認敵勢力の目的はなんだ?」
そうだ、その『キナ臭いもの』は本土近くの近海にいるのだ。やろうとすれば本土を襲撃できる位置に奴等はいる。にも関わらず現状の被害は三艦隊だけ。いや、これも十分なほどの痛手だが……三艦隊を全滅させるほどの力を持つものにしてはやることが半端だ。これが偵察のつもりなら逆にやることが派手すぎる。
(本当に深海棲艦か?)
深海棲艦にも目的のようなものはある。といってもこちらの予想でしかないが、それでも進路や編成で何処を攻めようとしているか、何処を守っているかなどは読み取ることはできる。稚拙な部分が多い(それ故に何とか反撃の糸口を掴めるのだが)にしろ、その行動には何らかしらの意図があるのだ。だが、今回はそれが全く分からない。
「那智、俺にも潜んでる奴等の目的は分からんよ。そいつらがどんな奴等かもな……。ただ、危険極まりないのだけは確かだ。確実に仕留める必要がある」
「なるほど、それでこの編成というわけか」
「本当は加賀とマギーもつけてやりたかったが……」
「いやなに、かまわん。敵の本土、あるいは鎮守府への襲撃が可能性として存在している以上、二人をうかつに動かすわけにもいかんだろう。もし上陸戦力でもいたら対応できるのは戦闘機とACだけだからな。……しかし、私が旗艦でいいのか?」
「ああ、無論だ。ここいらの海域を一番知っているのはウチじゃ
「ものは言いようだな。そう言っていつも仕事をまる投げするくせに……だが、悪くない。よし、では貴様の期待に答えてやろう。この那智艦隊でキナ臭い奴等に灸をすえてやる!」
こうして私達は鎮守府近海を通常ではありえない戦力で巡回することとなった。そして現在、被害にあった艦隊の通信の途絶えた場所から敵の潜んでいそうな場所をいくつか予測しつぶしている最中である。
「もうすぐ四つ目の予想海域だ、全員気を引き締めろ」
「「「了解」」」」
艦隊の仲間と通信を繋いだまま、鎮守府との長距離通信も繋ぐ。目標が近づけば恐らくなにか影響がでるはずだ。注意深く予想海域へと近づいてく。
「こちら龍驤、偵察機が正体不明の艦影を見つけたで!!数は…四つ、艦…は……く…やd」
龍驤の報告と同時に通信にノイズが走る。いつの間にか鎮守府との通信も繋がらなくなっていた。
――"当たり"だ。
私は通信回線を通常回線から偵察機の映像などをやり取りするAMS回線へと切り替える。多少負担が増すが何らかの妨害を受けているこの状況下で仲間とやり取りをするにはコレしかない。
「各員、回線の切り替えは済んだな!?目標発見だ、戦闘準備!!龍驤、敵艦種の特定を頼む」
「おっしゃ、えーと……」
「その必要はありませんよ」
突如としてAMS通信に艦隊の者以外の通信が割り込まれる。発信源をたどるとそれは目標から発せられているものだった。
「あなた方が今回の"演習相手"ですね。私はこの『死神艦隊』の旗艦を務める空母棲鬼『加』と申します。短い間になると思いますが、お見知りおきを……」
――こいつはなにを言っているんだ?
空母棲鬼は確かに確認されている深海棲艦だ。だが空母棲鬼に限らず、深海棲艦はこんな流暢に喋ったりはしない。時たま恨み言のようなことを口走るなんて話を聞いたこともあるが、それは壊れたテープレコーダーの様に同じようなことを繰り返すだけとしか聞いていない。本当に深海棲艦なのか怪しさ満点であり、龍驤に確認をせかす。
すると龍驤から困惑気味に回答が返ってきた。
「……こいつの言っとること、ホンマやで那智。確かにこいつらデータベースと一致する……全員深海棲艦や……」
「なんだと!?」
「だから『加』さんが言ってるでしょー。あ、私は軽巡棲鬼の『那』ちゃんです!ヨロシクね!」
「これ『那』、相手に失礼ですよ。ああ、申し遅れました、私は軽巡棲姫『神』と申します」
「あ、えと……駆逐棲姫『春』といいます、はい」
頭が痛くなる。意思疎通が可能な深海棲艦だと?今まで色んな種類の深海棲艦と渡り合ってきたがこんなのは初めてだ。見たことも聞いたことも無い。しかもあっちの『加』とかいうやつが"演習"だとぬかしていたが、本当にノリが演習前のそれじゃないか。こんなやつらが探していた目標なのか?
頭がこんがらがり必然的に沈黙を続けてしまうと、相手の旗艦から再び通信が入る。
「こちらが名乗ったのに黙ったままとはいただけませんね」
「……失礼、こちら白鳥鎮守府第二艦隊旗艦、那智だ。いくつか質問してもいいか?」
「ええ、どうぞ」
「一つ、貴様ら何者だ?二つ、この近海で三つの艦隊を沈めたのは貴様らか?三つ、貴様らの目的はなんだ!」
「そうですね、では順番に。一つ、私達は見たとおりの存在です。二つ、確かに近海で三艦隊お相手しました。三つ、最初に申し上げた通り"演習"ですよ。……もういいですか?もうそろそろ、それの説明をさせていただきたいのですが?」
「ちょっと待て、説明になっていない。大体、なにを成すための"演習"だ?」
「?戦うための"演習"ですが、なにか?」
「……」
――ダメだ、話がかみ合わない。先程意思疎通可能だと思ったが、それは撤回する必要があるな。こいつの回答からは「戦うために戦っています」とでも言わんばかりの意思が読み取れる。そんなのは狂人の、"イカれ"の思考だ。
……いや、そうだ。こいつら人ではなく深海棲艦だった。元よりこちらが理解できる存在ではないのだ。
こちらが呆れているのをお構いなしに『加』は話を続けた。
「もう良いですね。では演習の説明をさせていただきます。内容はごく単純。貴方達は私達『死神艦隊』と戦っていただくだけです。ただし戦闘は実弾を使用、なのでそちらが負ければ最悪死にますのでそのつもりで。どちらかの艦隊が全滅したらそこで終了、以上です。……貴方達はいままで戦った"雑魚"とは違うようですので気分が高揚しています。是非私達の良い糧となってください」
「……今、雑魚といったのか、屠ってきた奴等のことを……」
「ええ、大した経験にもなりませんでした」
――ふざけるな。
私は理解できない存在だから、相容れない存在だからといって「しかたない」で済ませられるほど大人ではない。確かに奴等にやられた艦隊の者達と面識があったわけじゃない。しかし、それでも同じ国を守る誇り高き同胞達だ。それを貴様らの自分勝手な闘争に巻き込んだ挙句、コケにするとは言語道断だ!奴等のあまりにも自分勝手な発言に私の腸はマグマの様に煮えくり返っていた。
「……いいだろう、その演習とやらを受けてやる。貴様ら、生きてこの海域を出られると思うなよ!!」
私は宣戦布告をし、"演習"の火蓋を切った。奴等を撃滅するための指示を仲間に出す。
「龍驤は航空部隊を発艦、奴等を爆撃しろ。ただしACは艦隊の近くで待機、防衛に回せ」
「ほう、UNACちゃんもあっちに行かせなくていいんやな?その心は?」
「貴様の錬度は信用しているが、相手は空母棲鬼だ。まともにやっても制空権は取れまい。だから戦闘機は爆撃機の護衛に集中、敵爆撃機は無視してかまわん。敵の爆撃はこちらの対空砲火とACで全て叩き落とす!」
「なるほど、たしかにACのFCS性能なら艦載機なんて七面鳥撃ちと一緒や。でも、そうするとスキャンつかったスポット砲撃ができなくなるで」
「あまり我々を舐めてもらっては困るな。そんなもの無くても当てて見せるさ」
そうだ、私を含め戦艦『比叡』『霧島』も数々の戦を渡ってきた高錬度艦だ。自身に蓄積された『前世』とは違う"本物の経験"による砲撃精度はもはや大人数で運用していた"オリジナルの軍艦"とは比べ物にならない。私達なら制空権を取られていようが砲撃を当てられる自信があった。
……それに奴等は何か隠し球を持っているような気がする。それが来た時の艦隊の防衛をACにさせたいという気持ちも少々あった。弱気なように聞こえるのであえて発言はしないが……。私は続けて指示を出す。
「北上は急いで甲標的を発艦!」
「そんなの那智さんが相手と喋ってる間にもうやってるよー。あんなクズ鉄に律儀に合わせる必要なんて無いじゃん」
「流石だな……。綾波は各砲撃の援護をしつつ、雷撃戦に備えろ。やつらが近づいてきたらそのまま食いちぎれ!!」
「はい!」
北上も綾波も普段の態度からは想像できないほど殺る気に満ちている。良くも悪くもマイペースな彼女達だが、それが今回はいいほうに向いているようだ。
「那智さん、こちらも砲撃準備は万端です!私の計算によれば我々の勝利は固いでしょう!」
「ええ!比叡も!気合は!!十分です!!!」
「よしッ!これより戦闘を開始する!さあ、那智の戦、敵に見せ付けてやるぞ!!」
全員の士気が高い、いい流れだ。このまま奴等をこの海底に沈めてやる!!
確固たる殺意を持って、私は戦闘を開始した。
◇ ◇ ◇
「プランD、所謂ピンチね」
――空母棲鬼『加』は冷静に状況判断をしていた。
私の艦載機を掻い潜り的確な爆撃、それに気を取られている間に間髪いれず甲標的による雷撃。それにより『春』と『那』が小破、私と『神』もそれなりのダメージを負ってしまう。いかに性能の高い深海棲艦の艦でも砲塔がつぶれてしまったりすれば攻撃力が落ちるのは当然だ。しかも私の艦載機による爆撃は敵艦隊のACと共同の対空砲撃により完封されている。
その上で重巡と戦艦二隻からの砲撃戦を余儀なくされ、状況はジリ貧状態。しかも相手の砲撃精度が今まで相手にしていた艦隊とは比べ物にならないほど高い。なるほどこれが最前線の一級戦力か……。
「なるほどじゃないよ、もー。見てよこれ、
『那』が騒ぎ立てるのでそちらへカメラを向けると、艦橋に敵の砲弾が突き刺さり煙があがっていた。私達が艦娘と同じ"生身であったら"即死していただろう。
「ふむ、状況はあまり芳しくないわね。『神』、あなたはこの状況をどう切り抜けようと思う?」
「この距離では不利ですので……多少無理してでも接近し、雷撃戦に持ち込むべきかと……ですが…」
『那』が『神』との会話に割って入り、彼女の言わんとしていることを奪う。
「それは敵さんも予想してるんじゃないかなー。あっちの駆逐艦、すごい殺気だってるし……なによりUNACだっているんだよ。それはそれで『那』は自殺行為だと思うなー」
――まあ、その通りだろう。
この状況に陥ってしまう砲撃戦の火力不足は今後の課題だ。『あの方』に戦艦かそれに代わるものを用意してもらう必要があるだろう。しかし、さて……それで今後はいいとして、今をどう切り抜けたものか。そう思案していると『春』より一つの提案があがる。
「あの、もう艦隊戦の経験は十分にさせていただきましたし……、あちらもUNACとはいえACを使用しているのですから、もう"お二人"を出撃させてもよいと思います、はい」
「……それもそうね」
たしかにその通りかもしれない。戦場で果てることになんら恐怖はないが、今後の課題も見つかったのだ。もう少しこの危機的状況を楽しんでいたい気持ちもあるが、それで沈んでしまうのは面白くない。私は簡単に決着がついて経験にならないため眠らせていた"二人"を起こすことにした。
「『M』『V』出番です、出撃してください」
二人のメインシステムを起動したとたん、『V』より大音量の通信が入る。
「ハッハァッ!!やっと俺達の出番かぁっ!!ほう!今回の相手は中々骨がありそーじゃねーか!!」こいつは望外だぜ!!エェェェェェム!」
「すこしは音量を落とせ『V』。……それで『加』、俺達は奴等を落とせばいいのか?」
「ええ、いつも通りお願いします」
「了解した。いくぞ『V』、いつも通りお前が前衛で、私が後衛だ、いいな」
「はぁッ!俺は前でぶっ放す、それしか出来ねーよ!!ハッハァ!!」
艦内の操作を行い、私は軽口を言い合っている二人を甲板のエレベーターへと運び込む。そして深海棲艦の異形の甲板から二人は姿を現した。『あの方』……『財団』より運用を任された私達『死神艦隊』の前身……。そして私の最強の艦載機、重量二脚型AC『M』、タンク型AC『V』。
「『死神部隊』、発艦してください」
「おっしゃッー!いくぜェェェェ!!!」
『V』は反撃の狼煙とばかりに両腕のオートキャノンを上空へ撒き散らした。それにより艦隊の周りを取り囲んでいた敵軽空母の艦載機が全て粉みじんになる。
「相変わらずすごいですね」
「全くだ、『V』といるといつも騒音にはことかかん。では『加』、いってくる」
『M』は『V』と対照的に静かにブーストを吹かし、『V』の後ろを追従していった。あの二人が出撃した以上、最早私達にすることはない。
「……はあ、あっけないものですね。貴方たちは、本当に強かった。多くのものを学ばせていただきました、ですから……。せめて楽に死ねるよう、祈ってあげますよ」
『加』は祈る手も、信じる神も無いながら、勝利を確信し那智艦隊の冥福を祈った。