艦CORE「青い空母と蒼木蓮」   作:タニシ・トニオ

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久々のマギー視点。
ちなみにこの小説でのACの強さイメージは、
黒い鳥:いまだに対戦動画とかをあげている変態機動ドミナントプレイヤー
マギー:MISSION09の絶好調時
吹雪:ACVDストミ一週目でMISSION05クリアしたばかりのプレイヤー
死神部隊:MISSION08のDとKぐらい


第二十五話「EXTRA MISSION_死神艦隊撃破-03」

 塔が敷地内に乱立している工場の様な施設。上を見上げれば粉塵が舞う灰色の空と『タワー』が見える。

 その施設内を二機のACが縦横無尽に飛び回り争っていた。一機は黒と蒼を基調色にした中量二脚型、もう一機は白を基調色に黒と赤線がアクセントに入っている重量二脚型だ。

 白い重量二脚型『吹雪弐式』は左腕に装備しているレーザーライフル[Au-L-K37]をチャージしながら蒼の中量二脚型『ブルーマグノリア』を必死に捉えていた。右腕のガトリングガン[AM/GGA-206]で牽制しつつ、両肩からハイスピードミサイル[SL/KMB-118H]を放つ。『ブルーマグノリア』はそれを避けるために空中でハイブーストを吹かした。

 『ブルーマグノリア』に組み込まれている[Bo-C-L13]は数あるブーストの中でも最も出力が優れているものであり、まるでその場で爆発が起きているかのような閃光を放ち機体をピンボールの様に弾き飛ばす。

 その加速力はまるで瞬間移動で、『吹雪弐式』から放たれた攻撃を置き去りにする。しかしそれこそが吹雪の狙いだった。

 

(このタイミングなら避けられないはず!)

 

 その圧倒的な加速は強い慣性を生み出し急な方向転換はできない。そこへ本命のレーザーライフルを射す、それが吹雪の狙いだった。そしてその狙い通りにレーザーライフルを放つ。しかし『ブルーマグノリア』はその一歩先を行っていた。

 『ブルーマグノリア』はハイブーストを吹かしたあとあえてブーストを切っていた。それによりハイブーストの後に自動的にかかるブレーキをカットし、加速力をそのままに落下する。そしてブーストを吹かしたままでは届かなかった塔を蹴り、方向転換を成功させた。そのため『吹雪弐式』から放たれたレーザーは『ブルーマグノリア』に当たることはなく、蹴られた足場を溶解させるに終わる。そして『ブルーマグノリア』が急転換した先は『吹雪弐式』だった。

 

(まずいッ!!)

 

 吹雪はガトリングガンを放ちながら後ろへハイブーストを吹かし、予想される攻撃を回避しようとした。

 

「それは不正解よ、吹雪」

 

 マギーは再びハイブーストを吹かす。『ブルーマグノリア』の爆発的な加速は『吹雪弐式』を逃さなかった。ガトリングガンを物ともせず『ブルーマグノリア』は一瞬で吹雪のACとの間合いをゼロにし、加速そのまま一番装甲の厚い左足を『吹雪弐式』のコックピット目掛けてぶつける。

 ブーストチャージを食らった『吹雪弐式』は小気味良い炸裂音を鳴らして地面を転がり、そのまま爆発四散した。吹雪のコックピット内に耳障りなブザー音が鳴り、画面には「MISSION FAILD」の表示がされる。

 

「はあ~……、これで128戦128敗、連敗記録更新か~…」

 

 吹雪は溜め息をつきコックピット内でうなだれていた。通信機からマギーの声がする。

 

「お疲れ様、吹雪。今回は私もヒヤッとする場面が多かったわ。どんどん強くなるわね、あなたは……少し怖いくらい」

 

「マギーさん、私……本当に強くなってるんでしょうか?最近、どうも手応えを感じられないというか、結果が出ないというか……」

 

「結果が出ないって……、まだACに乗って一ヶ月も経ってないのに私に勝つつもり?さすがにそれは自惚れ過ぎよ。これでも私は『前世』の時代じゃ『伝説の女傭兵』なんて呼ばれてた。『黒い鳥』程ではないけれど、それは伊達じゃないわ」

 

「そう……ですよね、あははは、…はぁ」

 

 本日の訓練を終え、二人はACから降りる。吹雪は露骨に肩を落とし項垂れていた。

 マギーは吹雪のその落ち込みが、ただ自分に負け続けていることが原因で無いことを理解していた。吹雪は現在『ある壁』に当たっており伸び悩んでいるのだ。

 

 吹雪がACに乗るようになったのは三週間ほど前から。

 龍驤が倉井元帥の元から『深海鉄騎』を持ち出した際に情報漏洩を防ぐために元帥が仕組んだ(と思われる)UNAC暴走事件に巻き込まれ、自身の艦船を喪失してしまう。

 しかしその際に『深海鉄騎』に乗り込みUNACを撃破。以降『深海鉄騎』を自分のACとして改修してもらい、駆逐艦『吹雪』改め艦載機『吹雪弐式』へと転向したのが始まりだった。

 そんな吹雪を心配し、白鳥提督はマギーにACの師事を依頼する。

 

「絶対に死なないぐらい強くしてやってくれ」

 

 それが提督のオーダーだった。吹雪に『黒い鳥の素養』を感じていたマギーはそれを快諾し今に至る。マギーは暇を見つけては吹雪を引っ張りだしACのシミュレータモードでひたすらしごいていた。その厳しさは普段から加賀にしごかれている瑞鶴が話を聞いて若干引くぐらいのものであった。とにかくマギーの教え方は滅茶苦茶だったのだ。

 本来訓練というものは、段階的に目標を設定しクリアさせていくものである。しかしマギーは最初から吹雪に『自分を倒すこと』を目標として突き付け、その上で「敗けてやるつもりなどない」とでもいうように全力で吹雪を叩きのめしに掛かっていたのだ。

 お陰で模擬戦開始からの20戦は吹雪は何もできずに一方的に撃破され、他人から見たらただのイジメでしかなかった。

 ただこれには一応マギーなりの理由があった。吹雪は最初、仮初めの万能感に支配されていたため、力の差を見せつけて目を覚まさせる必要があったからだ。

 マギーは吹雪が天狗になっていたこと自体は仕方ないと思っていた。そもそもACに乗る前の吹雪は、艦船を操るためのAMS適正が最低限しか備わっていない、『粗製』と呼ばれる出来損ないの最弱艦娘だったのだ。しかしそれが反転するようにACという圧倒的な力を手にいれた上、自らの願いだった『仲間を護る』という戦果も挙げていた。浮かれないほうがどうかしている。

 しかし、「気持ちはわかる」という理由で天狗になっているのを放置していい理由にはならない。何故ならこの仮初めの万能感は死に直結するものだからだ。

 

 マギーがまだ『黒い鳥の傭兵』と組んでいた頃、相対していた傭兵の中にリリスという女性がいた。彼女は貧民街から抜け出すため傭兵となり、目覚ましい戦果を挙げて成り上がっていった才気溢れる人物……であった。少なくとも当時、マギーがリリスのことを調べた過去の情報ではそうだった。

 しかしいざ『傭兵』が彼女と相対してみると「どうせ不細工なおっさんでしょー!」と完全にこちらを舐めきった発言をし、動きにも事前情報にあった鋭さは感じられなかった。

 彼女はACという力に酔いしれ、慢心し、折角の才能を枯らしてしまっていたのだ。そのため『傭兵』にアッサリと"刈り取られて"しまっていた。

 

 だからマギーは吹雪が彼女と同じ轍を踏まないように徹底的に叩きのめした。吹雪の持っていた「私だってやれるんだ!」という気持ちを完膚なきまでに踏みにじり、常人であれば二度とACに乗りたくなくなるほどに苛め抜いた。

 マギーは信じていたのだ。それでも吹雪が"本物"であれば必ず食らいついてくると……。

 事実、シミュレータの模擬戦が30を越えた辺りから吹雪が施設内を飛び交うマギーを捉えられるようになってきていた。模擬戦の回数を重なれば重なるほどそのマギーをロックする時間が長くなっていく。吹雪の才能はマギーの予想通りに無茶な訓練に食いついてきたのだ。

 そして模擬戦が60を越えた辺りから近接攻撃も織り交ぜ始め、たまにマギーが冷や汗をかく場面も散見され始める。マギーの動きを盗み、貪欲に経験を喰らい、吹雪の進化は止まらなかった。

 もし『黒い鳥の傭兵』と共闘をしたことのある『カリウス』という男が吹雪と出会っていたら、再開した時にはきっと『傭兵』に向けたのと同じ言葉を放っていただろう。

 

―――――「化物め」と。

 

 それほどまでに吹雪の成長は凄まじく、模擬戦も80戦目を越えた辺りから『ブルーマグノリア』のAPが半分以上減らされることが当たり前となる。マギーの勝利はいつも"紙一重"となっていた。吹雪はマギーにとって『強敵』と言えるほどの実力を身につけていたのだ。

 

 だが問題はここからだった。吹雪がその"紙一重"を越えることが出来ないのだ。あと一歩何かが足りず、連敗記録を更新していく。

 吹雪は吹雪で戦い方を変えるなどして工夫し、何とかその"紙一重"という"厚い壁"を越えようとするが、手応えを感じられずにいた。突破口が全く見つけられなかったのだ。

 今まで二次曲線的に成長してきた吹雪にとって今の停滞は非常に辛いものであり、マギーへの敗北以上に重くのし掛かかる。それが吹雪の肩を落とす原因になっていた。

 

 実はマギーは、吹雪がこの壁を越えられない原因を知っていた。理由はただ一つ。

 

『殺意が足りない』

 

 これに尽きる、とマギーは確信していた。ただの精神論だが、これが中々馬鹿に出来ない。

『相手を殺す』という強い意思は強い集中力を生み出し、自分の命を賭けた"あと一歩"の踏み込みを可能にする。コンマの世界で生死が別れるAC戦において、この一歩を踏み出せるか出せないかは決定的な差となって表れるのだ。

 

(この子も出来ないはずないのだけれど……)

 

 吹雪が初陣の時にUNACに近接攻撃を当てることができたのはUNACの動きが大したことないのもあったのだろうが、何よりこの『殺意』を持っていたからだとマギーは思っていた。

 仲間の危機という極限状態が吹雪の動きに躊躇いを捨てさせ、リスクを顧みない暴力を振るわせたのだ。吹雪は"一歩踏み出せる殺意"を潜在的に持っているはずだった。だから後はそれを引き出せるようになれればいい。『殺意』のコントロールさえ出来れば吹雪は化けるはずだ、とマギーは考えていた。

 

 しかし、それは模擬戦では身に付けにくい物である。特に吹雪は勤勉な性格をしており、模擬戦ではついマギーから"学ぼう"としてしまうのだ。

 相手の引き出しを一つでも多く出させ、自らの血肉とする。それはそれで悪くはないのだが、やはりそれは生死が係らない模擬戦の思考だった。これでは技術は身に付くが『殺気』は身に付かない。

 

(実戦が必要ね……)

 

これは少し前からマギーがずっと思っていたことだった。

不謹慎ではあるが、できれば倒せるか倒せないかギリギリの……、もしくは仲間を窮地に追い込むような強敵が彼女の『餌』としては最高だ。

 

「やっぱり那智の艦隊にねじ込むべきだったか……」

 

 ACの足下で思い悩む吹雪を見ながらマギーはポツリと呟く。

 

 那智は鎮守府近海に出現する不明勢力の撃破を任されていた。なんでも他の鎮守府の艦隊が三つも行方不明になった原因と目されているらしい。かなりの強敵であることが予想されるが、私と加賀にその仕事が回ってくることはなかった。こういう手合いは良く任されるのだが、今回は相手が鎮守府を直接襲えるような近場に潜んでいるため保険として待機が命じられていたからだ。

 だったら吹雪の相手として調度いいかも、と思い吹雪を那智の艦隊に入れてはどうかと提督に進言してはみたが「今回の敵は完全に未知数だ、これ以上不安な要素は入れられんよ」と突っ返されてしまった。確かに艦隊戦での吹雪の力は不明瞭だ。個人の実力はかなりのものなのだが、吹雪はまだACでの艦隊戦を知らない。ACの操作技術を優先して身につけさせようとしていて、まだ艦隊での演習をさせていなかった。

 

 私も受けてきた任務から、艦隊戦では仲間との連携が重要であることを思い知らされていた。演習での主兵装のレーザーライフルが使えない状況や、ガダルカナル島近海での『ブルーマグノリア』との相性が最悪だった戦艦棲姫(To-650Dを深海棲艦が乗っ取ったもの)を相手取った状況においても快勝できたのは、加賀をオペレーターとして味方艦隊と連携を取ったからだった。

 それ以降の出撃においても普通の深海棲艦であれば私一人でも壊滅できたが、やはり仲間との連携を取ったほうが効率的であり、艦隊戦において連携は欠かせないものだと実感している。

 

 なので仲間との連携に不安要素のある吹雪を入れられないという提督の意見もわかる。特に相手の正体が不明で出たとこ勝負をするしかない場合において、艦隊には高い連携力が必要とされる。その際、いかに吹雪単体が強くてもその連携にヒビを入れる可能性があるのでは駄目だ。それすらも覆すほどの強さを持っていればいいと私は思うが、その力は彼女には"まだない"。

 だから渋々ではあるが、その場では提督に従って進言を取り下げたのだが……今の吹雪の状況を見ると無理にでも食い下がって吹雪を出撃させればよかった、と後悔する。

 

(……まあ、過ぎたことは仕方ない)

 

 那智達が近海に潜む不明勢力さえ倒してきてくれれば、加賀と私の待機も解除されるだろう。そしたら私達の出撃のときに吹雪を連れて行くだけだ。流石にACでの艦隊戦を熟知している私も一緒なら提督も首を立てに振るだろうし……。と、そこで時計が目に入る。

 

(そういえば……予定通りならそろそろ帰ってくる頃ね)

 

 時刻は1800を過ぎており、その肝心の那智達の帰投予定時刻になっていた。彼女達の艦隊はこの鎮守府の上位陣を集めた精鋭艦隊だ。生半可な深海棲艦では相手にならない。いくら敵が強敵であることが想定されているとはいえ、彼女たちの負ける姿は想像できなかった。きっと帰ってきたら那智に今日の武勇伝を聞かされるだろう。

 

(今日は足柄も千歳たちも予定が入ってたはずだから、久々に那智と二人か……)

 

 この鎮守府には『のん兵衛ズ』と言われている艦娘達がいる。那智、足柄、千歳、千代田だ。といっても千代田はあまり酒に強くなく、酔ってさっさと寝てしまうので実質は残りの三人がそうだ。私は寝酒のようなものを飲む習慣があったため彼女達と夜の食堂で会うことが多く、一度絡まれたのを境にたびたび一緒に飲もうと誘われ、気付けば私も『のん兵衛ズ』入りしていた。少なくともこの鎮守府の仲間内では私はこのチーム『のん兵衛ズ』の一員という認識になっている。

 最初は一緒くたにされるのに抵抗があったが、何度も絡まれる内に慣れてしまい、今では……まあ、そんなに嫌じゃない。

 特に那智は静かに飲むタイプで、武人気質な性格もあってか話の話題も比較的に私と合う。足柄みたく「整備兵イケメンランキングを考えたのよ!」とか別方面で飢えているどうでもいい話なんぞ振ってくることはなく、今日の戦果だとか最近誰が腕を上げているだとか、専らそんな話が多い。他のメンバーからは色気がないとか言われるが、私たちにはそういう話が似合っている。

 そういえば那智はACと共闘するのは今日が初めてだったはずた。それが私でないのは少しばかり残念だが、龍驤の扱うUNACであれば連携の点では問題ないだろう。一体那智がACに関してどんな感想を述べるか興味が湧いてくる。酒の肴は決まった。 

 今日はもう秘書艦補佐の仕事もないし、ゆったりとその時を待つことにするか……そう決めた時だった。

 

「マギーさん。なんかドックの方が騒がしくありません?」

 

 工廠の出口まで並んで歩いていた吹雪に言われてそれに気づく。聞き耳をたてると、確かに整備兵達の怒号が聞こえてくる。

 

 

「おい!全艦入渠が必要だぞ!!優先する艦を提督に聞いてきてくれ!!」

 

「『比叡』と『霧島』がヤバイ!!明石さんはまだか!?」

 

「医療班は何してる!!?綾波ちゃんのモチモチほっぺに傷が残ったらどうするつもりだァァァ!!!」

 

 

 聞き取れた艦名は、どれも今日出撃していた那智艦隊のメンバーだった。しかも全艦修理が必要とも聞こえた。一体、那智達に何があったというのだろうか?……不安が過る。

 

「……吹雪、行くわよ」

 

「はい」

 

 私たちは踵を返しドックへと向かって行った。

 

◇ ◇ ◇

 

 やはりと言うべきかドックへたどり着くと、那智の艦隊が工廠にある修理装置に『入渠』するため、艦を移動している最中だった。

 その艦体を見て絶句する。痛々しいまでに艦の装甲には穴が空けられ、武装もほとんどが破壊されていた。『比叡』『霧島』は特に酷く、解体用の鉄球でもぶつけられたような大穴が空いていたり、艦体の半分以上が焼け焦げていた。帰って来られたのが奇跡的に見える。

 

(それにしてもこの損傷はまさか……いや、そんな馬鹿な……)

 

 私は明らかに艦船にやられたのとは違う損傷を見て、妙な想像を働かしてしまう。

 

「あれ……まるでACにやられたみたいですね」

 

 横にいた吹雪が、私の想像と同じ感想を述べた。艦橋に付いている弾痕は下から撃ち抜かれているものもあり、破壊されている武装も一つ一つ正確に撃ち抜かれている。まるで小型の何かが甲板に取りつき暴れたかのような傷付き方をしており、そんなことが出来る存在となるとACを思い浮かべてしまうからだ。

 

(別の『深海鉄騎』でも現れたの……?)

 

 とにかく詳しく情報を集める必要がある。旗艦である那智はどこだろうかと辺りを見渡すと、ドックの奥に彼女の姿を見かけた。ガラス片か何かで切ってしまったのか額から軽く血を流しており、医療班が彼女の手当てをしようとしていたところだ。しかし、こちらに気付いた那智はそんな傷お構いなしかのように医療班を突飛ばし、ズカズカとこちらに歩み寄ってきた。何故だかその表情はとても険しい。

 

「ど、どうしたの、那智?一体なにが……」

 

 那智は痛みを感じる程の力を込めて私の二の腕を掴み、言い放つ。

 

「どうしたもこうしたもあるか!!マギー、あいつらは一体なんなんだ!?『死神艦隊』、『財団』、あいつらは何が目的だ!!?答えろ、マギー!!!」

 

「ちょっと落ち着いて!!那智!!こんなんじゃ答えられるものも答えられないわ!……まずは落ち着くのよ」

 

 那智の怒号のような言葉使いにもだか、それ以上に彼女の口から発せられた『死神』『財団』という単語に動揺を隠せなかった。

 

(『財団』……あいつが!?一体なんのつもり……!?)

 

 現時点では解らないことだらけだ。もっと落ち着いて話を聞かないと答えは出せない。

 ただ一つ、那智の態度から予想のついたことがあった。……那智達は生かされたのだ、何かの目的で。彼女達の艦船の損傷は想像通りAC、『死神部隊』 にやられたに違いない。そして、やつらがその気だったら那智達は今ここにはいないだろう。つまりは手加減されたのだ。それは誇りを大切にする那智にとって耐え難い屈辱だったに違いない。

――――現に那智の目尻には涙が溜まっていた。それが私の胸をざわつかせる。

 彼女のそんな顔を見るのが辛かった。

 

「……那智。貴女がなんで『財団』のことを聞いてきたのか、一体なにがあったのか、正直まだサッパリよ。……でもこれだけは言える。落とし前はつけさせる、必ず……」

 

「マギー……」

 

 那智はそれで少しは納得してくれたのか、私の腕を掴んでいた手を緩める。自由になったその腕で那智の額の傷を軽く小突いた。

 

「ツッ!!」

 

「わかったら早く手当てを受けてきて。こっちは先に執務室に行ってるわ。……私が分かることは、ちゃんとそこで話すから……」

 

「……済まなかった、マギー」

 

 那智は頭を下げると、その場を離れ医療班の元へ向かって行った。

 

(忙しくなりそうね)

 

 きっとこれから緊急のミーティングが始まるだろう。その準備や必要なメンバーの召集など、秘書艦補佐としてやるべきことを頭の中でピックアップしながら、再び踵を返して工廠の出口に向かう。その時だった。

 

 

――――マギー、俺も連れていけ

 

 

 私は目を見開き、振り返る。いるはずもない『彼』の声、それが聞こえたような気がしたから。視線の先にいたのは吹雪だった。

 

「吹雪……、いま貴女なんて……?」

 

「?…えと、私も連れていってください、と……。那智さんの任務の話をするんですよね?私も聞かせて欲しいんです。……いや、多分私は聞かないといけない、『財団』…"あの男"のことを……」

 

 那智の話を聞いた吹雪の様子は明らかにおかしかった。口調も、『財団』を"あの男"と呼ぶことも。……なによりその目には私との訓練では無かった『殺意』が宿っていた。

 

(吹雪にインストールされたプログラム、……もしかしてそれが何か影響を?)

 

 吹雪のACに深海棲艦が組み込んでいた戦闘オペレーション『ダークレイヴン』、しかしそれは『彼の戦闘記録の集積』に過ぎない。ただのACマニュアル程度のもののはずだ。人格等に影響を与えるような代物ではない。

 なのに吹雪から『彼』の、『黒い鳥の傭兵』の面影を感じる。まるで彼がそこに居るかのように……。

 

(もしかして……)

 

 これは仮説だが、人格というものが『元々の性質』と『経験』によって形成されるものだとしたら、『黒い鳥の素養』を持った吹雪に『彼の記憶』を与えれば、それは"彼の再現"となるのかもしれない。かつて私が処理された意識を電子化する『ファンタズマ・ビーイング』、その前身となる、クローンに作為的な記憶を与えることでオリジナルを再現しようとする『カルティベイター』という技術と同じ理屈だ。

 

 そして、『財団』の目的が何となく読めてきた。どこかで『吹雪弐式』の存在を知ったあの男は、吹雪にキッカケを与えて『傭兵』を再現するつもりなのだろう。確かにあいつが用意した不明勢力も、吹雪がACに乗り始めたあたりから現れている

 色々とこじつけがましいが、あの男ならあり得る話だ。

 『財団』の行動は全て「世界を滅ぼすのは人間自身であることの証明」に基づいている。私をここに送り込んだのも深海棲艦に人類を滅ぼさせないためだ。あくまで滅ぼすのは人間自身だから。そして吹雪にちょっかいを出そうとしているのは『人間の可能性』を再現し、そして否定するため。

 もしかしたら過去、『大破壊』によってうやむやになってしまった"黒い鳥との決着"の続きをしたいのかもしれない。その相手候補にこの子が見初められたのだろう。

 

――――正直、その気持ちは分からなくもない。

 

 どこかで「それはそれで都合がいい」と思っている自分がいた。吹雪が強くなった"その先"を望んでいるのだ。

 

(この子を殺すつもり?私は……?)

 

 そう考えた瞬間、胸のざわめきが止まらなくなる。自分に強い嫌悪感を覚えた。

 

(……今はもうやめよう、考えるのは)

 

 今はやるべきことがある、そう自分に言い聞かせ思考を切った。たとえ私がどう思おうと『財団』の用意した敵を倒すのに吹雪を使わない選択肢は無いし、それで『財団』の思惑通りに事が運んだとしても、あくまで今回はキッカケですぐに"その時"はこないだろう。

 

 私の葛藤を余所に吹雪は隣でキョトンとしていた。

 

「……そうね、確かにあなたは必要よ。付いてきて」

 

「はい!」

 

 私は吹雪と共に執務室へと向かう。その胸に一抹の不安を抱えながら……。

 


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